296話 混迷(別視点)
「なんじゃ、まだそ奴のことを思い出せんのか?」
「てめぇが記憶に留めてねぇのも珍しいよな」
「はい。なんといいますか、我々が見落としていた強き者って気がしないんですよねぇ。……とても強き魂を持つ人物ではなかったような……」
首を傾げて呟く『白面』を『クロス』と『銀』は不思議そうに見つめ、同じく首を傾げ始める。
『白面』は『ノヴァ』の作戦の立案や参謀を務めるような立ち位置に該当するのだ。いつも飄々としてはいてもその頭は複雑に思考を重ねており、戦局を見極めるかの如く常に仮面の奥底から眼光をあちこちに忍ばせている。
そんな『白面』が記憶に若干の違和感を留めていながら思い出せない。こんな奇妙な経験は『ノヴァ』にも初めてのことであった。
「強き魂は減りつつある中での突然の出現か。何の因果か……そやつも異物に近い存在なのかもしれぬな」
「かもな」
食物連鎖のピラミッドのように、世界は力ある者とそうでない者の数の比率は決まっている。強い者は少なく、弱い者は多いというように。
魂も同じで、強き魂を持つ者は少ないうえに限られている。しかも魂は循環している特性上増減の概念がないのだ。その部分を集中的に狙えば、元々少ない部類であるため希少性は格段に高くなるのは当然である。
そこにポツン、と降って湧いたように若き獅子は現れたのだ。世界中に目を張り巡らせ、血眼になって求めていた臨界に満ちし存在は早く手中に納めたい気持ちは勿論あるが、何故今までその存在に気がつけなかったのかという疑問も『ノヴァ』に抱かせたらしい。
「だが……お前と『白面』のタッグで仕留められねぇ奴が他にいるのはマジで奇妙だ。『魔眼』は効かなかったのかよ?」
「何故か効かなかったんですよねぇ。弾かれるというか受け付けぬというか」
「ふむ? 全部試したのか?」
「そりゃあやりましたよ? 全部無駄に終わっちゃいましたけどね。多分彼……私よりもずっと強いんじゃないかと」
「……つったってお前だって1200くらいはあんだろ。何モンだよそいつ」
『魔眼』は自身よりも強い者に対しては効力を発揮しない。若き獅子が『ノヴァ』の一員たる『白面』よりも強い事実は少々現実離れしていたことでもあり、また『ノヴァ』にとっては想定外の事案であった。動揺しないはずがない。
「さぁ? 正体不明ですね。でもそれだけだったらいいんですけど、彼凄まじいまでに身体能力を向上させる力なんかも持っているようで、そっちの方が軽視できないですよ。なんなんですかアレ、限界を超えるなんてモンじゃなかったですよ?」
「『身体強化』か……? もしや獣人なのかのぅ」
「いや~、どうでしょう……? パッと見は人でしたけどねぇ。――ともかく、我々二人を相手に一歩も退かないんですから化物ですよ」
「これ以上の規格外の化物の出現は計画に甚大な影響が生じる。もしや……あの者は最後の巨イナル三魂の保有者、なのか……? どうしたものか……」
計画が狂う――。
只でさえ狂ってしまった計画をこれ以上狂わされてはかなわない。『絶』は額に手を当てつつ、しかしその内心では高揚も抱えて二つの感情に板挟みにされる。
「やっぱりアタシ達の思惑とは別に一筋縄ではいかなそうね。あとネズミの方はどうするのかしら? アイツのことだからまた邪魔しにくるでしょ。『銀』が言うあの独自の理論に基づいたとかいう、世界のシステムを無視した力は正直面倒だし……『銀』、なんとか無効化する方法考えなさいよ。今すぐに」
「だからふざけんな! 俺ばっかに役目振るなよ! お前等もちったぁ働け。なんで本来裏方の俺が実働役をやんなきゃなんねーんだよ」
若き獅子の話から話題は逸れ、次はネズミの話題へと変わった。
裏方のはずが表にまで出てきそうな勢いで舞い込む仕事に『銀』は盛大な拒否を示す。身内の者共に辟易した気分になり、怒りを通り越して呆れてもいるようだ。若干項垂れた様子である。
「……ハァ……気前悪いわねアンタ。侘しい男」
「うっせぇ。女らしく振る舞えてから言えやボケ」
「フン、言うじゃないの。……ま、自覚あるけど」
『夜叉』は期待はずれと言わんばかりの冷たい言葉を放つと、『銀』のお返しの小言を今度は自分に食らう。
小言の言い合いは最早様式日である。こんなやり取りは『執行者』達の間では頻繁に行われていたりする。
「ハァ…………で? そのクソガキにしろネズミにしろ、それでも一番の問題は結局はあの黒コートなんじゃねーのか? お前ら、何か分かったことはねーのかよ?」
若き獅子とネズミは無視できないが、それよりも更に厄介な存在についての話題を『銀』は持ち出した。
一番の問題を放置したままの現状を放置して別の話にご執心な現状が癪に障ったらしい。それまでの『夜叉』との小言もあってかやや苛立っている。
「ないよ~。僕の配下の子からも目撃例なんて入ってきてないし」
「監視の目にも触れてないですねぇ」
「……チッ、いつの時代も予測しきれねー邪魔者ってのは出てきやがんなぁ、ったくよ」
若き獅子とネズミについては事前情報もあるために対策はいくつか講じられる。実際に相対したことで得たもの……そのデータは着実に『ノヴァ』側に蓄積されていくのだ。それはまるで耐性もとい免疫が出来ていくように。
「憶測になるが、『連剣』の人質がいなくなったのは奴の仕業だろう。『ゲート』を使えるのだからおかしいことではない。ただ、単に奴が強いだけならそれはそれでいい。だが『ゲート』を使ったとなれば話は変わる。何故……奴は『ゲート』を使えるんだ? それはあのお方と、因子を持つ我々のみの力であるはずだ」
しかし、黒コートの男に関しては未知数が過ぎた。
『ゲート』は自分達以外に使えるはずがなく、また使えたとしても目の前に現れるはずがないことを絶対のものだと信じて疑っていなかったからだ。
そもそも『ゲート』は努力したところで得られる可能性が生まれるものでもない。特別な資格があって初めて授かることのできる力なのだ。
それをとても授かったと思えない輩が使っていては、自分達の認識との相違は混乱を招いてしまうのも無理はない。
「でもさー『白面』。現にその人使ってたんでしょ?」
「間違いないかと……。馴染みのあるものなだけに勘違いなんてしないですし。確実に心臓を貫いたはずの『鉄壁』さんを治癒させたアレも気になりますねぇ」
「そうよね。……有り得ないことの連続、もしかして現神が介入してきたんじゃ……?」
「いや、それこそあり得ないだろう。現神は介入することは世界に許されていないのだぞ」
「でも可能性それしかなくない? 『器』だってその時は別の場所にいたわけだし……」
憶測が飛び交い、議論は更に謎を突き進んでいく。答えを求めれば求める程に何もかも複雑化していくのだった。
「奴はイーリスで我々の邪魔をした。精霊師の魂を使った運用計画はもう実行には移せまい。またその時を同じくして別の場所でも我々は邪魔されたことから、若き獅子とネズミも奴との関わりがある可能性は高い。……招集に訪れる可能性は極めて高いだろう」
「どうする? 集まった所を一気に狙うよりも、各個撃破で奇襲かけて地道にやる方がむしろ確実か?」
「今更か? 時間がそれでは足りぬだろう。仮にそうしたとしても『ゲート』を多用する羽目になる。いくら相手が格下共と言えど、それではこちらが危うくなりかねん。『神鳥』達もいるのだぞ?」
「う~ん………ならムーちゃん、フーちゃん、リーちゃん達も動かす準備しとく?」
「え、アイツらを? それ本気?」
可愛らしい名前を『虚』口にすると、『夜叉』は眉を潜めて怪訝そうな顔をする。
明らかに良案ではなさそうであり、可愛らしい命名とは裏腹に気味の悪い程の力を持っていた今は亡きブラッドウルフを考えれば、今出た3匹も似たようなものなのだろう。
「……気が進まんが、その考えも入れておくべきかもしれないな。言うからにはもうちゃんと使役できるのだろうな?」
「多分ね~」
「出来なきゃアタシがそいつらを仕留めるわよ。暴走して邪魔されたらたまったもんじゃないわ」
「そんな心配しなくても大丈夫だって。使役する力だけなら『神鳥』さんよりも僕の方が多分上だよ? 世界一の人より信用出来る人なんている?」
「それは、確かに…………」
心配する声に一切の戸惑いを覚えることなく、自分への過小評価を撤回するよう『虚』は自信満々な表情を皆へと向けた。
『従魔師』として自分以上の者はいない……その確信を持って。
言うことは確かに的を得ていたのか、それ以降は余計な口を出されることもなく、沈黙が暫く続く。
「――ふぅ。ここまで準備を進めておきながら最後で躓いては話にならない。予備プランとして考えていたものを全て、今のプランに投入するくらいではないと安心はできないだろうな。――それほどの障害が最後に立ち塞がっていると私は考える」
「成功率を上げるにはリスクも相応のもんが付きまとうってか。そうならねぇように立ち回ったつもりだったはずがこのザマか……なら仕方ねぇかもな」
一度場を仕切り直す、或いは締め括ろうと『絶』が口を開くと、会は再び動きを見せ始める。
終わりの始まり……そうとも言えた。
「――その通り「っ!?」こっちの仕込み通り、警戒しまくっててくれてなによりだ屑共」
だが、会は続行することを余儀なくされた。とある者の突然の登場により。
やや軽快な声は瞬く間に皆の耳へと浸透していき、姿を見せた人物に目を釘付けにしてしまう。
誰にも予想できない乱入に、『ノヴァ』は戦々恐々とするのだった。
次回更新は1週間は先です。
※10/13(金)追記
次回更新は10/16(月)です。




