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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第六章 来たるべき刻 ~避けられぬ運命~
323/531

321話 決戦前夜③

遅くなってすみませぬ。

 ◇◇◇




「……っ……!」


 部屋の明かりを消し、毛布に包まり、ひたすらに目を瞑っても一向に意識が覚醒したままが続いている。

 無意識に寝がえりをうったり、数字を数えたり、深呼吸を時折してみたりと……だが、それらも全く効果がない。


 身体は疲れを覚えているはずだ。なのにどうしよう……寝れない。いや――寝れるわけがないのが正しいか。




 遂に明日なのだから。

 運命の分岐点まで残すところあと僅か。まだ時間はあると思う反面、もう時間がないとも思っている俺の心に余裕なんてものはないようなものだった。




「ご主人大丈夫……? そ、そうだ! 私が子守歌でも歌ったげよっか?」

「……あ? そ、そうだな。頼めるか……?」

「……え? あ、えっとぉ~……」

「……」


 同室という扱いもどうかと思うが、同じく俺と共に寝食を共にするポポとナナも俺の枕元のすぐ傍にいる。

 俺はナナの申し出を受けたわけだが、そのナナがポポに助けを乞うようにチラチラとそちらを見ては慌てている。ポポはナナのフォローをする気はないらしく、険しい顔を続けるのみだ。ナナは自分で言ってはみたものの、まさかそれが俺にすんなりと受け入れられるとは思ってもみなかったような具合だ。


 しかし、それは無理もない。俺の態度がそうさせているに決まっているのだから。

 今の俺のこの不安定な状態が、ナナとポポに余計な心配を掛けている。




 オルドスで借りた宿の自室。昼間に慌ただしく動いていたこともあり、ベッドに早々と飛び込んでいたがその行動は今のところ無駄になってしまっていた。皆とは打ち合わせは済ませ、明日に備えて解散したというのに……。


 明日に備えて万全を期すためにも早く休まなくてはいけないのは分かっている。でも、不安がそうはさせまいと無理矢理休ませてはくれないのだ。何かしなくてはいけないという気持ちがどうしても消えない。


 今日だけで俺はできる限りのことはやったつもりだ。招集に来れるSランクは大体把握したし、今回は白なのか黒なのかの選別もした。『ノヴァ』が現れれば戦闘は避けられないことを踏まえ、ギルドのあちこちは勿論、周辺の地形も見て回って地形把握は問題なし。ジルバさんによればヒナギさんの武具も明日の朝にはギリギリ間に合うらしいし、個人的に対『ノヴァ』用に考えていた二つの秘策の内一つは大体形になったところまで仕上げた。


 それでも、想定した時間が圧倒的に削られた関係上、どれもこれも中途半端な結果になってしまっているのが実情なのは否定しない。本来なら無理を通してでもそれらをなんとか形にしただろう。しかし、これ以上のことをしようとなると、明日に支障が出てしまいそうだから下手なことはできないのも事実なのだ。


 どっちつかずの不安定な状態のせいで寝れず、無意味に時間だけが過ぎていく。

 この時間が一番無駄に思えるが、それが分かった所で俺にはどうすることもできない。


「クソッ……明日だってのに……!」


 不甲斐なさから自分に悪態をついて寝がえりを打ち、ポポとナナに背を向ける。


 俺はこの前、もう『ノヴァ』に後れを取らない、誰も奪わせないと心に誓った。だというのに今の俺には明日に対する自信が湧いてこなかった。

 それは時間が不都合なことに短縮されたことをきっかけに、昼間に全く関係のない『漆黒』さんを殺してしまいそうになった後悔や自分がベストな状態で明日に望めないこと。それらの気がかりが心の不安に絡みつくようにして残っていることが原因だ。


 完璧な状態で当日を迎えるのは難しいことなのは理解していたつもりだ。それでも、あまりにも今の俺の状況は予定外すぎる。

 この予定のズレが元々不安定な俺に余計な焦りを生む結果になっているわけで、寝返りを打って誤魔化していたりするが、身体が震えるのを抑えるのが辛い程だ。


 ポポとナナにはバレてんだろうなぁ……。




「不安で眠れませんか?」

「……うん」

「明日のために早く休みたい。しかし焦る気持ちもあると……」


 俺の気持ちを汲んだかのように、ポポが背中越しに話しかけてくる。

 俺は心配してくれている気持ちに便乗し、自分の心情を吐き出さずにはいられなくなった。


「あれだけ自信満々に今度は守る宣言をしておきながら、いざその日が迫ってきたらコレだ。明日が来るのが怖い……怖いんだ……! また、守れないんじゃないかって思って……」

「……」

「やろうと思ってた準備だって終わってない。グランドマスターには会えないし皆の準備だって……。でもなにより、俺の心の準備がまだ出来てない……!」


 招集が予定通りに行われるならばここまで弱気になんてならなかったかもしれない。それも所詮言い訳にすぎないのだが、今よりかはマシにはなっていたと思う。

 未来の俺から受け継いだ悲惨な記憶は、『ノヴァ』に対して殺意を抱くものであると同時に、それと同じくらい恐れを抱くものでもある。


 でも今は圧倒的に恐れの方が大きい。

『ノヴァ』に目論み通り、皆が手元から離れていくような結末を想像して、余計に不安が増してしまう。




 どうすればこの不安は拭える? 分からない……。




「――っ⁉」

「ツカサさん? いますか?」


 身体が異常なくらいビクッと跳ね、心臓も同時に締め付けられるようだった。

 ドアをノックする音がしてすぐに、誰かがこの部屋を訪ねてきたようだ。それが分かって一先ずは反射的に驚いた身体を落ち着かせるが、誰かはともかく外部からの急な来訪は心臓に悪すぎるったらありゃしない。


 ――これが身内の人でなければもっと酷かっただろう。


「……アンリ?」

「はい。少し話がしたくて……。今大丈夫ですか?」


 やってきたのはアンリさんだった。少し間を置いて確認すると、どうやら話があって部屋まできたとのことだった。


 ……全然大丈夫じゃないけど、アンリさんの前では弱気な姿は極力見せるわけにはいかない。俺の態度で不安を募るような真似だけはしてはいけない。

 アンリさんも明日に対して不安があるはずなのだから。


「ちょっと待って、すぐ開けるから……」


 今の俺の頼り無さすぎる女々しい格好は非常に頂けない。身体を起こし、心にメッキをかけて平常の顔を取り繕おうとした時――。


「アンリさん。ご主人は全然大丈夫じゃないので遠慮しないで今すぐ入ってきてもらえますか?」

「え?」

「ポポ⁉ ちょ……!」


 ポポが急にそんなことを言うのだからまたもビックリ仰天である。いきなり何を言い出すんだと。


 更に――。


「早くしてください。ご主人が死にます」


 死なねーよ⁉

 というか死にそうなのに対して切羽詰まってない声で言われてもなぁ。一体今の俺はどんな死にそうな状況なんだって話だ。

 そんな人生を大往生した危篤者みたいな落ち着き見せられても……。


 ポポに困惑した表情を向けている間に、扉の開いた音が聞こえてくる。


「「あ」」


 ドアを開けて入ってくるアンリさんと目が合い、同じタイミングで声が重なった。そしてお互いに動きを止めてしまう。


 もう遅かった。

 湯浴みを既に済ませたらしく、髪を下ろしてフリーになったアンリさんがそこにはいた。


「い、いらっしゃい……」


 俺の構想とは違った早すぎる登場により、ベッドの上で辛うじて絞り出した声は、自分でも分かるほどに気まずい雰囲気を滲ませていた。


 慌てて迎え入れる準備をしていた途中であったため、現在ベッドで四つん這いになった状態なのだ。仮に何かしらの理由があったとしても、違和感のある体勢で目撃されてしまっては理由なく沈黙したって仕方ないだろう。うん。


「だ、大丈夫じゃないって……もしかしてそういう……?」


 そんな俺の姿を見たアンリさん。何故だか顔を赤くして目を剃らしているようである。

 一瞬、アンリさんの反応が理解できなかった。俺はあまり元気のない様子を少なからず見せているわけで、ここで困惑したような表情になるのだったらまだ分かる。アンリさんは優しいし、気遣いを見せてくれることだろう。


「そういう……? それってどういう……」


 しかし……なんで顔を急に赤くしたし? 湯浴みでのぼせたわけじゃあるまいし。


「し、死にそうなくらい……だったんですか?」

「……何が?」

「いや、でも男の人だしそれって普通、なんですよね……」


 はい? 何を仰ってるんでしょうかこの娘は。

 男なら普通……………ん?


 男の人なら普通、顔を赤くする程のもの、そして今の光景を客観的に見たシチュエーションということを踏まえまして……。




 ――ファッ⁉ まさか……!




 アンリさんが恥ずかしそうにしてる原因に俺はようやく気付く。


「し、死にそうなくらい……我慢してたんですか?」

「……ッ⁉ いやいやいや⁉ んなわけないでしょ⁉ 違うから!」

「ここ最近慌ただしく動いてましたし、ね……」

「ポポ! なんか余計な誤解されてんですけどオイ⁉」


 アンリさんが別の意味でのぼせとる⁉ 

 ベッドの上で不自然な体勢、慌てた様子、「少し待って」という俺の言葉……この三拍子とくれば年頃ならば想像してしまっても変ではないはず。


 全てタイミングが悪すぎる。

 つまり、アンリさんは俺がナニーしてたの? と考えているのだろう。


 アンリさんが俺から目を剃らしては何度もチラチラとこちらを見る仕種を繰り返し、紛れもなくそうなのだという確信が強まっていく。目も当てられないとまでは言わないが、なんだか俺よりも羞恥に耐えているようにも見えなくもない。




 あ、アカン! この誤解はヤッベ……本当に死亡案件じゃねーかよ!? や、ヤメテー! そんな顔で見られたってヴァルダじゃないんだから興奮しませんよ俺は⁉


 確かに俺だって溜まる時は溜まりますとも。定期的に自己処理くらいはするさ。

 でもさ、流石に少しばかり変態の俺でもポポとナナがいる場でそんなことできるわけないっての。そこまで変態は極めてない。しかも溜め込んだところで死ぬわけないし、溜め込みすぎたその時は勝手に出ていくもんなんですよ? アンリさんは知らんかもだけど。


 アンリさんや、ちょいと脳内思考がオーバーヒートしすぎじゃね?




 とにもかくにも、取りあえず気まずい。

 この状況を作り出した原因であるまさかのポポに責任追及をしようとしたところで――。


「これで少しは気が紛れましたかね?」


 なん、だと……?


 やれやれと、呆れと安堵の両方を体現しているのか息を軽く吐きながらポポはそう言ったため、一瞬驚愕した。


 考えてみればポポが俺に対してマイナスを働いたことなんてのは酒を飲んだときくらいだ。ナナとは対照的にお利口さんなのがポポで、特に本人も腹黒さを抱えてたりするわけでもないのだから悪意のある発言自体おかしなことである。 


 ポポは少しでも俺の気が楽になるように、考えて発言をしたのだ。


「お前、まさか……」

「……フッ」


 それが本当なのかどうか。俺が朧気にポポの真意を聞くと、ポポは言葉では語らずに笑っており、それが答えみたいなものであった。


 お前は神か。

 さ、流石や。お前まさかあの一瞬でこの展開を構築していただなんて……俺とアンリさんの心情を理解してなきゃ到底無理。君の頭の展開速すぎてご主人ビックリですわ。


「ふわぁ~。これでやっと安心して寝れそうれふね。 (なんか知らないです) (けどラッキーでした)


 今の小声にもビックリですわー。

 オイオイ、ポポ。最後の聞こえてますよ。狙っての発言じゃなかったんかい。


 気が抜けたのか知らないが、盛大に大欠伸をしたポポがポロっとホンネを漏らしたのが聞こえてしまった。


 今のドヤ顔はなんだったんだよ。そのどや顔を返せや……どや顔を返せってのも変だが。




 嘘をつくことはいけないことである。なのでポポが些細とはいえ嘘をついたことに俺は叱る必要があるのかもしれない。一応親だし、嫌われることを嫌って躾をしない教育は論外だ。それは甘えである。

 俺はそういうとこで変な妥協をするつもりはない。


 ただ、ナナだったら後で間違いなくお仕置きすること確実だけど、ポポは普段お利口さんなので今回は特別にご主人許してあげることにしましょうかね。

 これは贔屓ではない。社会人が有給を使えるはずなのと同じくらい、ポポには当然の権利なのである。


 その考えが甘えだろって? ……知らないですね。

 私がルール。私がよければよかろうなのだ。

次回更新は1週間後を目処に。

大型連休はあると思うので、そこで更新頑張りたいと思います。


※5/2追記

次回更新は金曜です。

大型連休があると言ったな、アレは嘘だ(泣) 

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