298話 『血』の呪い
今回めっさ短いです。
すみません。
◇◇◇
「っ……」
「「「…………」」」
静まり返った室内で俺らはセシルさんの言葉に耳を傾け、過去の記憶を聞き届けた。
誰も口を開こうとはしない。開いたところでどんな言葉を掛けていいのか分からなかった……全員がそう思っていたのだろう。
セシルさんは泣いていた。目元に溜まった涙はフリードと呼ばれる人との記憶を語るうちに自然と込み上げていたようだった。
気づけばセシルさんが膝に置いた両手には何度も大粒が落ち、留まることができずに流れてはローブに染みを作っている。
これまでセシルさんが泣いた姿を俺は見たことがなかった。
この華奢でか弱い身体に、1000年にも及ぶ辛い記憶をずっと溜め込んでいたのだ。その苦痛の時間は尋常ではない。
他の人が流す涙とは意味合いがまるで違う。重さも、想いも……。
「天使はさ、愛した人ができると……自分の身体の最盛期が来た段階で成長が止まる。これってさ、その愛した人と結ばれるか、愛さなくなった以外に開放される方法がないの。それまでは永遠に続くものなんだよ」
「そうだったのか……」
「さっきこの天使としての特性を忌々しいって言ったのは皮肉。これは私がそれだけ誰かをずっと想えたってことでもあるから、誇りにも思ってる」
涙を拭いながら、セシルさんは静かに続ける。
今まで何故セシルさんがこの時代まで歳を取ることなく生きることができたのか。それがようやく語られた。
誰かを想う気持ちで負けることはない、そんな慈愛に満ちた種族が滅ぼされるとは……。世の中の理不尽さを感じずにはいられない。
「……皆、心配してくれてありがとね。でも大丈夫だから。この涙は……フリードへの想いが思い出になった証だから。現実から目を背けていた私が、ようやく一歩前に進み出せるきっかけになると思うから。……ハハ、進むのが遅すぎたとは思うけど」
「セシルさん……」
目元を擦って涙を拭いながら笑みを浮かべるセシルさん。だがまたすぐに目元に涙は溜まって頬を伝い、その笑顔の裏では悲しみと競り合っているのは言うまでもなかった。
それを紛らわせるためにとにかく話そうとする姿が、余計に聞いている俺らを堪えさせていた。
「けどね、果てしなく辛かったんだ。叶いもしないのにこの気持ちをずっと独りで引きずり続けるのはさ。でもフリードのことを忘れてしまうことも辛くて……どうしていいかこれまで分かんなかったのが本音。フリードともう会えないってことは、私が一番よく分かってたのにね……」
「ええ、分かりますよ。同じく現代まで生き永らえている身として、セシル様のそのお気持ちは痛いくらいに」
グランドマスターがセシルさんに寄り添うように呟く。
この二人の想いは、俺ら普通の時を生きている程度の者には到底理解の及ばない領域だろう。セシルさんの気持ちを真に察することのできる存在は、世界でグランドマスターのみ。その逆も然りだ。
「皆さんも少なからず理解はしてくださると思いますが、人の想いとはそう簡単に割り切れるものではありません。私の知るかつての同胞達も、想いを絶ちきれずにセシル様のように苦しむ人はいましたから。好きではなく、『愛』なのですから……」
グランドマスターの少なからずという言葉が、余りにも重すぎる。
少なからずの言葉としての本来の意味と実際の感じ方がここまで違うことを、俺は初めて知った気がした。
「愛の苦しみから逃れようとも、天使として生まれた以上は決してそれは叶わない。それが天使の血を宿す者の避けられぬ宿命なのですよ。……中身は違くとも、同じく別の血に縛られているジーク様なら多少分かるでしょう?」
「……まぁな」
不意に、グランドマスターはジークへと話題を振る。それに遠い目をしながら返答するジークからは……悟りのようなものが見受けられる。
まるで成す術もないことに対してのやるせなさの表れ、気持ちではどこか府に落ちていない、そんなジレンマに立たされているかのようだった。
「俺からすりゃ血ってのは呪いだ。本能とは別に自分の中に巣食う衝動っていえば分かりやすいな。……どれだけ自分が否定しようが逃れられねぇ呪縛。抗う術は……流石にこの俺にも無理だったな」
自分を誇張したような言い草だが、ジークは渇いた声で言う。
ジークは自分の存在が規格外であることを自覚している。つまり、そんな自分さえ抗えぬ力を持っているのが『血』だと強調しているのだろう。
「――でしょうね。あのジーク様すら抗えない……フェリミアの血も相当なものと言えるでしょう」
「……」
またフェリミア、か……。
ジークに度々使われるフェリミアという一族の名称。ジークが『安心の園』で見せたセシルさんに頭の上がらない一面というのは、もしかしたらそこに起因していたのかもしれない。
俺はまだ詳しくは分からないが、流れている血……つまりは血筋が普通ではないということだと察するに、セシルさんとジークはその部分で意外にも似た者同士であったということか?
ーーいや、意外もなにも異端とされるタトゥーをその身に刻むジークが普通なわけがないのは明白だが、凄まじい戦力を誇っているので気にしてた部分がズレていたのは否めない。
なんにせよ、ジークも天使までとはいかないものの、抗えないものを内に抱えているということは分かった。
それは……一体どんな呪縛なのだろう?
セシルさんを例に、仮に『愛』だとするならジークは一体……? 『闘争』とかだったりして。……ってそれじゃそのまんまですけども。
ジークの血筋についても気になるところではあるが、話は俺の内心とは別に進んでいく。
「ですからその苦しみから逃れる術として、ある方法が存在したのですよ。フェリミアの血への対処法は知り得ませんが、天使は『呪解師』と呼ばれし異能を持つ者達による……記憶の封印が」
「記憶の、封印……?」
記憶の封印と聞き、俺はすぐに寂しい気持ちに包まれた思いだった。
同じく記憶にまつわることで頭を悩ませている俺も、少なからず一度だけ考えたことがある。予想ではあるが、それがどんな対処法なのかが分かってしまった気がしたからだ。
そしてそれは、間違ってはいなかった。
「愛した過程をなくせば結果も当然なくなります。愛した者との記憶を一切の余地なく排除し、なかったことにするのですよ。我々はこれを封印と呼んでいます」
「……」
やっぱり……。
「記憶を消すなどという、その者が生きてきた時間を奪うに等しい所業。この所業を可能にできたのが『呪解師』です」
「そんなことができる奴らがいるのか……!?」
シュトルムが驚いて半信半疑の声をあげる。これには俺も予想していたとはいえ同じ気持ちだった。
ただ……『呪解師』? なんかそれと似たフレーズを聞いたことあるような……。どこだったけか。
「……あ! ねぇご主人、学院にいた時さ、『白面』があの人……えっと、ヨルムさんだっけ? に向かって似たようなの言ってなかった?」
ナナが何かを閃いたように顔をあげ、記憶を思い返していた俺に告げた。
するとこれまでの時間を全て思い返そうと記憶の海を漂流していたものだが、キーワードが出たことで一気にその記憶が思い返される。
「っ! あの時か……!」
「あの時は確か『呪解士』って言ってたと思うんだけど……」
そうだ、確かにあの時そんな言葉を耳にした記憶はある。そしてヨルムさんはそれを深く聞かれることを拒んでいた。
あの時は大層気を悪くしていたから、それ以上深く聞きださなかったが……。
思わぬところで、当時は疑問に思い、だが放置することしかできなかったことが解明されていこうとしている。
セシルさんのことも含め、膨大かつ濃密な情報は今日だけでとんでもない量に達していた。
次回更新は1週間は先です。
※11月5日(日)追記
今日中に投稿します。




