283話 思い出せないあの娘の声
ちょっと短いですが区切りが良かったので……。
◆◆◆
「うわぁ……! ひろ~い! それにキレイだね!」
ギルド総本山に到着早々、ナナが皆の気持ちを代弁するように口を開く。
てっきり警報が鳴った影響で入口は警備がガチガチに固められてるのかと思ったがそんなことはなかったようだ。案外すんなりと入ることができた。
先程の警報は本部の方でも誤報だと判断した可能性は極めて高そうであると考えた方がいいかもしれない。
グランドルのギルドと違い、まるでアリーナのロビーのような広々とした空間からして規模が各ギルドの支部とは既に違う。造りも当然木造ではなく、鉱石類を多用した大理石のような光沢が俺達を迎えている。
実に近代感溢れる光景に地球に戻った錯覚がしそうだが、ここは異世界。ロビー内で武器を持って歩く人なんて地球にはいやしない。地球でいたらそれは凶悪犯や侵略者みたいなものである。
『…………』
「っ…………?」
皆が後ろで会話を繰り広げている中、身体の内側から走るズキッとした何かの痛みを不意に感じた俺は、思わず心臓を捕まれたような緊張感に包まれた思いだった。
活気に溢れる雰囲気と喧騒が調和した空間で……俺はまるで自分一人だけが時が止まったような錯覚すら覚えた。
無性に心がざわめく感覚は、とても抑えきれそうもない。
なん、だ……これは……?
初めて訪れる場所で心が躍っているわけではなく、出来れば訪れたくなかったという忌避感。でもそれから逃げることは出来ない、してはならないという本来ならありもしない感覚。
このもどかしさが今の俺にはあったように思う。
そしてそれは間違いじゃなかった。
『へっへっへっ……。恨みは忘れないモンなんでなぁ』
何が引き金となったのか……突然思い出したのは、あの憎く感じた男の声。記憶が混じってきた時からの最も憎い存在である、俺が殺したい存在の声だった。
何度も何度も頭でその声が繰り返される。そして繰り返すたびに抑えていた憎い気持ちは増大し、それ以外のことを考えられなくなっていく。
「……」
「ご主人……?」
「あっ! ちょ、どちらへ!?」
皆の輪から一人飛び出す俺を気にするポポとナナの声を振り切り、勝手に歩く足が止まらない。でもこの止めてはならない衝動に駆られてただ俺は突き進むしかない。一面ガラス張りとなったロビーの端を……そのガラス越しに見える広大な闘技場を目指して。
この場所に来るのは初めてなんかじゃない……! 俺はこの場所を忘れてはいけない。
この声を思い出したのは偶然なんかじゃなく――必然だ。
忘れることなんて、できる訳ないだろ……!
「――お待ちしておりました」
だというのに、進行方向には銀髪の髪をした女性が涼しそうな顔をして立ち塞がる。
「オイ見てみろよ……」
「マジか。珍しいな」
その人が現れると周りがざわめく。それだけ地位の高い人ということだろうことはすぐに分かる。身なりからしても上流階級の人物であることは明白だ。
誰だアンタは? ――でも今は邪魔だ……退け。
「グランドマスターが一体どうして……」
「一体誰だ? あの人は重役か何かか?」
グランドマスター……冒険者ギルドの最高責任者だったか。女性だとは聞いていたが随分と若い。
「「……」」
「嘘だろ!?」
「眼中にないってのか……?」
冒険者に籍を置く者として、その組織のトップを意に介さない真似は俺の立場を危うくさせる可能性を孕んでいる。
だが俺はその人のすぐ脇を素通りした。最高責任者に対する俺の無礼な対応に周囲がまたもざわめく。
俺とて挨拶されたことは分かっている。でも今はそれよりもこの衝動を優先したい。アンタは後回しだ。
ただ、すれ違う間際――。
「まずはその衝動に身を任せてお進みください。挨拶はそれからでも結構ですので」
「っ――!」
「……」
この人は俺だけにしか聞こえないくらいの声で、確かにそう言った。
気になる口ぶりに少しだけ動揺し、僅かに視線を後ろへと向けて顔を見ると、微かにグランドマスターは頷いて俺へと示唆した様子を見せていることから聞き間違いではないようだ。
この人、今の俺が抱えているこの衝動を知っている……? 一体なんで……。
グランドマスターなる人物に対して疑問を覚える。初対面でいきなり内面を見透かされて警戒しない方がおかしいというもので、俺のこの人に対する印象は妥当な方だろう。
でも俺は直感的に悟った。この人は俺に関わりのあった人物だと。
身体が勝手に動く衝動に駆られていたこともあるが、この時はそれをどこかで感じていたから足を止めることはしなかったのだと思う。
『今までありがとう……!』
「…………っ…………!」
グランドマスターに動揺はしても、またも脳内に響く悲痛な声の前にはすぐにかき消される。それまで感じていた憎しみが覆い隠し、この人がどんな人物なのかなど大して気にならなくなる。
俺はガラスまで一気に駆け寄ると、『転移』でガラスの向こう側へと飛び出した。響いた声の正体の答えを求めて。
「あっ、ツカサさん!? ――!」
後ろでアンリさんが叫んでいた気がしたが……それだけだ。今は気にしているその時間すら惜しい。
早く、あの場所へ……!
◆◆◆
セルベルティアでヒナギさんと模擬試合をした空間と酷使した、その何倍もの広さを持つフィールドを走る。様々な戦況の想定をしての訓練でもできるのか、フィールドの端には大掛かりな機材と備品が数多く点在しているようだ。報酬で優遇を受けられる特権以外に、災厄が発生したら戦況に駆り出されてしまうSランクのための配慮の1つだと思われる。
学院でウルルさんが戦闘演習用に使っていた機材と少し似ているため、一瞬だけそう思った。
「はぁっ……はぁっ……!」
大した移動距離でもないのに心臓が痛いほど強く脈打つ。高まった心拍は一回一回が内側から爆発する寸前にまで膨れ上がり、無駄とも言えるくらいの吐息と汗を生んでいる。
……一刻も早くあの場所に辿り着きたい思いだったのだ。
「……ぁ……」
そしてようやく、辿り着いた。
一見何の変哲もない闘技場の一部分。周りから見えている俺は闘技場にただポツンと在るだけの存在にすぎないだろう。だだっ広い場所に一人立ち尽くす。
天井が無い構造上空が見える。……だが青空は見えず、噴煙が混じったやや濁った色合いだ。
全部……あの時と何も変わっていなかった。
全てを失う直前まで見ていた光景と何も変わらない姿が此処にはあった。
「ご主人、どうしたのさ急に?」
「顔色悪いですよ、一体何が……」
不意に肩に何かが乗る感触がしたかと思えば、ポポとナナの声が同時に両耳に入って来る。
どうやら俺を追いかけてきたらしく、心配そうな声をしていた。
「ココが……あの日の場所だったんだ……。俺はあの時……皆を……っ! 誰一人守れなかった……!」
泣けばいいのか、それとも怒りを叫べばいいのかが分からない。どちらの感情も強すぎて互いに対立し合い、それを上手く面に出せなかった。ただ中途半端な声だけが漏れた。
もうそんな自分を呪った方がいいのかもしれない。
運命の分岐点は……此処で引き起こされる――。
シュトルムが死んで自暴自棄になってた俺を繋ぎ止めてくれていたあの人達を……俺はここで同時に失ったんだ。俺の中に根強く残る大切だった2人。――そう、2人を。
この2人の内の1人が一体誰なのか? この場所まで来て、俺はアンリさんのことで引っかかることが新たに出来てしまった。
記憶にある泣きながら告げられたあの最期の声。顔も見えず、声もほぼイメージで作った誰かすら分からないあの娘。俺はそれを、当初アンリさんだと思っていた。
それだけ大切に想っているから……。最も『ノヴァ』に対して殺意を覚える要因でもあるこの記憶は、今大事だと思えるアンリさんが関与しているものだと思い込んでいたから。
なのに――。
「どうしてだ……あの声は、アンリの声じゃなかったのか……?」
さっきロビーで聞こえてきたあの声の正体はアンリさんではなかった。間違いなく。
俺はこれまで、最期の女の子の声の正体はアンリさんだと思い込んでいた。しかし、それは違った。ヒナギさんの声でもない。――そうなると、とある事実が生まれたことに気が付いてしまった。
シュトルムの死んだ記憶、ジークと気晴らしに馬鹿をやった記憶、ヒナギさんと笑い合った記憶、セシルさんとパーティを結成した記憶。
セシルさんに関しては俺が俺として経験したことがそのまま記憶としても再度舞い込んではいるが、全員との強い記憶を必ず1つは俺はアイツから感じていたんだ。
でも、それが全部ではなくなった。
舞い込んだ記憶の欠片達には、唯一アンリさんだけが存在していないことをここで初めて俺は知った。
「なんで、アンリだけが一切記憶にいないんだ……?」
あの娘は一体誰だ? そしてアンリさん。君はアイツの記憶の中に……なんでいない?
「――戻ろう」
「「……」」
暫く打ちひしがれる思いで呆然としていた俺だが、皆のところへ戻ることに決めた。
ポポとナナはそれまでの間、ずっと無言だった。
次回更新は一週間は先です。
※6/22 追記
次回更新は6/26(月)です。
更新頻度が遅くなって申し訳ありませんm(__)m




