322話 決戦前夜④(別視点)
遅くなって申し訳ないです。
遅くなった理由は察してください。
◇◇◇
「……ふぅ……」
薄暗くした自室で、セシルは窓から月を眺めて息をつく。
ツカサと同じく、セシルも未だに眠りにつくことなく目を覚ましていた。司だけでなく仲間である自分達にとっても明日は特別な日であり、万全の態勢で明日に望む必要があると分かっていながらにである。
――ただ、セシルは何故か妙に自分の胸の内がざわめき、不安とはまた違う感覚のせいで眠れなかったのだ。不快な感覚ではないので気にしないならそれでいいくらいのものだったが、明日が特別な日である状況が余計に気にしてしまう原因を作ってしまっていた。
背が低いために窓に全体重を預ける姿勢は取れないが、部屋の明かりに負けず月が煌々とセシルの身体を淡く照らす様はどことなく神秘さに似た気品が感じられる。
「(なんだろう……この違和感。何か引っ掛かる……)」
自分の胸に手を当てて摩ることで感覚の正体を探るも原因は分からず、セシルの顔が若干困惑したものに一瞬変わる。既に何回も繰り返したやりとりだ。
そこに――。
「セシル~。起きてる~?」
扉越しにだが、ナナの抑えた声がざわつきを一時的に鎮める。
「ん。起きてるよ、どうぞ」
「あ、起きてた。ならおっじゃまっしま~す」
もう夜も耽ってはいるためこの時間の来訪は常識的に考えて失礼だが、セシルにとっては日常茶飯事みたいなものである。驚くことなく遠慮のないナナの声に応じると、部屋のドアもまた遠慮なく開いた。
身内でなければこの時点で卒倒していたことだろう。そもそもナナのサイズではドアなど開けることはできないのだ。それでも何故ドアを開くことができたのかとなれば、それは巨大化しなければほぼ無理というもの。天井近くスレスレまで調整して大きくなったナナがそこにはいた。
「寝ないの?」
「え? ……うん、ちょっと妙に心がざわついちゃってて。でももうそろそろ寝ようかな。ナナ見たらなんか落ち着いちゃった」
「そう? もーやだなぁ~、私ったらいるだけでリラックス効果あり?」
「クス……そうかもね。少なくとも私にはそれだけの効果があるけど。でも急にどうしたの? ツカサと寝ないの?」
「んー、ちょっと今は真面目な話してる最中だろうからちょっとね。それで今日もセシルと一緒に寝ようかな~って思って来たの」
「(真面目な話?)そう、私は別に構わないけど」
司の真面目な話に興味を惹かれ、セシルはそのことについて詳しく聞こうと考える。しかし、やろうとしたことと実際の行動に何故か矛盾が生まれ、セシルの身体は無意識にたたらを踏んだようにおぼつかなくなる。
そしてナナにしがみつくように倒れこみ、そのまま抱きつく形になった。
「おっと? ……急にどしたの?」
「分かんない。なんか身体が勝手に……」
ナナの反応は普通だろう。セシルもそう思っているくらいだ。
それでもセシルにも自分の無意識の行動が分かっていないのだから返答に困るのは無理もない。
この今の自分の行動は今感じている違和感によるものなのか? ふとそんな懸念をしたセシルだったが、全身に伝わってくるナナの体温がじんわりと広がる頃には心地よいと考える気持ちの方が強くなってしまう。
何も考えず、心のままにセシルは口を開く。
「……ナナ、あったかいね」
「まぁ鳥だから体温高いし。それに羽毛で保温性高いし?」
「ううん、そうだけど少し違うの。ちょっと昔を思い出しちゃった。ちょっとだけ……このままでいさせてくれる?」
「……? まぁいいけど。でも長すぎると巨大化解けて私が潰されて死ぬからそれはやめてね? ここにきてそれで死ぬとか笑えない」
「ん」
日々の気温も段々と暖かくなり始めてはいるが、まだ夜は流石に冷える日も多い。
セシルは注意を促すナナに短く頷くと、目を閉じてナナへの抱きつきを継続する、そして沈むように羽毛に身体をうずめて安らぎを補給しに入った。
「(フリードも暖かかったなぁ……)」
かつて自分の人生に暖かさをくれた大切な存在。その人物を思い出し、今の自分の感覚が呼び覚ました古い記憶にセシルは懐かしさを覚えずにはいられなかった。
そう思った時に一瞬だけ、心のざわめきがまた強くなった気がしたのだった。
◇◇◇
一方で――。
「夜分にすみません。ヒナギさん……起きてまふか?」
「ポポ様?」
「ナナがセシルさんのとこ行っちゃったんで……今夜だけちょっとお邪魔してもいいれふか?」
ナナがセシルの部屋にお邪魔している頃、ポポはヒナギの部屋へと訪れていた。こちらも目的はナナと同じく寝泊まりする場所の確保であるらしく、眠気眼を擦りながらポポはヒナギにお願いしている。
「私の部屋にですか? それは構いませんが……」
「ありがとうございましゅ」
ヒナギの二つ返事の了承にお礼を言うポポ。
ポポは鳥であるが性別は雄である。ヒナギという世界的な美女の部屋に真夜中に訪れるなど、男の人がしたらあまり好ましい目で見られないことの方が難しい。しかし、そこはやはり身内であるからという一言に尽きるだろう。ポポは人相手に対しての恥じらいや感性は人と比べてそこまで気にする程ではないし、根がよくできているために今はそんなことは全く微塵も考えてはいない。
人並みの知力を保有しているために勘違いをしてしまいそうな口実だが、ポポは純粋に寝泊りだけしたい一心で今話している。
「珍しいですね、ポポ様がいらっしゃるなんて。さぁ、どうぞ」
――もっとも、ヒナギもそれは分かり切っていることではあるのだが。
どのみち今の愛らしい見た目のポポのお願いを断れる者もそうそういない。このまま無駄に話が間延びしてしまうのも憚れたヒナギはポポをすぐに部屋へと招き入れる。
ちなみに、ポポはドアからではなく窓の外からの来訪である。巨大化してセシルの部屋に押し掛けたナナと、通常サイズで窓から静かに押し掛けたポポのどちらが常識的であるかは不明である。
「ポポ様、今日は朝から眠そうにしていらっしゃいましたね?」
「ふぁい……全然眠気取れないんれふ。ふわぁ~……」
ポポの様子に違和感を覚えたヒナギは、疑問をそのまま口にした。
ジルバに刀を打ってもらいに行った時からポポはやたらと眠そうにしていたが、一日中そんな状態だったポポのことはこれまで見たことがなかったため不思議だったのである。
先程行われた身内会議でも必死に寝ないように振る舞っていた姿を見ていたこともあり、何か不調なのであればそれは一大事である。更には今日の自分の刀を打つ手伝いをしたことで負担をさせてしまったのではと考えると、なおのこと心配しないわけにはいかなかった。
「(どうしたのでしょうか? 昨日は別段疲労の溜まることはしていないと思うのですが……)」
昨夜の出来事を思い出しても、一番疲弊したのは色々な意味で司だったはずだ。特に『剛腕』との揉め事を司に押し付けてしまう結果になったことについては、ヒナギは非常に申し訳なく思って凹みそうな域である。
そこで――。
「(……? 昨日は何故、揉め事になったのでしょう? ――いえ、してしまったのでしょうか)」
昨日の自分の行いを思い返し、ヒナギは自らの口にした言葉に今更だが疑問を覚えた。
何故『剛腕』に司と力比べをしろなどと、自分が言ってしまったのかと。
確かにあの場では自分に執着する『剛腕』への断りの理由として司を引き合いに出した。想い人がいるならその考えは正常だ。しかし、それでも『剛腕』の性格上簡単には引き下がらないことは予想がついていたのも事実だ。そこで何故自分が解決できた問題を自分で解決しなかったのか……。
自分のことは自分が一番よくわかっているはずだ。果たして自分がそんなことを本当に言ったのだろうか?
現に自分はそう言ってしまった記憶はあるためその事実は否定できるものではない。記憶にはあるが、到底想像もつかない自分ではないような行動はヒナギの平常心を大いに揺るがす。
最早これまでそのことを疑問にすら思わなかったこと自体が違和感だった。周りもそれを気にしていないということも。まるで考えることすら放棄するように仕向けられているような気さえする程だ。
「明日は、ご主人のこと頼みましゅね。ヒナギしゃんなら、アンリしゃんみたいにご主人を抑えられるはじゅでしゅから……」
「え? あ、はい」
「適当なとょこ使っていいれふか?」
「ええ、どうぞ」
「……そこ、借りまふ。――明日は、ご主人のこと頼みましゅね。ヒナギしゃんなら、アンリしゃんみたいにご主人を抑えられるはじゅでしゅから……」
ヒナギの心情をなど気にも留める余裕もないポポは、ヒナギの了承を得る前から寝床探しを始めていたようだ。元々部屋に備え付けられていたハンガーフックに目をつけたらしい。危なげにパタパタと飛んでいくと、ほぼ止まったと同時に眠りにつく程の早さでポポはあっさりと寝てしまう。
折角なのでポポに相談しようかと考えてはいたものの、ポポがこんなにも早く眠ってしまったことでそれは難しくなってしまう。聞無理矢理起こした聞いてもらうことなどできるわけもなく、ヒナギはそのままポポの安眠を優先するしかなくなった。
皮肉なことに、熟睡を始めたポポがいる一方でヒナギはそれから暫くは眠ることができなかった。
ヴァルダによって記憶を封じられていようとも、事実は決して消えるわけではない。本来あるべき姿をねじ曲げた違和感は、セシルとヒナギに疑念を抱かせていた。
あともう一話だけ決戦前夜あります。
次回更新は取り合えず1週間後で。
※5/12(土)追記
次回更新は月曜の12時です。




