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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第六章 来たるべき刻 ~避けられぬ運命~
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314話 白黒

 ◇◇◇




「イテテ……だからゴメンって!? ちょっとしたジョークだよジョーク!?」


 鬼の形相で姿を晒す肉塊は、相変わらずの暑苦しい様相だった。怒りに身を任せているせいか小人さんの傍らに立つ俺らにすら気付いておらず、完全に怒りが頂点に達しているようだ。小人さんが必死の形相で弁明している。

 しかし、肉塊が狙う標的は小人さん一点。それ以外には全くと言っていい程に注意が逸れてしまっているらしい。


 ……ハッ、つくづく脳みそ空っぽな奴だこと。だから『ノヴァ』に利用されるってのに。


「【剛腕】さん、ライツさんはそういう人ですから。大目に見てあげて欲しいのだけれど……」

「えぇい黙れ【舞姫】! アイツはぶっ潰さなければ気がすまん!」

「彼なりの茶化しですわよ? 昨日の傷もまだ塞がってないのに無理をしては身体によろしくないですわ」


 ついさっきも窘めていた人が部屋の中から肉塊を戒めるように落ち着かせようとするが、それでも全くと言っていい程に効果はないようだ。

 この昨日の傷というのは、俺との一件によってできた怪我のことを言っているのだろうが……俺は殆ど何もしていない。単にコイツが自爆しただけである。


【剛腕】は今全身包帯が巻かれている状態である。それは誰が見ても重症と認識するくらいには。

 本部の医療設備があれば、致命傷には至らない怪我くらいはすぐに治してもらえそうなものである。Sランクの立場ならその待遇を利用して怪我を全快させるくらいできそうなのだが……やはり昨日の一件や普段の態度がそれを許さなかったのだろう。あくまで止血程度の応急処置しか施されていないようだ。


「貴様! Sランクのくせしていつも逃げ腰か! 情けない奴め!」

「うるさいやい! Sランクだからって逃げちゃいけない理由はないじゃんか!」


 何があって小人さんがこんな目に遭っているのかは分からないが、考えが両者とも真逆にあるらしい。


 俺は小人さんの人が言うことには激しく同意だ。何故に地位や立場が上になったからといって逃げる考えをなくさねばならんのだ。逃げられない状況ならまだしも、こんな個人間の諍いで逃げて何が悪いというのだ。

 人生逃げたい時ってたくさんあるもんですよ。アンリさんとかセシルさんも怒らせると怖いし……。ヒナギさんは別の意味で逃げ出したくなるからなぁ。


 ――ま、俺がどうしようがどうせあの3人からは毎回逃げられないんですけどね。

 特にアンリさんの謎のホーミング性能は恐ろしい。逃げ切れたと思ってもすぐ隣にいるからあれはホラーだ。


「貴様のその態度が最高峰である称号を貶してんだよ! 俺様達の立場でそれは許されないことだろうが!」

「へへーんだ、知らないよそんなの。冒険者は自由……それなら僕の取るこの態度だって自由が許されるはずでしょ? キミが暴論振りかざすのと一緒で。……必要とあらばFランクの背中にだって隠れてやるさ。戦わないに越したことなんてないからね」


 おぉー、素晴らしいお言葉頂きました。そうだそうだ、戦いなんて糞くらえだ。

 痛くて辛くて苦しいのなんて大嫌い。平和を求めて一体何が悪いというのだ。


「だからそこのお兄さん! 僕を助けてくれるよね?」

「……え、俺?」


 平和主義っぽい小人さんに同感していると、その想いが小人さんに通じてしまったのかもしれない。肉塊を見上げていた顔をグリンとこちらに向けると、ビシッと俺を指さしてくる。


 ん? なんか雲行き怪しくね?


「ども、Sランクやってます【疾風】ことライツです。お兄さんのお名前は?」

「へ? あ、どうも、Sランクやれてますカミシロです。こちらこそよろしく」

「そうか! じゃあ僕とキミは今から友達だ。というわけでこの人の相手よろしくオナシャス!」

「あっ、ちょっと!?」


 自己紹介が突然始まったと思えば、それが俺の隙となったのを見逃さなかった小人さんは転がるのではなくGの如く地を這って俺の背後に即座に回り込むと、俺を【剛腕】に向けてグイグイと押し出し始める。見た目に似つかない大した力で。


 これ、普通の人だったら処刑台に向かわされてるようなものだと思うんですけど。

 俺こんな人と友達になりたくないんスけど。


「あら? 誰かいるのかしら?」

「さぁ掛かって来いこの肉ダルマ! 脳みそ筋肉のお前には僕の聖なる守護の盾……挑戦者カミシロが相手だ! 両者レディーファイッ!」

「何言ってるんですか! 離してくださいよ!」


 いつ俺がアンタの盾になった? それとも盾ってのは盾と書いて友達と読むのか? 初めて聞いたぞ。


 しかも押し出す手は服の裾を握っているらしく、逃げることを許そうとはしない。小人さんがしていることは完全に鬼畜の所業である。


「どしたどしたぁ? 怖気づいたのかなぁ~? 【剛腕】の名折れですなぁ……クックック!」


 俺が手を止めるように言っても押し出す力は止まらない。


 なんて人だ。人を盾にして更に煽ってんじゃないよ。アンタの方がSランクの名折れだろ。

 しかも調子づいてるし、この状況を楽しむんじゃない。




 なんか……興が削がれた。肉塊のせいで冷めた心が別の意味で冷めようとしとる。

 こんな人なら沸点の低い肉塊を怒らせるのは簡単だろうな。


「き、貴様は昨日、の……!?」

「……」


 今頃気づいたのか? 脳みそが筋肉どころかそもそも脳みそがねーのかコイツは。

 どっちに対してもゲンナリするしかねーよ最早。


 喧嘩腰で息巻いていた肉塊が、ようやく俺に気がつき動きを止めた。

 半信半疑だったのだが本当に俺らには気がついていなかったらしい。それが俺と眼がようやく合ったと思えばどうだろうか? すぐさま蛇に睨まれた蛙のように怯えていた。

 ジークが本気で脅したとも言っているし、それも影響しているのだろう。


 力で全てを捻じ伏せてきた奴は、力が絶対的であることを知っている。酷く言えば力に弱いのだ。必ずしもそうとは言えないが、この肉塊のような奴の場合は特に顕著だろう。実際今の態度を見れば疑いようもない。


「およ? なんだ知り合い?」

「昨日……?」


 肉塊のあからさまな態度を見て、小人さんと、いつの間にか部屋から出てきた女性は、肉塊が昨日と呟いたことに引っかかる点があったのか動きをそこで止めた。この時点で押される感覚もなくなった。




 チッ、しゃらくせー。




「成り行きで言うのも変だけどさ、取りあえず落ち着けよ。……なぁ(・・)?」

「っ――!?」


 昨日あれだけボロ糞にしているのだから語るだけ無意味。短い言葉にまとめて強制的に肉塊の恐怖心を煽る。


 そんでこれは駄目押しのオマケだ。有り難く受け取りやがれ。


「うっ!? ……なっ!?」


 俺が手のひらを向けたことに敏感に反応し呻き声を一瞬あげた肉塊だが、別に危害を加えようとしたわけではない。ただ痛々しいだけの怪我を治してやった……それだけである。


 淡い光が肉塊を包み、やがて収束する頃には全快。元々致命傷は負っていないのだから魔法で治せない傷じゃないし。


 自身を痛ぶっていた感覚が急になくなったため、巻かれていた包帯を解いて身体を見回している肉塊の顔は驚きに満ちていた。


 猛々しい程の無駄な筋肉を舐めまわしているような姿は……うん、気持ち悪い。

 同じムキムキでもマッチさんとは雲泥の差だな。


「わわわ!? 無詠唱!? ちょっとお兄さんどうやって……じゃなくて!? なんでこの人の怪我治しちゃったの!? せっかく弱ってたのに……!」


 ……案外ヒデェこと言ってますねアンタ。コイツに関しては完全に同意ですけども。

 ひ弱そうな見た目に反して言うことが過激すぎやしませんかね。


「貴様、何故……?」


 一通り身体を見終わったのか、俺が傷を治してやったことに疑問を持った肉塊が俺を見て呟く。


 怪我をわざわざ治してやったのには理由があるが、奴はどうやらそれを察しなかったらしい。

 やはり言葉にしなければ伝わるものも伝わらない。特にコイツに関しては。


「怪我を治してやったのがどういう意味か……分かるよな(・・・・・)?」


 だから俺は薄く笑みを浮かべて言ってやる。これは警告だ、次はないと。

 そしてお前如き相手にすらならないという威圧感を与えるために、怪我を治して屈辱とも取れる情けも掛けてやった。

 これで何も伝わらないのなら、本当にコイツは終わってる。


 ジークの忠告を踏まえてこれが俺の落としどころってところだな。


「……れ、礼は言わんぞ!」

「あぁ、言われたくもないから結構だ」


 礼を言わないのはコイツの最後の強がりか……。吐き捨てるように言い放ち、肉塊は逃げるように俺達の脇を通り抜けていく。


 まぁここで逆に強がられなかったらそれはそれで気色悪いけど。それこそSランクの名折れかよって気がしないでもないが――。


 立ち去られる前に、聞きたいことがお前にはあるんだよ。


「オイ、最後一つだけ聞かせろ。……お前、『絶』という名に聞き覚えは?」


 後ろを振り返り、背中越しに最も聞きたかったことを俺は単刀直入に聞いた。これのあるなしで、この後コイツをどうするかは決まる。

 現時点での俺の記憶だけでは未だグレーのまま。未来と状況が違う今、グレーどころか黒なのか白なのかも判断がつかない。


 結果的に殺す殺さないの判断……お前はどっちになる?

 黒なら可能な限り余計な芽は潰しておかねばならない。


「……? ぜ、ぜつ……? 誰のことだ? それは……肩書きとか、なのか……?」

「……」


 知らない……のか? 


 さっきとは打って変わって縮こまって首を傾げる肉塊の反応に、俺的には嘘は感じられなかった。

 確かに今回は招集日が未来よりもかなり早まった上に、それも明日に更に縮まっている。4ヵ月以上のタイムラグでまだ『絶』と接触はしていないのかもしれない可能性はある。


 これは……セシルさんとジークが今いないのが痛いな。

 一応今朝聞いた限りじゃ昨日は抹殺確実の心には至っていないって判断だったし、未来では黒でも現在は白ってことなのか?

 いや、接触が図られていないなら今の段階では白にするしかない、せざるを得ない。


 まだコイツは殺さなきゃいけない奴にはなっていない。『絶技』を知らないのなら、脅威な存在には至っていない。

 まだ他のSランクの人でも止められるか……。


「止めて悪かったな。ならいい」

「……?」


 それならばもう用はないことを伝え、今度こそ肉塊は階下へと降りてその場から姿を消した。


「カミシロ様……」


 肉塊を見送った俺は自分で言うと可笑しな話だが、いつもとは違う雰囲気が滲み出ていたのかもしれない。

 ヒナギさんの心配そうな声が、すぐ隣からは聞こえた。


次回更新は今度こそ一週間以内です。


※3/13追記

次回更新は明日です。

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