288話 生ケル伝説 『賢者』(別視点)
「ぐあぁあああっ!!!」
「ホラホラ、もっと叫びなよ。そんなもんかい? 君の断末魔ってのは」
「くっ……なんのこれ、しき……っ!?」
「へぇ? じゃあもっといけるよね?」
鎖鎌で太ももを抉られ、今度は脇腹も抉られたヴァルダが痛みに目をつむってただ叫ぶ。
両肩、脇腹、脚部にわたる傷で身体は既に重症。しかし人は急所を外すと中々に死なないもので、ヴァルダはまだ命を失ってはいなかった。身体はもう自由が利かない程の傷で動けずにいるためそれも時間の問題ではあったが。
今のヴァルダは死なないのではなく、生かされてるだけに過ぎない。灰色髪の男の狂気に満ちた思惑により、意図してなぶられ続けるだけだった。
満身創痍のヴァルダは大量の汗をかいて息も絶え絶えに、仰向けに倒れたまま虚ろな視線でポツリと呟く。
「く、くそ……俺もここまで、か……。最後に一発、ヌキたかったなぁ……」
「……は? この状況で何を言ってるんだい君」
「あの人とか、あの人とか……まだ、候補がたくさんいたの、に……ウゥッ……!」
クッ……と痛みとは別の涙を流すヴァルダの顔が、最も辛そうなものへと変わる。狂気の思想を持っている男もこれにはドン引きし、半歩身体を引いてしまったようだ。
頭のおかしい者でさえ上回るヴァルダの変態振りを止められる者は誰もいないのだった。
「なんか白けちゃったな。もういいや、殺すね? 君経験値少なそうだけど僕が貰ってやるよ」
「なぁ、最後に聞いていいか?」
「ん?」
全ての幕を閉じようと鎌を掲げた男であったが、ピタッと、ヴァルダからの最後の問い掛けくらいは答えようと思ったらしく手が止まる。
「何故、こんなことをするんだ? 一応、死ぬ前に聞いて、おきたい」
抵抗するだけ無駄。その意思を示すように微動だに動こうとしないヴァルダが呟いた言葉というのは、まるであの世への手土産のようであった。
「何故って? プッ、アハハハハハ! そりゃ決まってるでしょ、僕が好きなのは人殺しなんだからさ! ガキも大人も、性別だって関係ない人殺し……それが堪らないくらいの快感なんだ! それ以外に理由がいるかい?」
「ク、クレイジーですねー、チミ」
「子どもの初々しい悲鳴、大人の情けない助けを求める叫び、老人の抵抗することもできない老いた身体への暴行……うん、アレ以上に楽しい一時はこの世にないね!」
「……うわぁ、ドン引きですわー」
興奮して語る男に対し、今度はヴァルダがドン引きする番だった。
ヴァルダも自分が頭のおかしい奴だという認識くらいはあるが、それでもキチガイではない。だが目の前にいる人物はただのキチガイ、この世には害しかない人物であるとしか思えなかったのだ。
自我を保ったまま精神状態が崩壊している、極めて不安定な危険因子であると。
「今丁度グランドルはあの『闘神』と『神鳥使い』……それから『影』様を殺した『魔滅』もいないことだし? 蹂躙するには好機だったのさ。いやぁ……楽しみだなぁ。断末祭の幕開けだ」
「(『魔滅』……シュトルム君のことか……!」
『魔滅』と称された人物が誰であるのかはヴァルダにはすぐに分かったようだ。『影』を殺した人物……それはシュトルムを除いて他に該当者などいないのだから。司から直接聞いて知っているだけに容易であった。
「最後に僕も聞いといてあげるよ。君は一体何が好きなんだ?」
「俺……? そ、そうだなぁ……俺は情報収集、かなぁ? だから情報屋なんか、やってたわけ、なんですけども……」
「ふ~ん、そうなんだ。僕も過去に何度か利用したことはあったけど……そんな君を殺しとくのも楽しそうだねぇ? 今まで溜め込んでた知識……それを全ておじゃんにできるんだから。……クフフ、一体どんな君の顔が見れるかなぁ?」
「……」
気味悪い視線を向ける男のその言葉でヴァルダは悟った。自分は次トドメをさされると。
死ぬタイミングというのは2パターンあるとヴァルダは思っている。それは死ぬことを全く予期せずに死ぬことと、死ぬことを予期して死ぬことのどちらかだと。
今回は後者、自分はそうやって死ぬのだと内心で覚悟をヴァルダは決めた。
「……ここまで、か」
「さよなら。不審者さん――」
ザクン、と鎖鎌がヴァルダの喉元奥深くに食い込む。割けた喉元からは血飛沫が炭酸ジュースのように吹き出ると、ヴァルダの身体は生気の感じられぬ骸へと変わった。
悲鳴すら出す間もない一瞬の絶命。男がヴァルダを殺すために放った、心無い一撃であった。
「なんちゃって~」
「は? え、なんだ……?」
しかし、今殺したばかりの男の間抜けな声が、あろうことか男の後ろから聞こえてくる。鎖鎌を咄嗟にヴァルダの首もとから引き抜き、その拍子に返り血が降りかかるのも気にせず男が振り向くと――。
「オッスオッス」
「っ⁉」
「さーて、テリス嬢も完全にいなくなったことだし? そろそろ茶番は終わりだ。いい加減駆除の方始めさせていただきますぜ?」
いつぞやのナナのように、休日オヤジの姿勢で草原に寝そべるヴァルダが、そこにはいた。無惨な姿などではない……何も無かったような状態を保ったままで。
男は夢でも見ているような気さえしていた。思考は乱れ、動揺し、頭に浮かんだ言葉をぶつけるしかなかった。
「ど、どういうことだい⁉ 一体いつからそこに……?」
「いや、最初からだが? むしろ聞きたい、一体いつから俺がそいつだと思ってたんだ?」
「確かに実体のある感触と手応えがあったぞ⁉ 今もそこに……い、いない……!?」
ピンピンしているヴァルダの方はゆっくりと立ち上がると、膝辺りをパンパンと叩いて衣服に付着した汚れを落とす。そのゆったりとした動きとは真逆に、ヴァルダの発言に即座に後ろを振り向いた男だが、信じられない事実に直面して言葉を失った。
自分が確かに殺したはずの死体は……もうどこにもなかったからだ。流れた血の跡さえも消えており、青々とした草原が広がるだけだった。
「あれれ~? そこにあったはずの死体がないですねぇ? どこ行っちゃったんでしょーね? 超ミステリー」
「っ!」
白々しく自作自演を続けるヴァルダであるが、男はキッと睨むことでその態度を崩そうとした。――が、そんなものは通じない。ヴァルダのペースに今度は飲み込まれていく。
「いや~いつ気が付くかなぁと思って適当に寝そべってたらずっと気が付かないんだもんアンタ。途中から面倒になって演技もやめたのに……。俺早漏だからシコる余裕すらあったね、あらら? これってちょっとした野外プレイってやつ? ……断末魔の演技とか欠伸が出そうでめちゃんこ大変だったんですけど? どうしてくれんの? ねぇねぇ、俺の息子も貴重なシコリティータイム奪われて爆発寸前のぷんすかぴーですよ? バーストしちゃいますよこの野郎」
完全に自業自得ではあるのだが、自分の時間が奪われた原因は男にあるとヴァルダは饒舌に愚痴り、目を細めて睨む。
「でもまぁ……そのお陰で大体だが観察はできたって部分はあったんだけどな。攻撃900……素早さは1200ってところか? 「っ!?」表に出てこない監視役なだけあって厄介なスキルは【千里眼】、それから抹殺対象に該当する【殺戮者】の称号者持ちですかそうですか。いやぁ~なんといいますか……全くもってお話にならないッスわ」
「『魔眼』持ちだったのか!?」
ヴァルダがさらっと言った言葉に男は目を見開く。
「いや、俺別に『魔眼』持ちじゃないよ? そもそも不可能だし。でも観察すればほぼほぼ分かるけどね」
予想とは裏腹に違う返答ではあったが、例えそうだとしても事実を言っていることには変わりない。本人がそれを一番分かっているからこそ、受け入れられない発言だった。
「馬鹿な、『魔眼』もなしに見ただけで見抜く奴がこの世にいるわけないだろ!」
「う~む、目の前にいるんですけどねぇ、そんな奴。勿論見ヌキもできますけども」
困った顔で腕組をするヴァルダは嘘を言っているようには思えない。だからこそ、ステータスを正確に見抜くという『魔眼』なしには為し遂げることはできぬ所業は見過ごせなかった。
「ま、そんなことはどうでもいいんだよ。どうせ何を言ったところで分かるはずが……分かろうとすることすらできないだろうしな」
ヴァルダは、もう次には真顔に戻っていた。その口から紡がれる言葉には、有無を言わさぬ迫力が込もっている。
まるで存在自体が別格である風格をその身に突然纏い始めたのだ。
男の額に……汗が滲む。
「……アンタは知らないのさ、俺がこれまでどんだけの間知識を溜め込んできたのかをな。たかだか十数年生きた程度の奴に理解されたくもない」
「たかだか……? 何を言って……」
ヴァルダと男の間には年齢にそこまでの大きな差はない。むしろヴァルダの方が年下に見えるくらいである。
妙な違和感を男が感じるのも無理はない。
「んじゃ、改めまして。お初にお目に掛かりますん『ノヴァ』の『虚』の部下クァイスさん? アンタの前任者の人も俺が屠らせていただきましたぜ?」
「お前がやったのか!?」
「そうだ。そして次はアンタの番だ」
そこまで言って、ヴァルダは手元に空間の亀裂を作って手を突っ込んだ。司もよくやる無属性魔法の『アイテムボックス』であり、手を引き抜くと封が厳重にされた一冊の本を手に取っていた。
「無詠唱!? お前、まさか『神鳥使い』の仲間じゃ……!?」
「アンタ最初言ったよな? 俺は大したことないって。ところがどっこい、俺って結構強者の部類にどうしても入っちゃうんですよ……誇張とかでもなくマジで」
クァイスの言葉をヴァルダは無視した。
ヴァルダは開くのも重そうな印象を受ける本を手も使わずに開くと、その見開きの本のページには魔方陣が浮かび上がる。そしてその魔法陣からは少しずつだが細長く、極めてこの世界でも珍しい武器がその姿を晒していく。
やがて全容を晒したところで、ヴァルダは流れるように片手でその武器を掴み、前へとかざすのだった。
「それは、双刃剣……?」
「お? コレの名称を知ってるとは流石流石。太古の遺物で『ジェノダーク』っていうらしいが、今じゃ使ってる奴なんて殆どいないマイナーな武器……それが俺のもう1つの得物さ。コイツも使うのは結構久しぶりだな」
出現させた双刃剣を肩に担ぐヴァルダ。二つある抜き身の刃が自身の身体に非常に近く、いつ怪我をしてしまうかと危なっかしい印象を誰もが持つだろう。
だが余裕な振る舞いで再び『アイテムボックス』を使用して本を虚空へと戻すヴァルダを見ていると、本当に扱いには手慣れていることも間違いないのも事実。
どうやら武器は本自体に収納させていただけのようだ。
「こんな変な作りになってるから持ち運ぶのすっごい危険でさ。だからこうして直接収納とかしないといけないんだよなコレ」
ヴァルダの愚痴りは至極当然であった。
双刃剣は、例えるなら棒の両端に刃の付いた武器であり、その棒の中心……一般の剣でいうところの柄部分を掴んで扱う武器である。刃の部分が2カ所にあるために鞘が作れず、仮に作ったとしても2つも鞘のある武器など実用性が低い事実があるために扱おうとする者は少なく、一部の地域で神聖なる祭事や儀礼においての宝具にされることもあるようなものである。
武器として使用した場合をみても通常の剣と違って力の伝わり方に難があり、実践で使える者というのはかなり限られる。更に細長く軽量であるため歪んだり折れてしまったりと耐久性が低く、力の扱いに優れた者しか扱えないため使い手が限りなく少ない。
双刃剣はヴァルダの背丈と並ぶ程の全長を誇っており、振り回すことで生まれる遠心力の力を生かす扱い方が主と言える。しかし長い得物の利点を生かした戦法は取ることができず、ただ槍のように突くという扱い方も基本はしない。
当然武器としては同じ大きさ全長であろうとレンジはそれほどでもなく、腕を伸ばして扱う槍に対して双刃剣は刃のない中心部を主軸に構えることとなるため、手足の稼働域というのはかなり制限されたりとデメリットの方がとにかく目立つ武器である。
――そのはずなのだが……ヴァルダはこの武器の使い手であり、この武器を選ぶ選択肢を取っているようである。
「情報屋の俺から一つ、アンタに教えておこう。ボロクソにやられて死ぬ瀬戸際を彷徨っていようが、死んでない限りは一切の油断なんてするもんじゃないよ? しかも初めて会う人物が自分より弱いだなんて認識を憶測で持つのは、情報屋の俺からしたら最も信用しちゃいけない全くアテにならないことだ。何の確証も根拠もないんだからな」
「ッ――!」
「……まだ名乗ってなかったな。俺は『呪解師』の末裔、ヴァルダ・エグレネスタ。世紀を跨ぐ時を経て、今この瞬間より、我が身に流れし血は再び戦いへとその身を投じよう…………参る――!」
「『呪解士』だと!?」
両手で双刃剣をを頭上で華麗に振り回し、その後は切っ先を男に向ける形で構えるヴァルダが言う『呪解師』というもの。その単語1つに、クァイスはまたも驚きを隠せない衝撃を覚える。
――が。
「……あ、言っとくけど今の自己紹介は全部嘘だから「なっ!?」どう? 中々カッコよかったっしょ?」
「ぇ……ハァッ!? お、お前……馬鹿にするのもいい加減に……!」
男は頭を思いきり殴られた思いだった。驚きを覚えて既に頭の整理ができていない状態に追い打ちを掛けられ、だがそれがすぐに嘘でしたなどと言われては一瞬頭がフリーズしてしまっても不思議ではない。冗談にしては悪すぎることで騙されたのだから、当然怒るのも無理はない。
「ゴメンゴメン怒んないでよ。俺の本当の正体だけど、実はさ~――」
友人間での許してくれよと言わんばかりの軽い微笑で謝るヴァルダに、嘘をついたことに対する反省の色はあまり見受けられない。つまりは平常運転だ。
ようやく本当のことを言うのかと、クァイスは内心ではヴァルダに感じている恐れと共に悪態をついていたのだが……。
格下と見ていた人物であるヴァルダを、クァイスはなんという予想外すぎた見込み違いをしていたのか……その考えだけに襲われることとなる。
「皆さん知ってる歴史に残る3人の異世界人……俺はその一人の内の『賢者』ですん。アンタの言う異世界人4人目の『神鳥使い』とは……同郷なのサ☆」
クァイスに勝算など、最初からなかった。
次回更新は一週間は先です。
もう少しで長期休暇に入るので、その時は更新頻度が少しはマシになります。
※8/4(金)追記
次回更新は8/5(土)です。




