267話 確証
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お父様との決戦当日、正午前――。
やり残していたことを消化するために、俺は面倒ではあったもののヴァルダが構えている店へと現在単身やって来ていた。
「邪魔するぞ~」
「ん~?」
やや古ぼけて年月を感じさせる店のドアを叩いて中へと入ると、この店の経営主であるヴァルダの撥音が聞こえてくる。
大抵ヴァルダは店にいると思って約束もなしに訪れたわけだが、案の定いたようである。
店内は以前来た時とあまり変わっていないようだった。あまり綺麗とは言えない、決して広くはない部屋が、数多の物量によって圧迫されているような店。
店内にある来客用の机には、お客に対して寛いでもらう狙いがまるでない、サービス精神の欠片もない有様だ。いつかも分からない号外から最近に至るまでの号外が散乱しており、ここらの地域では発刊されていない種類の号外まである。ヴァルダは地球で言うところの新聞の要領で、この取り寄せているらしい号外を日常的に読みふけっているそうだ。
他にも、店のカウンターの背面に構えられた大きな棚には大小様々な大きさの本がギッチリと詰め込まれ、本の間にはおびただしいくらいの栞がこれでもかと言う程に一冊一冊に付けられているのは……正直圧巻だった。
普段の言動からはとても想像もつかない、仕事に対する執念に近い徹底ぶりを見た気がしたからだ。
ヴァルダの店は、グランドルの裏路地にある薄暗い区画にポツンと存在している。人気の無い場所を選ぶのは情報屋というあまり表立つことのない職業柄の表れではあるが、それと比例してそういった場所は犯罪率も上がる傾向がある。
グランドルであっても、兵士が駐在して犯罪者を放り込む牢屋が存在している事実があるのだ。良からぬことを考える者は少なからずいる。
そしてこのヴァルダの店……なんとロクなセキュリティを施していない無防備っぷりなのだ。最初は流石に目を疑った。
情報など簡単に盗める。当初はそう思ったものだが、聞けば本は全てヴァルダ本人にしか分からないように内容全てを暗号化されているらしく、その心配はないのだそうだ。試しに俺がかなり前の情報が記された本を一冊手に取って読んでみたが、ただのヴァルダの変態日常日記にしか読めなかったくらいである。独自の暗号化を施されてしまっていては、盗み出したところで意味はないということだろう。解読がもしできるなら相当な痛手ではあるが、されない自信があるらしい。
暗号化が変態日記風なのは一先ずおいておき、ヴァルダの才能を垣間見たものである。
ヴァルダと俺の年齢は同じだ。それなのに、一体どれほど情報を収集することに時間を費やしたのかを問いたい程の量。ヴァルダの隠れた苦労が計り知れない。俺がこれまで読んできた書物はその何百、何千分の一程度に収まるかどうかも怪しい。
この全てが、ヴァルダの歩んだ歴史であり人生そのものだと思ったもので、俺は自分が生きて来た時間をちっぽけに思ってしまう惨めさを味わった気分にさせられたのは、今ではもう懐かしい。
「おぉ、ツカサじゃないか! おはようダーリン。今日の昼に一大決戦のはずだろう? アンリ譲との作戦会議はもう終わったのかしら?」
店に訪れた客を俺だと認識し、営業スタイルはどこかにすっとんだのだろう。変態エンジンのギアがやや高めな口調で、ヴァルダはギルドにある受付カウンターに座って俺へと挨拶をしてくる。
ただ、俺以外の人には案外まともな対応をしているという噂だ。……何故だ。残念にも程がある。
「いや、全然。でもアンリはお父様をぶっ潰してくれだってさ。そんな命令はもらってる」
「これはこれは、過激発言キマシタワー。命令とか……それは凄い。アンリ譲も母上同様に容赦がないみたいだな?」
「聞いた限りじゃそうらしいな」
アンリさんの徹底的に父親を潰して欲しい命をヴァルダに伝えると、アンリさんのお母様のことを元々知っていたヴァルダは心当たりがあったようだ。苦笑して額に手を当てている。
アンリさんのお母様……どうやら名前をソフィアと言うらしい。お父様が昨日アンリさんとファイティンしている時にそんな名前をふと出していたから予想はしていたが。
中々にアンリさんはソフィアさんの血が濃いらしく、容姿は勿論、行動も似ていると過去話を交えてアンリさんから昨日聞いており、性格はかな~り似ているとのこと。
「しかし、潰すにしたって強引な手に出るわけじゃないだろ? お前はそういうの苦手だし、何か策はあるのか?」
俺が過激な手に出る想像がつかないのか、ヴァルダは俺がどうするのかが気になるようだ。
確かに、敵と認識した相手にはもう容赦しないつもりではあるものの、身内の人達にも容赦しないようには俺は見えないのだろう。これまで穏便に事を済ませて暮らしたつもり(降って来た火の粉は別)だし、その認識は浸透してしまっている。
実際、それは間違っていない。今回俺は、過激と呼ばれる手段には出るつもりはない。
「策なんてのはないさ。でも、精神誠意真っ向からぶつかる覚悟はある。俺にできんのはそれくらいだ」
潰せという命令を下されても、潰すのには様々な手段があると俺は考えている。今回俺はお父様と対決するにあたり、俺の気持ちで潰そうと思っている。
結果的に、俺がお父様を言いくるめられればいいのだ。それが俺の勝ちだと思うし、あの親ばかをそうさせるだけのことができれば潰したも同然だろう。
アンリさんが冷徹で満足できない、物理的にもっとやれと言われたらちょっと焦るけど、流石にそんなことを言う娘じゃないはずだ。……多分。
「おっほ、男らしくて素敵じゃないか。アンリ譲のこととなるとツカサって時々馬鹿になるよなぁ……若いっていいわぁ。甘じょっぺぇ」
「うっせ、同い年だろうが。大真面目に言ってんだぞこれでも」
「スマンスマン冗談だよ。……ま、後日報告を楽しみに待ってるぞい」
「おう、待ってろ」
俺はヴァルダの激励と冷やかしの混じった洗礼を受け、結果を楽しみにしてろという意味を込めて強気に返答する。
自分でも恥ずかしいこと言ってんのは分かってるっての。でも、それが一番だと思ったことなんだから自信を持って言わない方がおかしいってもんだろ。
ここで弱気になってたら、とてもあのお父様には気持ちで勝てるわけがない。
さて、前振りはこんなもんで十分だろ。さっさとここへ来た用件を済ませてしまおう。
「……で、どうしたのよ一体?」
ヴァルダとて俺がここに意味もなく来たとは思ってはいまい。ようやっと本題に入れそうだ。
「どうしたもこうもあるか、お前の借金の取り立てに来ましたぁ」
ヴァルダの構えているカウンターに両手を叩き乗せ、俺は本題へと入る。
そう、俺がここへ来た理由はヴァルダの割った窓代の徴収が大半を占める。一昨日のギルドマスターとの対談で乱入し、器物破損をやらかしたこのヴァルダ。コイツに何もお咎めがないのはなんとも理不尽の極みである。
お父様の情報を提供してくれたことには感謝しているが、それもヴァルダの依頼だというしこの際関係ない。第一、この元凶がいなければギルドマスターは窓を割られることも、俺が依頼に奔走することもなかったわけで、依頼を果たすのは対談後にして別に後回しでも良かったんじゃねと思わざるを得ない。
「ちぇっ、上手く逃げ切れたと思ったんだがな……」
「逃がすかボケ」
「ケチんぼ」
「やかましいわ、手間かけさせやがって……」
悪戯がバレた子どもの様に、ヴァルダは口を尖らせて腹の立つ顔になった。相変わらずこちらのヘイト値を煽る態度は変わらないようだ。
人生を楽しく生きていそうでなによりだこの糞野郎。さっさと金払え。
俺はこの代金の取り立てを持って、未だ静かに抵抗を続けるギルドマスターに正式に堂々と依頼を一時受け付けない姿勢を示させてもらおう。代金の取り立てはギルドマスターへの貸しみたいにしようと考えている。
ヴァルダへの苦手意識が仇となったな。そうでなければ元々真面目な人だ、その日の内に有無を言わさずに請求しているはず。
「ハッハッハ! 一昨日それで大変だったそうだな? あちこちでお前の姿を見たという情報がとんでもなくてな、あの日お前がどこにいたのかと言われても流石の俺でも把握しきれん程だ。……まぁ良かったじゃないか、ギルドマスターが依頼の完全消化に喜んでいたぞ?」
へぇ、まぁあの日グランドル中を駆けまわりましたからねぇ……正直分身してんじゃねーかってくらいには頑張ったよ? お前を錯乱させる程だったって言うならなんか悪い気はしないけどさ。
「ああそうかい、お前のせいだろ全く……」
「フフフ、過ぎたことをきにしていては男が廃るぞ。……まぁ、だが安心しろ。窓はもう弁償する手続きを済ませてある。お前が借金の取り立てをする必要はないぞ?」
「は? そうなのか?」
「うむ。昨日流石に謝りに行ったからな」
オイ、ならお前は一体何がしたかったんだ? 自分が一番損してる気がするぞ……。
「お前は暫く休業の旨を街の皆さんに伝えられ、ギルドは運営を立て直した。両者共win-winで良かったじゃないか」
「何がしたいんだお前は……まぁ確かに俺はそのことを伝えられたけどさ。……なんだ、結局はヴァルダが損しただけじゃん」
「フフフ、愛しのお前のためになるなら利益はいらんぞ俺は。お前のその助けになったのなら俺にとっての利益そのもの。……それに、ギルドマスターのそれまでの焦燥に駆られた姿も見ていられなかったしな、俺からの助け舟みたいなものだ。一応良い協力関係を結ばせてもらっているお礼にとでも思ったのさ。要は一石二鳥ですん」
うん、俺のためになってないから。俺のためを思うなら何もしないで欲しかったわ。
一見自分は良いことした、良いこと言ってます感を出してるっぽいけど、俺を巻き込んでる時点で良いことじゃない。
コイツの行動原理が理解できないんだが……。俺とギルドを想っての、自己は利益にならないボランティアってか? アハハハハ、俺負債の方が大きいんですけど。そんなボランティアいらん。どうせ裏では隠された私欲に塗れてるだろお前。
あとちなみにだが、俺が皆様に暫くの間依頼を受け付けない旨を伝えると、非常に露骨な落胆をされてしまった。いつから再開? などと皆様から言われる始末で、気が早すぎるとツッコミたくなるのを抑える羽目になった。
反応が反応なだけに、一応それだけ俺が街に貢献していたという自信にも繋がったが、逆にもう少し自分達にできることはやって欲しいという密かな願いもあって、何とも言えない気持ちになったものである。
「さてさて、話はそれだけか? なら丁度俺もツカサが来てくれて良かったと思っていたんだ」
「ん?」
俺の切り出した内容をこれ以上続ける意味はないと判断したのだろう。ヴァルダはこれまでの会話を止めて、別の話題へと切り替える素振りを見せ始める。
どうやらヴァルダも俺が此処へ来たことは好都合だったようだ。何かしら別のことを伝える用事が発生したらしい。
「実は中々にタイムリーなことにな? ツカサに伝えたいことがあったんだ。とある情報を今さっき仕入れた……その利益を考えれば弁償代なぞ大した損ではないな」
「どういうことだ?」
少しずつ、だが気が付けばいつの間にか、ヴァルダの目つきが明らかに変わっていた。それはセルベルティアに異世界人だと勘付かれたことを伝える時と同じ顔で、最早別人。俺であっても仕事モードに変わる程であった。
これは……相当重要案件っぽいな。冗談抜きで。
ヴァルダの言うことは、実際間違いではなかったとすぐに分かることとなった。
「――『ノヴァ』関連でかなり有力な情報を得た」
「っ!?」
静かに、ただそれでいて力強いヴァルダの告げる内容に、俺は身体が跳ねるように反応してしまう。
胸が躍るようで……だが中身の全く違う躍動を身に覚えた俺は、無意識に身構えてしまっていた。目の前に迫る敵は見えないことは分かっているというのに、まるでそこに『ノヴァ』が存在しているんじゃないかと思うくらいに身体は反応していた。
「……今聞くか?」
「あぁ。頼む……!」
「了解した。なら腑に落ちない気持ちはこれでチャラにしてくれ」
それまでのヴァルダへの不満を失くすように言い渡され、俺はすかさず頷いた。
この際情報が聞ければ何でも構わない。藁にも縋りたい思いで『ノヴァ』の情報を心待ちにしていた俺にとって、些細なことでも巨額の金でも他の対価でも差し出す所存なのだ。ここで一時でも気を迷わせるなんてことはあり得ない。
腑に落ちないという点については、恐らくヴァルダにとってもこれが『ノヴァ』の情報を俺へと伝えた情報料の代わり替わりのつもりなのかもしれない。まぁそこは今どうでもいいが。
「お前も予想していたとは思うが、2週間後に迫るSランク招集。ここに『ノヴァ』は必ず現れる」
「……ほぅ?」
割と直近の避けられぬ舞台にて『ノヴァ』が必ず現れる。ヴァルダはそうきっぱりと言い切った。
――が、俺はそこまで驚くことはなかった。これはこれで、俺も予想はしていたことでもあったからである。それ以外であればもう少し大きな反応をしていたかもしれない。
内心ではもっと別の情報を欲したい欲求に駆られてしまったが、それは願いすぎでもあるだろう。自分の予想が真実味を帯びたとなったのなら、たったそれだけで十分な収穫と言える。『ノヴァ』が相手なら尚更だ。
不明瞭な情報に振り回されるのはまっぴらであるし、ヴァルダが言うのであれば間違いはないと信じている。
「元々ジーク曰くSランクの者達はほぼ全員が対象と言っていたのだから、こんな打ってつけのチャンスを狙わないわけがないのだがな。Sランクが一斉に集まる機会は滅多にない」
「まぁ、そりゃそうだな。俺が向こうの立場だったらそうすると思う。ハイリスクではあるが、それに見合う見返りが得られる可能性も高いわけだからな。……それに、『ノヴァ』も隠し持ってる力やら兵器がまだまだあるに決まってる。俺とジークがいるからといって手を出さない保証もないし、死に物狂いで来られたら最悪ヤバいな……」
「ふむ……。お前ともあろうものが随分と弱気だな?」
「事実に基づいた上での的確な判断と思ってくれ。……怒りに身を任せて突っ走った結果がこの前の俺だ、チラッと言っただろ? 俺は奴らよりも強い自信はあるが、何が起こるかは分からないんだ。無敵にでもなれない限りは慢心できないって」
「……まぁ、お前も人間だしな。それは懸命かもしれんな」
俺が慎重な姿が弱腰に映ったようだが、俺は弱腰になっているつもりはない。ただ、あくまで油断は一切できないと第一に考えているだけだ。一応ヴァルダにもそれは伝わったらしく理解は得られたが、人によっては馬鹿にされているかもしれない。
でもまぁ、正直俺よりも遥かに聡いであろうヴァルダが真面目な顔で言うのだから、俺の考えはそこまで悪くはないと思われる。
慎重、臆病、最早どちらでも構わない。両者のやりすぎはどうかとも思うが、不確定要素の多すぎる現状では迂闊に動いて全滅する可能性は極めて高い。攻勢に出れる確信があった時、それらを解除するくらいでいいのだ。
それに、俺とて何も対策を練っていないわけではない。皆と同様、『ノヴァ』共に後れを取らぬように準備していることがある。これを踏まえた上で俺に後何が必要なのかは……予想外の事態に陥った時、機転を利かせて対処できる冷静さを保てるかだろう。状況判断を的確にできるかが未来に繋がる鍵を握っている気がする。
「……で、『ノヴァ』の襲撃があることは分かったが、その根拠は? 今の話を裏付ける理由はあるんだろ?」
聞くまでもないとは思うが、俺はヴァルダが切り出すよりも先に自分から吹っ掛けることにした。襲撃が事実であるということの理由を……。
ヴァルダが一体どうやってこの情報を得たのかを聞き待っていると――。
「それは言えない」
「……は?」
まさかの発言が俺の耳へと飛び込んだ。一瞬目を丸くしてしまったのは……無理もないだろう。まさかヴァルダがこんなことを言うとは思わなかったし、思いたくなかったからである。
情報の正確さにうるさく機敏だと一昨日豪語した奴が、まさかそれを否定するような発言には驚きを隠せない。自身のプライドの価値を引き下げるような真似に目を疑わないのは無理である。
何か……理由があるのか? お前がそんなことを言うなんて……。
俺の視線に気がついたヴァルダは自然と察したのだろう、俺が何を言いたのかを。自分がそんな発言をすることになったことの理由を、可能な範囲で話すのだった。
「ツカサ、俺は言ったな? 請け負った依頼で確証もない嘘は言わんと」
「……そうだな。お前の誇り、だろ?」
「あぁ。だが、例え疑いの眼差しを向けられることになろうと、不本意ではあるが今回は言えない。何故俺がそんな確信を持ったのかは……今は言えないんだ。こればっかりは企業秘密と言っておく。だが……俺の言うことは嘘ではない、確実に確かな情報だ」
「それは依頼者である俺にも言えない理由なのか?」
「そうだ。例えお前がどんな手段に出ようと言うことができないし、頑なに口を閉ざさせてもらう。あれだけ偉そうに豪語したばかりで信用を失われそうなものだがな」
「……」
ヴァルダはそこまで言って、自嘲気味に笑った。こんなヴァルダを見るのは初めてである。
「お前がよく分からん奴ってのは、初めて会った時から変わらない。だが、仕事はきっちりとやる奴ってのが分かってるから……まぁいいさ。言える時が来たら言ってくれよ。……取りあえず情報は確かなんだろ?」
「それは断言する。……済まない」
何度もヴァルダは心苦しそうに謝るのみで、見ていてなんだか苛めているような気持ちにさせられてしまう。
「……なんかお前が申し訳なさそうな顔してると気まずいんだが。……と、というかアレだ。お前が嘘付いてんならジークが気づいているだろうし、悪意があるならセシルさんが気づいてるわけで……お前のしてることを咎める気にはならないっつーか、偶にはそういう時だってあるというか、な」
上手く言えない俺ではあるが、取りあえずこの態度はやめてもらいたい一心だった。
ヴァルダには『ノヴァ』関連以外でも色々と懇意にしてもらっているわけで、そんじょそこらの人達よりも随分と感謝している面はあるのだ。それを考えると、強く言えない。
てかここまで言われなくてもさ、ヴァルダを信用しない理由がないんだよなぁ……俺には。
変態で変態で変態の中の更に糞みたいな変態野郎で毎回腹が立つ態度をされている俺なわけだが、悪い奴じゃないのを俺は知っている。
ヴァルダにはヴァルダの人生がある。今回ここまで言うくらいだ、もしそのようなことに関わる内容であるなら、無理強いをしてまで聞こうとは思わない。ヴァルダにはヴァルダのプライドがあるのかもしれないが、俺はヴァルダがそのプライドを捻じ曲げた所で別に構わないと思うし。
パーティメンバーではないが、ヴァルダは味方……俺はそう思っているから。
だったら俺はヴァルダに対して譲歩する選択を選ぼう。今は言えないということは、いつか言える時がくるということだ。その日を待てばいいだけじゃないか。
「う~ん、普通そこは、「誇りはどうした! 信用ならねぇ! 金を返せ!」とか罵られても文句は言えないというのに……甘いなぁ、ツカサきゅんは。そんで心底心が広いもんだ……」
「へーへー、ほっとけ。……そんじゃあ邪魔したな。情報サンキュ、また来る」
俺が咎めるつもりがないことを、むしろ逆に咎めて欲しいと言っているようにヴァルダはいつもよりも控えめな茶化しを入れる。――だがその顔は明るく、それまでとは一転した表情だ。
その顔だけで、お前が嘘を言っていないって分かるって感じもするけどな。
男に対してこんな台詞を内心で口走るのは不覚に思ったこともあるが、この後に予定もあることだし、一旦気持ちを切り替える意味でも長居はしたくない。こういう空気にはあまり慣れていないので、肝心な時に悶々としていては少々マズイ。
俺はそそくさと店を後にすると背後からは――。
「頑張れよ」
これからお父様と戦うにあたっての、健闘を祈る声援を背に受ける。
俺は無言でそのままドアを開き、無言でヴァルダの店を出た。
ま、適当に頑張ってくるよ。
◇◇◇
「やれやれ、本当に苦労させてくれるねぇ。……済まない」
司が店を出て行った直後、ヴァルダは一息ついて椅子に背を預けると、独り言をポツリとつぶやいた。
誰もいないことが分かっているからこその独り言……その声は誰に聞かれることもなく、狭い店内の中に溶けて消えていく。
そして訪れるのは、物音一つしない静寂な空間だ。この店の立地的にも外部の活気は中心地に比べて無いため、口を閉ざして身体を止めれば必然とそれに近い空間が成される。
密かではあるが、ヴァルダは微かに音が聞こえるこの空間を好きに思っていたりする。
ギィ――。
そんな折、本格的に気を楽にしようとしたヴァルダの店のドアが開いた。
一瞬、司が忘れ事を思い出して戻って来たのかと思ってすぐさま反応したヴァルダであったが――。
「はいはい、一体どうs――おやおや、あまりよろしくない感じで?」
ドアが開いた拍子、軋む音に紛れて放たれる、刹那の一撃。微かな青き残影が空に線を描いたと分かった時、ヴァルダの右頬を掠めて後ろの棚に突き刺さる物体は……青白い独特のオーラでできたナイフだった。ナイフは根元まで突き立てられ、棚に収められていた本を背表紙越しに貫いている。
ヴァルダの頬に一筋の赤い線が僅かに浮かび始めると、一撃を見舞った人物がヴァルダへと言葉を投げる。
「やっぱしただの変態じゃねぇんだな、テメェ」
「いやいや、俺は変態紳士だからただの変態じゃないよ? そこのところ勘違いしないでくれたまえ」
ヴァルダの視線の先、そこには……腕組みをしてドアの立枠に寄りかかるジークがいたのだった。
次回更新は水曜です。




