303話 秘談②(別視点)
ちょっといつもの時刻より投稿遅れましたが、年末は出来上がったらすぐ投稿していきます。
「ヴァルダ様。ですがどうしましょうか。このまま手筈通り進ませますか? しかしそこまで影響が出ているのであれば……」
『そこなんだよねぇ。俺達がアイツに与えられた猶予は最大5日。だがこのままではどのみち抑えてくれているアイツが保たないのは明白だ。こっちに影響がそれほど出ているなら、向こうはもっとマズイかもしれん』
「「……」」
ジークとヴィオラは黙ってヴァルダの言葉を待つ。ヴァルダ達の進めている計画の全権限はヴァルダにあり、その判断に従う意思を示しているようだ。微動だにせず通信石を見つめているため、まるで時が止まったかのようである。
しかし、噴煙による火の明滅だけがほぼ音もなく、この場の時が確かに流れていることを証明していた。
時間が限られているのも構わず、暫く無言の時間が続いた後、ヴァルダが決めた方針はというと――。
『明日もう一度様子を見たい。それでなお今日のように苦しむのであれば……もう決行するしかないだろうね。心を鬼にしろとは言われても、どちらも終わらせてしまっては意味がない』
様子見という、どっちつかずの中途半端なものだった。
「分かりました」
「了解だ」
ただ二人は特に文句もなくただ頷く。この決定は優柔不断とも取れかねず、反感を買っても仕方のないものだったとしても。
それは、ヴァルダでも判断が極めて難しいということを分かってしまったためだ。
自分らより遥かに複雑に先を見据えている者の考えでこれなのだ。表層だけで思案し、深層に至る思案のできぬ自分らでは到底理解及ばぬ可能性を考慮していたであろう。
考えに考え抜いた結果が様子見なのであれば、それに従うなど当たり前だった。
『ヴィオさん。ちょっと確認したいんだが招集って早められたりする?』
――だがいかに様子見の判断であろうと、そこで終わることはしない。
現時点で考えられる可能性に向けて、既にヴァルダは先の展開を見据えている。
「はい、可能でしょう。普段から日時になってもまともに集まらない集団です。早めたところで支障はありません」
『じゃ、ギルドの都合で招集日は明後日に変更の可能性ありって通達しておいて』
「畏まりました」
重大な日程であるはずの招集日をサラッと変更してくれとヴァルダは言ったが、ヴィオラの返答もまた拍子抜けなものだった。特に考える素振りもない即決である。
「これだとギルドすら思いのままに操れるのな……とんでもねぇ」
ギルドとは何の繋がりもないが、この呆気ない一部始終を間近で見ていたジークの本音としては、色々と既におかしいという至って普通の感想だった。
場面こそ限られるが今ヴァルダは全ギルドの長よりも権限が高いことをしているのだ。それはこのリベルアークにおいて、世界規模の組織を手中に収めているといっても過言ではない。
そのトップに立つ者の決定がこんなにも軽いやり取りで、しかも軽くはない内容を変更しているのだから何も思わないわけがないのだ。
「――つーか、グラマスは相当Sランクはアテにしてないんだな?」
ジークは面倒なことについてはもう触れることはやめよう――そう思い、ヴィオラへと話しかける。
「むしろ彼らのどこを信用すればいいのか疑問ですね。だからこそ彼らは未来で滅んだのですから」
溜息交じりにヴィオラはジークの言葉に呆れた様子で返す。
Sランクは未来では死んで当然だった……まるでそう言っているようだった。
この話を続けて発展させたいとは思わなかったのだろう。ヴィオラは早々にジークとの会話を終え、ヴァルダとの会話へと戻っていく。
「少なくとも招集を早めるのであれば私に異論はありません。当日に参列するギルドの役人達も省けるかもしれません」
『そうそれ。結構そこの部分ってネックでさ、あの人達強い弱いは別にして有能な人が多いからね。巻き込まれたら事が終わった後の処理が大変だし、なるべく生かしておいた方が後々助かると思うんだよね』
「そこまでお考えでしたか」
『『ノヴァ』から全てを守れても、その後が苦しいんじゃやるせないってもんでしょ? アイツが報われないったらありゃしない。……あれ? なんか俺ツカサのライフプランを支えるのが役目だったんかね? やってることってまさしくそれじゃない? そう思わない?』
「え、えぇ……そう、ですね。多分」
『――ま、その時はヴィオさんには関係ないか』
「(関係ない? なんでだ?)」
『じゃ、ジーク君も時間ないし、当初の予定通り進めるかは取りあえずまた明日に最終決定ということで』
「(気になるが……取りあえず今はいいか)」
ジークはヴァルダ達の計画に賛同したとはいえ、まだ全てを知っているわけではない。知っているのは司に関わる大きな部分が中心であり、細かい部分はまだ知らないことの方が多い。むしろ、急遽加わったために大きな部分もまだ聞き及んでいない程だ。
そのため、今の若干気になった部分は自分が聞かされていないだけという判断に留まり、そのうち判明するだろうと自己完結することにしたらしい。
『いよいよ最終段階が迫ってきましたよお二人共。俺が言ってもナニも締まらないが、気を引き締めてくれ。正道ではなく邪道だが、『呪解師』を名乗ることは許された最後の一人として、正式に人の命を守るために力を振るいますかねぇ。ツカサに関しては今夜応急処置を施す……今ナタさんと合流してそっち向かうから、ジーク君ちょっとそこで待っててくれるかに?』
「分かった。……でもよ、チビ助にチビ子、セシルと旦那をどう欺くってんだ? しかもセシルの奴……もう勘づいてやがるぞ。多分ツカサは自分が誰なのかを知っちまってる」
「そこはだなぁ……」
ナナは魔力感知をし、ポポは気配を察知する。そこにセシルの天使の未知数の力とシュトルムの精霊の力が加われば、何か仕掛けようと思っても事前に察知されてしまう可能性は非常に高い。更には今司の元にはアンリとヒナギも傍にいる。
しかしそれでも、その状況を掻い潜ってヴァルダは皆を出し抜く方法を既に思案しているようだった。
「ジーク……? なに……やってるの?」
「「「……」」」
三人の間に流れていた空気と雰囲気が一変し、身体は即座に硬直した。
この場にいてはならない者がいたことに対し。何故ここにいるのか、まずはその理由が思考を埋め尽くした。
か細い頼りなかった声であったはずなのに、凄まじい衝撃が三人の脳裏を襲う。
「セシル、様……!? 何故ここに……!」
突然現れた者は……セシルだった。
丁度タイミング良く自分らの話題が持ち上がっているところを耳にしたのだろう。セシルの表情は闇夜で確認しづらいとはいえ言うまでもない。
こんな場所で、この時間に、コソコソと秘密の秘談をしている者達を怪しいと思わない方が難しい。同じく仲間であっても、このような行動に出ている理由を知らずにはいられないというものだ。
「……悪ぃ。一番ダメな奴に、見つかっちまったんだが……?」
「あらら? そのようだね。いやーん聞かれちゃった☆」
ジークが滅多に見せない申し訳なさそうな顔で謝ると、ヴァルダはそれを咎めることはせずに軽く受け流す。
ヴァルダの軽さは毎度のことで判断基準にはならないが、セシルがこの場に現れてしまったことの重大さはジークを見ればすぐに分かる。相当マズイことだけは確かなようである。
「ヴァルダの声?」
『やぁセシル嬢、ご機嫌いかがですかね?』
「ヴァルダ! んな悠長なこと言ってる場合か! どうする!?」
『いや、落ち着きなって。まだこの時間があるんだからなんとかなる。それにね、ナタさんとも話してたんだけど、ぶっちゃけ君がポカすることは予想の範疇だ。でも……プププ! やーい、ホントにやらかしてやーんの』
「っ、殺すぞコラ……!」
ジークの慌てぶりに心底笑いを堪えているヴァルダを察したジークは、一気に怒りがこぼれ出て言葉に変換されてしまう。
掌で踊らされていることは分かるが、遊ばれているようなことに関しては腹が立ったのだ。また、自分だけ取り乱していることが恥ずかしくもあり、それを隠したい気持ちに駆られたというのもある。
『うひゃー怖い怖い。てかなんでこの場所がバレたし? ジーク君、匂いはしなかったのかね? それと気配も』
ジークを怒らせると怖い……それはヴァルダも身を持ってしっている。ついこの前に拳骨を食らっているため、あれはもう食らいたくはないと思っている。
これ以上火に油を注ぐような真似は避け、現状確認に勤しむことにしたようだ。
「何も感じなかった……それに俺らがいるこの場所が場所だ。『天使の衣』でも張ってたのかもしれねぇ。ちっ……油断したぜ……!」
自分の持つ力でセシルの存在を感知出来なかったことに心当たりはあるらしく、ジークはその可能性が頭から抜けていたことを後悔せずにはいられない。
「欺くってなに……? 何を、しようとしてるの……?」
一方セシルはというと混乱していた。
何故まだ話してもいない『天使の衣』の存在をジークが知っているのか?
自分が一番ここにいては駄目なのか?
とにかく様々な不明要素が一気に流れ込んでいた。
それ以前に、何故最も相容れぬはずのジークとヴィオラが共にいるのかが分からなかった。ヴィオラがこの世界の者達とは相容れないのは仕方のないことである。セシル自身それは理解している。
ただ、今日の会話で新たに分かったジークのこと。ギルドでヴィオラが見せたジークへの底知れぬ憎悪の原因の正体……それをセシルは知ってしまった。何故ならば自分も憎いと思える存在だったはずのモノなのだから。
確かにギルドで確認していたはずであるのに、何故それでもなおこの場に二人が共にいるのかは混乱に拍車を掛けても無理はない。
セシルが動けずにジークとヴィオラを見つめていると、唯一この場にいないヴァルダは冷静に、淡々とも言えた指示を飛ばす。
『まぁツカサのこともあるし乗り掛かった舟だ。セシル嬢が勘づいてしまったものも今は封印しておくとしよう。……ジーク君、頼んだよ』
「……まぁ、そうなるよな――っ!」
ジークもやらねばならないことは分かっている手前、断るという考えは頭にはない。だが、心底嫌な気持ちではあった。
自分が招いてしまったことについての責任を背負うという意味を込め、やや俯いていたジークはそのままの姿勢で呼び動作もなしに動く。
暗いこともあり残像すら見えない速度でジークはセシルとの間合いを一瞬で詰めると、今は隙しかない無防備なセシルの腹部に手を添えるように押し当て力を放つ。
『ゼロ・インパクト』と同じ動作に見えて、全く違う別の技を。手は、例の青白いオーラを纏っていた。
「ぇ……う゛っ!?」
「許せセシル。王に歯向かう俺を……やっぱお前は恨んでいい」
「ジ、ジー……ク……」
静かに、音もなく事は終わった。ジークの悔恨とも言える言葉と共に。
セシルの身体には何の変化もないが、セシルは一瞬苦悶の声をあげるとそのままジークの胸へと倒れ込んで意識を飛ばしてしまう。
セシルも強者ではあるが、ジークと比べると流石に霞む。歴然とした力の差は有無を言わさず結果だけを残した。
『おぉー、『ソウル・インパクト』で魂震盪か。覚えたてでもう加減もできるとは流石だね』
「見えてねぇくせによく分かるな?」
どういう手段を用いて事を終わらせたのか。ヴァルダはそれを聞くでもなく言い当て、それのみならず評価までしている。純粋に疑問に思ったジークは、何故分かったのかと質問するが――。
『音だけでも分かるさ。後はセシル嬢の苦悶の声と君の性格。あらゆる情報を認知して理解することは先を見据えることに繋がるってもんでしょうに』
「俺なんかじゃ真似すんのは到底無理だな。お前とは戦っても面白くもなさそうだ……この化物が」
『だってそれが俺の化物部分だしなぁ。俺だって君の化物部分は真似できないよ? それに戦うの嫌いだし』
それは単に、ヴァルダの化物部分が如実に出たことが原因であった。
化物とは、誰にも真似できず、また到達することもできないからこそ化物と言われ恐れられるのだ。その化物の力の一端をヴァルダとジークは持っている。
誰にも譲れない恐るべき力。これはステータスではなく、その者が持つ自前の力だ。
司とナターシャにも化物と言われる力というのは存在している。
一段落ついたジークは慌てていた心を鎮めると、自分の境遇を省みてふと思う。
「(今も昔も嫌われ役か。歴史は繰り返すってのはまさにこのことだな)」
意識を失ったセシルを片手で抱え、ジークはもう片方の手で自分の胸に爪を立てるように押さえ込むと、目を瞑った。
その表情からは、哀愁漂う寂しさが感じられた。
「(俺の猶予も後3日か)」




