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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第六章 来たるべき刻 ~避けられぬ運命~
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286話 仮初の休日(別視点)

少し短いですが区切りが良いのでご容赦を。

 ◇◇◇




「……で? どうするオッサン。まだ続きやる意志があるなら俺が代行で相手するが?」

「ぐっ……貴様などが、出過ぎたごとを抜かずなぁっ……!」


 息も絶え絶えに、『剛腕』は自身を見下ろすジークに反抗心を強くした。先程のやり取りも相まり、ジークに対する殺意はギラつかせた瞳ですぐに見てとれた。

 全身から血を垂れ流す姿は死人同然……『剛腕』は見た目からくる連想通り相当タフなようだ。常人ならばとっくに意識を失う出血をしていた。


「っ……ぅぉぁーー!」


 その状態で、『剛腕』は脚をガクガクと震わせながらも立ち上がった。流れるように落ちる血を気にもせず、息荒くジークを睨む。


 手負いの獣は危険と言われているが、今ジークが対面しているこの『剛腕』はまさに今その状態であった。……が、ジークに変わった様子は見受けられない。


「……まだ格の違いを理解してねーのかよ」

「爆砕――「諦めな」ぐおぁっ!?」


 ジークは溜め息を吐きたい思いで頭をガリガリと掻くと、ほぼ我を失った『剛腕』から繰り出されようとした一撃を食らう前に、自分から一撃を見舞った。

 視認すらできないただの蹴りは腹部に直撃し……『剛腕』は重いもよらぬ痛みに再び呻きながらうずくまる。


「オイオッサン、これ以上アイツとアイツの周りに危害加えようとか変な真似に出てみろ……そん時は俺がお前を殺す。――よく覚えとけ」


 足元に転がる姿を心底軽蔑するかのように、ジークはこの日一番の冷たい眼差しを『剛腕』へと向けながら言う。


「かっ……! ぅぇぁ……っ!」

「へぇ? まだ動けんのか。大したしぶとい身体してるみたいだが……まだまだだな。そんなんじゃ俺らにはとどかねぇ。――もう一度言う。諦めろ」


 『剛腕』が痛みにもがく余裕があったことにジークは驚いたようだったが、大して留意する点でもなかったらしい。


「っ!? ぁ……!」

「分かったか? これが本当の『威圧(・・)』だ」


 それもそのはずだ。すぐに意識など刈り取るつもりだったのだから。

 ロビーで『剛腕』が放っていた『威圧』、それとはまるで格の違う『威圧』が『剛腕』を襲うと同時に、ジークを中心とした小規模の空間はざわめくように胎動した。


「……」

「治療する奴は呼んどいてやる。今はそこで寝てろ」


 もう、『剛腕』は意識を失っていた。白目を剥き、口からは血の泡を吹いて。


 息は微かにある。だが死人にしか見えない姿を晒す『剛腕』は、誰もが死んでいると断言してしまいそうな有様であった。

 しかしそれもそれも仕方のないことである。ただ闇雲に『威圧』を振り撒く『剛腕』と違い、完全に力の制御ができているジークの『威圧』を一点にモロにぶつけられたのだから。




 静かになった闘技場で、ジークだけが立ち尽くす。


「(ふぅ、これは割りと結構な裏切りの反動の底上げになったか? 嘘は一切ついてねぇが……いい気はしねぇな。アイツらの方も上手くやってるといいが……)」


 事が終わったジークは身体から力を抜いて怠そうな態勢を取ると、南の空を見上げた。

 遥か遠方にいる誰かに、その考えを問うように。




 ◇◇◇




 一方、同時刻のグランドル。ヴァルダの店ではーー。


「ほぅほぅ、オルドスに『舞姫』と『疾風』、それと『剛腕』と『真影』がもう入ったみたいですぞナタさんや。ヴィオさんから連絡来ってる~♪」

「へぇ? 案外集まり早いみたいで何よりじゃないか」

「だな。まだ半分以上は残っているとはいえ、俺らも早く準備を済ませねばな……。アレクとウィネスさんもそろそろオルドスに着く筈だ。続々と役者が揃ってきてますな」


 ヴァルダとナターシャの2名は、決して広いとは言えない店内で見慣れない機材を広げ、黙々と作業をしているようだった。緑色や青色、そして赤色の液体の入ったフラスコが何本もグツグツと沸騰しており、湧き立つ湯気が店内にその匂いを染み込ませていく。

 ヴァルダの店は号外や本を始めとした紙類が非常に多いため、本来ならば図書館のような独特の匂いを放っている空間であったにもかかわらず、今やどこかの研究施設に打って変わったのではないかと錯覚しそうな変貌を遂げていた。

 訪れる者がいるのであれば、部屋に入ったらまず嗅ぎ慣れない匂いに首をかしげることだろう。


「さてさて、だからこそ来客が来ない間にせっせと作らんとな。折角の休業日だし」

「何が休業日だい。あってないようなものだろう?」

「ですよねー。……まぁその第三者介入という不確定要素の心配は要らんのは間違いない」


 だが、ヴァルダの店のドアには休業日というプレートが下げられており、誰も今は訪れることもない。元々利用する者がかなり限られていることもあって、ひっそりと作業に没頭することができているようだった。


「そもそも一番の不確定要素はツカサがどう動くかだからなぁ……」

「そうだねぇ。『闘神』がついててくれているとはいえ、ヴィオラが余計なこと吹き込むとも限らないしねぇ」

「うんむ。あの人の中に残る憎しみも、アイツに匹敵するくらいだからな……。ジークきゅんがどこまでフォロー出来るかに掛かっている」


 ジークがどこまで頑張れるのか……そこまで言ったところで、ヴァルダの動きがピタッと止まった。そしてナターシャも。

 暫し、鮮やかな液体がフラスコの中で煮沸する音だけがこの部屋を占領してしまう。


「あのさ、ナタさんや」

「なんだい?」

「協力をお願いしておいてなんだけどさ、ジーク君が上手く立ち回れると思うか?」

「……聞くんじゃないよ」

「だよねー」


 数秒後――真顔で言うヴァルダの発言に、ナターシャも真顔で返答した。ただ、お互いに既に答えが分かっていたために、その顔を向けあうと苦笑しか出てこなかったというのが正しいかもしれない。

 やや困ったような、でもそれでいて致し方のないことでもあるような表情を浮かべている。


「……本当に酷なことしてるな、俺たちって。上げて落として、そこから更に上げて強制的に強化させようとか、アイツの超自虐ともいえる発想には恐れ多い」

「そりゃあの人だからそれくらいはやりそうさ。……孤独を恐れたあの人はもう、皆様を守ることでしか心は満たされないんだよ。それは一度失ってしまったからこそ、強い願いになってるんだろうさ」

「……そうだな。未来を変える……か。傲りにも程があることだもんな」

「でもやるしかない。そしてウチ達は全面的にあの人に協力する。それが……ウチ達が信じたあの人にできる唯一のことさ。あの人が経験した未来を信じるなら、運命の分岐点までの4ヵ月のラグはハッキリと違う未来には向かってることを示してる。だけど……」

「うん、分かってる。それでもアイツは途中で消えたりしなかった事実がある。あんだけ必死こいて動き回っても、最終的な結果が変わってないってことなんだろうな……まだ(・・)。アンリ嬢を確保し、シュトルム君を生かし、今回は死んでしまう筈だったヒナギ嬢も助け、『影』を殺し、各地の魂の搾取を抑えてなお、まだ足りない要素がある。だからこそ俺らがその穴を埋めてやる必要がある……それが今回俺達がやること。『ノヴァ』に代わって、やらねばならないこと……」


 一気に、しんみりかつどんよりとした重苦しい空気へ打って変わる。

 休業中でなかろうが、この空気に当てられただけで誰も訪れる者はいないと思わせる程の暗い雰囲気で満たされてしまい、閉口を余儀なくする二人。


「――い、いや~それにしても! ナタさんがいるからめちゃくちゃ捗って助かるよ。俺一人じゃどうやったって最上級薬の生成速度には限界があるからなぁ。一日に30本も作れるのは凄い」


 ただ、自らが作り出してしまったその重苦しい空間を振り払うため、責任を感じたヴァルダは空気を換えるように話題を変えた。

 普段は空気の読めないヴァルダでさえ、これ以上その会話をし続けることに抵抗があったらしい。部屋の片隅に並ぶ数十に及ぶ薬品達の群れに新たに2つの薬品を加え、また生成にせっせと戻っていく。


 しかし――。


「よく言うよ、この有り合わせの機材で最上級薬を生成できるアンタの方がよっぽど……っ!? これは……」


 呆れた様子で生成中の最上級薬を棒でかき回して作業を続けるナターシャであったが、ピクッ……と何かに反応した素振りを見せる。その動作の拍子に、身に付けていた装飾品がチャリチャリと鳴った。


「ん~? どったの? ナタさんや」

「性懲りもなく来たみたいさね」

「はい? ……あー、別の監視役の人? この前1人潰したはずなんだが……ツカサ達がいないのを見計らって新しいのが来たってところかねぇ?」

「ちょっとウチ行ってくるよ」


 椅子に座って黙々と続けていた作業の手を止め、ナターシャが席を立った。

 不意をつかれて間抜けな返しを素でするヴァルダと違い、ナターシャの顔には真剣さが込もっている。二人の反応は丸っきり違い、傍から見ている者がいたらナターシャのその様相に目を奪われるだろう。風貌もそうだが、肝の据わった目は身震いしそうなくらいに恐ろしかった。




「ナタさん、ちょちょっと待った! ――俺が行こう」




 しかし、言動に緊張感や緊迫感がなかろうと、ヴァルダもナターシャと同様の感情を持っていたりする。ヴァルダは席を立ったナターシャを手で制し自分が作業をしていたカウンターを華麗に飛び越えると、両手を腰に当てて自信満々にふんぞり返る。


「は? アンタが出る幕でもないだろう? ウチで事足りるだろうさ」

「いやいやそれはそうなんだけどさ、一大決戦を前にしてるってのにここ最近は準備ばっかりで身体動かしてなかったからさ~。ちょい~と肩ならしがてらってことで……」

「あぁ、そういうことかい。確かに、ここ最近のアンタは裏方作業ばっかりだったね」

「でしょでしょ~? そ・ゆ・こ・と。だからナタさんはそのまま作業続けててくれ。俺が行く」


 ナターシャでも問題はないが、自分が行くべき……いや、行かなければならないという方が正しいようだ。

 凝った身体をほぐすためにストレッチを軽くするヴァルダは、ずっと同じ姿勢を維持していたことによる身体の固さは本人にとっては違和感しかないようで、気持ちよさそうに身体中を伸ばしている。結ってある後ろ髪が身体を動かすたびに遊ぶ。


「でもアンタ、行くなら早く向かった方が良いよ。誰か……これは子供? そいつの近くにいるみたいだ」


 自分が行く必要がないことは分かったナターシャはヴァルダの言うことに異論はないようである。ただ、悠長に準備している暇ではなさそうであることだけは告げて急かした。


「あ、そうなん? ふむ……場所は?」

「西。草原中央付近」

「西の草原……ほぁっ!? し、しまったぁ~。そういえばそこら辺はテリス嬢の調査フィールド一帯だったな。ヤベ……」



 監視役の表れた場所が西の草原ということについて、その部分で見落としていたある事実を思い出したらしく、奇声交じりの声を上げるヴァルダ。すっとぼけたような顔は途端に驚愕の顔に変わり唸っている。




「しっかたあるまい! ならばここは本当に強い子弱い子皆の味方、変態紳士ヴァルダちんの出番じゃないですか! ヘイ、ナタさんスタンバイ! 俺をその近くまで送ってくれるか?」


 でも、ヴァルダそれがどうした? と言わんばかりの自信に溢れた表情へと切り替えると、テンション高らかにナターシャへと要求する。


「はいはい、行ってきな」

「あざっす! じゃ、行ってきますん。あ、一応念のため女の子の保護はよろすん」


 そこまで言って、ヴァルダの姿は店内から忽然と消えた。音もなく。

 消える前、ナターシャが背に背負っていた杖に似た金属製の棒の柄で床を叩いた以外には、これといって変わった変化は確認できない。勿論魔力が使われた形跡もなく、ナターシャが何かしたのは間違いないが、一体どんな方法を使ったのかは当事者のみぞ知るものであった。







「……ハァ」


 ヴァルダのいなくなった店内でナターシャは溜息を一つ吐くと、そのままゆっくりと目を閉じた。テーブルに両肘を乗せ、顎を当てて。

 別に疲れからくる溜息ではなく、気持ちの面からくる溜息だった。


「あの人はともかく、なんでアイツは同じなのにああも発言が奇抜なのかねぇ? 『闘神』は言わずもがな……ウチは比較的普通でありたいね」




 ナターシャのボヤキにも似た呟きは、部屋の煮沸音にかき消されていった。

次回更新は一週間は先です。


※7/16(日)追記

次回更新は今週中の予定です。明確な日時が出せずすみません。

現在夏の長期休暇に向けて休日返上して仕事してるんで、ゴメンナサイm(__)m

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