278話 いざ招集地へ
今回は説明回のようなものです。
本当だったら自然な流れで物語に組み込めれば良かったんですが……すみません。
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ボルカヌ大陸……そこはドワーフを始めとした種族が集い、物造りが非常に盛んな大陸として有名である。グランドルの冒険者ご用達の武具店、そこの店主であるベルクさんが数年修業を重ねた場所でもあり、鍛冶師にとっては聖地のような場所である。
ボルカヌ各地にそびえる山々は地殻変動が活発している影響で時折噴火し、麓に住む者達に大きな被害をもたらすものの、噴出したマグマと鉱物を天然の恵みとし、ボルカヌに住む人々はそれを有効利用することで生計を立てていると聞く。
火山から噴出する鉱物の中には、高ランク冒険者が武具に用いるミスリルやダマスカスを始め、アダマンタイトといった希少な鉱物が多く含まれていることも有名であるらしい。
過去に実際にあった逸話には、あの超希少性が高いアルテマイトがなんと雨の如く空から降って来たというのだから驚きだ。
俺が汗水を流してひたすら採掘場で掘って探していた苦労を返せと言わんばかりである。
まぁ俺のそんな恨みがましい文句はともかく。
少なくとも、全大陸で最も良質な鉱物を大量に手にすることができる土地柄、そしてマグマの熱を最大限に利用できる環境がら、製錬や採掘に適した場所とされ、ボルカヌで作られた武具や魔道具の価値はそれだけでブランド物である。
同じ型、同じ性質の武具は世界中に流通しているわけだが、製品に使われる素材の元々の質が高いのだから、同じものでも皆ボルカヌ産に飛びつくのは至って普通であるし、それに加え最高の技術の粋が結集した場所で武具や魔道具が造られているのであれば、それだけで注目度は高くなるのは必然だ。
昔から今に至るまで、鍛冶師から武具と魔道具を求めた者も集う場所として、物流と技術の非情に豊かな大陸となっている。
今回、冒険者ギルドの総本山がボルカヌのオルドスという場所にあるということでSランク招集地がここに決まり、否応なしに行くことになったわけだが、招集日当日までまだ10日間の時間がある。
俺達が割と早い段階でボルカヌに向かうことに決めたのは、早めに行く理由が2つあったりするからである。
まず一つに、召集前にヒナギさんに新たな刀を打ってくれるかもしれない……とある人物に会うということ。
ヒナギさんがこれまで使っていた愛刀は、イーリスでの防衛戦の時の馬鹿デカいトゲ亀との戦いで、それまでの役目を終えて真っ二つに折れてしまったそうだ。
ヒナギさんが刀も必要のない新たな力を得たといっても、その大元となっていた愛刀の欠如は問題である。熟練者であればある程に、常時帯刀していた感覚がないのは違和感として心に巣食うだろう。
たった少しの違いが戦いで影響してしまう状況は避けたい。出来る限りの最高のパフォーマンスが発揮できるように努めることは最早義務にも近いと思うから。
何より、個人的には刀を持っていないヒナギさんはヒナギさんではないという気もするというのが実情である。
早急に新たな刀を用意する必要があると考えた時、もしかしたらと……ヒナギさんの口から挙がった人物がジルバという人だった。
このジルバという人がなんという偶然な事なのか、ベルクさんのお師匠様であるから驚きだ。高齢の方でいるらしいが、ボルカヌでも5指に入る腕前をお持ちの鍛冶師なんだとか……。
なんでも、気に入った者にしか武具を造らず譲らずの精神をしているらしく、ヒナギさんはジルバさんの御眼に当然の如く適ったらしい。ヒナギさんの愛刀はこの人が打ったものではないが、ヒナギさんの愛用していた刀の扱いに心惹かれ、入用の際は申し出ろと……以前の招集で言われていたらしい。
既に頼りになりそうな宛があることには驚いた。だが、俺はもっと驚かされることになる。
それは、なんとジークもその人物と関わりがあるというのである。以前皆で魔力循環の練習をした際のちょっとしたやりとりの最中では名前が出てこなかったが、名前を聞いて急に思い出したらしく懐かしそうな顔でジークもその時のことを語っていた。
『ノヴァ』の勧誘を受ける前、ジークは強者を求めて各地を転々としていた時期があったそうなのだが、ふらっとボルカヌに訪れた時に何の気まぐれか、オルドスにあった武具店に入ったそうだ。その時、店主であった人から多く語ることもなくただ一言、『持っていけ』……と盾を譲り受けたとのこと。
どうやら、この人がジルバさんだったようである。
ジークの戦闘スタイルは変幻自在の超攻撃的なもの。ジーク曰く、盾を譲り受けるまでは守る意識を持ったことなど全くと言っていい程になかったらしく、そのきっかけを与えてくれたジルバという人物には興味を惹かれたと言っていた。
ヒナギさんは3年前くらいに一度あった招集の時にジルバさんに丁度会っているが、ジークはそれよりも前であるそうだ。ジルバさんがジークのことを覚えているかは不明だが、ジークは盾を持っていたことで九死に一生を得たお礼を言いたい気持ちがあるらしい。
……その九死に一生の出来事とは、俺が放った『スターダスト』のことを言っているのだと思われる。それ以外思いつかん。
あの一撃で沢山あった盾を全て駄目にしてしまったし、そう思うと俺はジルバさんに会いたい気持ちよりも避けたい気持ちが強くなったりしてしまって微妙な心境だったりする。
だってホントどんな顔して会えばいいのさ。ジルバさんが造った傑作を使い物にならなくした奴だよ? それともアレか、『ゴッメ~ン、俺が壊しちゃった☆』とでも言えばいいのだろうか?
……あらヤバい、顔面をハンマーで粉砕されそうな未来しか見えないわー。でもそうしたら顔面整形できたりすんのかね? それはそれで……いや全然良くねーわ。
え~……まぁそれについては後で考えるとして。
あのジークに攻撃するための武器を与えるのではなく、自身を守るための盾をピンポイントで授けるのは確かに不思議なもので、ジルバという人に俺も興味を惹かれるところである。
攻撃は最大の防御と言うが、予期せぬ相手と遭遇した際の手段として防御手段を準備しておくに越したことはない。ジークはただでさえまともな防具を身に付けたりもしていないのだから。
ジルバさんが職人ならではの眼力を持っているのは間違いない。ベルクさんの師匠ならば尚更と言えよう。
ヒナギさんの刀を打ってもらう、ジークがお礼を言う。その2つが叶えば一先ずはいいだろう。その間俺は知らぬ顔をしてふらふらしてればいいだけだ。
ちなみに余談ではあるが、ジルバさんが相当な腕前を持っていることから、その弟子のベルクさんの腕も相当なものであることは想像がつくかと思われる。実際、俺は武器を作って貰ったりしているから心底ベルクさんの腕前を信用しているわけだが。
以前ヴァルダからチラッと聞いたことがあったのだが、ベルクさんがグランドルで出店している店はぶっちゃけ破格の値段すぎるらしい。勿論安すぎるという意味で。
ジルバさんの弟子だからとかではなく、純粋にベルクさんの持つ技術は高いのである。ドラゴンの素材を使って武器を作り出す技術を持つ者はそうそういないわけで、その技術を持ったベルクさんが造る武具の性能が低いわけがない。
しかし、高い技術を振るって造られる武具の価格は一般的な武具店となんら遜色がなく、正直な話俺が最初に訪れたお店がベルクさんのお店だったのは幸運だったと断言できる。
……その質の良い武器を破壊しまくった俺、そのこともジルバさんの反感をかな~り買いそうである。
と、とにかく! だから、俺がこれまで運が悪かったのは既にこの時点で運を全振りしてたからなんじゃないかなーとか思ってたりします。だってそうじゃないと流石におかしいもの。
1つ目のやりたいことはざっとこんなもんである。
そして2つ目に、事前にSランク冒険者達との接触を図るということが挙げられる。
俺達同様、割と余裕を持ってボルカヌに来る人は少なからずいるはずだ。流石に曲者揃いのSランカー達であろうと、まさか全員が遅刻魔という線は考えにくいし、その者達となるべく早めに接触して出来れば招集の事前に話を通しておきたいことがある。当日にやらかす騒ぎを少しでも最小限に抑えたいという狙いの話が……。
ただ、それはあくまでも願わくばである。計画を企てたところで上手くいく保証はどこにもないし、俺はSランクとしては新米の顔も知られていない若造にすぎない。相手にされないか鼻で笑われるか、大方どちらかになる可能性は高いと見た方が良い。
そのため、曲者揃いと聞いているからこそ最悪失敗に終わっても構わない気持ちではいるので気楽ではある。何故なら、その時はその時でその人達は見捨てればいいだけの話だからだ。話を聞かなかった人は『ノヴァ』に殺されてサヨウナラ……それだけである。俺は忠告はしたという事実を残せればそれでいい。
『ノヴァ』達の目的である強き魂の収集を見過ごせない理由もあるが、何より人として出来る限り助けられるようにはしたい気持ちは、俺の中にまだ当然あるにはある。しかし、それで自分達が手に負えない事態に巻き込まれるのだけはもう許容できない。ただでさえイーリスでは皆を死と隣り合わせの状況に俺が陥れてしまったのだから。『夜叉』の時も一緒だ。
一応、俺は皆のリーダーなのだから、皆の命を守ることが最優先である。今の俺があるのは皆のお蔭……俺の源とも言える人達に尽くしてこそ俺は俺でいられる。
以前までの俺ならば傲りとも言える慢心で皆を……誰もを助けたいなどと思っただろう。考えなど皆無の感情論に駆られ、無鉄砲な行動に走ったかもしれない。――だが今は違う。全員を助けるのではなく、助けられる人は助けるの精神でいなければもう無理だ。
俺に全ての人を守る力なんてない。異世界人? それこそ鼻で笑ってやりたいくらいにどうでもいい要素だ。
Sランクでは『執行者』達には敵わない。せめてそれくらいは理解してもらえればいいんじゃないかな。
以上の2つの点を主な理由に、少し早めに出立することに決めたわけである。
しかし、また遠出をすると別の不安要素も生まれてしまうのは避けられない。……そう、グランドルの安全性はどうなのか? ということである。
やはり、グランドルだけは俺にとって特別な思い入れのある街なのだ。明確に、皆同様に何が何でも守りたいと思えてしまう。
勿論イーリスにはリーシャやハイリだっているし、セルベルティアには姫様やランバルトさん、学院長達だっている。守りたい街を挙げたらキリがなくなってしまうが、俺にとっての一番はやはりグランドルなのだ。
そのため、イーリスやセルベルティアがこの前襲撃されたということを踏まえ、一応ヴァルダに何かあったらすぐに連絡を寄越して欲しいとお願いしようと思ったのだが……どうやらヴァルダは暫くグランドルを離れる用事があったらしい。俺が店に顔を出したあの日以降、ずっと不在で会うことは出来ず、結局約束を取り付けることも出来なかったのが少し痛い。
アイツ……一体何処行ったんだろ? なんだかんだ毎回遠出する時は書置きとか前もって連絡があったりしたんだけどな。
今回も一応ヴァルダの店に書置きはあったんだけど、『残念でした、行先は内緒ですぅ』としか書いておらず、ヴァルダの行方は不明のままだ。
相変わらず地味にウザい。毎回こっちを見透かしたような下準備には感心する反面イラッとすることも多いのは最早お約束である。
そのため、代案としてギルドマスターにその旨を伝えておいたが、あの人は何かと忙しい身だから何も起こらないことを願うばかりである。
……え? 何でギルドマスターに最初頼まないでヴァルダにお願いしたのかって?
いや、決まってんじゃん。だってアイツ死んでも死ななそうなんだもん。冗談に聞こえるかもしれないけど俺割と本気でそう思ってますから。
連絡を寄越す程の事態が発生したとしたら、それだけでもう安全は皆無に近いことが殆どだろう。そんな状況になってしまった時、絶対に連絡を寄越せる信頼性のある奴が誰かと言われたら……アイツしかいない。
まぁアイツが死にそうになる、ピンチに追い込まれる状況が全く想像できないだけでもあるけど。
◆◆◆
まだ陽の出ている時間帯。俺はボルカヌ行の船内の一室で、窓の外に広がる大海原を意味もなく見つめた。風が少し吹き荒れているのか波が少し荒く感じるものの、それでも船は速度を変えることなく海原を突き進んで一定の速度を崩さない。
うん。この様子だとちゃんと定刻通り到着できそうである。
今回の船旅は前回よりも遥かに短い。イーリスと違ってボルカヌはヒュマスとは随分と距離が近い大陸であり、滞りなく定刻通りに巡行出来れば丸1日あれば着くはずだ。俺達が船に乗り込んだのが昼過ぎだったので、着くのは丁度明日の昼頃となる。
前回は約3日間という比較的長めの時間もあったせいでハプニングに見舞われたものだ……まぁキングフマナイカの出現のことだが。でも1日しかないのであれば大したことなんて起こりやしないと思う。
流石にそろそろ悪運もネタが尽きてくるだろう、いい加減。世界が俺にささやかな一時の平穏という幸せを運んでくれるに違いない。
「……寝る!」
今朝のこともあって身体は瀕死に近い身であるし、今日はゆっくりと身体を休めておくとしよう。向こうに着いてヘロヘロでは達成できることも出来なくなってしまっては意味がない。
レッツドリームワールドへ! 最近の俺のオアシスは夢の中だけだわ~。
目覚めたら真っ先に確認することは? そうだ、お二方がいないかの確認だ。その後ようやく俺の時間は始まるのだ。
昼寝の前に再度自分を守るための行動を確認し、寝る宣言をして寝床となるベッドにダイブした。
俺は僅かに揺れる船内の感覚に身を委ね、身体を癒すための深い眠りについた。
次回更新は日曜です。




