312話 『技』(別視点)
「(さて、どうすっかな――お?)」
胸に巣食う感覚を不快に感じながら、気持ちを切り替えて自分のすべきことを引き続き考えるジークだったが、ふと上空からとある気配を感じてそちらに目を向ける。
すると、何やらオルドス方面より2つの影が飛来してきているようだった。高速でこちらへと一直線に向かってきている動きは急いでいる印象を多分に含んでおり、ジークにはその影達はどちらも見覚えがあった。
『……!』
「キラキラか? どうした一体?」
影達は、何故か分離したエスペランサーだった。ジークに接触する直前で急ブレーキを掛けて制止すると、懸命に明滅を繰り返して何か語り掛ける。
目前に迫る距離で耳を傾けてエスペランサーの話を聞くジークであったが、一歩間違えれば取り返しの付かない怪我を負いそうな光景であったことをまるで感じさせない。
分離して不完全とはいえ、宝剣は究極の『武』と『魔』をそれぞれ体現しているのだ。『武』は触れれば問答無用であらゆるものを切り伏せ、『魔』はあらゆる魔力を断ち切ってしまう。
にも関わらず、ジークは全く微動だにすることなく対応しており、傍で見ていたシュトルムとアンリだけが無駄に心配していた。
『……』
「――そうか。取りあえず分かったぜ。連絡サンキューな(ナイスタイミングだ)」
伝えたいことは簡単にまとめてあり、またそれが全てであったのだろう。ジークも伝えられたことに対し一を知って十を知るというように、長く語ることもなく用件は済んだらしい。冷静にエスペランサーから伝えられたことに頷くと、その伝達事項に今の窮地を脱せると喜ぶ。
ただ、ジークはともかくとして。エスペランサーが適合者である司の元を離れてこの場に来ているということは、それだけの何かしらの出来事があったことは簡単に予想が付くというもの。休憩していたアンリと傍観していたシュトルムがジークへと駆け寄り、情報を共有すべくジークの元に集まる。
「エスペランサー……一体どうしたんですか?」
「コイツが分離してまで来るってこたぁ、ヤバいことでもあったのか?」
「おう、これはヤベェにも程がある。――招集が明日になったってよ」
「「…………え?」」
ヤバいと言いつつジークから軽く告げられた衝撃の事実に、シュトルムとアンリは即座に意味を理解したがために言葉が中々出てこなかった。ようやく出た呆けた発言が精一杯であり、それは同じタイミングで出ることとなる。
「「えぇえええええええええっ!?」」
「(うっせ……)」
そして次には絶叫だ。停止した思考は正常に本人達の口を開かせてしまう。
二人の絶叫は仕方ないものとは思ってはいても、間近で耳をつんざく声量で叫ばれるのは辛いのだろう。内心でジークは耳を抑えたくなる気持ちを抑えながらとにかく耐える。
それはまるで、動揺するなと自分に言い聞かせての行動のようであった。
「は? いや、ちょっと待てや。招集が、明日……!? 一週間以上縮まったってのか……!?」
「急遽さっき通達がツカサと姉御のところに来て変更になったんだとよ。異論は認めないっつう強制令まで出してのな」
「強制令だと!?」
「あぁ。ま、旦那の言いたいことは分かる。だからツカサと姉御も今ギルドに向かってるとよ」
驚きを隠せず、また焦りも隠しきれないシュトルム。強制令が滅多に発令しないことを知っており、その異常性を分かっているからこそだった。
シュトルムは冒険者歴こそまだ5年程度ではあるが、ギルドに在籍する前から冒険者のことについては情報をある程度持っている。しかし、150年余を生きたシュトルムであっても、強制令が出た試しなど過去に一度もないのだ。今回が如何に異常な事態なのかは他の人よりも遥かに実感していた。
「ここにきての急な変更……これは、偶然か……? まさかギルドは連中に内通してるとかじゃない、よな……?」
急な発令をしたギルドに対し不信感を覚えるのも無理はない。元々Sランク招集自体が稀なのだ。他のSランク達はともかく、そこに被せるように時間のない司達への追い打ちが掛かってしまえば疑いたくなる気持ちは自然だろう。
余りにもタイムリーすぎていた。
「さぁな、取りあえず詳しい情報がまだねぇんだ。まずツカサ達と合流して方針決めるっきゃねぇ。深読みすんのはそれからだろ。……アンリ、今日の特訓はここまでにすんぞ」
「あ、明日……? そんな……」
エスペランサーがこの場に来たことに都合を良く感じたジークは撤収をアンリに告げるが、アンリは驚愕の顔を軟化させることはなく狼狽えていた。
少なからずジークとの特訓で確かに力は付けていたが、まだまだ実力が実を結ぶには至ってはいないのだ。更に今回の招集とは自分自身が『ノヴァ』の標的になっているという事実もある。
アンリは、怯えているのだ。
これまでのトラウマになっていてもおかしくはない危機を経験して心は強くなっていようとも、まだ少女の域を抜け出していない幼い心には準備をするための時間が必要である。
予告なしに翌日に迫った招集が生み出す圧迫感は、それこそ身を削る勢いでアンリの焦燥を加速させる。
「アンリ、想定外のことなんぞ当たり前のことのように起こるもんだぜ? 特に連中に対してはな。お前の境遇じゃ辛ぇもんもあるだろうが耐えるしかねぇんだ。――あの時お前は、それを了承したはずだ」
「っ!」
そしてそこに、ジークからも駄目押しの追い打ちがかかる。
「逃げ道は用意した。だがお前は逃げない道を選ぶって自分で決めたんだ。その言葉に責任は持て」
ジークが言っているのは、イーリスでの一件で聞いたアンリの秘密にまつわることだ。知れば一連の黒幕を滅ぼさない限り日常には戻れず、常に非日常に立たされるという忠告。
アンリはあの時、自分の意思で非日常に立たされる道を選んだ。
一度決めたことを聞き届けたからには、ジークはその事実から目を背けることを許しはしない。
「っ……」
まだ火照った身体が冷め止まず首筋に汗が伝っているアンリだが、本人の顔は以前青ざめたままだ。ジークの言葉が脳内で何度も繰り返され、心を耐えさせることに意識を割かれて何も言えなくなっているようだった。
「――旦那、アンリは任せる。司達のところに先行ってろ。キラキラもな」
『……』
自分が言えることはもう何もない。そう思わせるようにジークはシュトルム達に背を向けると、そのままアンリとの訓練の跡が残る大地へと踏み出していく。
気が付けばジークの全身には薄っすらと青白いオーラが張られ、ピリピリとした雰囲気が空気を伝って辺りに浸透している。
「っ!?」
例え実力が最盛期に戻ったシュトルムでも、まだ本気ですらない状態で感じるジークの存在感は圧倒的であり、到底敵うはずもない存在だと改めて思わされてしまう程だ。
歴然とした力の差は、簡単に埋まるものではない。
いきなりのジークの臨戦態勢にシュトルムは一瞬ギョッとしたものの、別に外敵が迫っているというわけでもないらしい。周辺の精霊も騒いではいないことを確認すると、どうしたのか不思議に思い聞いてみるが――。
「いきなりどうしたんだ? てかお前さんは行かないのか?」
「後で合流する。ちと完成させときてぇモンがあってな……」
「完成させたいもの? 何だそれ」
「新技」
「は? 新技? スキルじゃなく?」
「おう」
ジークはスキル技ではなく、新技と言った。
シュトルムはジークの声が真面目であったためにそれが冗談で言っていることではないのはすぐに分かったが、あまり新技という言葉は聞き慣れない表現であったので思わず聞き返してしまったようだ。
そもそも、この世界では技と呼べるものは限られている。例を挙げるならばヒナギの持つ流派の技術は『技』と呼ぶに相応しいだろう。ジルバの鍛冶師としての技術も『技』である。
スキルという能力とは別に存在する、スキルの概念が存在しない独自性ある力。それを『技』と呼ぶ。それ以外は『スキル技』と称され、スキルレベルさえあれば誰でも簡単に使えてしまうのだ。
大抵の者はスキル技を習得するに留まるため、新技という響きは新鮮味があったのである。
「……今度はどんな技なんだ?」
「二つあってな。単体用と広範囲用ってところだな。単体は『ゼロ・インパクト』があっから良いと思ってたが……命削んのは全員嫌な顔すっからよ、その代わりだ。広範囲の方はあって損はねぇってだけで考えてる」
「簡単に言うな簡単に。考えただけで作れるとか頭おかしいだろ。……『闘神』とはよく言ったもんだよな。『ノヴァ』がそう呼んだのも分かる気がするわ」
シュトルムは聞くだけ野暮かと思ってはいたが、まとも半分恐れ半分といった気分だった。
留まることを知らない闘うための才能の発揮は、シュトルムの知る常識とはかけ離れている。
技とは短期間で作り上げることのできるものではなく、長い月日と研鑽を積み重ねてようやく叶えることができるものなのだ。今日考案していたというわけではないのだろうが、それを今日中に完成させることを当然の様に語るジークに司同様に底が知れないとしか思えなかった。
ただ、命を削ることに抵抗を覚えたことにはシュトルムはホッとした思いだった。
シュトルムの様に、種族的に長寿であればまだマシと捉えることはできるかもしれないが、ジークは残念ながらエルフではないのだ。当然の様に、エルフの特徴である耳は尖ってはいない。
セシルはジークの種族がどんなものであるかを知っているが、ジークはそれをメンバーに公言してはいないため、誰もジークの種族を知らないのである。
ただ、エルフ以外は多少の差はあれど寿命はどの種族もあまり変わらない。少なくとも100年生きるという者は殆どいないのが実情である。
そんなジークであるが、これまでに何度も命を削って放つ『技』である『ゼロ・インパクト』を使用してきているため、寿命は本来の寿命よりも削られているのだ。
命という尊いものを大切にしてくれるようになってくれたことは、シュトルムにとっては安堵したくなる要因であった。
「お前さんの力ってつくづく不思議だよなぁ。『ゼロ・インパクト』だってスキル技じゃないんだろ?」
「あぁ。それが俺の魂が持ってた力ってやつなんだろうよ。魂で才能が決まっちまうんだからな」
「魂ってのは恐ろしいモンだねぇ。何時の世にも強者が絶えないわけだ」
「……俺のことはいいからさっさと行けよ。招集が明日だってんなら、連中が来るのは間違いなく明日だ。一週間程度の変更如きじゃ連中にとって何の影響もねぇ。俺はアイツらには尽く煮え湯飲まされたまんまだからな……本気で潰すための準備時間が欲しかったところだ。邪魔しないでくれ」
「分かった。アンリ嬢ちゃん、行くぞ」
「は、はい……」
時間が惜しいことを匂わせながら、ジークは背中越しにそう語ってシュトルムにまくしたてる。シュトルムもジークの心情を察し、ここらで言われた通りにオルドスに戻ることを決めたようだ。連れ添いが必要なアンリと宝剣と共に、恐らく騒ぎになっているであろうオルドスの街へと歩を進め始める。
「(済まねぇな、アンリ)」
アンリにキツイ言い方をしてしまったことを、実は内心で心苦しくは思っていたジークは密かに謝る。
二人には依然背を向けたままだが、ジークも後ろを振り返っていられる程状況に余裕があるわけではない。二人の気配が感じられなくなるまで待ったジークはそこでようやく行動を開始し、明日へと意識を切り替える。
「(心の強化……明日もこんな具合で良いんだよな? ったく、俺がんなこと促せる玉じゃねぇってのによ)」
◆◆◆
「――で? 誰ださっきから。隠れてねーで出て来いよ。敵意がねぇのは分かってるが……」
二人が去った後。
ジークしかいない不毛な場所は危険地帯に指定されている程で、生き物の息吹さえ本来は殆ど感じられないはずだ。しかしジークは誰かいると確信を持って呼びかけると、僅かに存在する枯れ木の1本を見つめる。
一人残ったジークであるが、『技』の完成という目標とは別の目的も実はあった。
先程……正確には稽古中から完全に気配を断ってこちらを伺う者の存在をジークは肌で感じていたのだ。いくら気配を断とうが、匂いはどうしても掻き消すことは難しいため、ジークは稽古中ずっとそちらにも意識を配りながらアンリと相対していたりする。
ただ、精霊がシュトルムに何も警告しなかったのなら、それだけ報告する意味のない者ということになるが……正体不明かつ得体の知れない存在は気にならないわけなどがない。
敵意はないのは自分自身が一番感じている事でもあるため、あまり脅すような物言いはせず普段通りに話すのだった。
「さっきから匂いでバレバレだぞ。つーか、俺らどっかで会ったことあるのか?」
呼びかけても中々出てこない相手にジークは少しじれったくなりもう一度呼びかけると、隠れていたつもりだった相手はようやくその姿を晒すことを決意したようだ。
「そのお声……やっぱり間違いないのです。強者集まるこの地を張ってて正解なのです」
「あ?」
その声は非常に可愛らしさを感じる、まるで子どものような話し方だった。
「やっと、やっとなのです……。ようやく見つけた……!」
「っ!? お前――!?」
木の蔭からゆっくりと出てくる者を捉えた瞬間、ジークの顔は紛れもない驚愕の表情へと変わったのだった。
※2/25追記
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※2/28追記
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