299話 『呪解師』と『呪解士』
お待たせしました。
「『呪解師』達の末裔……まだ生き残りがいたのですか。それなら、『呪解士』に留まっているのは当然かもしれませんね」
ここで思わぬことを聞けたのか、目を丸くしグランドマスターが呟く。
「グランドマスター。その人達は一体何者なのですか? そして『呪解士』と『呪解師』の呼び名の違いは何かあるのですか? 随分と酷使していますが……」
俺らは確かに『呪解士』と聞いた。俺とナナも、そして今言っているようにポポも確かに覚えている。
呼び名は似て非なるもの、なのか……?
俺ら以外は初めて聞いた言葉でもあるために話についていけていない様子なのか、首を傾げているのが目立つ。セシルさんもどうやら聞いたことのない様子であることにはちょっと違和感を覚えるが。
だが、今は少し放置させてもらおう。聞いていた俺らも何も分かっていないのだから。
「双方共に、同じ力を持つ者達であることに違いはありません。ただ『位』が違うというだけです」
「『位』?」
「はい。『呪解士』は『呪解師』の見習いのような立場の者の呼称なのです。言ってしまえば、記憶を封印する力がまだ未熟な者を『呪解士』と呼びます」
「では、ヨルムさんは見習いの立場に位置する人ということですか?」
「今聞いた限りではそうなりますね。ただ、その者は『呪解士』と言えるかさえ分からないのかもしれませんが」
「んー? どういうこと?」
「この異能は使い方次第では、都合の悪い事実さえも消せてしまう恐ろしい力でもあります。世界中を世間の目を忍んで動き回る『ノヴァ』なら欲しくてたまらない力と言えるでしょう」
「ああ、そういうことですか。確かに……連中は騒ぎにならないようにもみ消しておいた方が都合の良い悪事は数多くやってるでしょうしね。でもヨルムさんが『ノヴァ』に狙われてはいないということはつまり……それだけ特異な力であっても、利用するに値するだけの力は持ち合わせていないから。ということですか」
「そういうことです。『ノヴァ』は魂に限らず質の良いモノを求める傾向にありますので、その目に適わなかったのだと思います」
ポポとナナの2匹は揃ってグランドマスターの話に集中し、質問をぶつけていく。
そこに俺がわざわざ介入する必要はなさそうだ。……というかむしろ邪魔になるのが正しいかもしれない。
どうせ俺も何も分からないなら、話を聞いてから疑問があったら聞いていく方が都合が良い。
コイツら任せになってしまっているのはちょっと複雑だけど。
「そもそもこの時代では『呪解師』に至ることが極めて困難であるはずです。絶滅寸前の力……学ぶべき師も技術もほぼ廃れている今となっては、あの異能を真に認めることを許せる者もいないことでしょう」
「そっか。伝承してくれる人達がいてこそ受け継がれていくもんね」
「その通りです。物事全てに過程があるのと一緒で、結果だけがあるというのはあり得ませんから」
結果には必ず過程が伴う。
それは全てに通じものがあるということか。深い話だ。
「私、そんな人達がいたことなんて初めて聞いた。そんなこと、誰もあの時教えてくれなかったから」
ずっと不思議そうな顔で、だがジッと耳を傾けていたセシルさんがここで口を挟む。
幾分か涙も収まったようだが、目はまだまだ赤かった。
「セシル様が知らないのは当然かもしれません。彼らの存在は成人した天使にのみ伝えるしきたりでしたから」
「そうだったんだ。なら仕方ないのかな……」
なるほど、だからセシルさんは『呪解士』の彼らを知らなそうにしてたのか。
ん? でもそうなるとセシルさんってフリードって人と離れ離れになった後は仲間とは一緒にいなかったのか? 聞く限り直近までレイフォードで一緒に過ごした仲間がいたはず。
いや、まさか、な……。だとしたら12歳くらいの当時でどれだけの……。
「セシル様は時期が悪かったこともあるでしょう。早期に伝えられているのであればセシル様はその苦しみから解放される道を選ぶこともできたかもしれません。……今だから分かりますが、幼き頃に伝えることは子どもの心身の成長の妨げになる可能性が高いですし、すぐにこの衝動から逃げるような者に成り果てることを避けたかったのだと思いますよ。忌々しくもあり、我々の誇りでもあるこの衝動。それが我々が天使たる所以ですからね」
「誇りか……。うん、私も今だから言えることだけど、その道を選ぶことがなくて良かったって思えるよ。もういない仲間達にも、そしてフリードにも。私が天使であることを自信を持って誇れるから」
迷いなく言い切ったセシルさんの表情には、決意と希望が満ちていた。
これは一つの壁を乗り越えたとでもいうべきか。これまでに何度も超えてきた別の壁とは比較にならない、種族として立ち塞がってしまった途方もない壁を、今セシルさんは乗り越えたようだった。
天使は誰かを『愛』する気持ちを何より重んじる種族、か。聞いていると話の節々からはその気持ちが思い切りよく伝わってくる。
思い返せばセシルさんは他人の感情に機敏だったように思う。俺の場合は主にヒナギさんとの仲人の件だが。
ヒナギさんの心が見えていることもあって、セシルさんはそれを見ていられなかったと言っていたが、あれは紛れもない本音なのだろう。自分の辛さを抑え込んで周りの者に手を貸す……それは見ていて苦しくなることだと分かっていながら。
ヒナギさんと俺が結ばれているのは、セシルさんがいたからこそ叶ったものであると、俺も自信を持って言える。
それに比べ、俺はこれまでに何度自分の壁を乗り越えただろうか?
2つ、3つ? 壁とすら呼べないものを含めてようやくそれくらいか。
俺も今の現状を乗り越えていかねば。
強くなりたいなら強くなるしかないのだ。何に対しても。
ただ『呪解士』が記憶を消す力を持ってるって分かったことで、一つ気になることがあるんだよな……。
あの学院での騒動の時、ヴィンセントは……本当にあの魔人化が原因で記憶を失ったのか? ということである。記憶を消す力を持った者達の存在を聞いてしまっては、余りにもピンポイントな事実が出て来たと思わざるを得ない。
万が一ヨルムさんがヴィンセントの記憶を消した可能性があるなら、何故消したのかという疑問が生まれてくることになる。そしてもっと掘り下げるなら何故学院長はヨルムさんが『呪解士』であることを知っていたということにも繋がる。
Sランクに近い凄腕の冒険者からわざわざ学院長になった理由も知らないし、そこらへんに何か事情があったりするのか? そうなると親友のギルマスもまだ話していない隠していることがありそうだ。
ま~た気になる点がいくつか出て来たな……。早くも新たな壁の出現ですか全く。四方八方塞がれて押しつぶされてるぞ最早。
……マズイ。1つ疑うと他のことも全てが連鎖的に疑わしくしか見れなくなってくる。
学院長達は敵か味方か……。即味方だと断言が出来ず、そこに迷っている自分がいることが怖い。
この疑心暗鬼に駆られた心理状態は、切羽詰まっている現状において容赦なく精神を削ってくる凶刃そのものだとしか思えなかった。
「――フフ、話から随分と逸れてしまいましたがこれ以上彼らのことを話すと長くなります。それに今は特に関係もないので彼らについては割愛させていただきますね。取りあえず彼らは記憶を消す力を持っていて、我々天使は『愛』の苦しみから逃れる術として彼らの力に頼っていた……それだけ分かれば十分かと」
今目の前に広がっている数々の疑問に俺も再度向き合い、だが早くも不安に駆られていると、やや強引だがグランドマスターはここで突然話を区切ることにしたらしい。
俺の思考も随分と逸れてしまったものだが、現時点で俺も聞きたいことは確かにある。
『呪解士』達は一族なのか種族なのか? とか。あの天使以外に味方のいない状況で、当時の状況的にどうやって協力し合えたのか等々。細かく聞いたらキリがない。
しかし、そんな質問はグランドマスターも予想済みだろう。俺の好奇心のような質問程度は意味がない。それを見越したうえで話す必要がないと言っているのだと思われる。
……つーか別に会話しなくても心見えてんだろうし何も喋る必要すらないんじゃね? とか思ったり。だって俺は送信機でグランドマスターは受信機みたいなもんだし。
まぁそれは言ったらアカン的なやつだとは思いますが。
「え? ここまで聞いたのにそれはないよ。もう少し聞かせて」
ただ、流石に当事者とも言えるセシルさんは素直に終わらせることは拒んでいるようだ。まだ表面的なことしか伝えられてはいないし、自分の種族が大きく関わってきている内容だったために拒んだその理由を考えるまでもないことだったが。
「とは言っても、セシル様には彼らの存在のことを話す必要性がないですから。無用の長物すぎるといっても過言ではない……それはセシル様が身をもって一番分かっていると思いますが?」
「……やっぱり、それにも気づいてたの? じゃあさっき止まってるって言ってたのは……」
「話の流れに合わせただけです。……実際はそのあたりの詳しいことがセシル様は一番聞きたいのでしょう?」
「「「?」」」
セシルさんとグランドマスターが、また俺らには分からない会話を繰り広げ始める。
どうやら『呪解士』達のことではなく別の事が実際は知りたい様子なセシルさんだが、なんのことかサッパリだ。
「ヴィオラさん、今の私の状態について何か知ってるんだね? だったら尚更教えて欲しい。このあり得ない現象は……一体何? 今、私の中で何が起こってるの……?」
ただ、落ち着きはあるものの答えを早くにでも知りたい様子なセシルさんを見ていると、余程の事案であることは間違いない。先程の俺同様にテーブルに身を乗り出して、少しでもグランドマスターに懇願する気持ちを押し出していた。
「今はまだお答えできません」
しかし、それに対して帰って来る反応は少し申し訳なさそうな顔をした残念な返答だった。だが、セシルさんはまだ止まらない。
「今確信に似たものが私にはある。ここ最近で変化が出始めたことと、今日ヴィオラさんと会って話が出来たこと。これはツカサだけじゃなくて私にとっても偶然なんかじゃない必然だった……そうじゃないの?」
「……」
「さっきツカサに未来の記憶が呼び覚まされることは事前に分かってたって言ってたよね? てことはさ、未来でもその場にいた私はその時、今の私と同じ状態でいたんじゃないの?」
未来の俺がいることで、未来の皆がどうなっていたのか……それもある程度把握が可能になった。
未来ではアンリさんとシュトルムがこの場に居なかったという言質は取れた。そして、セシルさんは未来ではこの場にいたのだ。今セシルさんの身に起きている何かというのは、未来のこのタイミングで同様に起こってはいなかったのか、ということだろう。
「セシル、お前がここ最近魂を不安定にさせてたのは俺も知ってたが、まずは落ち着けよ」
え、それ初耳なんスけど。ジーク何故それを早く教えないし。この馬鹿たれ。
「落ち着けないよ。だって、あり得ないから。報われるだなんて言葉だけで変に期待させられるだけならまだしも、こうして自分の身に起こってるんだもん。さっきようやく乗り越えられたと思ったのに、また引き返して確認したくなる……!」
ジークの抑止の言葉も聞かず、セシルさんは顔を俯かせて言葉を捻りだしているようだった。
フリードという人物との思い出。その乗り越えた壁を苦しくても引き返したくなる程ということか。
「アンタが話せねーってことは察するにアレか、また誓約ってやつか?」
「……ええ。お察し感謝致します。私に対する誓約ではなく、未来のカミシロ様のではありますが」
ジークの言葉にグランドマスターは静かに頷いた。
出たよ誓約。なんて都合の良い言葉だ。……いや、マジで言ってんだろうけどさ。
でもこれだけ肝心なところで使われてしまったら愚痴の一つでも言いたくなるってもんだ。その誓約の詳細すら俺らは知らないのだから。
「……私達は『血』に縛られている。それは本来逃れられるものではなく、受け入れ続けなければならぬもの。我々天使は『愛』を覚えて時を止め、『成就』を持って再び時を刻み始める……。自分の身に起きている現象に間違いはないことを信じてください」
「……ぇ……? じゃあ……?」
「でも断言は致しません。しかしその答えが分かる日は近い。私から言えることはそれだけです。私は……あの人と違って嘘つきではないことは保障致しますよ」
セシルさんが向けていた反発心を、ヴィオラさんは対抗するのではなく受け止めた。その表情は慈愛に満ち、幼子をあやす母親のように一瞬俺は思った。事実、最もこの世を永く生きているこの人は、ある意味一番の母性たる象徴と言えなくもない。
「……分かったよ。無理なら仕方ない。それに本当に近い内に分かるなら、今はそれでいい」
「すみません。そしてありがとうございます。聞いていた通りの慈悲深き貴女の一面、心に留めさせてもらいます」
一時口論に発展してそれ以上の騒ぎに……という懸念をしていたものの、その心配は杞憂に終わったようだ。よく分からないが、セシルさんの中で何か納得のいく何かがあったのは間違いなさそうである。
セシルさんが感情をあそこまで出すことは早々見られない。確かに動揺もまだあるのだろうが、それ以上に未来に期待した目を今はしているように思う。
でもあの人とは……。それは一体誰を指しているんだ?
次回更新は1週間は先です。
※11/15(水)追記
次回更新は11/20(月)です。確実に投稿します。




