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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第六章 来たるべき刻 ~避けられぬ運命~
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291話 真の『英雄』

なんか思った以上に早く出来上がったんで投稿です。

 元々厳かな室内に、新たな厳かな輝きをもつ要素が増えた。それは静かに、だが大きな存在感を俺達に植え付けて視線を奪い、一瞬虜にしてしまった。


「驚きましたか? セシル様以外に生き残りがいたのは」

「あぁ……驚いたな。天使が絶滅したなんて話が、実は嘘なんじゃねーかって思うぜ」


 シュトルムが俺らを代表して驚きを伝えている。言っていることは確かにそうで、セシルさんが天使だと発覚したのも割とまだ最近の出来事だ。この短い期間にもう一人現れたとなると、絶滅したという認識からそこらを探せば普通にいるのでは? という気さえしてくる。


「フフフ、残念ながら恐らく生き残っているのは私とセシル様の2人だけでしょう。それ以外の天使は本当にもうこの世界のどこにもいないでしょうね」

「……」


 自分ら以外にはもういない。その言葉はセシルさんの表情に陰りを差し複雑そうな顔へと変える。


「すみません、我々の種の末路は軽はずみで言っていいことではありませんでしたね」

「ううん、事実だろうから。もう平気……」

「そうですか」


 グランドマスターも自分の発言がセシルさんに無遠慮だったことに気が付いたらしくフォローを遅れて入れると、セシルさんは首を振って表情を元に戻した。

 俺はそのいつもの眠そうな表情の奥に隠している、辛い記憶を乗り越えたセシルさんを見て純粋に思う。強い人だなと。


「セシル様、どうですか? 先程まではひた隠しにしていましたけど、今の私はどうでしょう?」

「うん。貴女の心が今はしっかりと見えてる。全部本当のことだって分かったよ」

「……ということで、信じていただけますか?」


 そこでグランドマスターは俺へと視線を移すと、信じるか信じないかの回答を待っているようだった。


 どうせ俺の内面見えてんだろうから聞く意味もないだろうに……。

 こんなの信じるしかないだろ。つーかセシルさんがそう言ってんだから。


 俺らは無言で顔を見合わせて軽く頷き合う。それはつまり、全員の意見が一致していることを指していた。


 しかし、まさかギルドのトップが天使の生き残りだなんて誰が思うよ? 世の中分からないもんだ。


 グランドマスターは唯一の同胞であるセシルさんに続けて投げかける。


「……その様子だとどうやら覚えてはいないみたいですね。実はセシル様とは昔お会いしたこともあったのですが……」 

「嘘!?」


 あのぅ、これ以上驚かせないでくれませんかねぇ? 一体どんな巡り合わせですか。


「セシル様はあの時は少しだけ幼かったですから……無理もないかもしれません」

「い、何時? どこで会ってたの?」

「レイフォードの外れの集落で一度だけ」

「レイ……? あー、あそこか! そうだったんだ。その時は今の姿と同じだったの?」

「多分そうですね。今とあまり変わらない姿だったかと思います」


 見知らぬ地名が出てきたが、セシルさんもあまり記憶に留めていなかったらしく思いだすのに時間が掛かっている様子だ。会っているとは言っても、それくらいちょっとした出会いだったということだろうか? それなら覚えていないのも仕方がないように思う。


「セシル様も成長は止まって……いるみたいですね。お互いにこの時代まで生き残っているので当然ですが、今の私と貴女は少しだけ似ていますね。セシル様も愛する人を忘れられず、死ぬことよりもその人を忘れてしまうことを何より恐れているのですね?」

「……うん。私もってことは貴女も?」

「はい。天使特有のコレは大切にしなくてはと思う反面、逆に嫌な経験もさせられ続けてきたものです」

「私も……でも切り離せるものでもないしね」


 セシルさんとグランドマスターの身体の成長が止まっている原因の話をしているようだが、中身を知らない俺からすればもう少し説明が欲しい所だ。何がどうなって成長が止まっているのかがイマイチ分からない。

 でもこの辺はセシルさんが話してくれるのを待っていた部分ではあるからどうしようもない。


 それよりも、珍しくセシルさんが興奮して声量大きめで話していることに意識が向いてたりするが。やはり二度と会うこともないと思っていた同胞に会うのは嬉しかったに違いない。俺が同じ立場だったらそう思うはずだ。


 もしも仮に自分しか日本人がいない世界が存在したら……それはゾッとする。いや、連れてこられたこの世界はノーカンですけども。

 でもこの世界に来ただけでも俺は寂しく思う時もあるから、セシルさんの味わってきた孤独の期間は俺なんかには計り知れない重さだな……。


「確かに切り離すことはできません。――しかしそれも私はあと少しの辛抱です。これまで長く苦しい日々が続きましたけど、もう少しで彼との願いを叶えることができますから」

「彼……それは貴女の愛した人のことだよね? どういうこと?」

「語らずとも自ずと分かります、近い内に……。ですからセシル様、まだこれからのあるであろう貴女に私からお伝えさせていただきます。貴女のその想いは……きっと報われます」

「報われるって……それはあり得ないことだよ。意味が分からないんだけど……?」

「これ以上は誓約に抵触しそうなので言えません。ただ、根拠としてはセシル様と私は境遇こそ似ていますが決定的に違う部分があるんですよ。――いえ、彼とフリード様に違いがあるというのが正しいですね」


 2人の話を邪魔できる雰囲気でもなく、また理解の及ばない会話でもあったのでただジッと聞いていたが、ここで聞き覚えのある名が出てきた。


 フリード。セシルさんを守っていたって言う人か。


「私とフリードはずっと一緒に行動してたから……やっぱり知ってるんだ?」

「忘れる方が無理という話でしょう? あの方を、当時の生き残された我々天使が忘れることはできませんよ。あの方こそ、真に『英雄』と言われるべきお人でした」


 セシルさんとの会話は弾んでいて表情もどこか和らいだように見えたグランドマスターだったが、組んでいた手に力が入って小刻みに揺れている。俺にはそれが強い感情を隠し切れていないように見え、フリードと呼ばれる人物がこれまで淡々としていたグランドマスターにもそう思わせるだけの人であったことをより思わせる。


 フリードって人が『英雄』と言われるべき人だった? それだと『英雄』さんはそうではない、って風に聞こえるな。


 俺が言葉だけからそう考えていると――。


「なぁセシル嬢ちゃん、そのフリードって奴は一体何者なんだ? その人が真の『英雄』ってのはどういう意味だ?」

「学院では『英雄』は1人目の異世界人がそう呼ばれたって教わってますけど……?」


 俺らの中でも知識人のお二人には強い疑問があったのかもしれない。シュトルムとアンリさんが俺も知ってるこの世界の歴史を語り、説明を求めたが――。




「異世界人エイジ・モリサキ、あんな奴『英雄』なんかじゃないっ!」




 説明を求めた結果、セシルさんが目の前のテーブルを両手で思い切り叩き、俯きながら怒号を飛ばした。大き目のサイズの机が大きく振動して震え、卓上に備え付けてあった燭台が一瞬だけ跳ねる。


「セシル、様……?」

「『断罪』を収束したのはフリード。『断罪』を更に凄惨にしたのが『英雄』だよ……!」


 ヒナギさんの呼びかけに答えるでもなくセシルさんは口を開く。かつて見たこともない憎しげな眼差しを向け、既にいないその『英雄』に当てつけるかのように。

 あまりの剣幕に、これまでセシルさんの過去のこともあってあまり歴史の話はしないように努めていたが、それは間違っていなかったのだと思えてしまった。


「皆様はまだ知らないのでしょうけど、裏の歴史を知る者からすれば今表の歴史として語り継がれている『英雄』の逸話なぞ反吐が出ますよ。人の歴史とは容易く隠蔽され、誰もが信じたいと思った偽りの真実を本物として見てしまうのだと心底思い知らされたものです」


 セシルさんの行動は仕方のないことだと理解しているのか、口を揃えてグランドマスターも『英雄』を蔑む。その言葉には有無を言わさぬ迫力があり、積年の重みを多分に含んでいるようだった。

 俺も心にぶつけて訴えるような言葉に重みを感じることこそあるが、ただ口にしただけにしか見えない姿にも関わらず、グランドマスターから発せられる言葉一文字一文字からはとてつもない圧を感じた。俺がこれまで聞いてきた大勢の人達の声。その言葉はその比ではなかった。




「――だろうな。俺も知ってっけどそうとしか思わねぇわ」




 ギスギスとその場に貼り付けを食らったように鎮まり変えったことで俺らには汗が滲みかけていたが、今は誰も入ることはないこの部屋のドアをノックもなしに開き、ズカズカと入り込んでくる輩はそう言いながら突如現れた。


「邪魔するぜ」

「ジーク……!」

「歴史は容易く隠蔽されるってのは同感だ。人が上っ面だけで嘘を簡単に言えちまうことと一緒だな」


 ジークは俺達の座るソファの前まで来ると、立ったままそう言った。

 何処から会話が聞こえていたのかは知らないが、ジークも当時のことを知っているのかすぐに会話に入り込めたらしい。


 ……たださ、多分コイツのことだから素でやってんだろうけど、いきなり現れて中々にカッコイイ言い方すんなや。狙ってたのかと詮索したくなりそうだぞオイ。


 しかし、ジークが現れたことで空気が少しマシなものへと変わったのも事実だ。その点には感謝すべきかもしれない。


「ジーク、アイツはどうなった?」

「あ? あの馬鹿についてはここの職員に任せて適当に医務室に放り込んどいたぜ。本気で脅しといたから後はアイツ次第だな」

「そ、そうか……」


 ジークには『剛腕』の対処を任せていたので顛末を聞いてみたのだが、どうやら約束通り死なせてはいないようだ。


 本気の脅しには……一体何をしたのだろうか? 気になる……。


「流石に今結構な騒ぎにはなっちまってるが、そこはグラマス……アンタがなんとか収めとけよ?」

「心得ております。ジュグラン様を差し向けたのは私ですからね、例え何があったとしてもカミシロ様にお咎めなど出すつもりは毛頭ありませんでしたよ。……私個人としてはこの結果を非常に残念に思いますけどね」


 ジークの相変わらずの横暴さはさておき、不本意かつ自滅とはいえ『剛腕』が瀕死になった原因でもある俺への罰がないのは朗報だ。関われば罪に問われてしまうふざけた理不尽がないのは助かる。


 でもグランドマスターの言葉の意味は一体どういうことだろう? 2つの意味で引っかかるな。

 ……あ、グラマスがグラマラスに聞こえてましたとかじゃなくてね?


「だろうな。アンタのその羽と憎しみの深さを分かっちまったら何も言えねーよ。セシルの比じゃねぇな」

「誰もがセシル様のようにご慈悲を持たれるだなんて思われないことです。ジーク様なら分かっているのでしょう? 私には無理だっただけのこと」

「へぇ? 俺の力知ってんだな。……ならどうだ俺は? アンタにはどう映る?」

「貴方自身に罪はありませんが……皆様同様に憎くて堪らないですね、特に貴方の持つその魂は……!」

「……」


 グランドマスターの翼がみるみる広がっていく。以前セシルさんから聞いたことがあるが、天使の翼には感情が現れるという……。つまり今は感情を押さえていない状態になってしまったとみるべきだろう。

 しかし、それでもジークを睨むグランドマスターに対し、当の本人は微動だにせず黙って受け止めている。


 ジークの魂が憎いとは……どういう意味だろう? 本人に罪がなく魂に罪があるとでもいうのか。

 偶然かどうか知らないが、今の会話の流れからしてジークの魂ってもしかして……。




 大した頭脳もない俺が導き出せそうなこととしてはこれくらいだった。その時――。




「ねーねー、ちょっと私達置いてけぼりくらってるんだけどさ、さっきから何の話してるのかサッパリなんだけど? 1つずつでいいからちゃんと私達にも分かるように教えてくれない?」


 いい加減我慢の限界というか、ナナが果敢? にも2人の会話に突入して流れを塞き止める。

 真剣な声色で話している二人と対照的にナナはポワポワした適当な喋り方ではあったが、これは空気を読めていないではなくむしろ読んでいる。放っておけばジークはともかくグランドマスターが何やら感情のタガが外れてしまっていたかもしれない。


 ナナ、グッジョブだ。お前も多分素でやってんだろうけど今は褒めたいぞ。


「『英雄』さんが実は英雄じゃなかったとか、フリードって人がどんな人で何をしたのかとか、今のグラマスが言ったジークの魂が憎いとか全部……裏の歴史ってやつのことをさ」

「……申し訳ありません。少し感情が乱れてしまっていましたね……非をお詫びします」


 グランドマスターは、ナナの言葉を聞くと我を取り戻したようにハッとなり、無意識に広げていたであろう翼を見て一瞬驚いた後にすぐ縮こめた。

 しかし、非を詫びる言葉はジークには微塵も向けられてはいないように聞こえたが。


「私の私情はともかく。カミシロ様も今色々と聞きたいことはあるかと思いますが、裏の歴史もまた皆様には無関係とはいえない話でもあります。どうやらセシル様もまだ話されてないようですし、この機会にお聞きして頂けますか?」


 グランドマスターは咳を一つついて落ち着きを取り戻したことを示すと、俺の目を見ながらそう伝えてくる。


 確かに自分の聞きたいことはあるけど、やはり理解とは裏腹に自分のキャパというのは非常に正直なもんで、今の話を聞いてたらまだ何を聞けばいいか考える余裕なんてなかったから無理無理。このままでは聞きたいことも正確に聞けずじまいとなること間違いなしだろうよ。

 だからここは一旦俺は話を聞く側に回ろう。急がば回れとも言うことわざもあるくらいだ。

 それにここまで聞いておいて別にいいですだなんて言えるわけもない。『ノヴァ』にしろ未来のことにしろ、自分に関係のあるという話なら聞かないわけにはいかない状況とあれば――どっちが先か? その違い程度なもんだ。


「……」


 でも、このまま素直に頷くのはある懸念から躊躇してしまうことでもあった。

 裏の歴史にしろフリードという人の話にしろ、それはさっきの会話から全てセシルさんが関わって来るだろう。セシルさんは自分の過去のことと天使のことについて、自分の口から話すまで待っていて欲しいと俺達に言った。そして俺らはその日が来るまで待つという約束を交わしあった。

 今ここでグランドマスターに頷いてしまうことはセシルさんとの約束を無下にしてしまう結果になる可能性が高い。


 いついかなる時も仲間を第一に、仲間のために……! それが俺と同じ志を持ってくれている皆にできるお返しで、俺の支えだ。

 約束を破る真似はしたくない。これ以上約束を破れば、俺自身がもう耐えられなくなる。


「ツカサ、この状況で律儀すぎ。私とヴィオラさんは違うんだからそこは頷いてくれていいのに……」

「え?」


 どうしようかと判断を請うようにセシルさんを一瞬だけ見た俺だったが、セシルさんは俺が視線を向ける前からこちらを見ており、当然のように目と目が合った。

 眠たそうで、しかし少し呆れているとも取れる絶妙な表情はこれまでに何度も見てきたことのある表情で、俺はすぐに安堵を覚えた。


 俺が困っていた答えは……すぐにやってくる。


「心なんて見なくても顔で分かるよ。あの約束のこと考えてたんでしょ?」


 や、やっぱり分かってたんですネー……しかも力使わずに。


「話そう話そうとは思ってたことだから。タイミング悪くて毎回言い出せなかったけど……だからある意味丁度良い機会だったよ。遅くなっちゃってゴメン皆、便乗する形になったけど私のことも含めて聞いてくれる? 私達天使の昔のこと……フリードのこと」


 皆を見回して確認するセシルさんだが、その声に拒否されるかもしれない不安の色は見えない。むしろ返答を分かり切った上で俺らの口から言質を取りたいようにさえ見える。

 聞くまでもない、当然、確信という自信に溢れていた。


「「「勿論」」」


 そしてそれは間違ってはいないと俺らは断言しよう。肯定しよう。了承しよう。

 セシルさんのその自信を支えるのは俺らの役目……この自信は俺らが培ってきた絆の結晶そのものである。


 確認なんてするまでもないでしょうに。……聞きますとも、セシルさんが話そうと思ったことならなんでも。まぁ俺のアホな内面の曝露は聞きたくないけど。


「裏の歴史を最も身近で見てきたセシル様の話も聞く事で、より鮮明なお話ができるかと思います。――お話ししましょう。真実を」


 グランドマスターは俺らの視線を集めると、語り手となって1000年前の記憶を遡る。




 限られた者しかしらない。この世界の裏の歴史が今……セシルさんとグランドマスターによって明かされる。


次回更新は一週間以内です。


※8/15(火)追記

次回更新は明日です。

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