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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第六章 来たるべき刻 ~避けられぬ運命~
291/531

289話 人は見かけによらない(別視点)

◇◇◇




「……」


 コポコポと精製中の回復薬の煮沸音が鳴るヴァルダの部屋に、ナターシャ以外に新たな来客がやってきていた。つい先程クァイスに恐怖を植え付けられてしまったテリスである。

 テリスは目元を赤くして瞼を閉じており、全身を脱力してナターシャに抱えられているようだ。ナターシャは見た目が少々厳ついこともあり、幼女を連れ去り襲っているように見えなくもない。


「おとう、さん……」

「……ハァ」


 夢で父親のダグに助けを求めているのか、意識を手放していても名を呼ぶテリス。そんな腕に抱えたテリスを間近で見ながら、ナターシャは溜息をつくのだった。

 大きな背中が不釣り合いなくらいに寂しく映っている。


「……?」


 静かに一人暗い気持ちを感じている中、ナターシャは自分の腰のベルトの下から淡い光が眼に差し込んだことに気付き意識を向ける。それは通信石をホルダーにしたものであり、ナターシャの持つ通信石に誰かからの連絡が来ているようだった。

 ナターシャは通信石を掴み、胸の前に掲げた。


『もっしも~し? 突然のご連絡失礼します。ナターシャ・デュルゼルさんの通信石でお間違いないでしょーか?』


 通信石から聞こえてくるのはヴァルダの声だった。ナターシャの気持ちとは対照的に明るい声である。


「なんだい、もう終わったのかい?」

『うんむ。サクサクッとサックリザックリ終わらせたよ……てか、ん? なんかナタさん暗くない?』


 テンション高めで会話を続けようという考えがあったヴァルダだが、その路線で行くのを急遽変更したようだ。ナターシャの声に若干の暗さを感じ、それをすべきではないという判断をしたらしい。一応ナターシャも声色の変化を押さえて平常心を取り繕ったつもりではあったが、ヴァルダの前には隠し通すことなどできなかった。


 一言二言程度でナターシャの心情に気づくことができる、できてしまうのはヴァルダの観察に長けた才能(ちから)があるからこそであった。

 早々にナターシャは白旗を上げ、心情を吐露する。


「子どもは純粋だからね。保護っていう建前はあったけど、怖がらせないように優しく声を掛けたんだよ。……でも悲鳴上げられちゃってね。分かってはいたけどちょっとグサッときただけさ」

『あ~……なるほど。テリス嬢が元々人見知りだからってのもあるんだろうが……まぁまぁ、ナタさんが良い人だってことは俺ら知ってるからさ、元気出しなって』


 理由を知り、ヴァルダは納得したような反応をする。

 ナターシャが暗い気持ちになっているのは、テリスがグランドルへと辿り着く前に【龍気法】で強制的に保護し、この場所へと連れてきた時の反応によるものだったようだ。


 リベルアークに存在する種族の中でも、上位に入る雄々しい姿を持っている種族は限られている。その内の一つに龍人が候補に挙がる。

 龍人を見たことのある者など滅多にいないため候補に挙がることがそもそもないのかもしれないが、知っている者がいれば間違いなく挙げることだろう。人族を基準とした場合の体格の差、一部龍の鱗のようにゴツゴツした肌を持ち、【龍気法】という種族独特の力を保有する希少種とも言える種。

 魔族に分類されている中でも、龍人と双璧を為すもう一つの特別な種族(・・・・・・・・・・)と同等の特異性を持った特別な種……それが龍人である。

 魔族でありながら魔族ではないと言っても過言ではない存在ともいえる。


 大抵の者は龍人の特徴的すぎる見た目と、身に付けている数多くの装飾品を見るだけで驚く。子どもなら他と違いすぎる風貌に悲鳴を上げてしまうのも無理はない……が、人の心は見た目だけでは判断できるものではないのが現実だ。

 実際ナターシャは子ども好きの一面を持っており、だからこそショックは人一倍大きかったりする。


「割と普通のフォローをアンタにされると調子狂うね。ウチのことは放っておいてくれていい……それよりもそっちはどうだったんだい? 肩慣らしは済んだかい?」


 自分のことはともかくとして。ヴァルダの方の展開が気になったナターシャが話を逸らすと、ヴァルダは自分の方面の話を始めていく。


『それなんだが……やっぱり今回も只の下っ端だったよ。多分前回同様に用済みになった奴なんだろうな。力量はギルマスと同じくらいだったし、正直肩慣らしにはならなかったな。でも遅まきながら? 魂の選定を身内からも始めてるだろうことは確定したな』

「招集日がかなり早まったことで、前回よりも選定できる日数も限られてるってことかい。そして今回はあの人自ら抑制にかかってる。割と良い調子なんじゃないかい?」

『良い調子なのは間違いないが、そうなればなる程にアイツが消えてしまう可能性も高くなるってことでもある。そうなってしまったときのためにいつでも動けるようにする必要があるからな……すぐそっちに戻る。早く作業を終わらせよう』

「了解。じゃあ今こっちに戻すからそこ動くんじゃないよ」


 事の顛末とあらかた聞き終えたナターシャはもっと詳しい詳細は後で話すことにし、テリスを抱っこするような態勢になる。そしてヴァルダをこちらに戻すために背中の杖を手に取ると、また先程と同じように床を突こうとしたが――。


「……あ、そういえば今回来た奴の死体はどうしたんだい? まだそこに残ったままかい?」


 これだけは聞いておきたいと、ナターシャはヴァルダを呼び戻す前に確認を取った。


『いや、曲がりなりにも世間一般の強者に入る部類の奴だったからな。放置して再利用されても面倒だから滅して消しといた』

「抜かりないね。じゃ、戻すよ」

『かしこまり!』


 血生臭い出来事があったことなど嘘のように、2人は眠るテリスの傍らで会話を続けるのであった。




◇◇◇




 同時刻、ボルカヌ大陸オルドス港にて――。




「オイオイ、大丈夫か? そんな調子で」

「大丈夫だ……ぅっぷ!?」

「おう、全然大丈夫じゃねーな。まさかウィネスさんが船酔いに弱いってのは予想外すぎたぜ」


 逆立てた赤い髪が印象の若者と、長い耳をした魔族の中年。二人の男がオルドスに来航した定期便から降りてくる。

 他の乗客が若干気まずそうに二人の横を通り過ぎる中、魔族の男の方はぐったりと顔を真っ青にして赤髪の若者に支えられており、口では強がってはいても身体は正直なものである。吐き気を耐えている顔が鬼気迫るようであった。


「す、済まないアレク。我は乗り物全般が駄目でな。だから移動はいつも徒歩だったんだが……うぅっ!?」

「あぁもう喋らなくていいから。取りあえず楽な状態を保てるようにしてくれ」


 口に手を当てて無理矢理吐き気を抑え込む姿にアレクは気落ちする。情けないという意味ではなく、ウィネスに想像していた自分の想像が、ほぼ全く的を得ていなかったことにだ。


「むしろ、我は乗り物酔いしない者がいることに疑問を持つぞ……」

「だから喋るなっての! アンタ意外と余裕あるな!? あと別にそこ疑問に思うとこじゃねーから!」

「フッ……うっ!? だ、伊達にSランクをずっとやってはいない、からな……! 吐き気に耐える強さなら、世界レベルだぞ我は」

「吐き気を抑える強さがSランクってことか? アホかアンタ! ……ったく、フリードさんの声掛ける人にまともな人っていねーのかよ……ナターシャさんくらいじゃねーのか?」


 まともな人とは何か? と問われるとアレク自身答えることこそできないが、身内で言うならナターシャが最もまともだと思えたアレクはそのまま口にした。

 稽古ではスパルタが可愛いレベルでしごかれてばかりだったとはいえ、あれこれと手を焼いてくれた事実は否定しようもない暖かみを持っていたことを知っているのだ。なんだかんだ口は悪いがアレクはナターシャに少し懐いていたりする。


「ウィネスさん、このまま歩けるか?」

「ま、待ってくれ。ちょっと、休ませてくれ……」

「さっきの威勢どこに行ったんだよ!? 手のひら返し早すぎんぞ!?」

「うっ!?」

「っ~~……めんどくせーなぁ」


 ウィネスの強がりは所詮口だけだったのだろう。抑え込んだモノは耐えきれず、キラキラと海に放流されていく。アレクの呆れと共に。

 アレクはウィネスの付き人として介抱する役目を担うと同時に、衆目に晒されることとなった。




 妻と娘をフリードに助けられて以降、ウィネスは初めて出会った時のような焦燥に駆られた表情は瞬く間になくなっていった。

 身内を人質に取られること以上のプレッシャーなどウィネスは知らない。それ故に、妻と娘の安全がこの世で最も安全な者達に保護されている事実は、素をさらけ出してリラックスした状態を保つには十分過ぎただけである。元々Sランクという常人離れした集団に籍を置くウィネスの精神は、人並みどころの強さではないのである。


 しかし、その胸中にはフリードから託された使命は必ず果たすという揺るぎない想いで満ち溢れてもいる。それは契約を交わしヴァルダからも説明された、もう二度と会うことの出来ぬフリードが自分へと託した使命……それを果たすことこそが最後にお礼の言葉さえ言えず終いだった自分への戒めであると。

 だからこそ妻と娘の制止の声を振り切り、此処にいる。




 そこに――。


「あー! ウィネスさんじゃん! お元気……じゃない、ね」

「大丈夫ですか?」


 足早に駆け寄り、声をかける別の組が現れる。


「『疾風』に、『舞姫』か。見苦しい姿で済まないな……」


 聞き覚えのあるその声にウィネスは青い顔で返す。いくらか出して楽になったのかは分からないが、会話は普通にできるようにはなっているようだった。


「相変わらず乗り物に弱いのねぇ」

「ウィネスさんの唯一の弱点かもね」

「そんなことはないと思うが……」

「(誰だこの人達は?)」   


 3人の会話にアレクは一人付いていくことができない。

 それも当然だ。顔見知りの者達と初対面の者の差があるのだから。


「ところで君は? ウィネスさんと一緒にいるなんて珍しいと思うんだけど……」


 説明を求めたいが会話に割って入るのは憚れる。だがそんな状況の中で、アレクに興味を移したライツが質問をぶつけてきたことをアレクは幸運に思った。


「アレク……状況説明頼んだぞ」

「投げやりだなオイ」


 ウィネスも似たような考えでいたのだろう。待っていたと言わんばかりにアレクよりも先に口を出して指示を飛ばす。


「俺はちょっと訳あってこの人と一緒にいるだけだ」

「訳?」

「そこが知りたいところですわね」


 アレクの言葉足らずな、だがそれでいて間違っていない簡単な説明に二人の疑問は解消されない。

 学院の時もだが、本人に悪気はないがさつな一面は変わっていないらしい。そんなにすぐに性格を変えることは難しかったようで、アレクが優性不良児と言われる一因でもある。


 やむを得ず、ウィネスは早々に会話に舞い戻ることになった。


「……少し言葉遣いには難アリだが、根はとても良い奴でな。Fランクの新米だがここ暫くは我と行動を共にしているんだ」

「ウィネスさんと? この子はウィネスさんの弟子ということかしら?」

「いや、そういうわけではない。話すと長くなるのでな……だが本当に大した理由があるわけでもないぞ?」

「そうですか」


 アレクがFランクと知り、一瞬ウィネスの弟子なのかと勘違いした『舞姫』だがすぐに否定されてしまう。アレクとウィネスの関係性についてもう少し知りたい気持ちこそあったが、語ると長いと聞いてはそれ以上踏み込もうとは思わなかった。

 なにより、ウィネスの今の状態を見て知っている手前、単に良心が働いただけでもある。


「ちょっとその辺はまた今度聞くとして……でもすごいねその武器。重くないの?」

「ん?」


 『舞姫』の質問が終わり、今度は自分の番ということだろうか。小さく跳ねながらアレクが背中に背負う武器について指摘する『疾風』。

 小人である自分には到底使うという選択肢すら持てない、そんな見るものを圧倒する威圧感を放つその武器は、逆に『疾風』に興味を抱かせたらしい。


 アレクは首だけ軽く後ろを振り向くと、背中に背負う得物を捉えながらここの部分に関しては、まともな答えを述べるのだった。


「ほんの短い間だが、俺に戦いの基礎を徹底的に叩き込んでくれた人が自分の身体と同じくらいの武器を軽々と扱っててな。武器こそ違うが俺もそれを真似してこの武器を選んだんだ。そんでコレはその人からもらったものでもある」


 アレクが背中に背負う武器……それは学院時に使用していた斧であることに変わりはない。

――だが、規格が更に増した大斧。その名もバトルアックスと呼ばれるド級の武器に変わっていた。


 アレクの身長を軽く越える全長は筆舌し難い異彩を放ち、司の扱う大剣の姿を霞ませる。並みならぬ膂力を必要とするのが容易に想像できるこの武器をアレクは扱っているようであるらしい。

 また、斧の柄から伸びる鎖が幾重にも持ち手に巻き付けられているのも特徴で、単に斧として扱うだけではないことも匂わせている。


「へぇー、見た目によらずなんか可愛いとこあるんだね!」

「そうか?」

「なんか君は大物になりそうな気がする感じって言えばいいのかな? ウィネスさんと一緒にいるからかもしんないけどね」

「なら精進しないとな」

「(どっちが実質Fランクなのか疑うところだがな。既にアレクは……)」


 『疾風』の言葉にウィネスは内心で突っ込みたくて仕方なくなったが、その言葉を発することはせず胸に留めるのだった。

 知らなければ誰も分かるわけがないのだ。この面子とアレクとの格差など。


「ボクはライツ・マーレン。皆には『疾風』って言われてるんだ。見ての通り小人だけど……これでもSランクなんだからね!」

「ワタクシはナディア・ミルスティン。同じくSランク、『舞姫』と呼ばれてますわ。好きに呼んで頂戴、坊や」

「俺はアレクだ。さっきウィネスさんも言ってたようにまだFランクの新米だ。一応『アステイル』が姓名だが……出来れば名前で呼んでくれると助かる」


 まだ自己紹介を終えていなかった3人だが、ここでようやく全員が名を名乗った。

 本来ならFランクのアレクがこの場にいるのは筋違いなものだが、ウィネスと一緒にいることがそれを可能としていた。


 ライツの小さな身体。ナディアの戦う想像が付かない格好を見てアレクは素直な感想を溢す。


「Sランク……人は見かけだけじゃ本当に判断がつかないな」

「お? 遠慮なく言うねぇ。そういう裏表のないのはボクは好きだよ。そーそー、人は見かけで判断しちゃダメなんだから」

「その油断が足元を掬うことになりますものね」

「「(その通りだな)」」




 人は見かけによらない。




 心当たりしかないそのフレーズに、アレクとウィネスは同時に同じことを思うのだった。

次回更新は一週間以内です。


※8/9(水)追記

次回更新は明日です。

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