320話 決戦前夜②(別視点)
お待たせです。
「ウィネスさんの役目はただ一つ。今日あの場にいたSランク……『剛腕』は放置でいいけど全員をいつでも指揮下に置けるように立ち回るだけです。貴方の役目は事が終わった後にも響くから、改めて是非よろしくお願いしたいッス」
「心得た」
「ジーク君の役目は言わずもがな。明日は司達の会談中に俺のところに来てくれ。ポポとナナはツカサと一緒だろうから、セシル嬢とシュトルム君の感知網を掻い潜るだけ……できるね?」
「やるしかねーんだろ? 命令にしか聞こえねーぞ」
それぞれの役目と行動をヴァルダが伝えていくと各々が了解の意を示していく。
ジークは戦闘中を除くが、どちらも高揚して大声を無闇に張り上げるようなタイプではない。どうやらジークは当然、ウィネスも士気は高まっているようだ。声の張り具合が夜であっても割と高めである。
「アレクは?」
「アレクの役目は残りの面子を抑えつけておくキーパー役。ツカサがピンチになりゃ皆一斉に集まるのは容易に想像がつくし。流石にシュトルム君とセシル嬢はカイルだけでは抑えきれないからね……覚醒前のシュトルム君はまだしも、セシル嬢は無理ゲーだ」
「俺らを除いてこの世界でも最高位の魂の強さをしてやがるからな、セシルの奴。止められんのはアレクだけだ」
「天使は特別なのだな……」
「ええ。手薄になるから万が一の各地への被害は他の人達にも通達してあるし、そっちはそっちでなんとかしてもらうしかないね。『ノヴァ』の雑兵が動いても時間稼ぎくらいはできるはずだ」
これまで入念に準備をし、ここまで進めてきた。ヴァルダがスラスラと口を開けるのはその自信からだろう。
真面目な話をしている最中ではあったが、ヴァルダは足下の地面を足で削って遊び始める程だった。
「その肝心のアレクの奴は今何してんだ? まだ準備中なのかよ?」
「んー? さっきそこらにいた時は武器の手入れしてたけど……流石にもう寝てるんじゃないか? 今日はアイツらに気配を悟られないように感覚全開で動き回ってたし、眠そうだったからなぁ。伝えること伝えておいたし問題はないと思われ」
「ほーん……じゃ、グラマスは?」
「ヴィオさんは明日の朝一で合流するよ。今日は彼氏さんのとこで色々と報告したかったんだってさ」
「……そうか」
ヴィオラの所在を聞いたジークが神妙な顔つきへと変わる。
ヴィオラが今日席を外していたのは、司の予想とは違って逃げていたという訳ではなかった。本人にとってとても重要な一身上の都合があっただけに過ぎないのである。
ジークはヴィオラに最も憎しみの感情をを向けられているが、ヴィオラの事情を知っている手前そのことについては何も思うことはない。今自分が受けている仕打ちが例え理不尽な理由であろうとも、避けられなかった自分の運命なのだという……ある種諦めとも言えるようなもの考えではあったが。
「ーー遂に明日か」
一瞬だけ訪れた静寂のあとに、ヴァルダは感慨深く何度目か分からない呟きを溢す。
「いよいよだな。お前からしたら遂にってレベルだろうな」
「そうだね……けど、あっという間だったよ。長年の月日が経ったってのに、ついこの間のことのように感じる」
ヴァルダは噴煙から微かに覗いて空に浮かぶ星を眺めながら手をかざした。その星を手中に収めようとしている仕草は、今回の計画に対するヴァルダの意気込みが現れているようだった。
「ヴァルダ、締めに入る前に一つ話しとくことがある」
「ん?」
そんなヴァルダの様子に、ジークはたった少しの懸念も残しておくわけにはいかなくなったのかもしれない。
「いや、もう俺だけの問題でも話しておいた方がいいと思ってな」
「君だけの……? なんぞ?」
ジークから告げられそうなことに思い当たる節がない。ヴァルダの反応からはそれが見てとれた。
「俺、今日の昼に妹と偶々会ってよ、そのことなんだが」
「ほぅ? あ~……な~る」
今日の昼間にジークは妹と久々の再会を果たしている。そのことを伝えようと思ったのだが、ヴァルダがそこで途端に目つきを変えたのを見てジークはまた一歩先を行かれているのだと即座に悟った。
それならば隠す必要もなかったのだと、要らぬ苦労をしていたと自分に後悔するのだった。
「……俺に妹がいたってことに驚かねぇってことは、テメェ前から知ってたな? つかなんだその面白そうな物を見る目は?」
「ゴメンゴメン。そんなつもりじゃなかったんだけど、このタイミングなことに驚いてさ。妹さんがいることはツカサから聞いてたし実は知ってた。確かシェルロッタさんだっけ?」
「なんでも知ってやがんだな。なら大した話はしてねーが一応話しとくぜ」
◆◆◆
「ーーうん、本当に大した話に聞こえないね、その説だと」
「そこは許せ。そして察せ」
「う~む……はい」
一通りのあらましを聞き、ジークの大雑把すぎる説明にヴァルダは説明不足を訴えるもやや横暴な返答に困惑してしまう。
相変わらずジークは肝心なところで適当さが抜けていないのだ。適当な部分は聞き手がそれとなく脳内で補完的するしかなく、ヴァルダはなんとなくだが理解はしたものの完全にマッチするには至っていないようだった。
「連中に加担したことで上手く身を隠せてたことは好都合だったが、抜けちまったしな。ここ暫くは無警戒ってのもあったから見つかったのは俺の責任だ。……まぁ、それをお前らの計画に巻き込む真似はしねぇから安心してくれ」
自分の説明力を今更どうにかできるとは思っていないのだろう。取り合えず一旦棚にあげることにし、話を続けるジーク。
自分の問題で計画に支障をきたすことはないと澄まし顔で言うもののーー。
「今まで全て放り出しちまってたツケが回ってきただけだからな。自分の行いってのはちゃんと戻ってきやがるみたいだな……」
声にはやや元気がない。
心のどこかで、僅かにだが後悔しているようであった。
「それで、妹さんはどうしたんだい?」
ジークの心境も気になるところではあるが、結局妹はどうなったのか?
まだそこについて語られてはいなかったためヴァルダが聞くとーー。
「上手いこと魔大陸行きの最終便があったんでな。一室空きを取って放り込んどいた。目ぇ覚ましたら海のど真ん中だから何も出来やしねぇさ」
「酷い寝起きドッキリじゃないかそれ。でも君お金持ってったっけ?」
実はジークは自分の使える金を所持していない。金に無頓着ということもあるが、これまで使う必要性を感じたことが殆どないのだ。一人で旅をしている最中は現地調達で野生の恵みで身体を潤わせており、まともに使ったのであれば今回が酷いと言えるくらい久しぶりということになる。
このことを知っていたヴァルダからすれば、この疑問は当然である。
ちなみに、ここ最近の衣食住は全て司にたかっている状態だったりする。勿論一番の出費は食費だ。
「金は武器を売って作ったんだよ。幸いにもアダマンタイト製のがあったし、ここらじゃ素材の売買にゃ事欠かねぇから助かったぜ。まとまった金になった」
「船に乗るだけなのにアダマンタイト製の武器を売るなんて聞いたことないんだが……。まぁ、君なりに妹さんを大切に思ってるんだな。君がミーシャ嬢を気にかけていたのは……もしかして妹さんと重ねていたのかな?」
「……さぁな、どうだか」
「ちぇっ、ポーカーフェイスが今回は上手すぎるよ。今だけは君の心を是非覗き見てみたいのに」
ニヤニヤしながら文句を垂れるヴァルダを見ても、ジークは微動だにせず冷静に答えるのみだった。
一応煽って本心を聞き出す算段であったのだが、それは失敗に終わってしまったらしい。
「でもジーク君には悪いが、もし今後巻き込まれる可能性があったとしても俺はアイツの計画を優先させてもらうよ。言わなくても分かってるとは思うけど――いいね?」
「っ……」
だがそれはそれ、これはこれである。
ヴァルダは先程とはうって変わって真顔になると、冷たく聞こえる声量でジークへと忠告する。
仲間であっても計画が第一。容赦のないヴァルダの一面に、傍で聞いていたウィネスは第三者でありながらも身震いしてしまう。
「おう、それは構わねーよ。アイツだってフェリミアの端くれだ。自分の行いが招いた結果に後悔はしないはずだ」
だが、ジークもジークである。身内からの容赦のない忠告を受けたところで動揺を見せることはない。
その内心ではその結果にするようなことにはならない、させないと言っている気迫をヴァルダに無意識に向けているようにすら見える。
「……んし、じゃジーク君からの話はこれで終わりでよろしいかな? 終わりなら俺はまだ明日の仕込みしたいからここでバイビーさせてもらうけど……」
ジークの心境を理解したのかは分からない。ヴァルダはそこで話を止めると、そろそろこの会の解散の宣言を始める。
「仕込み? まだあるというのか⁉」
「うん」
「あれだけやって足りねぇのか?」
「それは分からない。だからやるんだよ」
もうあとは明日に備えて休息を取るだけだと思っていた二人はヴァルダの発言に目を丸くする。
ここ数日の間にヴァルダの準備していた仕込みを実際に見ていたため、どちらかというとこれ以上増やせることに驚いたのだ。
「……明日はこの場所が最も激戦の地になるんだ。今日仕込んでいた秘策に加えて念には念を込めて……か~ら~の? 更に念には念を入れての仕込みだよ。やれることはやっておかないとね」
「マジかよ……」
ケロッとした顔のヴァルダの何気ない表情。普通の顔が今はジークにとっては戦慄を覚える程に衝撃的に映る。
純粋にヴァルダの世界一の部分に恐れを為したのである。
「けどお前……この前から世界中に、それこそ今も展開したままだろ? まだ余裕があったのか」
「フッフッフ、伊達に500年は過ごしていないからな。裏技使えばこれくらいは造作もない。俺の魔力量を舐めないでもらおうか」
「(コイツ……一体どんだけ予防線張ってやがんだ? 魔力量だけで言えばツカサですら全く歯が立たないんじゃ……)」
ヴァルダのまだ見えぬ力の高さ。真の限界を未だ見せないことに想像を膨らませるも、見れないのなら真実など見ることは叶うわけがないのだ。
ジークはヴァルダ達の計画を知り、今は今回だけという限定で協力する形を取っているわけだが、そのメンバーの実際の詳しい情報を知らないことが悔やまれた。
ただ、魔法を使えず、またその知識に少しばかり疎いジークではあっても、司が同時に魔法を使うのは辛いと言っていたのは何度か小耳に挟んでいるため、それを平然とやってのけていることには疑問を持つのも仕方がなかった。
というのも、ジークが知っているだけでもヴァルダは既に『とあるもの』を10数個以上発動中なのだから。
何人もの人手を借りても到底足りない程の魔力量を一人で賄えているのだから、現実離れしすぎた力には驚かない方が難しい。
「さーて、イーリスの第一の関門は相手が『ノヴァ』だった。そしてアイツらはそれを無事乗り越えてくれた。でも、第二関門の敵はまさかの『アイツら』と『世界』で、しかも『ノヴァ』の役割を俺らが代わりにやらなきゃいけないわけだ。……いやぁ、キツイですねぇ?」
「なんで他人事みたいなんだよ」
また例のおふざけかとジークが突っ込むが、最早様式日なので深くは追及しない。
その配慮を受け入れるかの如く、ヴァルダは本会合の締めへと入った。
「第三の関門があるのはもう避けられん。明日で未来は新たなものに分岐したとしても、それを確定するには至らない。本来の世界の運命力は元の道筋に戻ろうと逆らう……道筋を作っただけで世界を変えられる程、現実は甘かないよ? お二人さん」
「あぁ、そうだな」
「心得ているつもりだ」
「そう。じゃあ俺からはこれで本当に以上。ジーク君、俺達の切り札君にも隙を見て今の話は伝えておいてね」
「任せろ。今回ばかりはアレ以上に最強の保険はいないだろうな。誰も予想できるわけがねぇ」
「だよねぇ。俺も立場的には人のこと言えないかもだけど。なんであなたがここに!? って絶対なると思う」
今回の展開という条件付きだが、ジークをして最強と言わしめる切り札の存在というのもまた二人の明日への緊張を少し軽減しているようだ。
激戦の中の激戦に立たされるジークとヴァルダにとっては、正に鬼に金棒のような存在である。
「必ずやり遂げるぞ。俺達で新しい世界の道筋を創り、その次に全員で未来をものにする! それができるのは俺達だけだ!」
「「おおっ!」」
最後にそう締めくくり、この場にいない者に代わって三人の決意が一つなった。
叫びは消え失せるまでの間、力強い響きを世界に残していった。
次回更新は来週くらいです。
※4/17追記
次回更新は木曜の夜頃です。
※4/19追記
すいません。更新もう少しお待ちを……。
今日も悲しく残業だぁ……(泣)




