306話 早すぎた目覚め
新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
◇◇◇
いつの間にか、四角い箱の世界に一人座り込んでいた。
四方八方真っ白でどこまでも同じ景色が続きそうな空間だ。もし空に青空が広がっていたなら意味もなく走り出していたかもしれない。それくらい開放的で永遠を感じられる場所。それがこの空間に対する俺の素直な感想だ。
もうかれこれ此処にどれくらいいるのだろう? 時間の流れを感じれないからまだ始まったばかりの気もするし、何時間もの間こうしていた気もする。
ただ、時間がどれくらい過ぎているのであれ、結局俺は今この場から動くことはしたくなかった。やるとしたら、せめて届きもしない空に手を伸ばそうとするくらいか……。
どうせ見えている程この場所は広くなどないのだ。むしろ狭すぎるのだとすぐに分かったから。――というより、少しずつ狭くなってきている。
動けるだけのスペースがそもそもないなら動く意味はない。
今見ているこの空間は、白く塗りつぶされただけの狭い部屋なのだ。四角い箱と思ったのはそれが理由である。
ヴァルダ達には感謝してもしきれない。未来の俺は自分だしともかくとして、その俺に文句一つなくついてきてくれたことには一生恩を忘れることはないだろう。
例え届かないのだとしても、最高の仲間達に会えたことは俺の人生の中での幸福の一つと言える。そしてこれからも。
ようやく、未来の俺達が俺に何を望んで密かに動いているのか――それをようやく知った。
ここは広い世界の単なる一点であり、俺という存在の全てが体現されている。
――正確に言えば未来の俺が見ていた世界……願っていた世界が今目の前に広がっているのだ。そして俺はそこに立たされている。
俺の内に潜んでいた記憶達が還ってきたことでこの世界を見ることになったわけだ。
辛い現実を乗り越えた先に見えて広がる、まだ彩られていない新たな世界。そこに色を塗ることこそが未来の俺が願った結末だ。
まだ誰も見たことも、また見ることすら出来なかった世界中の人達の未来も一緒に体現しているとは……全く嫌な重責を背負わされたもんだ。
しかも迫りくる現実は目を逸らしたい現実から逃げることは許さんと言っているようなものだし、逃げるに逃げられない。記憶からも役目からも逃げられないとは手の打ちようがないですねコンチクショーめ。
トキには感謝しているけど、何故に俺がその役目をやらにゃいけんのじゃい。もっと適任者いたやろ、トキの馬鹿。こちとら元一般人だぞオイ。
「(出来ることなら、もっとのほほんとした人生が良かったなぁ)」
自分の運命を半ば呪いながら、深い溜息を盛大に吐く。皆には到底見せてはいけない姿だが、幸いここには俺しかいないため気にすることは無い。一時の休息みたいなものとして割り切った。
トキに対する愚痴は今も昔も変わっていないことだからいいとして、しかし未来に暗闇しか見えないのは俺も嫌なのは確かだ。だからこそ未来の俺はヴァルダ達とこんな手の込んだことしようと画策したわけだしな。
自分のやってることではあるが、未来の俺は無い知恵振り絞って頑張ってたんスね……驚き通り越して怖いんですけど。ソラリスも怖いが、万が一に備えただけだってのにかつての自分にしようとしてるその考えは他人だったらドン引きする自信がある。
自分に対してドS過ぎませんかねぇ? そしてそれしかないと受け入れちゃえてる俺はドMを超えてるのかもしれないッスわ。最早変態の領域に踏み込んでいる可能性も……うわぁないわ~。
ベクトルは違くてもヴァルダと同格とかは嫌だ。
でも……そうまでしてでも変えなきゃだよなぁ。抵抗するだけ無駄ならまだしも、中途半端に抵抗する力を与えられちゃってるし。
――俺が、やるだけやってやるしかない。
自分の本来の運命を受け入れ退くという選択肢はとうに捨てたはずだ。今更泣き言を言ったってしゃーない。
俺らは過去はある程度自由に変えられても、存在してすらいない未来は変えようがない。それはもう分かっている。それがトキの力の限界なのだから。
出来るのならもっと楽に世界は改変されているし、こんな要らぬ苦労は強いられてはいない。
恐らく未来の俺が出来るのは最早ここまでだろう。ならば後は俺がどうできるかに全てが掛かっている、か……。
しっかしですよ? 今の時点で俺が未来のアイツの真意を知っているのはちょっとマズいんじゃなかろうか? というか9割方それがマズすぎるからこの場から動く気力もないのが事実なんですがね。
だってそうじゃね? 俺はまだ想定されていただけの憎しみを味わえてはいないのだから。無論その自覚だってない。
未来の俺の計画を知り既に自覚してしまった今、計画は破綻してしまってるわけなんですが……一体どうすんだコレ? 俺と未来の俺の分も足したとしてもまだ足りない。ソラリスの憎しみに全て飲み込まれてしまうビジョンしか見えてこない。
折角ここまで進めてきた計画が、残り数日を前にして破綻の可能性濃厚という現実は俺を放心させた。
この事態で俺がこう思っているくらいなのだ。ということはつまり――。
俺はまさかな……と思いながら、半ば冗談半分に奴を呼んでみる。この状況を打破できる力を持った奴は一人しかいない。
「ヴァルダ……いるよな?」
『お、呼んだ?』
はい、やっぱりいましたこのストーカー野郎は。でも今はそのストーカーが滅茶苦茶頼りになるから複雑である。
やっぱりというか、この神出鬼没の頼れる奴はまたも俺の傍にいたらしい。
どこに俺がいようが関係なし、声しか聞こえてこないがそれは状況的に仕方のないことであるため、恐らくは現実世界の俺の傍らにでもいるのだろう。
試しにと思って呼んでみたつもりが当然のように現れるとは……なんだか頼れる兄貴みたいである。
……あ。いやちょっと待て。コイツを兄貴って呼んだらアカンか。
自主規制掛けるレベルで勘違いされそうなキーワードだから言うのはやめよう、うん。
「お前……毎度俺が呼べば絶対いるよな」
『そりゃお前に大抵張ってるんだからいつだって反応できるとも。というかお前に保険として頼まれてるわけだからやってなきゃ職務怠慢になってしまう。お前とタイマンするような羽目になるのは勘弁だぞ』
「ハハ、確かに」
俺はきっとやらかしてばっかりだから、その尻拭いを全部頼むって言ったもんな。知ってる知ってる。
お前はそれを適当かつ真面目に引き受けてくれたことも知っているとも。
呼べばすぐ来るのはむしろ当然か。
いつも俺は見守られているのだ。ここにいるヴァルダにも、他の仲間達にも……。
各々俺が指示したことをしてくれているから今がある。誰か一人でも欠けていたらこの時間は訪れていなかったはずだ。
全ては運命の分岐点を無事迎えるためにある。
『やはり全てを知ったんだな、その様子だと』
「あぁ、おかげさまでな」
『そちらから声を掛けられたのは驚いたが……俺を呼んだのはアレか、この状況マズくねってことだよな?』
「お察しの通り。お前がおふざけをしないってことは、そっちも結構マズそうだな」
『うむ。もうそろナタさんの魔力が尽きる頃合いだろうな。俺らと違って魔力量はそこまで多くはないからな……維持は辛いと思う。手早く済ませて構わないな?』
「やってくれ。ナターシャは頑張りすぎるから……」
ナターシャの性格を考えると、なんのこれしきとか言って無理をしてそうな姿が目に浮かぶ。
俺とヴァルダなら心配はいらないだろうが、ナターシャだと不安はどうしても残ってしまう。ジークと同程度の魔力しか持っていないし、今は万が一を考えて恐らく別次元の空間を形成しているはずだ。アレの魔力の消費量は割に合わなさすぎる。
俺は出来ることなら使いたくはない魔法の1つとしているくらいだ。
早く開放してやらねば……。
「頼む、まだ知るには早すぎたみたいだ。今日知ったこと全て……ヴィオラさんと会った記憶も全部消してくれ。皆の分も頼む」
知ってしまったなら一時的に忘れることによる対処法しかない。
セシリィには怒られそうだが、果たして許してくれるだろうか? 怒らせると怖いんだよなぁ……というか身内全員そうだけど。
『了解した。こちらもまさかこんなにも早く全てを思い出すとは思わなかったよ。皆にはもう処置は施し済みだから安心しろ。――ま、最後は手間取ったがな』
自分が怒られる姿を想像してゲンナリしていた俺だが、ヴァルダの何気ない一言には違和感を感じてそちらの方が気になってしまう。
なんでお前が手間取るのか、と……。
「手間取った? お前程の魔力量だったら別に楽勝だったろ?」
『……言っても意味ないから今は言わん。取りあえずあとはお前だけだ』
「……?」
どういうこっちゃ? こんなの朝飯前程度だろうに……。
記憶を消すのも確かに相当な魔力を使うのは知っている。
――だが、俺とヴァルダは異世界人である。魂だけでなく、肉体も含めて性質上全てのステータスは規格外となっているのだ。
それにかつては『賢者』と呼ばれたコイツは魔力量なら俺すらも上回る。
微々たる程度の消費に手間取るなんてのは謙遜が過ぎると思うんだけどな……。
『――まぁいい、もうやるぞ』
「あ、その前に最後一つだけいいか?」
本当に時間はないのだろうが、無理矢理ヴァルダは話を終わらせて締めへと入る。
ただ最後、俺から1つヴァルダ達に伝えたいことがあった。
「お前らは言うまでもなく分かってはいるとは思うんだけどさ……それでも敢えて言わせて欲しい。――まだまだ優しすぎんじゃないの?」
『……』
それは、今回画策したことに対する総評である。
「もう会えるかは知らんが未来の俺に言えるなら言っとけよ。――お前が一番自分に甘ぇんだよってな」
まだヌルい。俺がもっと心身共に追い詰められているくらいがベストなのだ。そうでなければソラリスの憎しみを超えることなど無理と言っているようなものだ。
非常になりきれないのはヴァルダ達が心ある人間だからなのは分かる。そしてそのような奴らが仲間であることはこの上ない幸せだ。誇りにすら思う。
生まれも容姿も性格も何もかもが違う俺らが一緒にいることは、奇跡と言っても文句の言われようがないだろう。
だが、だからこそ非情になることに徹底しなければならなかったのだ。
俺の失敗は即ち……ソラリス達の勝利である。未来に待つ結末は俺達とソラリス達のどちらが勝つかで全てが決まる。2択しか未来の可能性はもう存在していない。
糞ったれな自分の役目を嫌だと思っていようが、皆の命を背負っているのは俺だ。だからやる、やらねばならない。
皆の中心に立つ者として、ヴァルダ達が非情になりきれなかったのは俺の責任だ。
だから俺は自分を責めたい。今のこの事態を招いたのも全て俺の責任だと。
ヴァルダが内心では気にしている想定外などはもう関係ないのだ。俺が想定外を作ったようなものである。
『フッ……全て知ったうえでそう言えるんだからやっぱり大した奴だよお前は。急にガチトーンになるのは止めろ、鳥肌が立ちそうになるだろ……!』
「茶化すなよ。余計お前らに申し訳なくなる」
ヴァルダは俺がどんな思いで言っているのかは声だけで察したのだろう。だからこそ真面目に答えるようなことはしなかったのだと思う。
これが気を遣われているようで、俺は不甲斐なさを覚えてしまったが。
『では、当日に待ってるぞ? 先に謝っておく……済まない』
「おう、謝るくらいなら容赦なく徹底的に追い詰めてくれ。そんで次こそ俺に全てを守らせてくれ」
『あぁ守れ。お前だけが唯一俺らを守ってくれると……信じているぞ』
ヴァルダの期待の声を最後に、この空間の終わりは唐突にやってくる。
景色が霞み、揺らいでは消えていく。白から無の世界へ、存在しなかった空間へと変わろうとしている。
それがまるで消えていく自分の記憶とリンクしているようで、現実と記憶の結び付きの強さを示している気がした。
やってやる。これで終わりにするんだ。
俺がこれから生きていく世界は、俺の道は、自分の手で切り開く……!
完全にこの世界と俺の意識が消えてしまう前に芯となる決意を胸に抱くと、その決意はこの世界の消失に巻き込まれて消えていった。
※1/7(日)追記
次回更新は火曜のいつもの時間です。




