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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第六章 来たるべき刻 ~避けられぬ運命~
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311話 力の片鱗(別視点)

 ◇◇◇




 同時刻――。


 先日ヴァルダ達が秘密の会合で落ち合った場所で戦いに興じる男女がいる。

 一方は片手にレイピアを、もう一方は素手という極めてフェアには見えない状況だが、武器を持つ者の方が苦しそうな顔をしており、忙しない動きによって湿り気のない乾いた地面は削れ、砂利と砂煙が舞い上がっている。


「ハッ……やぁっ!」

「甘ぇ! 突き出す時は全てを貫くイメージで突け! あと姿勢が不安定な状態でやるなっつったろ!」

「ハイ! すみません!」


 現在稽古中のアンリとジークである。ジークの叱咤込みの教えを受けながら、間髪入れずにアンリは返事をする。

 息も絶え絶えで返答する余裕もなさそうな険しい表情には疲労が隠しきれずに浮かび上がり、激しい動作で噴き出した汗が零れる。

 一方ジークは涼しそうな体で相対していたが。


「攻撃は当たらなくても気にするな、簡単に攻撃が当たりゃ世話なんてねぇ。当たらねぇと分かった瞬間に次の動作へと即繋げる意識をしろ。大技以外は全てを次の行動と連動させろ」

「は、ハイ!」

「返事してる暇あんなら今の自分の感覚をさっさと身体に叩き込め! 実力は常に変動していく、自分の力量を把握できて初めて戦いに望めると思え」

「っ……!」


 何度もジークに向かってレイピアを振るうも、その攻撃は一切通じることはなく対処されてしまう。だが、疲労困憊であってもアンリが動きを止めることはない。

 そしてジークも、アンリにはまだ一切休ませる隙も与えないように立ち回り、そして僅かにでも油断があれば容赦なく激を飛ばすことでアンリを止めさせない。


「うわぁ……スパルタ教育は俺の性には合わねーな。よくやるなアンリ嬢ちゃん……」


 例え周りから敬遠される程のスパルタであっても、自ら常に全力で稽古に取り組もうとするアンリに、同じく稽古に付き合っているシュトルムは微笑ましさ半分、苦笑いも半分な表情になる。自分だったらとうに根をあげて逃げ出していると、その時の自分の姿を想像して。




 ジークは身内であろうと手を抜くような遠慮はしない。ある意味平等とも言える精神を持っているが、自分に厳しく他人にも厳しいスタンスが常である。ここ最近は些細な変化が出て情状酌量の余地程度には甘さを見せるようにはなったが、今回はそれを微塵も出すことはない。

 アンリがイーリスで強くなる覚悟の意思を見せた以上、ジークも真剣にそれと向き合う覚悟を決めているのだ。生半可な稽古では到底『ノヴァ』には食い下がることすらできないことを、ジークは現状ただ事実としてメンバー内で最も理解していたからである。

執行者(リンカー)』達が持つ常識を超えた力に抗うには普通ではもっての外、常識外の領域へと踏み出す以外に道はない。まだまだ力に乏しいアンリには血反吐を吐くような思いをさせなければ太刀打ちできるだけの力さえ与えることは出来ないと。


 そのため、一応まだ序の口程度とはいえ一般の力量しか持たぬアンリがここまで根をあげることなく粘っていることには内心驚いていた。

 ジークはアンリが『ノヴァ』達が血相を変えて標的にする程の普通ではない力を宿していることを知っているが、アンリ個人の精神力は一般のままであるはずだと聞かされているのだ。

 しかしそれがまさか並みを軒並み外れた領域にあることに、自分同様に異質な存在であることが必然だったと感じている程だった。


「(ココだ……!)『フランベルジュ』!」

「(ほぅ? ここでそれを繰り出すか……悪かねぇ)」


 これまでレイピアによる連撃を手でいなし、弾いてきたジークだったが、ふとした拍子に両手が交差して僅かにだが身体に隙が出来る。

 その瞬間にアンリのレイピアの切先に火が纏い、ジークの強靭な肉体目掛けて空を切る。狙うは心臓脈打つ左胸。下方から突き上げするように向かう刃は、今度は重心がブレることもなく、安定した姿勢での一撃だった。


 この隙というのはジークが敢えて見せたつもりだったのだが、それをいち早く好機と判断し容赦ない隙を突く判断に、ジークはそれでいいと高評価を内心で押す。


「「……?」」


 だが、勿論アンリの一撃がジークに届くことはない。

 ジークの胸元直前まで切先は伸びているが、素手で掴まれたレイピアはピタッと寸でのところで受け止められてしまう。切先に灯った火は燻る様に消えて効力を失い、アンリの攻撃は失敗に終わったのだ。

 しかしこれは二人の力の差がかけ離れている以上、稽古を始めるようになってから何度見たか分からない、様式美とも言える光景だ。

 レベルも実力もステータスも、どう足掻いてもアンリはジークには敵いはしないのだから仕方のない結果である。




 しかしこの時、その様式美になるはずだった光景は、二人にはそれまでとはまるで違って映っていた。




 先程も繰り出されたアンリの見事なまでの渾身の一撃……それは明らかにこれまで見てきたものよりも遥かに速度が上昇していた。それも倍以上である。

 ジークは勿論、アンリも自分の放った技がさっきまでと別物の速さで繰り出せたことに違和感を感じているようであり、一瞬動きを止めてしまう程だった。


 その証拠に、ジークは寸でのところで自分が受け止める結果になったことには疑問を隠せない。ジークの感覚では、もっと余裕のある受け止めのつもりだったのだ。


 確かにジークもただ棒立ちでアンリの攻撃を受けているわけではなく、実戦同様に立ち回っているつもりだ。ただ、攻撃を食らおうがアンリの攻撃でジークを傷つけることはできないのは間違いないため、それがほんの僅かな油断になったと言われても否定はしないだろう。本人の意識とは別に、今のこの結果が物語っているからだ。

 アンリもアンリで、勿論ジークも反撃に出ることはあるので、アンリは一切気が抜けない状態であったのは間違いない。

 その影響で集中が高まっていつもよりもパフォーマンスの高い一撃が偶々出てしまったのならまだ少しは納得ができるが、超反射を持つ自分が受け止めるまでそれを悟れなかったなんてことがあるのかと、ジークは不可解な気持ちを抱える。


 反射は自分の意思とは別に反応できてしまうものである。アンリの動作が単に速くなったところで、ジークとの力の差が極端に縮まることはない。

 それ以前に、司と渡り合える速度での反応が可能なジークが、明らかに見劣りするアンリに後れを取ったのだ。


 それはつまり、一瞬とはいえ反射ができない(・・・・・・・)程の速さ(・・・・)をアンリは見せたということだ。


 ジークはこれが何を指しているのか、その検討がおおよそついていた。むしろそれ以外に考えることはできないと断定を決め込む。


「ハァ……ハァ……あ、あれ……?」

「(コイツ、無意識か?)」


 息切れしながらのアンリの呆けた声に、自分が今何をしたのかを理解している素振りは見られない。アンリに自覚がないことはジークにとって朗報ではあったが、その力が軽視できないものだと直に感じた瞬間である。


「何呆けてやがる、気ぃ抜くなっつったろ」

「っ! ――せいっ! ハァッ! あ、あれ? さっきより、視える……?」

「(もう目覚めかけてやがんのは間違いない、か……)」


 二人の動きが止まってしまったのを再開させつつ、一応確認のために手合わせの続きをジークは促すと、アンリも即座に頭を切り替えたのだろう。間合いを取るとまたも果敢にジークに猛威を振るい始める。――が、もうそこに今までのアンリは存在していなかった。

 一連の動きが何段階も速度を増した動きは明らかな変化を示しており、アンリも何かおかしいと自分に違和感を覚える程だ。

 ジークも攻撃が苛烈さを増したのを実感し、やはり自分の反応が全て後れを取っていることを確認した。


「お? アンリ嬢ちゃん動きが急によくなってきたな……? 無駄がない? っつーか」


 7属性を扱えるようになり、今後に備えて精霊達との親和性を高めるため一人静かに二人の立ち合い風景を見守っていたシュトルムもアンリの動きの変化にはすぐに気が付いたらしく、目を丸くしてアンリの動きを集中して観察する。


「――アンリ、一旦ここまでだ」

「ハァ……ハァ……へ? あ、ハイ……」

「少し休憩だ。息整えたら言え」


 これ以上は自分達にとって危険領域になると判断し、ジークは急遽ここで手合わせを一時中断することに決めたようだ。

 普段なら稽古はこの後もう少し続ける予定ではあるのだが、どうしたものかと思案する時間が欲しかったらしく、丁度休憩の頃合いでもあったのでジークは運が良かったと感じた。


「お疲れさん。なんか最後の方アンリ嬢ちゃんの動きが良くなってたみたいだが……」


 水分補給のためその場をヨタヨタと離れるアンリの背中を見ながら考えに耽っていると、そこにシュトルムが声を掛ける。ジークの内心など露程も知らない顔で、さっきまでの稽古風景のことを話すのだった。


「旦那にも分かったか?」

「へ? お、おう。疲れてる筈なのに最後の方かなり速く(・・・・・)なってたな(・・・・・)

「そうか」

「ただ、動きが速くなったかって言われると答えづらい感じだったけどよ。いや、速くなってっからそう見えてるんだろうとは思うんだが……なんか単純に速いとかではない違和感があるっつーか」


 自分の言ってることが可笑しなことだという自覚はあるのだろう。シュトルムは自信なく自分の見た感想を述べる。

 シュトルムにそう見えてしまっている理由など、事実を知っている者でなければ分かるはずもない。特にジークは自分が超反射を持つからこそ、その力がどんなものなのかを明確に理解することができていた。


 それこそ、常軌を逸した力であると。


「まぁ、そう見えるだろうな。旦那の言ってることは間違っちゃいねぇさ。……まだ無意識とはいえイーリスん時に見せたアレは、やっぱもう一方の方(・・・・・・)ってことか」

「どういう意味だ?」

「なんでもねぇよ、只の独り言だ」


 シュトルムの声を流してジークが思い出すのはとある一場面。あの時唐突に只の日常で見せた何気ないアンリの動きは、決して見間違いなどではなかった。目の前でそれを見ていたからこそ余計に。

 あの時から既に予兆はあったのだと、ジークは納得することがようやくできた。


「(招集を明日にしたのは正解だったかもな。アイツもだがアンリの方もギリギリか)」


 ヴァルダが下した明日への招集日変更は最高の采配だったと、ジークは自分の中のヴァルダの株を上げる。

 それと同時にもし明日でなかったらと思うと、最悪のビジョンを想像して冷や汗をかきそうになるのだった。


 ジークの身を襲う『血』の呪いは、司とアンリの両方を守らねばならぬと警告を発しているのだから。


※2/19追記

次回更新は水曜日頃になりそうです。


※2/20追記

すみません、更新明後日の木曜で。

曜日感覚狂ってて勘違いしてました。

ごめんなさい(^_^;)

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