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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第六章 来たるべき刻 ~避けられぬ運命~
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309話 ジルバ③

 

「――随分と無茶をしたようだな?」


 短いようで長く感じた数分間。大体それくらいの時が過ぎただろうか。

 豆タンクは静かに、だが大きく息を吹き返しながらゴーグルを外してヒナギさんへと問いかけた。


「……申し訳ありません」


 間を置いて謝るヒナギさんがやや俯いて答える。

 この申し訳なさそうな顔で謝っているのはこの愛刀に対する複雑な想いが出ているのだろう。苦楽を共にした時間は俺らよりも、そして父親であるトウカさんよりも長いはずだ。ある意味自分の分身と言っても差し支えない。


「顔を上げろ。別にこの刀のお前の扱いについてはとやかく言うつもりはない。お前が邪険に扱う姿など想像もつかぬからな。こうならざるを得ない状況だったのか、或いは積み重なった損耗が限界に達したとしか考えてはおらんよ」

「お気遣いありがとうございます。――差し出がましいのですが、実は折れてしまったことには後悔はありません。私が以前よりも更なる高みに行けたのはそのお蔭ですから。確かに未熟故の結果は甘んじて恥じるべきでしょう。ですが、悔やんでいてはそれこそ申し訳も立ちません」


 しかし、暗く見えたのは表面的なものにすぎなかったようだ。

 ヒナギさんは刀が折れたことに対してズルズルと心を引きずってはいなかった。力強く前を見据えた眼差しで、未来(さき)を視ているのが俺でも分かる。


 いやぁ凛々しくてカッケーっス、ヒナギ様。俺もう一生貴女に付いていくッス。

 誰かこの人を止めろ、止めてくれ。じゃないとヒナギさんの株価は永遠に上がり続けちまう。愛のインフレ待ったなし。こっちが付いていけなくなってまう。


「芯は揺らいでいないな。そうだろうとも……コイツも嬉しそうに果てているようだしな」


 豆タンクが刀を持って満足気にしている最中、苛立ちのあったはずの俺の心はヒナギさんによってとっくに浄化されていた。それに伴い内心ではいつもの暴走が始まり、隣にいるセシルさんが俺を呆れた目で見ているのは、馬鹿丸出しの俺の心が見えているのだと思われる。


 セシルさんゴメンよ、でも止められんのだよ。

 俺なんかの意味不明な心でも見えるのってある意味地獄だと思うけど、どうか許してちょ。




「遂にアレを使う時がきたか……」


 頭お花畑な俺とは真逆に、真剣な空気を纏った豆タンクは作業場から立ち上がると、巨大な石窯のように見える造りをした……恐らくはこの工場の炉の方に向かっていく。そして手に分厚いグローブをはめて炉の稼働準備をいきなり始めたかと思えば、奥にあった棚から厳重に封がなされた大きな箱を取り出した。

 明らかにヤバそうな雰囲気を放つ箱を見てしまっては俺も一瞬思考が元に戻って真剣になり、一旦その箱を凝視してしまう。豆タンクは乱暴にその封を無造作に破いて箱を開けると……中には見たこともない煌めきを放つ鉱石が収められていたようだ。


「これ、は……?」


 圧巻の一言に尽きる鉱石の存在に、声が上手く出せなかった。

 取り出して俺らへと見せつけるように提示された鉱石を見てみると、ポツポツと光を反射しているのが無数の星空を見ているように思える。

 ジッと見ているだけで星の海に吸い込まれそうな錯覚を覚えそうなもので、恐らく今までに見たことのない未知の力を秘めていると身体は直感的に悟ったのかもしれない。一瞬ゾクリと身体が身震いする。


「……よかろう、ベルクからの依頼を承った。お前の刀を新たに打ってやる。アルテマイトをも超える世界最高の硬度を持つ……コイツを使ってな」

「えっ!?」


 決断早っ! 


 呆気に取られる俺らを他所に、炉の方へと踵を返した豆タンクは淡々と準備を始めていく。ゴトリと作業台に鉱石を置き、再びゴーグルを装着した。


 な、なんだこのスムーズすぎる展開は。打つにあたって試練とか条件が何かしらあると思ってたのに、これはちょっと怪しいフラグじゃね?

 てかアルテマイトを超える硬度の鉱石だと……? そんなの初耳だぞ。


「よろしいのですか?」

「正式な依頼、そしてお前には打ってやりたいと思えるだけの魂を見せてもらった。金もいらん、礼もいらん。――ただ、次こそは決して折るようなことにはならないようにしてやってくれ。次役目を終える時はお前も共に果てる時だ。それだけ肝に命じてくれればよい……分かったか?」

「はい……!」


 何か裏があるんじゃないかと思い半信半疑で成り行きを見守っていたが、どうやら本当にヒナギさんの問題は解決したということで間違いなさそうだ。ボルカヌの5指に入る腕前とやらを存分に発揮してくれるらしい。

 ベルクさんの影響力には感謝しかない。




「炉の熱が上がるまで時間が掛かる。少し待っていろ」




 火加減の調整のために炉をジッと見つめる豆タンクの背中を俺らは見つめる。その奥では煌々と炉が明滅を始め、熱風が次第に漂い始めて暑苦しさを感じさせてきている。

 その炉の真正面で熱風にも負けず、そして滲む汗を拭うこともなく集中している豆タンクは……正に職人だった。果たしてこの場にこのまま居ていいのかどうか気まずくさせられてしまう。


 ……まぁ、ヒナギさんのためだし? 何か手伝えることでもあるんなら協力しましょうかねぇ。


「もし熱が必要なら、火属性魔法で手伝いましょうか?」

「ならん。今から儂が打つのは限りなく『魔』を取り除いた純粋なる『武』を持つ武具だ。『魔』が紛れるのは極力避けねばならん」


 何か出来るんじゃないかと思ったのだが、俺の申し出はあっさりと却下されてしまった。


 でも『魔』? 『武』? 急に何のことを言ってるんだ?


「『武』と『魔』は対となっている。双方が完全に相容れる武具を造ることは最早人の手では不可能な領域と言われている。どちらも『力』という括りでは一緒にできるのだがな……」

「「「……」」」

「……お主ら、儂が何を言っているか分かっているのか?」


 いや、全然。分かる訳ねーだろ。

 まさかアンタが説明してくれたのは有り難いよ? それになんとなく察せそうだったし。

 でも素人の俺らが鍛冶師の専門用語出されてもピンとは来ないって。

 もう一度説明求む。あともうちょいかみ砕いたのをオナシャス。


「……その顔は分かっておらんようだな。お前ら冒険者を例えにするならだな――」


 振り返った豆タンクが俺らの顔を見て何を思ったかは分からない。ただ、自分の言ったことが伝わっていないことだけは分かったのだろう。再度分かりやすい例えも交えて説明を始めるのだった。


「『武』とは前衛、『魔』とは後衛みたいなものだ」


 ほぅほぅ。


「前衛は接近戦に強く、後衛は弱い。だが後衛は遠距離に強く、前衛は弱い。……一概にとは言わんが、少しイメージはできるか?」


 ふむふむ。


「前衛も後衛も、長所があり短所がある。そして短所が極端になればなる程に逆に長所は際立っていく。……もし短所を放棄して長所のみを極めたら一体どうなると思う?」


 うーん? どうなると言われましてもねぇ。色々とアンバランスかと……。

 そんなことしたら前衛は脳みそ空っぽのゴリラ、後衛は骨スカスカの紙切れになるだけじゃね? 

 2つのテストでどちらか100点でもう一方は0点ということですし。


「一点にのみ力を注ぎ込むという単純かつ最大の難度。それを乗り越えた果てにあるのは比類なき力。ここに至ることが出来たなら、短所という概念すら打ち消せるだろう。攻撃は最大の防御というようにな。……まぁ、それが出来ないからこそ極みと呼ばれているのだがな」


 犠牲無くして力は得られない。短所を顕著にさせることと引き換えに絶大な力は得られるということか。

 でも流石にテストで0点だったら打ち消しようがないと思うけどね。あくまで例えだけど。


「これから儂が打つ武具は『武』の極みを目指したもの。武具においての『武』とは物理であり、『魔』とは魔力のことを指す。どちらかが僅かにでも混じれば極みへの質を落とす故、我ら鍛冶師は未だ誰も『武』と『魔』を併せ持った究極の武具を造り出すことはおろか、片方だけでも成し遂げることはできておらん。世の中に、完全、絶対は存在しないのだから当たり前だがな。極みへ到達しようなどという考え自体無謀というものだ」


 なんとなくだが、理論上不可能に近いものを造ろうとしていることは分かった。しかし、豆タンクからは無謀だと言っている割にその声色に諦めは微塵も感じない。

 むしろ、だからどうした? そう言っているかのように俺には聞こえた。

 絶対の領域へと踏み込もうとする大それた志は願っていてもできるものではないと分かっているはずなのに。


「――だがそれでも極みを目指してみたいと馬鹿な夢を抱いたのが我ら鍛冶師なのだ。『武』の極みと『魔』の極みを生み出し、どちらの特性も併せ持つ究極の武具を造りだすことこそ、我ら鍛冶師が一生を掛けて目指す頂点。そして儂は、この70余年もの間『武』を求め続けている。今から打つ武具は儂からこの世の理への挑戦でもあるな」


 諦めたら何もかも終わり。

 絶対が存在しないのなら、絶対造れないという言葉も裏を返せば、である。


 俺はまだベルクさん以外の人の鍛冶師の腕前を知らない。でもこんな話をされた後に未だ『武』だけを求め続けていると聞いて、この人が五指に入ると言われる理由を確信した。

 鍛冶師は(・・・・)と人括りにしてはいたが、現実問題全員がその志を持ち続けることの方が無理だ。俺が同じ立場だったら途中で放棄して逃げ出している。あるかも分からないモノを妄信的なまでに信じ続けるだけの根気は俺にはない。しかもそれが人生を掛けたものなら尚更だ。


 決して残り長くはない人生……多分この人も完全なものを見ることは出来ないと心では悟っているはずだ。自ら理への挑戦だと言っているくらいなのだから。

 ――だが、諦めきれないんだろう。必ず『武』と『魔』の完全形があることを信じ、せめて片方だけでもという思いでここまで上り詰めているに違いない。じゃなきゃ70年も出来ることじゃない。


 本当に……頭のネジがぶっ飛んでるじゃないか。

 すげぇ。ここまで夢を追い続けている人なんて見たことない。




「世界の何処にも、『武』と『魔』を完全に併せ持つ武具はまだ存在しない。――そう思っていたのだがな」

「え?」

「しかしどうやらお前が背中に背負うモノを除いて、の間違いだったらしいな。小僧」


 突然、ジルバさんが炉を見つめたまま俺へと話しかけてきた。

 この場で小僧と呼ばれるのは俺だけだ。しかも背中に背負っているモノがあるのも俺だけである。


「精霊王に創られたとされる、霊剣エスペランサーか……。それに勝る武具など存在しないのも頷ける。純粋なる『武』と『魔』の完全形のそれには、我々は未来永劫届きはせんだろうな」

「これのこと知ってたんですか?」

「まぁな」


 まだ布に包まれたままであるのに、なんで分かった? 


 ただでさえ目立つエスペランサ―の持ち運びに注意は払っている。光を漏らさない布を被せているし、パッと見ただけでは何か背負ってるなくらいにしか思われないはずだ。俺以外にも多くの人は何かしら武器を背負ったりしてることもあるし、抜き身の人の方が目立つので特に怪しいと思われることもない。


 なのに……なんでピンポイントでエスペランサーだと言い当てた? 


「完全形を見てしまっては、必ずや届いてみせたい。久々に錆びついた血が再び騒ぎ出したようで生き返った気分だ。礼を言わせてもらうぞ小僧……!」


 嬉しそうな声で、俺の純粋な疑問も知らずジルバさんはそう言うのだった。

次回更新は今週中だと思います。


※2月8日追記

次回更新は明日です。


※2月9日追記

今日の更新は12時じゃないです。

出来上がり次第での投稿になります。連絡遅れてすみません。


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