302話 秘談①(別視点)
◇◇◇
とっぷりと日が暮れた夜間帯。本来ならば灯りもなければ何も見えない闇の中に、微かに赤く照らされた二つの影が並ぶ。
ボルカヌは火山活動の活発な大陸の関係上、人が安全に暮らせる部分が限られている。火山は大陸の中心に集中しているため、基本的に大陸の中心に近づけばそれだけ住める環境も激減していく。飲み水はおろか食糧の確保すらままならない。そもそも生き物が殆ど存在していないのだ。
そしてここは人里を離れた僻地。今後は火山活動が広がり、更に活発になることが懸念され危険地域に指定されているはずの山の麓。近くの山からは噴煙が赤みを帯びて立ち昇り、高温を発しているのが見てとれる。
そこに、相容れぬはずの二人は足を運んでいた。
「よぉ、待たせたなグラマス」
「私もつい先程来たばかりですのでお気になさらず」
ジークとグランドマスターであるヴィオラ。その二人が。
ジークの方が遅れてやってきたらしく、謝りを含めて軽く手をあげて話すもヴィオラは気にも留めていない様子だ。ジークが来たことだけ確認するとその後は明後日の方向を見て目を合せようとすらしない。
ヴィオラの態度は、ジークとの関わり合いを極力拒否しているようにもとれた。
「さて、憎たらしいとは思うが我慢してくれよ?」
「……分かっていますよ」
「とにかく時間が惜しい。すぐに戻らねぇと怪しまれるから手早く済ませてくれや」
何故自分がそんな態度をされているのかを悟ったジークは、どうしようもない気持ちで目的を果たすべく話を進める。それはヴィオラにも分かっていたのだろう。そこに関しては文句はないようだ。
時間がないからか特に前置きもなく懐から既に淡く輝く結晶の塊をヴィオラは取り出すと、掌に置いて魔力を注ぎ込む。
どうやら通信石のようである。常人ならば使用するだけで魔力の枯渇を起こすこともある行動を気にもしない姿は、ヴィオラも並外れた実力を秘めた者であることを伺わせる。
「ヴァルダ、もう始めて平気だ」
『かしこまり!』
ジークが通信石に呼びかけると、待っていたと言わんばかりの速さで返事が返ってくる。グランドルにいるヴァルダとここにいる2人の計3人による秘談が、今始まった。
「そっちはどうだ? どれくらい進んでる?」
『今日の夕方にようやく『陣』の下書きが済んだところでね、今はナタさんに増強してもらっている最中だ。――まぁ分かってはいたけど、やはりこればっかりは時間が掛かってしまうな……』
「よく言うぜ。たった二人でどんな規模の準備してんだって話だ。回復薬はもつのか?」
『うーん……ちと心許ない。予想以上にヒュマスはボルカヌの地形と同様に厄介でさ、魔力使いまくる羽目になったんだよねぇ。上手く構築ができなくて時間食っちゃった。だから今追加で作ってる最中なんだ』
「そうか。お前の魔力量でもキツイのか……。なら俺のやろうとしていることの方がよっぽど楽だな」
『……いいや、君に比べたらこの程度大したことではないさ。『血』に抗う苦痛と比べればな。――それよりツカサの様子はどうだ? 実のところ、君が一番真っ先に聞きたいのはそれじゃないのかい?』
「……」
司――。その名が出たと同時にジークの口は止まった。それまでヴァルダ側の進捗を確認していたが、実際一番聞きたいことであったためにジークは一瞬驚かされる。
この場にいないはずなのに、目の前で表情を伺い、まるで見透かされているように思えたのだ。それまでは別に焦っていることが悟られないように振る舞っていたつもりであったというのにだ。
やはり敵わないなと、内心でジークはヴァルダへの評価を再認識すると、観念したようにヴァルダの気遣いに甘えることにした。
「……そのことなんだが、今嘔吐と頭痛に苦しんでる。一瞬目を覚ましたりを繰り返してるが昼過ぎよりも酷くなってるみてぇでよ、身動きも取れなくなるとは聞いてなかったがこれは大丈夫なのか?」
「っ!? そこまで酷いのですか……!?」
ジークの発言にヴィオラは機敏に反応し、それまでは意識的に背けていたジークへと視線を移す。
司達と話した時には見せもしなかった慌てぶりである。
ヴィオラとの会合が終わった後、司は再び眠りについた。誰もが明らかに異常をきたしていると分かる程の苦悶の表情を浮かべながら。現在はギルド本部内に設営されている救護棟に身を置いている。
司が唐突に意識を失ったことに対し、それを見ていたメンバーの心境としては状況が上手く掴めていないというのが本音であった。元々記憶の目覚めという話が出た時点で、当事者ではないために上手く理解することなどできてはいなかったのだ。
記憶の目覚めによって引き起こされる頭痛や嘔吐等の異常。それは知ることはできても、理解するには程遠い。
『え、それマジ? ちょいとそれは予想外だな……はて?』
ヴィオラだけではない。これにはヴァルダも驚いたようである。
「っ、オイオイ、どうすんだよ?」
「私が、話しすぎたのかもしれません……」
今この場においての中心人物であるヴァルダが驚いているのだから、残りの2人の心に動揺が生まれても仕方がない。ジークはややヴァルダを問い詰め、ヴィオラに至っては目に見える形で後悔している。
『いやいや、ヴィオさんが自分を責めることはないよ。俺がアイツの指示に従って貴女に指示したことなんだしね』
ジークは一先ず置いておいて、ヴィオラが自分を責めている現状をヴァルダはフォローする。全ての責任は自分にある。さり気なくそう言っているようだった。
『――まーまー、お二人共慌てなさんなって。どんだけ予想していても想定外のことってのは必ず出てくるもんだ。だが、う~む……やはり二度混じった影響は大きかったか。当日にそんな状態になってたら言うことなしなんだけどなぁ』
自分も想定外の事態に直面したというのに、二人とは対照的にヴァルダの声は明るい。常に一定のマイペース。ある意味冷静とも取れるヴァルダの様子に動揺するという二文字はないのかと、ジークとヴィオラは内心でそう思う。
『――分かった。ツカサに関しては取りあえず俺がなんとかしよう。記憶を抱え込みすぎて身を滅ぼすことになっては元も子もないし、それ以前に今これ以上強くなられても困る。アイツの成長計画が全てパーになるぞ。俺の頭みたいにね』
「あ? 分かってんなら直せよ。いや、治せ」
『これは後天性の不治の病だから無理無理。恋の病と一緒なくらいどうしようもないのさ』
「お前のそれと一緒にされるってのは、恋の病ってのも不憫なもんだな。グラマスもなんか言ってやれ」
「貴方であっても、流石に一緒にされるのは嫌……ですね」
『いやぁ~それ程でも』
二人の口数が極端に減ったことを察しヴァルダは一度茶化しを入れたが、それは功を成したようだ。ジークとヴィオラも自分のペースを取り戻していく。
自分が慌てふためいていたら二人はもっと混乱するはずであることをヴァルダは分かっているのだ。それが中心である自分の立ち位置であり、フリードから頼まれている役目であることも。
「……本当に、あの方と同郷とは思えませんね」
「いや、案外割と二人共似たとこあると思うけどな。最近気づいたが」
『そりゃそうさ。だってアイツは……俺を唯一満たしてくれた奴だからな。敬意を込めて真似したくもなる』
司とヴァルダが割と似ているとジークは思っているが、それは案外間違ってはいない。
『誰にも成し得ず、また答えを知ることすらできないはずの題を、アイツは身をもって俺に証明した。アイツと一緒にいることはすなわち、俺の知的欲求を満たすことになる。これから先もな。……協力するには十分すぎる』
誰でも一度は真似してみたい、目指してみたいと思う人物像のモデルがある。ヴァルダはそれがフリードであっただけなのだ。
『一見特筆するところもないような性格に見えて、実は実体の見えない思考ばかりするアイツは俺の予想を毎回超えてきた。……そして今のこの事態もだ。アイツと同じ目線に立つということで、俺もそれだけ自分の予想を超える可能性に近づける奴になれるかもしれないだろう?』
「ハッ、本人よりも度が過ぎるのはお約束か」
「それが、ヴァルダ様があの方を慕い、真似る理由なのですか?」
『ま、そうだね。けどそれがなくてもアイツのことは親友だと思っているよ。――これ結構冗談に受け止められてるみたいだけどマジで言ってるからね? 俺の気持ちはいつ届くんですかねぇ?』
「それが原因だろうが」
ヴァルダの最後の要らぬ一言にジークはツッコまざるを得ない。全ての原因は本人にあるとしか思えず、擁護する気にもなれなかったからだ。
完全な自業自得である。
『ぶー。――けどさ、目指すべき人物を超えてみたいとジーク君も思うだろう? 君とも俺は結構似たとこあるんだよ?』
「……そうだな。アイツは確かに、超えることは叶わないが超えてみたいと思える奴だからな」
目指すべき部分は別だが、目指すべき人物だということは変わらない。
そこに関しては疑いようもない。ジークはヴァルダともう一つの共通点を知ることになるのであった。
次回更新は割とすぐです。




