282話 『真影』との邂逅
一週間と言ったな、アレは嘘だ!(1日だけ)
◇◇◇
サイレンの音がオルドス周辺へと鳴り響く。身体を急かすような慌ただしい響きは、反射的に人々の危機感を煽る。
感じる危機感は人それぞれのことだろう。凶悪犯や害獣の出現、火災や嵐等の災害……挙げていたらキリがない。
ただ、何かがあったという不明瞭な脅威は無駄に不安を募らせ、ある意味それが最も怖いことなのかもしれない。
そんなサイレンの音が発せられている場所……ギルド総本山のとある一室では――。
「一体何事ですか?」
人族の姿をした女性が一人、中世的な声で静かに問いかける。
女性は生地にあまりあそびのない貴族服のような恰好をしており、首にはシルクのスカーフを巻いている。身なりはその者の人となりを表すとも言われるが、これだけ見れば一見堅苦しさを覚えそうなものだ。しかし、堅苦しさとは対照的に腰まで伸びる銀髪を三つ編みにしている風貌は若干この印象を和らげており、堅苦しさがゆったりと相殺されているようであった。
「本ギルドの『迎撃モード』が作動した模様です。どうやら新たに搭載した番人が発令したようですね」
背中越しに声を掛けられたこちらも女性である職員の一人は、目の前に広がる機器から目を離さずにそのまま答える。
流石に総本山に勤めるだけあって、緊急事態であろうと極めて落ち着いた様子だ。ハキハキと事実を伝えている姿に動揺した様子は微塵もない。
「変ですね。私は番人にはそのような機能を搭載させた覚えも、依頼をした記憶もないのですが……」
「えぇ、私もそのように認知しております。受注書にもそのような記載はありませんし、可能性としては作成者であるウルル様が密かに設定したものと思われます」
職員の座る椅子に手を置いて体重を掛けた銀髪の女性は職員に確認をするが、どうやらお互いの認識に間違いはないらしい。両者共やや難しい顔で顔を見合わせる姿は疑いようもない。
今のサイレンが鳴る状況は、本来であればなかった状況であるようだった。
「ハァ……ジルバ様のお孫様ですか。余計なことはしないで欲しいものですね。――しかし、あの番人を傷つけることができる人が限られているのも事実。証の提示がなかったのであれば新たな強き御仁ということになりますね。……それで、番人が相手をしたと思われる御仁は?」
「こちらの方々のようですね」
「――この方達は……!」
「はい。恐らくは彼らかと。特徴も一致しています」
番人に人知れず搭載された要らぬ機能にため息を吐きつつ、迷惑を被っているであろう者達の素性を知ろうとした銀髪の女性であったが、その姿の映るモニターを見て一瞬息を呑んだ。
そしてすぐに椅子につく手を離すと、キリッとした様子で後ろに振り返り、部屋の出入り口へと進みながら指示を飛ばす。
「……すぐに発令を止めるよう伝達を。そして街の皆様に誤報であったことを最優先で通達し謝罪してください。くれぐれも、これ以上不躾な醜態を晒さないようにお願いしますね」
「ハイ、お任せください」
「随分とお早い到着は予想外でしたが……仕方ありません。皆様は私が直接迎えます。皆にはいつも通りの業務に戻るように指示をしておいてください」
「畏まりました」
銀髪の女性は部屋の外へと出ていき、職員の女性は機器を操作して行動を開始する。
背中越しに交わされ合うやり取りは互いを信頼し合う良き関係を示しているようであった。
◇◇◇
『迎撃モード』なるものが発令されると、何処からともなく現れた番人の類似品である魔道具兵が一斉に俺らを取り囲んだ。
僅か3人に対して数十体というあまりの数の多さに本気で殺しに掛かってきてるなと心底感じつつ、全てを徹底的に叩き潰すことは容易にできたものの、まさか俺達をロックオンしたかのような精度でミサイルみたいなものまで遠方から飛んできたのには驚いたもので、この世界の技術を少し改めるきっかけになった。
確かに『銀』が恐ろしい技術をこの前オルヴェイラスで披露してきたこともあるが、それはあくまで『ノヴァ』が相手ということで容認はできた。しかし、『ノヴァ』以外でまともな兵器の運用を実現している光景は初めて目の当たりにしたため、ギルドの設備に少し警戒心を覚える羽目になった。
……あ、ミサイルはポポとナナが遠距離狙撃で全て撃ち落としてやりました。地上戦力は俺含むその他の皆さん。対空に関しては2匹がいるから超安泰です。地上と空の権利を簡単に渡してなんてやるものですか。
ちなみに、この『迎撃モード』は女性方には一切の危害を加えようとしませんでした。門番達にとっての保護対象の階級、そして待遇が、ファーストクラスかエコノミーだったのかの違いみたいなもんでしょう。
勿論男はエコノミーです。俺らからしたら不当な判断をする門番達にこのエゴノミーと言ってやりたいくらいです。
ちなみに襲い掛かってきたものは全てが人工物であるため、いくら壊そうが経験値が入ることもない。完全に要らぬ労力を使わされただけであり、得たものは皆無に等しい。
わーい今日もサビ残ならぬタダ働きだー。これが最近社会問題になっているワーキングプアもといファイティングプアです。
……なんでや! 一応は相当強い奴と戦って頑張ったんだから特別ボーナスくらいくれたってええやろ! 世界のケチ。
――と、この世界の仕組みに対して遺憾の意を表明して愚痴りたくもなるというものである。
「収まったな」
途中まで猛攻が続いたものだが、その猛攻は気が付けばピタリと止んで収まりを見せていた。今はもう周りに無残に転がった魔道具だけがこれまでの惨状を語り、俺達に迫る脅威はなさそうである。
『迎撃モード』を発令した番人らは、それまでは与えた損傷によって動けはしなかったが微かに機能している様子はあった。ただ、今は既にピクリとも動かない骸と化していることを考えるに、『迎撃モード』の全権限を託されていたのだろうか? もしもそれが事実だとしたらとんでもないが……。
俺達が各々で武器を納めて身体を楽にしていると――。
「うひゃー、凄いことになってるッスね……この騒ぎの原因ってアンタ達ッスか?」
門番の邪魔さえなければとっくに通過するはずだった俺らが進むべき進行方向に、見知らぬ人物の姿が。
チャラ男を思わせる口調と見た目の男性。ミーシャさんと同様に頭部に耳を生やした――獣人の人のようだ。こちらはミーシャさんみたいにピコピコした猫耳ではなく、少々雄々しさを思わせる狼のような粗さを持った灰色の耳をしている。尻尾もフサフサの灰色である。
ジークよりかはマシだが随分と軽装で動きやすそうな格好をしており、パッと見は防御面に難アリに思える。しかし、獣人は身体能力に秀でると聞くため、意味のある服装であるのだろう。
特徴として最も挙げるべき点で言えば、右頬に顎まで走る傷痕が非常にインパクトがあり、まずはそちらにどうしても意識が向いてしまうことだろうか。子どもが見たら少し怯えそうな傷痕である。
「貴方は……!」
彼に気が付いた俺らの中で、ヒナギさんがいち早く反応する。
「お久しぶりッス『鉄壁』さん。2年振りくらいですっけ? オイラのこと覚えてるッスか?」
「えぇ、勿論です。お久しぶりです」
どうやらヒナギさんとこの人は面識があるようだ。お互いに軽いやり取りを交わし合い、旧友にあったようなそんな顔になっている。
ふむ、俺の知らない頃のヒナギさんを知っている人物とな。仕方のないことだけど……何ソレ、なんかくやしい。超ジェラシー感じちゃう。
……そんで、貴方は誰ッスか?
「なんか警報鳴ったんで騒ぎのする方に来ては見たんスけど……『鉄壁』さんがいるんなら恐らくは誤報だったんスかね?」
その通りでございます。我々一行は何一つ問題行動は起こしてはおりませぬ。そこに転がってる門番達のエラーによるものです。
ヒナギさんを判断基準にするそのお考えは大変素晴らしいと思います。さては貴方、ヒナギさんのファンですな? それは許しません。
「そっちの人達は初めて見るッスね。『鉄壁』さんのお仲間ッスか?」
「はい」
「ふ~ん……なんかよく分からない組み合わせのパーティッスね。色とりどりと言うか……」
俺らが仲間かと問われ、力強く頷くヒナギさん。
チャラ男さんはヒナギさんの返答が意外なのか目を丸くしてメンバーを見ている。そして不意に俺とうまいこと目が合った。
「あ、どうも」
目が合ってしまったので取りあえず会釈はしておく。案外人見知りな俺だが下手に目を逸らして反感を示す必要もない……できるだけの誠意くらいは見せるべきだろう。
それがどう映ったのかは知らないが、チャラ男さんはヒナギさんらから離れ、俺らの元まで歩み寄ると俺に手を差し伸べて握手を求めてきたようだ。
何故俺に握手を求めてきたのかは知らん。3人並んでる中の中央に俺がいたからだろうか?
「よろしくッス」
「あ、はい。こちらこそ……」
見た目とは裏腹に初対面の相手に友好的な対応をするのが意外に思えた俺は、この人はチャラくないチャラ男さんだったのかと認識を改めたくなった。
軽く握手を交わし、触れ合った手を離すと――。
「でも駄目ッスよお兄さん、初対面の相手にこんな油断してちゃ」
『――!?』
……へぇ? やりますねぇ。察するにシーフみたいな職業でもしてんのかね?
チャラ男さんの手元には、俺のすぐ脇にいたはずのエスペランサーがあった。エスペランサーは自分が何をされたかが分からないようで、それまで抑えていたはずの光を少し強くして取り乱す。
「じゃないとホラ、すぐこうやって盗まれちゃうッスよ?」
エスペランサーの柄を掴んで掲げるチャラ男さんがニヤリと意地悪い笑みを浮かべる。
いきなりなご挨拶をされて、決め台詞まで言われてしまったようだ。
通常ならここで、「こりゃしてやられた」……とでも思うんだろうけど、んなこと思うと思いましたか?
すいませんチャラ男さん、残念でしたぁ。
「ご忠告どうも。でも、貴方も随分と盗み放題ですからおあい子ってことで……」
「おあい子? ……っ!? あちゃ~いつの間に……」
「物々交換しませんか? コレで俺の宝剣をまず返してください。そして貴方の名前と引き換えにコレを返すのでどうですか?」
俺の右手には、彼が腰に取り付けていた掌サイズの小さなポーチ、左手には恐らく彼の得物であるダガーが。それを俺も掲げてチャラ男さんに見せつける。
彼が宝剣を奪った刹那の合間に、俺も彼の身に付けている物を奪っていたのだ。先方がどのような手段で俺の宝剣を静かに素早く奪ったのかは見ただけでは分からないが、俺の場合は【隠密】がある。意識さえすれば、音や感触等の必ず起こるはずの影響は全て発生しない。
ポーチの方は中でゴロゴロと複数の物が入っているらしく、彼が扱うであろう小道具が入っているようだ。対するダガーの方はあのアルテマイトで作られているらしく、エスペランサーには当然劣るが見事な光沢を放っている。
これだけでこの人が普通の人ではないことを証明しているようでもあったが、どんな人なのかは大方予想がついている。
「ハハ、こりゃアンタの方が上手だったみたいッスね……参ったッス。その提案を受け入れるッスよ」
ほぅ、驚きはしても取り乱したりはしないのか。相当肝が据わってるのは確かなようだ。それに素直でもある。
その頬にある傷も伊達ではなさそうですな。
観念してエスペランサーを俺へと差し出すチャラ男さんの人柄を少し知りながら、俺も左手に持ったダガーを返還する。武器達はそれぞれが主の元、俺とチャラ男さんの手に再び渡る。
「エスペランサー、ちょっと光抑えて布に包まってて。そんで暫く背中にくっついててくれ」
『……!』
エスペランサーはどうしても悪目立ちしてしまう。エスペランサーを隠す毛布を『アイテムボックス』から取り出してそう指示すると、自ら器用に布に包まり、背中にピッタリと張り付いたようになるエスペランサー。
武器を背負うのではなく張り付けるという感覚は、ちょっと不思議な違和感をいつも覚えてしまう。
イーリスでエスペランサーを真に手にしてからというもの、それまでは背中に背負っていたベルクさんお手製の大剣を俺はもう背負ってはいない。決して使わないというわけではないが。
というのも、大剣を背負っているとエスペランサーは「私じゃなくてそっちを選ぶなんて……ムキィーッ!」みたいに機嫌を悪くするからである。具体的に言うと――拗ねるのである。
常時発する光が光ではなくなり、放電しているかのようにバチバチして痺れる波動に変わって手に負えなくなるため、それを知って以降は背中は空けておくようにしている。
どうせお前のことだから電気マッサージみたいで気持ちいんでしょ? とか思った皆さん。ハハハ、そんな皆さんは電気椅子に掛かってしまいなさい。
いつも冗談の塊みたいな俺だけど、今回ばかりは流石に冗談抜きです。ただの塊として反論させてもらいます。
痺れる通り越して多分俺の身体溶けますよ? この子の癇癪酷くて酷くて……。
身体がビリビリじゃなくてプルプルしちゃいそうなくらいエグイですからアレ。スライムに生まれ変わるのは流石にゴメンです。
「じゃ、こっちもお返ししますから……」
「……ハッ!? お、オイラはシュレン・ティスラーって言うッス。『真影』って皆には言われてるッスよ」
「『真影』、ですか……」
さてさて、俺がスライムへの転生がいつでもできることはさておき。
発光する剣に驚きはしていなかったチャラ男さんだが、エスペランサーが誰の手を借りることなく動き周る意思を持った剣であることには驚いたらしく、若干放心していたようだ。……気持ちは分かる。
チャラ男さんは少し間を置いて俺の差し出したポーチに反応すると、少々慌てながらも約束通り素性を明かしてくれたらしい。
あらら、早速二つ名持ちのお出ましですかいな。まぁそうだと思ってましたけども。
只者じゃないのは今のを見れば誰でも分かるが……つーかこの人の二つ名カッケーなオイ。ネーミングセンスが俺とは雲泥の差じゃないか。
「やはりSランカーの人でしたか。俺も同じくSランクのカミシロです」
「っ! じゃあやっぱりアンタが今回の……」
「えぇ、初めまして」
俺の二つ名の命名者であるシュトルムをさり気な~くディスり、自分の二つ名とのネーミングの差に敗北感を味わいつつ俺らは互いに面識を持つに至った。
チャラ男さん……名前をシュレンと言うこの人は俺の名前を聞いて顔つきを変える。
うん、この反応されるのも知ってた知ってた。
だからもうそんなにマジマジ見つめないでくださいよぅ、いやぁ有名人ってマジ大変っスわ~。この隠そうと思っても隠しきれない俺のオーラってやつはどう足掻いても滲み出ちまうもんで……ゴメンねゴメンねぇ? 不可抗力だから許して。
あ、分かってるとは思うけど、サインはハルケニアスの子供達にしか書くつもりないからご遠慮してね?
――え~、コホンッ。
ま、本日の茶番はここら辺にしときましょうか。茶番は用量、使用方法を守って使わないといけませんもんね。
「へぇ、相手の瞬きの瞬間を狙ったのか。しかも相手の目線にまで意識を配ってやがるとは……小競り合いになった時に使える戦法かもしれねぇな」
「え、たった一回でそこまで見破られるもんじゃないんスけど……そっちの人も半端ないッスね。アンタも一体何者ッスか?」
「コイツはただの馬鹿者です」
「オイッ!」
「いや、獣じゃね?」
「オイコラ! 旦那も便乗してんじゃねーよ!」
ジークが何者かと言われたので、本人に代わり馬鹿者と答えた俺。俺の言い分は寸分たりとも間違ってないはずなのにジークが憤慨している。シュトルムはどうやら獣という言い分である様だが……似たようなものだ。
しかし、馬鹿者と言われるのと獣と評されるの……一体どっちの方がマシなんですかね? 比べたことないから判断に困る。誰か判断プリーズ。
てかさ、ジークが何者かなんて今は別にどうでもいいんだよ。俺にはジークの今の発言の方が気になるくらいの驚きを覚えているんですが。
ジーク君……君にはさっきのシュレンさんのアレが一体どんな風に見えていたというのだね? よく一瞬でそこまで分かったなぁ。その目には超スーパースローの機能でも搭載してるというのか。
恐らく、ジークの反射神経と物事を認識する速度は俺を超えている。
以前ステータスで多少勝っても苦戦を強いられたのはこの要因が大きいのだろう。ジークの状況判断力の高さの根本的な部分がこれに起因しているのはもう間違いない。
ジークの余りに突出した別次元の才能は最早……ジークに宿る魂がお三方のものであることを強く思わせる他ない。
ただそれにしても……あーあ、ジーク君また強くなっちまいやしたね。
全く、戦いにおいては1を知って10を知る化物なんですから君は。聞いただけですぐに実践投入できちゃうから手に負えないんですよね。その相手をする私の身にもなってくださいっての。
「相変わらずの早業……流石ですね。それと初対面の方への挨拶がこれなのはやはり変わっていないのですね」
「だってやると反応が面白いんスもん。……ま、今回はオイラの方がビックリさせられちゃったッスけど」
ジークがまた強くなってしまったことを嘆きたい気持ちになっている俺に、ヒナギさんらがこちらに近づいて今のシュレンさんの早業に感嘆の声をあげる。
言い方的にヒナギさんもかつて同じことをされたようで、シュレンさんは初対面の人の反応を面白がってやってるとのこと。……それ半ひったくり犯と変わらなくね?
多分殆どの人はシュレンさんが何をしたかは分からないんじゃないだろうか? シュトルムは若干見えてなくもないような反応してたけど……シュトルムでそれということはアンリさんはまず分からない域のレベルだ。それだけの速度を誇る早業だったのは間違いない。
ただ、一瞬だけスキル発動時特有のエフェクトがあったから、多分スキルを使ったのだと思われる。攻撃用か補助用の系統なのかは不明だが、これが攻撃用だとしたら相当厄介な部類に入ること待ったなし……俺の予想では攻撃ではなく補助系統のスキルと見た。
だってそうじゃないと暗殺系統のスキルとか想像できんし。これが暗殺系統のスキルだったのなら納得はできるが。
「一応聞きたいんスけど……アンタが『神鳥使い』さんなら今のがセルベルティアにあったっていう宝剣ってことッスか? ピカピカしてて凄いッスね……」
「やっぱり知ってるんですね」
「そりゃそうッスよ。あの誰も抜けない剣を引き抜いた人物……本部じゃ今一番熱い話題になってるんスから」
グランドル周辺以外の認知度なんて知らなかったが、本部ではホットな話題となりつつあるらしいワタクシことカミシロさん。以前経験した「君誰だっけ?」みたいな展開はないと思った方が良さそうだ。
そこからは、他愛もないやり取りを交わすだけの……ほんの少し親睦を深める談義へと変わっていった。
◆◆◆
「まさか『鉄壁』さんがパーティを作ってたのには驚いたッスよ。いつからなんスか?」
「えっと……丁度2ヵ月前くらいでしょうか?」
「あの日からまだ2ヵ月しか経ってねーのか。俺はツカサと知り合ったのはそれよりも前だからもっと時間経ってる感覚がするぜ」
「そだねぇ……シュトルムとセシルは割と早い段階でご主人と知り合ったもんね」
「セシルさんが一番最初で、その次がシュトルムさんでしたからね」
ずっと無残な姿となった魔道具の墓場に留まるわけにもいかず、ボチボチ当初の目的通りギルドを目指すことにした俺達。俺は皆の会話を黙って聞いていた。ついでに目も瞑りながら。
会話に混ざるよりも、ただ聞いているだけの方が心地いい時もある。今はそんな気分だったのだ。
この状態では視界に入る情報は邪魔以外の何者でもない。自然と目を瞑ってしまったということは、自ずと身体が理解しているんだろう。
「それならアタシとジークさんはまだ2ヵ月未満なんだ……」
「何気落ちしてんだお前は。このパーティに一緒にいた時間とか関係ねぇだろ、冒険者ですらねぇ俺がそもそもパーティにいんだぞ? そこらの常識に捉われてんじゃねーよ」
「えっ!? アンタ冒険者じゃないんスか? どっかの名のある冒険者とかじゃなく……?」
「あ? その通りだが? 一般人だ俺は」
お前が一般人なわけあるか。どの口がほざいてんだよ。
「……」
ジークの冗談は鼻で笑ってやりたくなったものだが、俺らが出会ってからの時間を思い返す会話は俺も当事者であるために聞いていて楽しい。
耳を傾けることに意識を更に向けるが――。
「ツカサ、ちょっと…… 」
すぐ間近から、気が付けば会話に混ざっていないもう1人の人物の声が聞こえてくる。――セシルさんである。
セシルさんは俺にさり気なく用があるかのようにこっそりと皆に悟られぬように近づくと、小さく告げ口をしてくる。俺はセシルさんのこの話し方が何を言いたいのかがすぐに理解でき、早々にその意図に合わせた返答をする。
「どうだった?」
「多分害はない人。人並みの心はしてるように私には見えるよ」
「……了解。ありがと、力使わせてゴメン」
「ん、いくらでも使っていいから。皆を守るためなら使うべき」
「……」
人並みの感性してたら挨拶でいきなり盗みを働くとは思えないけど、セシルさんの判断基準的にそうならそういうことだろう。シュレンさんも本気でエスペランサーを盗もうとしてるわけじゃないのは間違ってないだろうし。
今、セシルさんは自身の力を使ってシュレンさんの心を覗き見して俺に報告した。
これはボルカヌに向かう前にセシルさんから提案されたことでもあるが、Sランクは厄介な者が多いから心を見てある程度見切りをつけるべきと言われたためだ。
セシルさんの力の前では表面的な嘘は全て見透かされる。短期間しか時間がないのであればこれがほぼ一番確実にその人物を判断する基準にはなると言われ、この手段も活用する手筈となったのだ。
平然とセシルさんの向けてくれるいつもののんびりした表情が想像以上にキツイ。
なんでこの提案を受け入れてしまったのかと後悔を抱く自分と、むしろこれで良かったと思う自分がいることに尚の事後悔は増す。
人をこのような形で安全かどうかを判断し、しかもその力を使うことを嫌っている仲間にやらせている俺は屑だ。向こうからの提案とはいえ、それに甘えたのだ俺は。そこに情状酌量の余地などない。
イーリスでの災厄の日に、俺の心にはある変化が現れたそうだ。
信じられないことに、それまでは俺の心は何故か綺麗だったらしい。そしてその嘘くさい綺麗な心がハッキリと汚れたとのことらしいが……まぁそれも当然だろう。現に仲間を利用し、復讐に駆られてるだけの奴の心など綺麗なわけがない。
――だが、もう後に退くことは許されないのも事実だ。
セシルさんからもたらされる情報を決して無駄にはしない。これ以上不必要に覗き見をさせるようなことにはならないようにしなくてはいけない。
それが今セシルさんが俺に向けてくれている表情に対する、俺にできる最大限の心遣いだ。
シュレンさんはどうやら悪い人じゃなさそう、か? ちょっとクセはありそうだが。
しかし、できるだけ早く出会いたかったSランクの人との接触はある意味幸運だったかもしれない。幸先がよくて何よりである。
嫌気と今後への期待が高まったりと……俺の内情は複雑だ。
招集日までの一番の難題はセシルさんへの罪悪感かもしれない。
次回更新は多分一週間は必要になります……多分。
※6/11追記
次回更新は明日6/12です。




