316話 対面
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「――へぇ、やっぱりお兄さん達もそうだったんだ?」
「ええ。それでグランドマスターと話をしに来たんですが……」
騒いでいた廊下から引っ込み、ドアだけがない部屋へと退避した俺達はテーブルを囲んでお互いの顔を見ながら会話に興じていた。椅子に座る小人さんだけはテーブルの淵に指を引っかけており、明らかに背丈が足りていない。今も姿勢を伸ばすことで顔がハッキリ見える程である。
「ならワタクシ達と一緒ですわね。……でもそうよね、いきなり異論は認めないと言われてワタクシ達が素直に頷くと思ってもらってもね……」
「ねー」
小人さんが姐さんに向かって無邪気な顔で同調し、今回の急な話に異論を示している。
全くだ。グランドマスターは一体何を考えているのやら……。
癖の強い人が多いと分かっている人達が、異論は無しでという要求を素直に受け取るわけなんてないのに。……いや、多分Sランク関係なしに普通はそうなるとは思うけど。
この二人……小人さんの方は名をライツ・マーレン。姐さんの方はナディア・ミルスティンと言うらしい。どちらもSランクの証とも言える二つ名を持ち、その名に恥じない実力を持っているとヒナギさんから今しがた説明を受けたところだ。ヒナギさんが言うのだから実力は間違いないだろう。
『疾風』に『舞姫』……ライツさんの方はともかく、姐さんの二つに関しては雰囲気と合いすぎているとしか思えない。民族衣装風の恰好もさることながら、立ち振る舞いが非常に上品で見ているとヒナギさんを思わせるのである。
本人の得物もこれまた変わっていて刃仕込みの鉄扇を扱っているとのことらしいし、こんな美人さんが鉄扇を持って戦う。それが理由で『舞姫』と言われるのだったら納得がいく。
ちなみにライツさんの得物についてはまだ不明である。別にこちらから聞いたわけではないのだが、「僕の武器ってなんだと思う? あ、聞きたい聞きたい? えっとね~……内緒!」……とのことらしい。なら何故聞いたし。
ちなみに、先程姐さんに【魅了】を掛けられたことについてはもう別になんとも思ってはおりませぬ。
だって実害はなかったし、ヒナギさんの胸の感触を味わえる結果になったんでむしろ役得でしたもん。それに姐さん美人だし悪い気しないし……ゲフンゲフン。
「でも丁度良かったかもしれませんわ。二人をなんだか引き留めてしまったようで悪かったのだけど、生憎マスターは今留守にしていらっしゃるようですの。補佐のリンファさんから、会おうと思っても無理と言われてしまったところでしたのよ」
「留守、ですか……?」
「理由は不明だけれどね」
ヒナギさんの聞き返しに姐さんがゆっくりと頷き、何故グランドマスターの部屋の手前で皆さんがたむろしていたのかの理由が判明した。
「今日通達を寄越しといて席を外してるってさ、まるで僕達から逃げてるみたいだよね」
「確かに。ただ、逃げるくらいならなんでこんな決断したのか気になるところですが……」
これは……グランドマスター自身は今回の決定を快くは思っていないということか? それとも何としてでも明日に敢行するために当日を迎える必要があったってことだろうか……。
ギルドは関係無しに、組織のトップというか代表は気の弱い人は少ない印象があるし、弱腰で逃げてるような考えではなさそうだけど…………うん、結局分かんね。
どのような思惑があって今があるかを考えても答えは出ない。
しかし、ギルド自体が既に黒という最悪の可能性もなくはない。現段階の可能性だけなら、前者なら白で後者なら黒の見かたをすることだって出来てしまう。
さっきは肉塊が白の可能性も生まれてきたし、良い方向に事が進んでいるのなら文句は言わないのだが……。
「うんうん、僕達も無駄足だったからどうしよっかーってなった時にあの人が来て揉め事になったって感じかなぁ」
「そうでしたか」
「う~ん……揉め事になったのは単にライツさんが余計なことを言ったからだと思いますわよ?」
「……そうだっけ? そんなの忘れちゃったナ☆」
おおー、ライツさんのことめっちゃ殴りてー。
屈託のない笑顔がここまで腹ただしいのも珍しい。久々に殴りたいこの笑顔頂きましたわ。
呆れた顔をしてライツさんの方に非があったと証言する姐さんに対し、疑いの気持ちは一向に芽生えない。ライツさんの人柄を知った今、例え証言がなくても全面的にライツさんが悪いであろうことは簡単に想像がつくからだ。
俺もさっき盾にされたことと、からかわれまくったの思い出し、収まっていた苛立ちがまた再燃していくのを内で感じた。
環境が変わって人間関係も変化しても、こういうシチュエーションに自ずとなってしまう法則が存在してるんですかね? 必ずと言っていいくらい、いらんとこで無駄なストレス溜めてるような目に遭っている気がするんですが?
つーか今更だけど自己紹介もしないであんな会話をしてたことに驚きですわ。ライツさん、アンタどんだけ一方的なフレンドリーさなんだよ。
「……コホンッ。それとさっき『玉音』と『残烈』と通信で話したのだけど、明日は間に合わないそうですわ。二人ともまだ別の大陸にいるようなので」
「それは……まだ開催までの期間がありましたから仕方がありませんね。距離的な問題は時間がない以上……」
恐らくライツさんへのどうしようもなさの咳ばらいを一つすると、姐さんから更なる新情報が。
この場に来ることになった以上分かっていたことだが、続々と聞いたことはある程度の名前が、チラホラと本格的に出始める。シュトルムやヒナギさんからSランクにはどんな人がいるのかを事前に聞いてはいたものの、流石に名前はすぐには言えないし覚えてはいない。
言われて少し思い浮かぶ……そんな程度である。
えっと、この『玉音』と『残烈』は~……確かどっちも男だったはず。それくらいは覚えてるかな。
続々と集まる予定だったはずのSランク達の全員集合は、最早難しいではなく現実的に無理となりつつある。
総数18人、正確には16人となるSランクの招集は、一体どれだけの人数が結局のところ集まる見通しなのか気になったところで――。
「――全員が集まることは既に不可能。明日の招集に間に合う者がいたとしても、集まるのは最低でも10人いる程度だろうな」
俺ら4人の会話に混ざる声がし、そちらを一斉に全員で見る。するとそこには、部屋へと入って来る一人の男性の姿があった。
「あ、ウィネスさんじゃーん。昨日は死にそうな顔してたのに今日は元気そうじゃない? もうばっちし?」
「ああ。昨日は見苦しい姿を見せて済まなかった。もう万全だ」
その人を見た瞬間、真っ先に勢いよく反応したのはライツさんだ。座っていた椅子の上に立つと、椅子が揺れるのも構わずピョンピョンと跳ねて危なっかしく跳ね回る。
その落ち着きようのなさを内心で子どもかとツッコんだものの、本人が子どもの心を持ってる云々を言っていたのを思い出して思いとどまった。
「フフ、それは良かったですわね? 不憫すぎて見ていられませんでしたもの」
「乗り物にはもう懲り懲りだな」
昨日ライツさんとナディアさんは出会っていたのか、その当時のことを話しているようだ。
どうやらこのウィネスさんという男性は乗り物に弱いとのことらしい。察するに、乗り物酔いだと思われる。
「――久しいなマーライト。其方の噂は魔大陸の方まで轟いているぞ」
「恐縮です。私もウィネス様のご活躍の話は何度も耳に挟んでおりました。お元気そうで何よりです」
「相変わらず其方は変わらないな」
「ウィネスさんの方も」
二人とは昨日既に色々と話していたのだろう。短い会話を終えると、見知ったヒナギさんに挨拶代わりの会話を始めるウィネスさん。
ヒナギさんもなんだか安心しきったように落ち着いた様子で話しているので、この人はまともな人そうではある。若干言葉遣いが古風っぽいのも影響しているのかもしれないが。
「それで――」
「あ、はい。どうも。新米ですがツカサ・カミシロって言います。以後お見知りおきを……」
全員と会話をしたら、最後は残った俺になるのはなんとなく察していた。ウィネスさんと目が合い、軽く頭を下げてまずは挨拶をする。
この挨拶には別にどこも可笑しな点はなかった――はずだ。
「そうか、其方があの……」
挨拶を見るや否や、ウィネスさんは聞き取りづらいくらい小さな声で、そう呟いたのだった。
瞳の奥底に哀愁漂う雰囲気を感じたのは、気のせいだろうか?
◇◇◇
刻を同じくして――。
「ハァ? 馬鹿かお前」
「馬鹿でも結構なのです」
「じゃあ馬鹿、馬鹿言ってねーでさっさと帰れ」
「嫌なのです」
睨むような目つきをしたジークと、縮こまりながらも必死に何かを伝えている可憐な少女が、不毛の大地で対面している。
二人の会話は会話と言うには難しく、言い争いにしか見えない険悪な雰囲気を漂わせている。実際、少女の方は受け身の姿勢で抑えてはいるものの、ジークから出る言葉は汚いものであった。
「今更になってお前の言うそれを受け入れろだぁ? ふざけんのも大概にしろ――帰れ」
「っ……」
「……帰れ! 今ならまだ間に合う! 明日ここは戦場になる。巻き込まれたらお前死ぬぞ」
頑なに帰れと忠告するジークに、少女は唇を噛みしめて堪えている。しかしそれはジークにとっては悪手であったようで、その態度を変えないことがジークの苛立ちに繋がっているようだった。
言葉は次第に大きさも感情も強くなり、激となって少女へとぶつけられる。ジークの胸程度の身長ということもあり、まるで少女が苛めを受けているようにも見える程だった。
「なら兄様も一緒に帰って欲しいのです!」
「無理だ。俺はその戦場に行く必要が……行ってやらなきゃいけねーことがあるからな」
「そんな……!?」
「そういうこった。だからさっさと帰れ。無駄死にしちまう前にな」
ジークを兄だと言う少女の顔は必死さが滲みすぎて泣きそうになっている。少女の要求は、ジークと共に何処かへと帰るということであるらしい。
しかし、ジークはその顔を見たところで心を突き動かされはしない。そっぽを向き、少女を視界に入れることすら拒否している態度で素っ気なく、少女の言葉に嘘偽りがないことが分かってはいても、それだけでは納得するに至らない明確な何かを抑えきれない様子だった。
「尚更帰れないのです……」
「あ?」
ただ、抑えきれない気持ちを抱えているのは少女の方も一緒だった。ジークの反抗的な言葉と頑なな態度が逆に、少女の頑固さを顕著にさせてしまったようだ。
キッとジークを鋭く睨みつけると、思いの丈を遠慮なく大声でぶつけ、見た目に似合わぬ豪快さを露わにする。
「折角見つけたのに……また、そうやって兄様は私の前からどこかに行ってしまうおつもりなのです!」
「……だったらなんだよ」
「何年間貴方を探していたと思っているのです! 私の気も知らないで!!! 兄様がいなくなって、私は……私は……!」
「うるせーな、んなもん知るかよ! 誰が探せなんて言った! もう遅ぇんだよ、どのみち俺は明日で全部終わるんだ! この機会にいなくなる奴のことなんてもう忘れちまえ! 目障りなんだよ!」
ジークもまた、盛大に突き放す言い方で症状へと吐き捨てた。
だが、『終わる』という言葉を境に、少女の睨む目つきは落ち着きを見せ始める。それどころか放心したような……呆けた目つきへとたちまち変わっていく。それに合わせて身体の動きもピタッと動きを止めた。
「明日で終わりって……どういうことなのです?」
「……」
恐る恐る、少女は口を開くことも恐れている程に、小さく……そしてゆっくりと聞き返した。
ジークは……それには答えなかった。
「まさか兄様……死ぬつもりじゃ「うるせぇ」ぁうっ……!?」
ジークが答えなかった段階で少女は悟ったのだろう。自分の兄が、自らをどうするつもりなのかを。
いち早くそれを止めに入ろうとするも……その出そうとした言葉はジークによって強制的に止められてしまう。セシル達の意識を刈り取った『ソウル・インパクト』によって。
ジークの青白いオーラを纏った拳が少女の鳩尾に入り、直に魂を揺さぶる。抗えぬ外部からの攻撃によって脱力した少女の身体はそのままジークへと持たれるように倒れ込み、成す術もなくなってしまうのだった。
「俺のことは今後もう忘れて生きろ」
「嫌……に、にぃさ……ま……」
「ちっとも守ってやれねー不出来な兄で悪かったな」
ジークの最後の後悔の言葉が、少女の耳に入ったかは分からない。瞬く間に少女は完全に意識を失い、ジークに両手で抱えあげられて静かになっていた。
「『技』の完成途中だってのに邪魔しやがって……。定期船、どっかしら残ってるといいが……」
この地に残すことは危ういと、せめて被害を受けないようにするために定期船による別大陸への輸送をジークは思案しているようだが、その定期船が今日どれだけ出ているかどうかが分からずに途方にくれた。だがすぐに一先ず街へと戻ることに決め、それから難しいことは考えればいいと切り替えてジークは歩き出した。
スタスタとダル気に歩く歩調はいつも通り。しかしその少女を抱えるゴツゴツした手は、今までに見たことがないほど優しいものだった。
次回更新は1週間以内なのです。
※3/22追記
次回更新は日曜です。




