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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第六章 来たるべき刻 ~避けられぬ運命~
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310話 ジルバ④


 何故こうなったし――。

 

 今の俺の気持ちはそれだった。

 藪から棒にというか、気が付いたらジルバさんからお礼を言われていた。


 あれぇ? いつの間にか俺への印象回復してる? 思わぬ朗報なんですけど。

 本人も気が付かぬ間に亀裂の入った関係でさえ瞬く間に修復してしまう。フフフ……いやぁ流石俺ですわ~。

 そこにいるだけで和みの空間を創りあげてしまえるとは偉大にも程がありますなぁ。


「よく気付きましたね。知ってたとはいえ布被ったままでも分かるなんて」


 エスペランサーに今一度布がしっかりと被せられているのを確認しながら素直に感心してしまう。


 でも調子に乗るなとはこういうことを言うんですかね――。


「……お前は馬鹿か? 人の手で造られているのかそうでないか程度分かるだろうに」


 それが分からんのだよ。アンタは天才(ばか)か?


 前言撤回。まだ訃報のままでした。

 少し間を置いて返答されたのがなんか腹立つわー。せっかく豆タンクから名前呼びに戻そうと思ったのに……。

 この糞ジジイめ。


「オイ。大分熱も上がってきた……ここでお前達に出来ることはない。儂の気が散るし戻っていろ。熱もまだまだ上がるうえこのままでは呼吸器官を痛めるぞ」


 俺の怒りが再燃しようとするのも束の間、ジルバさんの忠告が入る。


 確かにどんどん熱量は増しているようだ。元々広くはない工場だが、炉の中に見える燃え盛る火種を見てしまってはそれも仕方のないことかもしれない。

 詳しいことは不明だが、特別な火種でも使っているのか凄まじい猛火が炉からは溢れ出ようとしており、時折火の玉がジルバさんの眼前まで迫りくる程だった。


「ん?」


 そんな折、何やら首に違和感が――。


「んぅ゛~……暑ぃ゛~。皆何やってんの……冷却冷却ぅ~」


 モゾモゾと首裏で何かが動いていたと思えば、ひんやりとした感覚に少し癒される。それは着ているコートのフードに入れておいたナナであり、肩の方までよじ登るとぐてっと俺の首へと寄りかかる。

 どうやらナナの身体事体がひんやりとしているらしい。恐らく魔法で羽の中に薄い氷の膜でも張ってあるのだろう。


 あら気持ちえぇ……まるでアイシングだな。冷やしすぎず、しかもこの暑さの中でも温くもならない絶妙さが素晴らしい。

 ナナよ、よくぞ偉業を成し遂げた。若干の鳥臭さはご愛敬。鳥さん大好きな私にはアロマテラピーと同等の効果なのでまさに神アイテムと同等の価値が今のお前にはあるぞ。

 久々にいい子いい子してやりたいけど、調子に乗ると面倒だから何も言わんがな。




 まぁいいや。




「随分長い間黙ってたな?」


 ナナ達には少しでも人目を避けるために身を隠してもらっていたわけだが、今の今まで小声で話しかけられることもなかったのがなんとなく素朴な疑問だった。

 それに思えばゴソゴソと動く事すらしていなかったので、正直ナナ達のことを忘れていた程である。


「なんか眠くなっちゃってさ~。身体も怠いっていうか……てか今朝から節々痛いし」


 あ、寝てたのね。それは気づかんかった。でも寝起き早々になんてババ臭い発言なんだ。

 まだナナは人間に換算したとしても10代にも満たない年齢だと言うのに……って、今更かそれは。


 けどナナ達って疲れることなんてしたっけ? 思い当たる節なんてないけど。


「寝てたのかよ……。だからさっき俺が穴に落っこちても何も言わなかったのか」

「穴? ご主人寝てた間になにやってんの?」

「いや、色々と」

「?」


 耳元でのナナの質問に有耶無耶にする形で返答すると、ナナは首を傾げてしまう。


 それは目の前のあの人に聞いてください。


「それで……暑い原因ってアレ? なんかすっごいことしてるね、魔力が殆ど見えないけど……」


 返答を何もしないことで取りあえず俺をスルーしたナナは、燃え盛る炉を見ると、今炉がどんな状態であるかを把握しているようだった。


「っ! 魔力が見えるのか……?」


 ナナが魔力が見えないと発言したことに対し、ジルバさんはそれまで不動であった身体を急に俺らへと向けてくると、恐らくはナナのことを凝視し始める。

 ゴーグル越しにも多分目を見開いているのが分かる挙動には少し驚かされたもので、ジルバさんが取りかかろうとしている作業において、いかに魔力が重要視されているかが垣間見えるというものである。


「あ、こんちわ。うん見えるよー。私はむしろ見えない世界を生きてきた時間の方が短いくらいだしね。でも、集まろうとしてるのに強制分散してるのはなんでなの? お爺さんが何かしてるの?」

「儂は生まれつき周囲の魔力を阻害する体質らしくてな、周囲の魔力をあまり寄せ付けんのだ。おかげで魔法は使えんがこうして鍛冶師として究極の『武』を打つ可能性ある者となれたのだが……」


 へぇ、そうだったのか。

 魔法が使えないことを除けばちょっとポポと体質が似てるな。


 でもジルバさん、アンタ鳥が喋ってることに何も驚かないんスね。そんな反応する人はあんまりいなかったからそこにビックリですよ私は。

 あとナナ、この人にお爺さんなんて呼び方は失礼です。ジジイに変えなさい。


「魔力は殆ど見えないと言ったな? 炉に通常よりどの程度混じっているか分かるか?」

「んー? 少しだけ……Max100の内5くらいって感じかな? これだけ少ないとあってないようなもんだと思うけど。魔法の発動も難しいレベルなのは確かかなー」

「むぅ……。やはり自然燃料を用いても外部からの流入は防げぬということか。――となれば反魔力物質でしか究極の『武』は成し得ない? いやしかし、そうしてしまえば究極の『魔』との調和が後に出来ぬものに仕上がるのは明白か……。『魔』を併せ持たせられぬ『武』なぞ果たして極みと呼べるのか? だが――」


 ブツブツと独り言を始めるジルバさん。難しい顔だが悲観はしておらず、あの手この手を考えているようだった。

 その姿がなんだかベルクさんに武器作製を依頼した時の反応と似ており、自分の世界に入ってしまわれたようだった。

 こうなってしまっては暫くは元に戻らないだろう。


「あ、あれ? 私なんかマズイこと言った? ご主人、どゆこと?」


 何故ジルバさんが難しい顔をしているのか、話を最初から聞いていなかったナナには取りあえず説明しないと伝わらないのは確かである。それを分かる範囲でナナに簡素だが説明することにした。




 ◆◆◆




 ジルバさんの独り言がポツポツと聞こえる中、暑いので建物の隅の方へと固まる俺達。


「へぇー、それで究極の『武』ってやつを造ろうとしてるってことかぁ。もしヒナギが使ったら正に鬼に金棒じゃん」

「ん。ヒナギ自身が守護神みたいなものだもんね。究極の『武』なんてものが出来たら敵なしになりそう」

「激しく同意」

「皆様、買い被らないで頂けませんか……?」


 説明をあらかた終えると、納得した様子を見せるナナ。ヒナギさんが究極の『武』を備えた刀を振るう姿を想像しているのか、ナナなりにヒナギさんをべた褒めしている。セシルさんも同様だ。

 当の本人は当然の如く遠慮がちな態度を取っているのは、性格的に仕方がない。


 でもナナ。ヒナギさんに鬼に金棒って失礼だろうが。そこはもっと品のある感じに変換、そう……女神にロンギヌスとかにしなさい。ヒナギさんは刀しか使わないけども。


「元となる硬度はこれ以外考えられん。今は『魔』を考慮せず、ただひたすらに『武』のみに気を配る方が得策か?」


 まだジルバさんの独り言は続いている。

 ナナはチラリとジルバさんに目を見やると、顎を翼で器用に当てては探偵のように話し始める。目がキラリと光ったのは俺の見間違いではないだろう。


「ふむふむ、造るには魔力を限りなく防ぐ必要があるとな? とな?」


 あぁ、やっぱそうなりますよねぇ。

 同じことさっきから俺も考えてました。


「あぁ、そうみたいだな。俺さっきから思ってたんだけど、正直ナナの魔力操作ならなんとかできたりしないのか? 魔力のない空間とかさ」


 魔力を限りなく流入させないと聞いて、真っ先に思いついたのはナナの力だった。

 魔力についてのエキスパートであり、身内では群を抜きすぎた才能をお持ちのナナならば、もうできたりするのかと思ったのだが――。


「それは無理だね」

「あり? 無理なん?」

「私だけじゃ魔力の完全にない空間を作るのは流石に無理。だってその空間を作るにも魔力使ってるわけだし、極僅かに残っちゃうよ。無いに等しいのは間違いないけど……一番大事なのは魔力を寄せ付けない力の方じゃないかな?」

「そうか……」


 魔力についてのエキスパートがこう言うのだから、完全に魔力のない空間はナナだけではやはり無理ということか……。


 あの時(・・・)から随分と力を付けてきたと思ったんだけどなぁ。難度が高すぎたか。

 となると――。


「私だけじゃ無理。でも、ポポt「話は聞きまひた」……お、グッドタイミング」


 ですよねー。君しかいませんわ。


 ナナの声を遮り、いつもより間抜けさの目立つ声が聞こえる。

 それは既にナナに陣取られている逆サイドの肩にぐてっと横たわると、微かな重みが俺の肩にのしかかった。


 一向に起きてこなかったポポである。

 だが――。


「私達なら協力できりゅかもしれましぇん。にゃにゃは魔力そーしゃ。私にゃらかんじぇんに魔力否定しゅればいいでしゅし」

「やっぱお前らはセットだと頼もしすぎるな。ナナとポポの特性を使えば出来なくは……いやないわー」


 出来ると言おうとして、自分の中で待ったを思わずかけてしまった。


 ナナはもう起きてから少し経つし平気だとしよう。しかし、ポポの奴ナナ以上にめっちゃ眠そうなんだが……。

 呂律が完全に寝起きのそれだ。酔っ払いにも似てなくもない。しかもナナが鳥から猫にジョブチェンジしとるし、それはにゃんてこったいって話だ。


「ポポ、おはよ。眠いの?」

「おはようごじゃいましゅ。大丈夫でしゅよ」


 セシルさんの挨拶と問いかけに、ポポは目元を擦りながら答えている。ナナなら毎度のことだが、ポポが寝起きでこんな姿を見せたのはこれまで滅多になかったはずだ。

 このレアな姿はセシルさんの心にはグッときたのだろう。目がポポを愛でたいと訴えかけており、既に手がポポに伸び掛けていた。


 ポポは寝起きは悪くないはずだが……さっきのナナも含め一体どうしたのだろう? 昨日何かあったのか?


「……ポポくぅん? 本当に出来りゅの?」

「できましゅよ~」


 こんな状態で本当に力になれるのか聞いてみたが、うん、できましぇんね。まだ意識が覚醒してないの丸わかりですよ。


 ポポのこんな愛らしい姿は久々だな。普段しっかりしてる分寝起き可愛すぎる……。

 心配よりも愛でたい気持ちが優先してしまいそうだ。


「ポポ、しっかり」

「……取りあえずナナ。ポポ連れてジルバさんとこ行って話だけでもしてみて。あと自分の世界から解放してやって」

「あいさー。ホラ、ポポ行くよ」

「ひゃい」


 いつもは先導するのがポポである。でも今回はナナがポポを先導するという形で2匹はジルバさんの元へ飛び立っていく。

 途中ポポがヘロヘロと明後日の方向へ行きそうになるのをナナは軌道修正していて、本当に大丈夫かと心配になったが。


「むっ、なんだお前達。焼き鳥になりたいのか?」


 無事にポポを連れてジルバさんの元に辿り着いた2匹は、近くにあった置物へととまった。燃え盛る炉のすぐ近くのため、ジルバさんが焼き鳥になる旨を心配するのは無理もない。


「焼き鳥だなんて失礼だなー。究極の『武』でお悩みなんでしょ? 私達なら力になれるかもしれないと思ってきたのに」

「なに?」

「魔力が極力なければいいんでしょ? ――ポポ、『羽兵』出して」

「……てんきゃい」

「な、なんだそれは……」


 ジルバさんに文句を言いつつも、ポポに指示を飛ばして周囲には『羽兵』が無数に展開する。ポポの柔らかな羽が本体を離れたかと思えば、鋭利な刃となって空中を漂う様に、ジルバさんはピタッと動きを止めて凝視している。


 てかポポの奴眠くてもやることしっかりやっとる。まるでオートマシンだ。

『羽兵』って覚醒状態じゃなきゃポポの指示なしにはまともに動かないはずなのに。あの状態で指示はしっかりしてるとは……。

 あとナナちゃん。話をしてみてって俺言ったんだけど、する前から強制参加する気満々かオイ。

 できる確信があるかってことなんだろうけど、相手は職人気質が高い人なんだから順序隔ててくれよ……。


「そいつらをどうするというのだ?」

「ポポはね、ジルバさんとはちょっと違うんだけど魔力を受け付けない力があるの」

「受け付けない?」

「ジルバさんはそう……魔力を寄せ付けないって言えばいいかな。水に浮く油みたいな感じ。でもポポは、魔力を受け入れた上で弾くんだよ。これを魔力を否定するって私は思ってる。……まぁポポ自身は魔法も使えたりするからちょっと矛盾してるんだけどね」

「馬鹿な、魔力を受け付けないのに魔法が使えるだと……!?」

「それを素面で可能にしちゃうのがこのポポちゃんでーす」


 ポポの持つ力の紹介をしながら、ナナはポポの翼を上へと掲げる。ボクシングの勝者が審判に手を取られるような具合である。


 でも残念なことに紹介の内容はカッコイイことを言ってるはずなのに、今肝心のポポにはカッコよさがない、まるでない。そりゃもうどーしよーもねー程に。

 あるのは可愛さと愛おしさ、プリティチャーミングのみ。戦いのときの勇猛果敢な姿は微塵も滲み出ていない。


「この『羽兵』はポポの一部。勿論、魔力を受け付けない力も持ってる。これでその素材をカバーして、あとは私の力で限りなく魔力を取り除いた空間を作り上げれば――」


 ナナは今回使用する未知の鉱石を見ながらそこまで言うと、2匹は同時に翼を前に突き出す。そして起こった変化はというと、まずは部屋の空気が変わった気がした。そこにすかさず『羽兵』達が例の鉱石を取り囲むと、鉱石に一斉に張り付いて刺々しい見た目へと変える。

 素手では直接触れない。そんな見た目である。


 うわぁ……鉱石をこんなにしてジルバさん怒らなきゃいいけど。

 究極の『武』を創り上げるための助力とはいえ、独断で先程から滅茶苦茶やっていて果たして大丈夫か? 


「よし。これまで以上に、魔力を極限まで取り除ける状況が整ってるはず」

「これは……!」


 この場所が魔力に乏しい環境になった変化をジルバさんが肌で察しているかは分からないが、少なくとも鉱石の変化は隠しようもない。

 驚きを隠せずに、鉱石だったそれに手を触れている。


「これを、一体どうするつもりだったか聞いても良いか?」

「え? 鉱石ってこれからそこで加熱するんでしょ?」

「そうだ」

「魔力って何かするとその拍子に一緒に混入しやすい性質だから、加熱する過程で魔力が含まれないようにする必要があると思って。ポポのこれでコーティングしておけばその心配いらないし」


 へぇー、俺それ初耳だわ。


「あと自然燃料で火を焚いてるみたいだけど、魔力の含まれないモノなんて生き物問わずないし、燃料から魔力は継続的に出てきちゃう。現状炉の中が一番魔力濃度が高くなるわけで、そこで如何に防ぐかの対策は必須かなと」

「それは儂も考えていた。だが、コレもアルテマイトもそうだが、製錬できるまで熱する温度が高すぎるのだ。どれもこれも耐えられるものがなくてな」

「ならそんな貴方に朗報でっす! なんとこの子は凄まじいくらい火の耐性抜群だから。溶岩に突っ込んでも平気ならきっと持ちこたえられると思うけど?」


 確かに、抗魔がなくとも、例え覚醒状態じゃなくても、純粋な火の耐性も相当だしなポポは。多分炉に放り込んでも焼き鳥にはならないだろう。多分ナナはこんがり焼き上がるだろうけど。

 扱う属性も火と風だし、そっち系のエキスパートかもしれない。


「今、この建物内にある魔力は限りなく取り除いた空間も作ってある。究極に届くかは分からないけど、これだけの条件が整う機会も中々ないしやってみる価値はあるはずだよ」


 つべこべ言わずやってみようと、いつの間にかナナがジルバさんを引っ張っているような構図が出来上がっている。ジルバさんも特に文句を言ったりしていないので、流れでそうなってしまったらしい。


 ここで少し、ナナのことで俺はふと思う。


 正直今回俺は僅かでも力になれるなら程度でモノを考えていた。鍛冶など全くの専門外であるし、素人が過度な横やりを入れる必要はないと。

 勿論ジルバさんの腕を信じてというのもある。ベルクさんの師匠ならば余計なお世話どころかただの邪魔になる可能性の方が高いのだから。触らぬ神に祟りなしというように、完成をただ待てばいいと考えていた。


 しかし思った以上にナナが本気を先程から見せているのは何故だ? 

 魔力関連でなら持ち前の知識と力を発揮できても、ナナも鍛冶のことは専門外であるのは間違いないはずなのに……。


「お前ら、名は?」

「私はナナ。こっちはポポ。この前、ようやく自信を持って『神鳥』だって自称できるようになったご主人の従魔だよ」


 名前を聞かれ、ナナは調子に乗ることもなく自信に満ちた目をして力強く答えた。そしてまたも意味の分からない発言をする。


 この前? それはなんのこっちゃ?

 なんだ一体、今日は結構分からないことを言ってること多い気がする。

 てか、元から神鳥でしょう? 君達は。そんな能力を持った鳥達他にいないんだから何を今更……。


「オイ小僧。コイツらは天才か?」

「はい? えぇまぁ……」

「儂が長年抱えていた問題点を尽く、こんなにも簡単に解決しよる。……フ、フフフ……フハハハハッ! 面白い……! これ程期待させられたのは何年ぶりか!」


 ジルバさんが高らかに笑い、ニッと楽しそうな表情をつくる。

 どうやら職人のスイッチが入ったようで、もうその目には余計なモノは映っていないようだった。


「小僧、こ奴らの力を暫し借りるぞ。未熟な儂にこのまま最後まで付き合ってくれ! お前らの力が必要だ」

「りょーかい!」

「おー」

「理に挑戦するなら全力でやってやらないと! 世界をビックリさせてやりましょうぜジル爺」


 ナナはノリノリで、ポポは幾分か眠気は取れてきてるのか普通の相槌で声を上げる。

 当初は想像がつかなかったが、ポポとナナはお手伝いをすることになったようです。


 それにいつの間にかジルバさんの呼び方変わっとる。ラフすぎやしないか?


「儂をそう呼ぶのは孫くらいのものだな。お前みたいな愉快な鳥に会うのは初めてだ。気に入ったぞ!」

「あ、ホントに~? おだてても何も出ないよ~」


 呼び方については特に何もなさそうである。それどころかジルバさんにナナが気に入られとる。

 ナナの奴、この人とナチュラルに仲良くなりやがった……。まさかグランドルのみならず、このオルドスの街まで信者を作って制圧するつもりか。しかも第一号がこの人とは世の中分からんものだ。

 というかジルバさん、孫いるんですね。どんな子なんでしょ?




「――ご主人達、ここは私達に任せていいからさ、そっち対応してくれる? なんかお客さんも来てるみたいだよ?」

「客?」


 あれよあれよと話が進んでいると、ナナがクイクイとドアの方を指して俺らに示唆する。


「なんか外で待ってるっぽいよ。多分ご主人達のこと待ってるんじゃないかな」

「俺らを?」


 ナナの魔力感知によると、今ここの建物の外に誰かが俺らを待っているとのことだった。

 待ち人が誰か分からないということは、初対面の人であることは確実だが……。


 でもはて? 特に尋ねられるようなことなんてあったっけ? 


「一体誰でしょうか? ここに来ることは誰にも伝えていないはずですが……」

「出てみないことには分からなさそうだね。律儀に待ってくれてるみたいだから」


 ヒナギさんとセシルさんにも心当たりはないようだ。


 外で待ってないで入ってくればいいのに。

 ……いや、ここの主のことを知ってたら入りたくないか。


「フハハハハハ、アーッハッハッハ!!! 実に良い日だな今日は!」


 だってあんなに狂気的に笑ってる人の館ですし。コレ絶対声外に漏れてるって。


 ジルバさんは高揚しすぎて、頭のネジが更にぶっ飛んだ人へと変わられてしまっていた。先程から笑い声が絶えず、部屋は笑いの騒音の嵐で占められている。

 ナナはともかくポポが間近で耳を塞いでるのがなんとも不憫だ。


 明らかに入ったらアウトな雰囲気満載、しかも認められた人以外だと死のハウスなわけで、今俺らがいるのは三途の川のほとりみたいなもんか。こんなの入れるわけない。

 だって周りからすれば奇声を上げてる人がいるところを尋ねるようなものだよ? 入ったらそれこそ馬鹿なの? 死ぬの? って言われそうですわ。


 取りあえず、一旦ジルバさんはナナ達に任せることにし、一度俺らは外へと出た。




 ◆◆◆




「お取り込み中にすみません。『鉄壁』様と『神鳥使い』様でいらっしゃいますね?」


 外に出てみると、ドアから数歩離れた場所には品の良さそうな女性がいた。俺らに気付くなり声をかけて来たので、この人が客人であるようだ。

 目つきはキツくはないがキリッとしていて、パールグレーのセミショートは仕事のできる女性という気がした。眼鏡を掛けているのもそう見える一因かもしれない。


 種族は人……身なりからして一般人ではなさそうか。


「そうですけど……え、どなたですか?」

「失礼しました。冒険者ギルド職員、ギルドマスター補佐をしておりますリンファと申します。ボルカヌに現在お出でのSランク冒険者に向けたギルドの緊急通達がございまして。それでお伺いさせていただいた次第です」

「ギルドマスター補佐? そんな人がなんで……」


 まさかギルドの職員だったとは。グランドルの職員と比べると随分動きやすそうな格好だから全然気が付かんかったぞ。


 この人がどんな人か、目的は何か、その心配をする必要はなくなった。

 しかし、同時にただ事ではないであろうことは理解した。


 ギルドのトップの人の補佐が只の連絡で来るはずもない。一体何が……。


「こちらを」


 ――語るよりも早い。

 本来の目的を果たすためだろう。俺とヒナギさんにそれぞれ書状が差し出され、ゆっくりとそれを受け取る。

 その間リンファさんは表情を微塵も崩さず、そこから事の内容を読み取ることも、また想像することもできなかった。


「すぐにご確認の上、必ず従うようにお願い致します。尚、上層部は此度の連絡に対する異論は認めない方針で合致しております」

「それは……随分珍しい強制令ですね」

「えぇ、私もお伝えすることになるのは初めてです」


 冒険者を強制できる権限はギルドにはない。できてしまったらそれは軍隊と何も変わらなくなってしまう。

 時には武力を、時には知恵を。自由奔放かつ多種多様な力を臨機応変に発揮できる体制を整えているからこそ、世界中の多くの者がギルドに在籍しているのだ。

 そのため、その基盤を壊しかねない権限は非常時に必要とされ存在はしていたものの、これまでも早々に発令されることはなかったと聞いている。


「では、まだお渡しできていない方がいますので私はこれで失礼致します――」


 もう少し話を聞きたいと思ったのだがそれは叶わなかった。


「っ!? なんて身のこなし……!」


 役目を終えたリンファさんはそれ以上語ることはなく、俺らの目の前から飛び跳ねるように跳躍すると、この工場地帯の屋根を伝って姿を早々に眩ましてしまう。

 嵐の様に去ってしまった方向を見つめ、ポカンと開いた口が塞がらなかった。


「職員で音もなくあれだけの動きができるなんて……何者?」

「少なくとも只者ではないな」


 あの速さならば一般の人目に付くこともないだろう。

 俺らの居場所が何故分かったのかはさておき、あの身のこなしはリンファさん熟練の冒険者並みじゃないか?

 厄介者が数多いSランクを束ねるギルドマスターの補佐なのも頷ける。


「リンファさんのことはあとにしよう。今はこっちの確認の方が先だし」

「そうですね。内容を確認しましょうか」


 多少モヤモヤが残ってはいるが、できることから進めていこう。




 手元にある書状をヒナギさんと共に読み進めていくと――。




「なっ!?」

「そんな……!?」


 最後の一文に書いてある内容は、俺らにとっては死活問題に発展する内容だった。異論ができるなら今すぐにでもしたい程で、別の意味で開いた口が塞がらない。

 俺の思惑通りに事を進めることは、どうやらできそうもないらしい。




「招集が……明日……!?」




 Sランク招集が早まり、日程は明日へと急遽変更された。それはつまり、運命の分岐点が明日に迫るということであり、『ノヴァ』の襲来も明日であることを示している。


 時間が、足りない……!

※2/14追記

次回更新は金曜です。

投稿時間は夕方頃になりそうです。


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