275話 飛び出す愛、飛び込むも愛
◇◇◇
一方は快活に笑い、もう一方は憤慨している光景が始まってからかれこれ数分は経過している。
全国のお子さんのいらっしゃる皆々様に、今私めはこうならないようにしてくれと忠告したい。
う~む、親子の形って色々あるんだなって心底思いますた。
もっと色々と言いたいことはあるんだけど、まぁそれは今はいい。取りあえず、あーあ、早く説教終わんないかなぁ――。
「それよりも――ツカサ?「っ!?」ヒナギさんと一緒のお風呂に入ったなんて話……アタシ聞いたことないんだけど? どーいうことか説明してくれる?」
おっふぅ、終わらなくて結構でしたぁ。
ずっとポツンと、一人除け者にされたみたいに黄昏ていたのだが、自分に風向きが変わったらしい。俺の苦手とするアンリさんのアレが発動したようだ。背筋を伸ばして緊張感に襲われる。
くっ……やはりそこの会話は聞かれていたのか……!
トウカさんが俺とヒナギさんが裸の付き合いをしたと言い出した時点で、何か嫌な予感はしていたのだ。そのあとすぐにアンリさんとヒナギさんは駆けつけてきたし、聞かれていた可能性は高かったが……やはりか。
あわよくば何も聞かれずに事が終わればいいなと思っていたが、運の悪さに定評のある俺には回避は無理だったようだ。この時点で勝敗は確定していると言っても過言じゃない、情けない話だが。
「いや、これには深~いわけがありまして」
「深い? それはお互い深い関係になったってことを言ってるの? それもずっと前から……」
「ハハハ、俺がチキンなのアンリも知ってるでしょ?」
ちゃいますちゃいます、当然と言えば当然でもある深読みのしすぎですよ。私がそんな大胆な行動に出れる訳ないじゃないですかー。不可抗力でしたよあの状況は。
俺が事実であり苦し紛れでもある言い訳を述べても、アンリさんの笑顔が収まる兆候は全く見られない。負のオーラを身に纏った鬼神様は、まるで魔物みたいに放置できぬ威圧感を無秩序に振りまく。
席の端に座っていることもあって俺は逃げることも出来ず、せめて視線だけ逸らすことで必死の逃げの姿勢をすることしかできない。
「アンリぃ~……」
アンリさんが標的を俺にロックオンしたことで解放されたのだろう。それまでの標的であったお父様が名残惜しそうに手を一瞬だけアンリさんにか弱く伸ばしている。
アンリさんに怒られることも親子のコミュニケーションのように感じているこの人のことだ。きっと構ってくれないことに不満を覚えているのだろう。
あり? なんだかお父様が悔しそうに俺を見ているではないか。
別に取ったわけじゃないんですよ? アンリさんが自発的に近づいて来たんですもの。これもまた不可抗力です。
でも言わせてもらうなら……悔しいのぅ悔しいのぅ? お宅の娘さんはいただきいていきまっせ(震えながら)。
自分に危機が迫ろうと、そんな時でもいつものようにアホなことを考えるのが俺である。何事もポジティブに考えるに尽きるというもの。
だから鬼神を前にいい度胸をしているのは重々承知の上で、俺はさり気なく、俺ではなくヒナギさんも関与していると思わせるように、ゆっくりと目線をヒナギさんの方へと向ける。すると向こうも俺の救援を求める視線に気が付いたのだろう。責任感の強いヒナギさんなら必ず察してくれるはずd――。
「っ……!」
えぇえええええ――っ!?
コラ! 顔赤くして逃げないでくれよ!?
あの時堂々と俺の入浴中に乱入してきたというのに、ヒナギさんは俺と目が合うと恥ずかしそうに視線を逸らした。
傍らで薄い笑みを浮かべているトウカさんがなんともいじらしい。今俺が笑ったら間違いなくアンリさんの怒りをもっと買うだけだ。
つーかアレって俺じゃなくてヒナギさんが原因じゃん!? なんで俺がこんな理不尽な目に遭わねばならないんじゃ!
恥ずかしがってる姿も……まぁ確かに可愛いから許してあげたくなるけど! だからといって見逃したりしませんからね! プンプン!
「ツカサ、正座」
「え、えっとぉ~「正座」……あい」
一番の主権を握るアンリさんには敵わなかったよぉ……。
有無を言わさぬ圧力を前に、座っていた椅子の上で正座をせざるを得なくなる俺。床でしなかっただけまだマシだろう。
少しだけ視線が高くなり、隣に座るトウカさんと同じに見えている景色は……うん、何もさっきと変わらないッスね。上から見える景色は全然違うとかいう話をした奴は今すぐ出てこいや。
「ひ、ヒナギさ~ん「そうやってヒナギさんに助けを求めない!」……へい」
この流れはマズいと悟り、果てにはヒナギさんに声を出して救援を求めるも、付け入る隙が見当たらない。アンリさんはそれすら許してくれない鬼っぷりを見せてしまう。
今の俺に言うことは全て意に介さないと言った具合だ。聞く耳持ちませんモードというのが正しいかもしれない。
「お父さんも! まだ言いたいこといっぱいあるんだからね!」
「あ、うん」
『うん』じゃねーよ、真顔で即答するな。そこは『もういいだろう?』って言うとこだろ。
向かい合っているお父様と店内で正座しているという意味の分からない状況になると、アンリさんは俺ら2人同時に、器用に言葉を吐きだしていく。それをしっかりと聞きながら、俺とお父様アイコンタクトで密かに会話を試みる。
……余談だが、この世界ではアイコンタクトが出来ないと致命的すぎる気がする。
『お父様、お宅の娘さんちょいと過激すぎやしませんかね? ここ最近特に凄いんですけど』
『アンリはソフィアに似ているから仕方ないよ。でも、これが可愛いんだから小さな問題じゃないか。嫉妬するよ全く』
このクソ親父めぇ……! これを小さいと言えるなんて脳みそ腐ってんのか。小さかったら今こんな状況になってねぇよ。
『ちなみにだが、ソフィアと一緒とするなら……好意を抱いている気持ちが強い程にアンリのコレは過激さを増すよ。僕の時は……いやぁ、凄まじかったなぁ~エヘヘ』
嬉しそうに言うな! 愛されてるからこそなのは分かるが、それって見方を変えればまるっきりドMなのと変わらんじゃねーか!
こわっ!? お母様の血こわっ! Sの血が強いのか。
『いや、好意を持たれてるのはすごく嬉しいんですけどね、でも時と場所を考えてほs『だから思う、今後もっと凄くなっていくんだろうって』
えぇ……まだ序の口なんですか、ちょっと聞き捨てならないんですけどぉ……。
『嘘でしょ……もっと過激になるとか……』
『いいじゃないか、それだけアンリが君に対して本気ってことなんだから。僕としては……認めたくないけどね』
『あ、さいですか。はぁ……マジか』
少しはまともになったと思ったものだが、やはり根がまともじゃないから無意味な期待であったらしい。お父様の言うことには不安が募らされる一方だ。
まさかついさっきキレた人とこんな会話をすることになろうとは……。世の中何があるか分かったもんじゃないな。
昨日の敵は今日の友と言うが、そんな比じゃない。ホントついさっきまで敵対していたのが嘘のようである。
『でもずっとこうしてるわけにはいかないですし、何か状況を一転させる方法とかないんですか? 正直な話、俺はお父様と話しに来たのであって、こういうことは望んでなかったんですけど……』
今更だが、最初の目的から大きく逸脱しすぎている今のこの状況は少々いただけない。色んな人の介入でゴチャゴチャしてしまったのは分かるが、一度収拾をつけるべきだと俺は思う。
だからホラ、父親なんだからアンリさんの弱点を教えなさい。それ実行するから、はよはよ。
『う~ん、確かにそれはそうだね。ただ、一度スイッチ入ると止まらなくなるからなぁ』
アンタがそれを言うな。何他人事みたいに言っとるんじゃ。
『自然に止まるのを待つのが一番いいんだけど』
待てるか。それ以前にお店に迷惑掛けてるの忘れてないかオイ。
『…………あ、でもいいこと思いついたよ。うん、これなら……』
『なんですかそれ!? 教えてください!』
内心で悪態をつくのがもっと続くかと思ったところで、案外早くも希望の光が見えてきたようだ。
アンリさんを止める方法を早く聞きたい衝動に駆られ、目に力が強まったのが自分でも分かった。
『その前に、一つ確認させてくれ。君は……アンリが好きだと確かに言ったね?』
『ハイ。言いましたけど』
『その言葉に、二言はないね?』
『っ、当たり前でしょう。じゃなきゃここに来てないですよ』
『それなら……誠意を見せてはくれないか? それができたら、僕はもう何も言わないよ。アンリが君のことを好きなのは昨日と今怒ってるので十分分かった。だから今度は……君の番だ』
『っ! その方法は……?』
お父様と交わしていた視線に変化が生じた。それまでの茶番染みた雰囲気はなく、あのお父様の本気の会話を初めて聞いた、いや感じたような気がした。
元々俺は誠意を見せるつもりでこの場には来たつもりだ。少々誠意とはかけ離れた暴挙に出てしまいこそしたが、今はもう、その気持ちを取り戻している。
方法がどんなものかは知らないが、やってやろうじゃないか。
あと、誠意云々も貴方に語る資格はないと思わr……ゲフンゲフン。
◆◆◆
「ちょっと2人共、聞いてるの!?」
お父様から方法を聞いて少し戸惑いはあったが、腹は括った。
フフフ! アンリさん、かましたるぜぇ……!
見せてやるよお父様、俺のアンリさんへの誠意ってやつをなぁっ! らしくないことをするからちょっとヤケクソになってるのは大目に見てくれ。
「……」
「え、な、なんです?」
痺れてきた足を堪えつつ、正座を解いて席を俺は立った。隣に座るトウカさんも俺達のアイコンタクトの会話を聞いていたのか、それとも何かを察してくれたのかは分からないが、すぐに俺が動けるように席を退いてくれた。
トウカさんに感謝しつつ、そのままアンリさんの目をジッと見つめる。
「えっ、ちょっと……え? え?」
俺がいきなり行動に出たことに戸惑いがあるのだろう。アンリさんは少し身構えたように身体を強張らせているが、俺はそんなことはお構いなしに距離を縮め、アンリさんの両肩を押さえる。至近距離でアンリさんが目をパチクリさせているのがよく分かる。
俺の小さな手でもしっかりと押さえつけられる程の華奢な肩に、保護欲がそそられるのを内心では感じていた。
「アンリ、アンリが怒る気持ちは分かる。でもこれだけは分かって欲しいんだ。俺は……アンリが好きだ「へ?」大好きだ、超好きだ」えっ、えっ!?」
「この気持ちに嘘はない。アンリが俺を好きでいてくれるのと一緒なんだよ。……確かに俺はヒナギさんもアンリと同じくらい好きだよ? でもさ、アンリは俺が初めて好きになった人で、やっぱりそこは特別なんだよ」
「ぁ、ぅ……」
矢継ぎ早にアンリさんへと想いを伝え続ける俺。
恋はいつでも突然にというのなら、告白だっていつでも突然なのも当然じゃなかろうか? ……あ、はい。そりゃ無理があったかもしれないわ。さーせん。
でも、今俺がこんなことを言いだしたのかについても、ちゃんと理由というものは存在する。
誠意を見せろと言われたのもあるが、お父様曰く、一度歯止めを利かせるにはアンリさんの予想を超える発言をし、アンリさんをテンパらせるのが一番だという。
いかにアンリさんと言えどもそこは常人と変わらないわけで、誰だって理解追いつかぬことを言われたら思考が一度停止する。今回の場合だと、アンリさんの羞恥心を利用したことになる。
ただ、これって俺にも甚大な被害が発生するわけで、さっきから身を捩りたいくらい恥ずかしい想いを抑え込んでの決行だったりするのだが。
俺だって常人なんだからそりゃハズいですわ。俺のピュアすぎる心にはちょいと刺激が強すぎるなんてものじゃない。
ちなみにこんな大胆に想いを告げたことなんてこれまでの一度もないし。
まぁ、お父様から聞いたことを元に俺が考えついた、この場の収拾もできて誠意も見せつけられる一石二鳥? の手段……それがコレだっただけです。
「な、な……!」
俺の思惑通り、アンリさんは顔を真っ赤にしてワナワナと震えていらっしゃるご様子。俺の言葉がめちゃくちゃ効いている証拠だ。
一先ずミッションは成功したと見てもいいだろう。
でも、俺も成長してるなぁ。前だったらこんなこと絶対やらなかっただろうし、愛ってホント偉大だわぁ。
愛さえあればどんな危機だって乗り越えられる。そんな気さえする。
「だからさ、今回のことh「ば、馬鹿ぁあああああっ! 「ぐふっ!?」こんな大勢いる前で告白とか恥ずかしいからやめてよ!」
なん、だと……!?
作戦は終了したと思って油断したところに、思わぬ反撃を食らってしまったようだ。
アンリさんの鉄拳が俺の腹に一撃を見舞ったらしく、鈍痛に顔を歪めてしまう。しかも鳩尾である。一瞬吐き気を感じたくらいだ。……冗談でもなくガチで痛い。
俺はそのまま、自分の身体が望むままにアンリさんの足元に蹲ることしか出来なくなった。
「な、なん、で……?」
「そうか……君は、僕の試練を乗り越えてしまったか。これは、認めざるを得ないか……!」
床に蹲っていると、脇からお父様の声が聞こえてくる。実に悔しそうな声だ。しかも涙まで流しているのか、目元がキラリと光っている。
は? 意味分かんねぇんですけど? こっちは死の瀬戸際を乗り越えそうだよこの野郎。
折角恥ずかしいの堪えて突拍子もないことをしたのに、なんだこの仕打ちは。アンタからこんなことは聞いてないぞオイ。
お父様から聞いた情報を元に実行しただけに、この展開にはお父様に非があるのではと感じている俺は、お父様を睨みつける。
すると――。
「あとゴメン、言い忘れてたよ。やりすぎは駄目なんだ。微妙な加減が必要なんだよ」
その情報言うの遅ぇ! 早く言え! やっぱり信用するんじゃなかった……!
「ツカサ殿」
「は、はい?」
「スマンが、それをヒナギにもやってくれまいか?」
「えっ!?」
えぇええええええええっ!? 何この羞恥プレイの連チャン!?
俺もうお家帰りたい!
お父様の重要情報の伝え忘れに恨みがましい視線をぶつけていると、今度は別のお父様が俺に攻撃し始めたようだ。上を見上げればトウカさんのとびっきりの笑顔。トウカさんの容赦のない要求には何かの冗談かと思ったのだが……冗談なわけがない。親ばかとはそういうものだ。そしてトウカさんはそんな人だ。
ヒナギさんもまさかこの流れで自分に矛先が来るとは思っていなかったらしく、アンリさんみたいに大層驚いて慌てている。
な、なんでこうなったし……。
確かに俺が招いた結果なのは認めるけどさ、それにしたってちょっとおかしくね? ここにいる人達ってやっぱりどこか頭おかしいとしか思えん。
まさかとは思うが、俺って結構まともな部類に入ってたのか? 今までは結構茶化して言ってたけど。
でもまぁとにかく、当初の予定通り、やはり一筋縄ではいかなかった、ぜ……。
だが誠意は伝えられた。今はその結果に満足するとしよう。後は野となれ山となれ、だ。
ちなみに後日談にはなるが、この俺の行動は全て店員たちに当然終始見られており、ちょっとした話題になったそうな。
俺が思った以上に迫力ある告白だったらしく、愛を叫ぶ店として、客足が遠のくどころかむしろ増えたことで逆に感謝されたのは……運がいいのか悪いのか。
少なくとも、街を歩く時に好奇の眼差しがこれまでよりも一層増えたのは確かである。
中途半端な出来での投稿申し訳ありません。
次回更新はGWくらいです。
※追記 4月27日
次回更新は4月29日です。




