317 話 瓜二つ
◇◇◇
「申し遅れた。我はウィネス・クレゴール。授かった二つ名は『連剣』。其方らと同じSランクに就いている」
「ええ、知ってます。一番有名って聞いてますから」
短く簡潔にウィネスさんが自身のプロフィールを告げる。俺は『連剣』の二つ名を聞き、感じていた不思議な違和感を一旦放棄する。
『連剣』――俺はこの人のことだけは知っていた。シュトルムから話された中で唯一、冒険者のトップを目指すならこの人しかいないと言っていたからだ。
魔族にはエルフ程ではないにせよ長寿な種族が存在する。中年程度の外見を保っているこの人だが、聞いた話では随分と年齢は高かったはずだ。見た目による実年齢予想などは全く当てにならない。フェルディナント様の例があるので十分刷り込まれている。
ウィネスさんはSランクとして何十年も籍を置き続けている実績ある、本物の実力者。人柄、強さ、知識、問題解決能力……どれをとっても最高峰。各分野で必要とされる万能の力を持っているのである。
ちなみに、その時シュトルムに冗談で目指すのは俺だろと言ってみたら、冗談は存在だけにしろと鼻で笑われました。ぐぬぬ……。
「……我に何か?」
「いえ、何も……」
このような本物のカリスマを持った人というのは、見えないオーラを放っているような気がしてしまう。ギルマスに初めて会った時のあの威圧感を無意識に肌で感じてしまい、俺は身体が少し強張っていたらしい。
「それ……珍しい型してますね」
ウィネスさんに何でもないことを告げた後、話題の切り替え材料を探したところで、ウィネスさんの携えている得物に目が向いた。ウィネスさんも俺の視線に気が付いたようで、察したのか得物に手を添えてその補足をしてくれるのだった。
「ん? ああ、この得物の型は珍しいか。一応我の種族では伝統ある型なのだがな」
ウィネスさんが持っている剣は、柄に刀身が二つ生えた独特の形をしている。『連剣』の由来はここからきており、実際ウィネスさんの一振りは二振りにも三振りにもなって相手を襲い、倍の攻撃……言わば一人で多人数を相手にしている錯覚を覚えさせることからそう言われるようになったとか。
一発殴ったら実は三発飛んできましたとか怖すぎるんですけど。
噂じゃ剣以外も連撃になるって話だけど……どうなんだろ? そういうスキルなのかね。個人の詮索はあまりよろしいことじゃないから聞きづらいけど。
「よくこの二又の形のせいで周りからは縁起が悪いと言われてな……でも我は妻一筋だぞ?」
「は、ハハ……そうなんですね」
軽く流すように笑って言うウィネスさんに空笑いしかでない。
別に聞いてないんですけど……そこ、笑っていいのだろうか? ブラックジョークすぎる。
で、でもホラ、こうやって堅苦しいだけじゃないお茶目さも併せ持ってるってこと言いたいんだよな?
堅苦しいだけで人柄の良さなど伝わるはずもない。時には冗談をかませるくらいの人物でないと最高峰だなんて言われないってことですか……ですよね?
「ねーねーウィネスさん。そういや彼……アレク君だっけ? 彼はどうしたのさ?」
「アレクか? 奴なら今別行動中なだけだがそれがどうかしたか?」
「アレク……?」
ウィネスさんのジョークは無かったものとしたのか、ライツさんがキョロキョロと辺りを見回しながらウィネスさんに聞き尋ねる。そしてそれは俺にとって思わぬ人物についてであった。
アレクって……あのアレク君のことか? 優性不良児の。
「そうだよ。其方が考えている奴で間違いない。実は奴から其方のことはよく聞いていたんだ。アレクは其方に随分と世話になったと言っていたぞ」
え、マジであのアレク君なのかよ。
俺の驚いた小さい呟きへの返答で、ウィネスさんが俺の知るあのアレク君のことを知っているのだとすぐに理解した。
アレク君とウィネスさんの接点が一体どこにあったのかは分からない。しかし暫く音沙汰もなかったので何かの縁で知り合ったのなら不思議ではないのかもしれない。
ただ――。
「そう言う程何かしたわけでもないんですけどねぇ。ちょっと稽古に付き合っただけなのに」
学院時代の1週間程度手合わせをした程度で大袈裟な。
横暴そうで実はそうではない彼の口まわしが裏付けされるってもんだ。あんな良い不良もそうそういないだろうな。
でもアレク君……この大陸にいるのか。なんだってこんなタイミングの時に……。見知った人くらいはせめてこの地にはいて欲しくなかったんだが。
「なんでアレク君が貴方と一緒に? 彼は自分のルーツを求めてアニムに向かったとは以前聞いていたんですが……」
学院卒業後にアレク君が向かった先を知っていた手前、てっきり俺はアニムで冒険者家業を続ける傍らルーツ探しでもしているのかと思い込んでいた。
アンリさんが以前出した手紙への返事も未だなかったし、慌ただしくしてるのかなとは考えていたけど……まさかアニムにいなかったとは。これだと手紙も読んでない可能性があるかもしれない。
「奴と一緒にいるのは些細な個人的な理由がお互いにあってな、言わば成り行きみたいなものなんだ。それと我が奴に初めて会ったのは魔大陸だったぞ? アニムではなかったな」
「魔大陸?」
個人的な理由で一緒にいるのは取りあえず分かった。でも魔大陸で出会ったと聞いて、ますます意味が分からない。アレク君は一体何の目的で別の大陸に……?
「それっていつ頃の話なんですか?」
「割と最近で、一、二週間程前だ。君が言うルーツが……という話は聞かされていないので分からないな」
アレク君が魔大陸にいた理由は、おそらく彼の近況を最も知っているウィネスさんでも不明らしい。もしかすると個人的な理由とやらも関係している可能性もある。
果たしてアレク君は自分のルーツを見つけることができたのだろうか……。ルーツを見つけたからこそ魔大陸にいたのかもしれないし、心配の種はさっさと消化しておきたいな。
「そうですか。アレク君は今どこに?」
「ここにいるはずだ。別れたのはついさっきのことだしな。少し施設を散策すると言っていたぞ」
へぇ? それなら丁度良い。グランドマスターに会えなくてやることが減ったなら、取りあえずその時間はアレク君と接触する時間に充てた方が良さげだ。
グランドマスターの所在についてはこの後にナナかジークにでも頼めば分かるだろう。この場にいなかろうが知ったことではない。俺達の索敵能力を舐めてもらっては困るし、別の大陸にでも行ってない限り必ず今日中に会ってやる。
「――先程までウィネス殿と一緒にいた者ならあの少年のことですな? 「っ!?」それならばロビー近くの廊下をさっき通るのを見かけたであります。多分闘技場に向かっていったのでは?」
Sランクの人達との接触が順調の最中、声は聞こえど姿は見えない人物が俺らを見ているようだ。それまでの話を聞いていたらしい話し方だが、それよりも驚きの方がまずは大きかった。
「ど、どこから……!?」
ドア付近を見ても誰もいない。すぐ近くにいるような、でも遠くから聞こえた気もする絶妙な声加減で声の主がどこにいるのか見当もつかない俺だったが、何故かキョロキョロとしているのは俺だけであることにすぐ気が付いた。
ヒナギさん達は、始めから分かっていたかのように一斉に天井に顔を向けていたのだ。
「フフ、いつからいらしていたのかしら?」
「全く気が付きませんでした。気配の断ち方に一層の磨きが掛かってますね」
ヒナギさんと姐さんが落ち着いた様子であることから、これまた通例のことであるのかもしれない。
なんだ……また癖のあるSランクさんの登場ですかいな? ウィネスさんも10人くらいはいる的なこと言ってたし、続々と集まってきてるなこりゃ――。
「皆さんの話は『剛腕』殿が去った後から見ていたであります」
ドクン――。
まだ姿も見えないのに、身体が本能的に警告を発している気がした。そしてその瞬間から、俺は周りの時間が遅くなったような感覚に捕らわれた。
ヒナギさん達の表情から挙動がコンマ送りのようにじっくり分かる。揺れる髪さえ一本一本しっかり視える。
まるで感覚が無理矢理研ぎ澄まされ、何かに備えているかのようだ。
天井にダクトでもあるのか、ギギィ……と天井の一部がズレてぽっかりと穴が空いた。そこから黒い影が音もなく床に素早く降りてくると、ゆらりと立ち上がって姿を晒す。
この一瞬の間は時が止まるのではなく、時が巻き戻されたようでもあった。
え――?
「お久しぶりでありますな」
嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ……!
「このような場所から失礼」
あり得ねぇ……お前はあの時確かに……!
「某は相変わらず表立った場所に居るのが苦手故」
なのになんで……!
「許していただきたいのであります」
「っ――なん、で……!!! テメェがここにいるっ!!! 『影』!!!」
お前はあの時、確かに死んだはずだ……! 俺の目の前で!!!
俺の身体は咄嗟に反応した。ジーク達に伝言を頼んで先に戻ってきていた宝剣をすぐに構えて切先をそいつに向け、傍にいたヒナギさんは咄嗟に引き離した。
確かに変な人ばっかりだったが、変な人では済まされないような奴が現れた。
この口元は包帯で覆われた姿に全身黒装束で固めた細身の身体。目に焼き付いたこの特徴は忘れようもない。
心臓が幾度とないくらいに激しく脈打つ。
瞳の色こそ違うがあの殺したはずの『影』と瓜二つの姿に、動揺を隠し切れるわけがなかった。
※3/28追記
次回更新は土曜です。
※3/30追記
更新は本日中にしときます。




