313話 急行
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リンファさんから通達のあった招集日の急な変更に対し、異論は受け付けないと言われていようが黙ってはいられなかった。
ジルバさんが狂乱して刀を打つのは手伝っているポポとナナ、そしてセシルさんに任せることにし、俺とヒナギさんはギルド本部へ急行していた。
道中で昨日番人達と遭遇した場所を過ぎ去り、滑り込むように本部へと到着すると、ロビーには人が大勢いるようで随分と騒がしい。少しその場に棒立ちして聞き耳を立てて声を拾っていると、大半がやはり明日に迫ってしまった招集日関連の話題を口にしているようだった。
カウンターを見れば職員の人がたった一人で押し掛けている人達に対応をしており、忙しなく対応している有様だ。職員はベテランしかいないはずだが、まるで新米のような慌てっぷりは明らかに捌き切れていない状況に追い込まれてしまったからだろう。
カウンターには処理済みなのかそうではないのかも分からない程、幾重にも積み重なった書類の束が放置されている。
「……こうなることくらい、分かってたと思うんですけどね」
「はい。それくらいの何かがあった……ということでしょうか」
カウンターを入り口から見つめながら俺とヒナギさんは現状に眉をしかめた。
ここが上手く機能しなくなるということは、それだけで世に蔓延る脅威が取り除かれないことを意味するに等しい。なので俺としては、こうなることが予想できたはずなのを見越して今回の招集を断行しているギルドマスターの判断はあまりいただけなく思う。
ギルド本部には各大陸に存在する支部よりも遥かに重要度や難易度の高い依頼が多いのだ。それは各大陸で処理が難しいものではなく、無理と判断された依頼がここに集まってきているためである。主にモンスターの討伐依頼を中心に。
パーティを組んでいた場合は例外としてBランク以下の者も共に依頼は受けることができるが、依頼を受注する者は必ずBランク以上の者でなければならない。
つまり、今視界にいる大抵の人がBランク以上の人達なのである。これはグランドルではあり得なかったことだ。
この光景こそが、この大陸が強者集う地と呼ばれる所以でもある。
まぁそれはさておき。
「ヒナギさん、グランドマスターの部屋って分かりますか?」
「え、はい。最上階の最奥にあるはずですが……」
一度入り口から逸れて脇へと移動しヒナギさんに聞くと、グランドマスターの居場所には心当たりがあるようだ。
ふむ? それならば話は早い。
「受付で話を通したところで時間の無駄だと思うんで、直接乗り込みます。案内してください」
昨日騒ぎを起こしてしまった手前、まだ騒がしいこの状況を利用しない手はない。
久々のスニーキングミッション。混乱に乗じればあまり騒がれることもないはずだし、何より時間がないのだ。……えぇそりゃもうふざけんなってくらいに。
「……分かりました。こちらです」
ヒナギさんも特に何か言うでもなく、無言で一度頷くとそのまま真面目な顔で了承してくれる。そして通路へと目を見やり、二人でそそくさとそちらに移動していく。
上手くロビーから離れても気を抜かず、そのまま無言で俺はヒナギさんの後に続いて見慣れない本部を見回しながら最奥を目指していくが、今の自分達の行動がどうも例の脳内妄想を駆り立ててしまう。
ゴメン、ヒナギさん。折角真剣な顔してくれたところ悪いんだけど、なんかこうやってコソコソしてると……今の俺らって人目を忍んでいかがわしいことしようとしてる人な気がしてくるのは気のせいでしょうか? 所謂二人でパーティーを抜け出しての逢引き的な。……断じて違うわけですけども。
時間がないってのにこういう思考は毎度平常運転してるから困る。ホントどうしたらいいですかね?
「――この階段を上った先だったかと」
「……「カミシロ様?」あ!? はいこの先ですね!?」
「……? この辺りなら一般の人も来ないですしそこまで警戒する必要はないかと……。行きましょうか」
自分に対して辟易してしまいやや注意が散漫してしまっていたらしく、返答が遅れてハッとなる。
ヒナギさんにすぐ反応できなかったことで困惑した顔を一瞬向けられてしまうが……うん、その表情は珍しくて可愛いです。
全く、ヒナギさんの存在は俺を駄目にしてしまいそうですよ。というかもう駄目にしてます。既に駄目駄目なくらい。
ポポとナナの可愛い姿を写真に収めたいなら、ヒナギさんとアンリさんなんかは動く映像として残しておきたいくらいだ。
クッ……まだポポとナナしかいない時も考えたことあったけど、なんでこの世界は写真と映像技術が発達してないんだ。ジルバさん、アンタ刀を打つ才能と技術を全部そっち方面に注いでくれよ、そしたら俺必死こいて働いて一生遊んで暮らせるくらいの大金は用意するし入手困難な素材とかだって言葉一つで回収してもいいくらいなのに。
……ハッ!? これが駄目だっちゅーのに俺ってやつは。考えた傍から相変わらずトリップの連続ばっかしてホント救えねぇ。
このたった数秒でなに二回もハッとなってんだ。アホか。3歩歩いたら忘れる鶏以下じゃねーか。
「――にょわぁああああっ!?」
「「……」」
俺の脳内が落ち着いたと思いきや、今度は現実が騒ぎ始めたらしい。
あまりにも唐突だった。呆然と立ち尽くして言葉が出ない経験とは、こういうことが起きると味わえるのだろう。
階段を上がり、グランドマスターの部屋まであと少しまで来たところで、歩いている廊下にあった数多くあるうちの部屋の一つ。その部屋の扉が爆発でもしたような勢いで吹き飛んだ。それも俺らの眼前で。
あと一瞬遅ければ巻き込まれていたことは間違いない。
向かいの壁に叩きつけられた扉はそのまま破砕し、木製の扉の破片が廊下に無残にも散らばっている。真っすぐに叩きつけられたのを見るに、途轍もない力だったようだ。
「あぅ! くっ! ぷげ……!?」
「「……」」
「うぅ~……いったぁ……!」
ポテポテという表現が適切か。吹き飛んだ扉と一緒に小さな身体が俺らの前に面白い挙動を取りながら転がって来る。
破片の上でうつ伏せで動きを止めてしまうものだから、てっきり死んだかと思ったがそれは違ったようで、すぐに身体の節々を摩りながら立ち上がったので安堵した。
しかし、立ち上がっても子どもと見間違うくらいに背が低いその人はどうやら小人であるらしく、俺の半分程しか身長がないようだ。
この時、俺よりも小さい人に出会えて少しばかり優越感を覚えたのは内緒である。
「相変わらず遠慮ないなぁもう……」
小人さんの仕草は悪戯をした子供のようで、見た目の小ささも相まってかなり幼く見えてしまうが実際声も子どものような声なのでそれも影響している。サイズの合っていない緑色をした大き目のサンタ帽子が、倒れた拍子に半分目を隠す程にずり落ちており、こちらも中々に子どもっぽさを引き立てている。
でもゴムまりのように跳ねる身体に、どうやったらそんなコミカルに跳ねられるのか聞きたいくらいなんですけど。
身体の材質ゴムでできてんですかね? めっちゃ弾力ありそう。
――だが、如何に身体が弾力がありそうとはいえ人の身体であることには変わりない。
今の被害に見舞われて平然としているのは明らかに普通ではない。何かの能力があるなら別だが、この人は一体……?
「ら、ライツ様!?」
「ん、ん~? あ、【鉄壁】じゃんお久しぶりー。元気してた?」
ヒナギさんが小人さんに心当たりがあったのか声を掛けると、ライツと呼ばれた人は片目を瞑りながらヒナギさんに気が付いたらしい。周りの悲惨な状態を何事もなかった態度で流し、ケラケラ笑みを浮かべながら対応する。
この時点で俺はもう悟った、これは面倒事の始まりだと。避けては通れないとは確信していたが、こうも遠慮なしに空気も読まないでやってくるのかと嫌でも身に染みた思いだった。
ヒナギさんと知り合いでこんなにラフに話せる人はあまり多くない。
それが示すことというのはつまり――。
「この矮小な小人風情が……! ぶっ潰してやる!」
「ぶっ潰すだなんて物騒ね。少し落ち着いた方がいいわ」
小人さんの立場にほぼ確信を得たところで、昨日も聞いた声色が、壊れた扉の部屋内から怒号で廊下へと放出される。そしてそれを嗜めようとしているのか、おっとりとした女性の声も。
しかし女性の制止の声を振り切り、怒号の主は部屋からヌッと出てくる。扉の横幅と同等の巨体は圧巻で、本来ならば小人に近い種族特徴を持つはずのそいつには種族の特徴が全く出てはない。むしろその逆だ。
小人さんを見下ろしている身長差は歴然としていて、それこそ昨日の俺以上である。
恐らくコイツが扉を壊した張本人であることは言質を取るまでもない。
スッと……コイツを見た瞬間に心が冷めた気がした。
ジークの忠告があったが、昨日の今日で割り切れるものでもない。やはり……今すぐにでも服従させるか潰しておきたいくらいだ。
見たくない肉塊もとい【剛腕】が、またも俺の前に現れた。
次回更新は一週間以内くらいです。
※3/7追記
次回更新は明日です。




