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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第六章 来たるべき刻 ~避けられぬ運命~
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307話 ジルバ①

 ◆◆◆




 いつものように、気がつけば自然と瞼は開いて思考が徐々に開始されていく。

 身体の妙に重く感じる倦怠感で一時そちらに意識を奪われるも、大したことはないと無意識にまずは身体を俺は起こした。


 しかし、やけに頭がボーっとするな……。


「へ? 夜?」


 上体を起こして横を見やると窓があった。ただ外を見てみると真っ暗闇で何も見えなかった。

 この部屋の明るさなど大したことはない。だが、頼りない明るさ程度が今は最も明るい状態だった。


 無意識に起き上がっていたようだが、どうやら俺は今ベッドの上にいるようだ。掛けられていたシーツに残る温もりからして、これまで寝ていたようである。


 というかここはどこだ一体。病院みたいだけど……。



 見慣れない場所にいるのは間違いない。だがこの部屋の雰囲気と内装は悲しいことに見慣れてしまっている。微かに鼻孔を刺激する消しきれなかった薬品臭もするとなれば、もう決まったようなものだ。

 ここはきっと病院なのだと。




 ふぅ……我ながら鋭い推測であっぱれですこと。でもこの世界に来てから俺が何回入院してると思ってんだ。まだ4ヵ月しか過ごしてないのに2回も入院してるんだぞ。しかも重体。

 病院という場所は私の中に強烈な記憶として刷り込まれてますとも。フッ、笑えねぇ……。




 ――とまぁ、健全なゾンビライフを送っているのはさておき。

 本当になんで俺はこんなところにいるんだ? 今の自分の置かれている状況が分からない……。まずは情報収集が必要そうですな。


 そこにいらっしゃるご両名のことについても。


「「……」」


 この部屋には俺以外にも既に客人が来ていたようだ。先程から規則正しい寝息が聞こえてくる。


 アンリさんとヒナギさんのご両名が、なんとスースーと私のベッドに突っ伏しているではありませんか。あら可愛い。

 しかも俺が掛けていたシーツを、アンリさんとヒナギさんがお互いに両端から引っ張るようにしてるのがキュンときますねぇ。まるで私を取り合ってると思われそうな無意識の仕草は反則でしょうに。食べちゃうぞこんにゃろめ。


 うん、まずはこの展開になった情報収集の方が先ですね。優先順位を繰り上げましょう、そうしましょう。


「……?」


 2人を観察し始めてみると、アンリさんとヒナギさんには特に変わった点は見受けられない。そりゃそうだ、だって寝てるだけだしな。


 ――しかし、唯一気になることとして、アンリさんの目尻がやや赤みを帯びていることには目が留まる。

 引っ掻いた程ではなくじんわりとしたという表現が似合いそうな具合に、閉じた眼差しの横には赤色が自己主張しているのだ。白く滑らかな肌では少々目立ってしまっている。


 これは、泣いた後……だろうか? 両目とも同じになってるし。


 ふむ……? 何故アンリさんは泣いていたんだ?

 現況から推測するに悪い夢でも見ていたのだろうか? そう考えると心なしか表情も安らかには見えない気がしてくるな。

 それとも俺が今ベッドで寝ていたことと関係してるとかか? もしそうだったらそれはマズい。俺が病院のベッドで寝てる時なんてのは大怪我した時くらいだろう。アンリさんをまた泣かせたとあっては悔やみきれないにも程がある。ヒナギさんの二の舞になってしまう。


 過ちから何も学べていないだけの、成長性皆無のダメ男ではもういられないというのに……。




 いやだがしかし、そう考えるのはまだ早計かもしれない。

 だってそもそも全く記憶にないなんて珍しすぎないか? というか俺にとっては始めての経験なんだが……。


 自分の行いを覚えていないことは初めてのことであったため、若干新鮮さを感じつつも奇妙な気持ちになってしまう。

 気絶したとか、酒の飲みすぎで記憶が少しないという話は聞いたことがある。気絶は姉ちゃんが実体験してるのを間近で見たことがあるし、酒で記憶がないのは地球でもこちらの飲みでもそういう奴を俺は見ている。


 身体に怠さは確かにあるが、それはアルコールによるものではなさそうだ。俺が酒を飲んで急性アルコール中毒で倒れて運ばれたという線はまずない。かといって別に身体に痛みがあるというわけでもないし、怪我をしたわけでもなさそうである。


 となると答えは一つ。はて? が解となる。

 要は謎は謎を呼ぶばかりであるということだ。


「えぇー……。俺、なんかやらかした……?」


 自分の記憶にないことが段々不安になってしまい、胸を締め付けるように心を煽り始める。思わず情けない声が漏れてしまっていたがそれどころではない。

 覚えている限りの今日の一連の出来事を思い返してみる。


 シュレンさんと一緒に本部に来て、また新たな記憶が舞い込んできて、俺はその後『剛腕』をあしらった。

 その後はセシルさんの過去の話を聞いて『英雄』が実は英雄ではなかったとかが判明して……。


 なんや、結構覚えてるやんけ。そんでそこで記憶が途切れてる、と……。


 少しずつ、俺がこうなった原因が判明し始めた。


 俺は記憶達が還ってきた反動で頭痛で身動きが取れなくなって、多分それが原因で意識を失った……ってところか。あれだけの痛みだ、意識を手放してもしゃーない。

 記憶の目覚めは身体への反動が大きいとか確か言ってたしな。







 ……ん? 誰がそんなこと言ってたっけ? セシルさんからじゃなかったはず、だよな……?







 記憶の目覚めの負荷を知る人など、実際に味わった俺以外にいるはずもない。それなのに、俺はそれをもっと詳しい誰かに教えてもらっていたような気がしていた。

 しかも無意識にその誰かから教えてもらったと考えたのだから間違いとも考えにくい。ただ名前が出てこない。


「……? いや、そうだったはず……だよな……?」


 なんなんだろう、このモヤモヤした違和感は。何か大切なことが抜け落ちてしまったような……。


 記憶にないのに記憶にある。記憶にあるはずなのに記憶にない。矛盾して噛み合わない不可思議な記憶の答えは、俺はいつまで経っても思い出すことは出来なかった。




 ◆◆◆




「確かこちらの方でしたね」


 翌日。

 昼前頃に差し掛かった頃に、ヒナギさん先導のもとオルドスの町工場を俺らはひた歩く。立ち並んだ工場、店の前で誰にも見えるように武具の製作に勤しむ職人達を邪魔せぬように、なるべく固まるという形で。

 時折ヒナギさんに気が付いているような人もいるようだが、その人気はヒュマスやイーリスと比べるとそこまでではないらしい。それはこの場所が職人の聖地であることと、見る人皆が人族やエルフではなく、千差万別の異種族交流をしているのではと思う程に色とりどりであることが原因だろう。

 有名で顔も広いヒナギさんに過度な反応を示しているのは、もっぱら冒険者の恰好をした者達である。それ以外の職人気質の人達はヒナギさんには気が付いてもそれほど目もくれていないといったところだろうか。


「凄いな……ベルクさんこういう場所で修業してたんだ」

「ん、腕がいいのは当然だったのかも。しかもその師匠がここの五指に入る人なら尚更だね」

「俺、本当に凄い人に色々作ってもらってたんだなぁ」


 隣に並ぶセシルさんと互いに頷き合い、同じ人物を脳裏に浮かべる。

 俺に武具を製作してくれたベルクさんの原点を俺達は間近で見ているのだ。あの人の腕が何故高いのか……素人目ではあるがなんとなく分かった気がした。




 今俺らが向かっているのは、ベルクさんの師匠でもあるジルバと呼ばれる職人に会うためである。

 ボルカヌに来た目的の一つでもあるヒナギさんの刀を打ちなおしてもらうために、今オルドスの町工場に繰り出しているというわけである。


 今この場にいるのは俺とヒナギさんとセシルさん、そしてポポとナナの3人と2匹。

 アンリさんはジークと現在朝からいつもの修業に出ているため席を外しているが、今日はシュトルムも一緒に同行してこの場にはいない。


 シュトルムが何故アンリさん達に同行したのかというと、イーリス以降はステータスの超強化があったこともあり、『ノヴァ』を意識したレベルの高い訓練をしたいと申し出たためである。ジークもアンリさんとの修業の足しになればと考え、今は一緒に切磋琢磨していると思われる。


 ジークは魔法のことは教えてやれないだろうし、シュトルムは俺ら一般とはまた違う精霊の使役という観点から魔法を教えることができるはずだ。武と魔の同時強化はキツイ内容になりそうではあってもアンリさんにとっては好都合だったらしく、意気込んで今朝宿屋から出て行った姿が記憶に新しい。


 ちなみにだが、昨日の俺の記憶の整合性を確かめてみたところ、あの記憶の目覚めの負荷は大きいという発言をした人なんていなかったと皆からは言われてしまった。俺の記憶が目覚めた中にその情報が含まれていただけなのではないかという判断に落ち着いてはいるが、正直俺は納得してはいない。答えを知る者がいないためどうしようもないことではあるのだが……。


 そしてあの俺がいた場所というのはギルドに併設されている病棟であったらしく、俺は余りの頭痛に意識を失って倒れてしまったとのことだった。そのため、記憶がぽっかりと抜け落ちているのはそれが理由であるようだ。

 目が覚めた後は2人を起こし、簡単な手続きを終えてすぐに退院。部屋の外の廊下で眠りこけていたシュトルム達も連れて街に戻り、宿屋を取ってそこで一泊……という流れになった。


 俺が起きた後の2人の反応は……まぁ言わずもがなである。愛されてんなぁと思いました、はい。




 昨日アンリさんの目元が赤かったことについてだが、それの原因は判明した。

 どうやらアンリさんはとても怖い夢を見たらしく、多分それで涙が出てしまっていたんじゃないかとのことだった。夢の内容を一応聞いてはみたものの、アンリさんはそれを覚えていなかったので分からなかったが。


 まぁ夢なんてそういうものだし仕方がない。怖い夢で、それを覚えていないならそれに越したことは無いんじゃないかな。




「あ、こちらですね」

「ぇ、ここなんですか……?」


 そうこうしていると、俺達はいつの間にか目的地へと着いたらしい。俺とセシルさんは思わず一歩戻ってたたらを踏み、ヒナギさんの見る建物に目を向けた。

 立ち並ぶ町工場の中に、ポツンとジルバさんの工場はあったようだ。これにはちょっと拍子抜けした。


 というのも、これといって特に目立たない工場なのである。建物が新しいわけでもなく、むしろ古い。年期の入った煙突が一つついただけの、長方形の地味な構造。

 煤が建物にこびりついているためか黒く、それも年期を感じさせているというのもあるが、建物には店名は見当たらず、入り口であるドアにもネームプレートすら下げてはいない。

 ハッキリ言って営業してるかすら疑わしい佇まいをしていた。




 だが、それは逆にジルバさんが只者ではないことの証明の一つなのではないかと俺は思えた。

 ごちゃごちゃと装飾して人の目を引いていないのは、それだけ腕に自信があるようにも見えるし、また孤高の職人感を感じさせてくるというもの。稼業以外の余計なことに力を振っていない顕れにも見えたのだ。


 それに、この辺りだけ人の流れが若干少ない。もしかしたらジルバさんという人は中々に癖のある人で、人を寄せ付けづらいという人であるのかもしれない。ベルクさんからは紹介状をもらったくらいだし、その可能性があってもおかしくはないだろう。


 大体五指に入る職人なら頭のネジがぶっ飛んでいたってむしろ普通だ。この世界の凄い人と思える人達ってのはそれくらいであるべきである。

 それなら、別におかしいところなんてないに等しい。




 ヒナギさんがジルバさんを呼ぶためにドアを叩こうとすると――。


「何用だ? 「っ!」今日は何の予約も入っていないはずだが?」


 気配を察したのかどうかは分からない。見えてもいないはずだが、ドア越しに年期を感じさせる渋い声がし俺らを驚かした。


 お、おう……既に只者ではない感が半端ないっすね……。こりゃ多分頭のネジぶっ飛んでる御仁ですわ。


「あの、ジルバ様! 私以前お世話になったマーライトと申しますが……」

「ん? お前は……もしや『鉄壁』か? ……入れ」




 非常に失礼な冗談を考えていると、ヒナギさんに覚えのある反応をジルバさんはしているようだ。そのまま少し間を置くと、中に入るようにヒナギさんに言うのだった。


 さてさて、ジークの盾を壊しまくったことの言い訳を今から考えますかね。

※1/16(火)追記

次回更新は1/22(月)です。

新年早々更新が遅くてすみません。


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