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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
断章 それぞれの決意
267/531

265話 朝ぼらけの邂逅

 ◇◇◇




 ヒタ……ヒタ……。




 誰かも分からない人の足音だけが、近づいてくる音がする。

 この音を聞いて感じるものは、ただただ恐怖のみ。いや、恐怖は少々誤りといえるかもしれない。そう、言うなれば畏怖だろうか――その感情を今俺は感じている。

 何故俺がその感情を感じているのかは分からない。そもそも今俺は何処にいるのか、どうして音が聞こえてくるのか、正直何もかもが分からないのだから、感情の正体だけを探っても分かるはずもない。


 ただ、今は分からないだけでこれからすぐに分かるような……そんな予感はするのだが。


 足音が――止んだ。




『フフフ、ようやく着いた。ここがあの男のハウスか……!』




 最後は足音じゃなく、ハッキリと知らない人物の声が聞こえた――。




 ◇◇◇




「っ――!?」


 グランドルに戻ってから翌日のこと。

 俺は深い眠りから、一気に意識が覚醒した。身体を起こした反動でベッドが揺れるが、それもすぐにおさまり、やがて目の前の一点に焦点が定まっていく。

 見える景色は久々に見る、だがそれでいていつもの光景だ。『安心の園』、俺がいつも使っている部屋の入り口を、俺は見つめているようだ。


 あ、あれ? 何か悪寒がして目覚めたんだけどな……どうしたんだ一体。


 身体に疲れが残っている中起きれてしまったものだから、そう勘ぐってしまう。身体もそうだが、何より心に残る不思議な感覚の正体は未だ疼いている。

 一気に眠りから覚めたことは過去に何度もあるが、それは大半が悪夢によるものだったために、それ以外での目覚めについてはあまり経験がない。

 悪夢ではないし、体調不良でもない。その証拠に寝汗はかいていないうえ、心拍も安定して脈打っている。何かの拍子に突然目覚めてしまった感じだ。




 しかし、起きてしまったのなら仕方がない。

 悪寒が偶々我が身に振りかかっただけだと思うことにし、俺は寝間着のまま部屋を出て下の階へと向かうことに決めた。




「「お?」」




 部屋のドアを開けて廊下へと出ると、眠たそうな顔をしたシュトルムと鉢合わせた。


「おはよ、シュトルムも今起きたのか?」

「あぁ、なんか騒ぎ声がして目ぇ覚めてさ。ふわぁ……ねむ」


 シュトルムは軽く手を挙げながら挨拶に返答すると、そのまま今自分自身が言った通り大きなあくびをして目尻に涙を溜める。盛大なあくびを見る限り、確かに眠そうなことが確かにこちらに伝わってくる。


 ただ、やはり王族に見えないだらしなさがちょっとねぇ……今更だけど。クローディア様がいなくなった途端にだらしなさが露骨になった気がしなくもない。

 まぁ、お約束かこれは。予想はしてた。


 俺は悪寒による目覚めであったが、どうやらシュトルムは騒ぎ声による目覚めとのこと。

 確かに、よく耳を澄ますと下の階から微かに声が聞こえてくるのが分かる。普段なら気づきそうもないが、早朝ということもあって周りが静かであるからだろう。一度気にしたらその声だけが耳に届いてくる。


 でも、この声は……あれ? アンリさんか? どうしたんだろ。


 シュトルムとは無言でそのことを確認しあい、取りあえず下の階に降りることにした。

 すると、やはり俺の聞き間違いではなかったらしい。


「急に来られても困るでしょっ!」

「仕方ないだろう? 心配だったんだから」


 一体何があったというのだろうか。アンリさんは、俺とシュトルムを除いて既に起きていたメンバーを背に、この宿に朝早くからやってきたであろう見知らぬ茶髪の男性と口論をしていた。

 男性の身なりは至って平凡な服装で、どうやら冒険者や兵士の類ではなさそうだ。一般市民みたいだとでも言えばよいか。

 テーブル付近であるのに全員が立ち往生していることから、かなり緊迫した空気を感じる。


「朝っぱらからどうしたんだよ? 何かあったのか?」


 アンリさんとこの男性が何故口論になっているのかはさておき。

 万が一を考えてアンリさんを目に見える脅威から守るべきだと判断した俺であったが、先にシュトルムが早々に声を投げかけてしまった。

 ここで皆はようやく俺とシュトルムに気付いたらしく、一斉にこちらを向いて目を丸くするのだった。


「あ……ツカサさん、シュトルムさん」

「っ!? 彼が……!」

「えっと……おはよう。いきなりで悪いんだけど、そちらの方は? というか……え? なんでこんなに睨まれてるの?」

「ぐぬぬ……!」


 第一声は至ってシンプルにしてみたつもりだったんだが、男性はお気に召さなかったようだ。個人的にはそこまで威圧的でも高圧的でもない雰囲気と態度を意識したはずなのに、血涙が今にも流れ出しそうな憎悪を露わにしてしまう。


 でもさ、「ぐぬぬ」だなんて実際に言うのは心の中だけの方がいいですよ? 周りから見たらちょっと変に見られますし。まぁ自分のこと棚上げなんですけども。


「…………あ、俺にってわけではないのか」


 睨んできているのはどちらに対してなのかが不明だったため、シュトルムは一旦俺から少し離れて睨みの矛先を確認する。すると、どうやら視線は俺だけを見つめて離さず、シュトルムに向けられているというわけではなかったことが判明した。

 見ず知らずの人に初っ端から敵意丸出しで睨まれてしまったら、流石に大抵の人は尻込みしてしまうというもの。シュトルムは睨みが自分に対してではないことに気を楽にし、俺を取り残して皆サイドの方へと悠々と離れてしまう。


 でも……お、俺だけですか? これといって誰かから恨みを買った覚えはないんだけど……それよりもシュトルムよ、俺を一人にしないで欲しい。ぼっちは嫌なんですけど。


 俺を孤立無援へと陥れたようなシュトルムの背を恨みがましく見つめるが、その声は届かない。

 見ず知らずの人物との、1対1の状況へと追い込まれていく。


「お前に会いたくて仕方がなかったんだとさ。昨日話になったろ? 早速おでましみたいだぜ?」

「ぇ……それってつまり……」


 どうしたものかと考え始めたその時、ここで、目の前の男性に関する新たな情報が舞い込んでくる。

 ジークのその言葉に、一瞬でこの人が誰であるかの予想、いや確信がついてしまった俺は、背中に嫌な汗が滲むのを感じていた。




 …………え?




 うそん……連絡受けてからもう来たってのか? 早すぎんだろオイ。

 折角寝汗をかかなかったというのに、どのみち意味なかったよちくしょう。


 男性は笑顔を俺に向けてくれているのだが、それがどうも嘘くさいことこの上なく俺には見えた。笑顔の裏に、隠しきれない怒り? を持っているように思えたのだ。

 アンリさんから、標的が俺へと変わる。


「話には聞いているのかな? 僕の娘が大変(・・)お世話になっているみたいで……」

「っ!?」


 い、いらっしゃいませパピー。随分とお早いご対面ですネ、貴方が何を物申したいのかひしひし伝わってきてますよ? 


「君が娘の彼氏君だね? いやぁ会いたかった……死ぬほどに……!」


 うぎゃああああああああああああっ、お父様が降臨しやがったぁああああああっ!? 

 悪寒の正体ってこれだったのか!? なんか正夢みたいでスゲー怖いんですけど!?


 目の前にいる人は、例えるなら般若だ。

 心の準備はしていたとはいえ、こんなにも朝早くからやってきたことでその準備は崩壊したようなものだ。俺が昨日アンリさんと対策を練った時間は無意味だったのかと言いたい程に、無情にも対アンリ父用の心構えを初期値へと戻されてしまう。


「え、でもこんな時間から動いてる馬車なんてないはずじゃ……。まさか、徒歩でここまで!?」

「何を驚く、そのまさかさ! 娘のためならどんな場所にも無尽蔵のスタミナで駆け付けられるとも。父親を甘く見ないでもらおうか?」


 あ、ハイ。甘く見てたつもりはないんですけど想像以上でした。いやん、パパン凄い。

 ……って、それどころじゃないって。やべぇよやべぇよ、一般人の規格を超えてるよこの人。夜間ぶっ通しで走って来たってのか、バケモンか。


 辛うじて出た取りあえずの疑問に、アンリさんのお父様は自信満々に答える。だが、驚かない方が無理である。

 というのも、昼間よりも夜間の方が道中は危険であり、一般人にしか見えない装備でアンリさんの故郷であるトレンゼからここまでやって来たという事実は理解できなかったからだ。

 例え見知って慣れていた土地だとしても、昼間と夜では常識が変わる。徘徊するモンスターや獣は当然変化するし、視界だって当然悪くなる。それに応じて冒険者も野営をする場合は危機意識を昼間の何倍も意識しなければならない程だ。その環境下を命知らずな度胸でひたすらに進軍し、単身潜り抜けてここまでやって来た事実は、恐らく偉業であり異常な行為として誰しもに映るだろう。

 更に、見た目に目立った傷等が見られないことも、この異常性を物語っている。


「君とはじっくりお話がしたいと思っていたんだ……覚悟はいいね?」

「ぇ……か、覚悟?」


 俺が驚いていられたのも束の間だった。お父様は俺に何かを問おうとしているらしい。


 ふむ……なんか俺殺されそうな雰囲気ですねーアハハハハ。


「単刀直入に言わせてもらおうか。娘は君にはやらん。あと君は僕がブチこr「だから嫌だし駄目だって言ってるでしょ! いきなりツカサさんに失礼なこと言わないでよ!」


 何やら不穏な言葉が口にされそうになったところで、アンリさんが遮る様に声を張り上げる。だが、聞こえかけたワードで何を言おうとしたのかが分かってしまい、冗談が本当になってしまったと俺は思っていたりする。


 何故に朝っぱらからこんなシチュエーションに発展するのかねぇ、俺の毎日の運勢狂ってるだろ。ステータスの運が30で高めってのは嘘もいいとこですな。きっと表記がバグってるに違いない。

 あとすごくどうでもいいかもだけど、単刀直入って言っておいてじっくりはおかしいんじゃないかと思いますよ、表現的に。

 単刀直入なら、何も言わず、何も言わさずに、だ。相手に有無を確認しているようじゃ甘い甘い。通り魔の如く一瞬で俺を殺そうとするくらいで丁度いい。


 ……。


 俺何言ってんでしょうね? 殺されそうなのに。

 でも、娘はやらんって言われちゃったなぁ……それは正直聞きたくなかったな。


 俺が言われた事実に落胆すると同時に、アンリさんと父親の口論がエスカレートしていく。アンリさんの大声を聞くのは実に久々のことだった。


「アンリ、見てくれは大人しそうな奴ほど危険なんだ。なんでそれが分からないんだ!?」


 俺が危険? そんなわけないじゃないですかやだなー。危険じゃないよ~、世に誇れるくらいの綺麗でグレーな心の持ち主だよ~俺。


「危険なのはお父さんでしょ!」


 如何にも。失礼ながらそうとしか思えませぬ。


「なんだって!? 僕のどこが危険だって言うんだ!」


 その全てじゃね? だって殺人企ててたんでしょう?

 まだ生きてるけど、ダイイングメッセージには貴方の名前を書かせてもらってもよろしいでしょうか?


「こんな朝早くにいきなり押し掛けてくる父親が危険じゃないわけないでしょ! 常識もない……。そんな父親がどこにいるの!」

「ここにいるじゃないか!」


 うん? ちょっと待って、俺を殺そうとしたことについてはスルーなの? お二方、それはちょっとおかしくね? 特にアンリさんや。

 確かに俺は殺しても死ななそうに見えるし、ゴキブリみたいにしぶとい生命力してるかもしれないけど、傷つくよ? 泣いちゃうよ? 俺が血涙流しちゃうよ? 優先順位の訂正を求む。


「それがおかしいって言ってるの! あぁ、もう! じゃあ見てくれが怖い人の方がいいって言うの?」

「当然そんな奴は駄目だ。怖くない人にしなさい!」

「じゃあ、どうすればいいのっ!」

「まだアンリには恋愛は早いと僕は言ってるんだ、花嫁修業もしてないのに!」

「花嫁修業させたいのはお父さんの一方的な要求でしょ!? そんなことしてたら恋愛なんてできないでしょ、過保護なのもいい加減にして!」

「過保護にもなるさ! だってアンリはこれだけ可愛いんだぞ!? そうしないとアンリを狙った狼が寄って集るだろう!? 事実、コレに捕まってるじゃないか!」

「っ!? ツカサさんをコレ呼ばわりしないで!」

「アンリに手を出した奴にはコレで十分だ」

「っとに、ああ言えばこう言う……! 学院の時に散々迷惑掛けたのに何も反省してないなんて……。お父さんなんて嫌いっ! 出てってよ馬鹿ぁああああっ「へぶっ!?」


 親子の言い合いは苛烈さを増していく。そして遂に臨界点に達してしまったであろうアンリさんの怒りの鉄槌が炸裂し、アンリさんのお父様の頬を容赦なく抉る。

 2人を傍観していた俺を含むメンバー達は、アンリさんの過激な一面……は、慣れてはいるものの、普段以上に容赦のないその行動に唖然としてしまう。


 どれほどの圧力を加えれば人は宙に浮くのだろうか? それが疑問に思える程綺麗に、お父様は地を離れて横に1回転した後……床に身体を強く打って転がった。

 朝の悪寒とは別の悪寒が、また俺を震わせる。


 うわぁ、なんてえげつないパンチ。アレ食らったら顔面粉砕しそうだわ。防御無視の効果が働いてそうな感じすらする。


「くっ……! まるで、ソフィアのパンチみたいじゃないか……! 母さんに似てきたね、アンリ」

「当たり前でしょ、お母さん直伝なんだから」


 パンチした拳は握ったまま、フワッと浮かび上がったポニーテールを左右に遊ばせるアンリさんは、フンッ、と鼻を鳴らして誇らしげに言うのだった。。


 へぇー、パンチの直伝をするご家庭があるんですね、リアルでなんて聞いたことないよ俺。物語じゃあるまいし。

 なるほど、だから『宴』の時のあの壁ドンはそんなに威力があったんですね、ようやく合点がいきました。壁ドンをパンチの要領でやるなんて……俺、実はあの時殺されかけてますやん。やだぁ、2人から命狙われてる。

 アンリさん、俺は君に身も心も白旗振りますんで、アレだけはもう勘弁してくんさい。本当に怖かったんで。




 お父様が殴られて床に伏せることになったため、一瞬静寂がこの場に訪れる。


 ――要はインターバルみたいなものである。


 今の状態を、一度場が収まったと感じたのかもしれない。ジークが不意に妙なことをヒナギさんへと聞き尋ねる。


「なぁ姉御、世間一般の家族にはこういう家もあるのか? 俺あんま知らねぇんだが……」

「え? これは多分、ですけど……め、珍しいんじゃないでしょうか?」


 ヒナギさんは返答に困ったらしく、しどろもどろで誤魔化すのだった。変わっているなどと、ご家族本人達のいる前で言うことが憚れたのだろう。もし言えるのなら、それはもうヒナギさんじゃなくなってるのだろうが。


 では代わりに私が内心でお答えさせていただきましょう。

 えぇ、かなり珍しいと思いますよ? ここまでのは。ジーク君や、少なくともこの家族は普通ではないと断言しよう。君が普通じゃないのと一緒だとでも思えばいい。

 親ばかはそれなりにいると思うけど、ここまでできる親ばかは早々いないと思いまふ。勿論、親にここまで本気になれる子も早々いないだろうね。




 恐らくジークがヒナギさんに聞いた理由として、アンリさんは今当事者であるために外すが、まず俺達のメンバー間で父親がいることが判明しているのが俺とシュトルム、そしてヒナギさんだけだからだと思われる。シュトルムに聞かないのはつい最近フェルディナント様と会って知っているからだろうし、俺に聞かないのは……自分で言いたくないけど、ジークのことだからきっとアテにされてないからだろう。アイツならそうに決まっている。

 となると、残ったヒナギさんに家族についてを聞くのは妥当と言える。


 ジークって自分のことあまり話さないし、家族構成とかってどうなってるんだろう? 

 今こうして聞いてるわけだから、あまり家族についてを知らなさそうに見えるけど……。




「っ……まだだ、その程度じゃ僕は、沈められないよ?」




 うおっ!? まだ抵抗するというのか……なんたる不屈の精神。


 アンリさんのお父様は口元を手で拭うと、少し休んで回復したのか、片膝をついて体勢を整え、ゆっくりと立ち上がる。……まぁ実際血は出ていなかったりするが。

 大袈裟だが、2人の放つ雰囲気だけは、お互いに譲れぬもののために戦う……言わば聖戦と呼ばれても良い域に達しているように見えてしまうから不思議である。単なる親子喧嘩のようなはずなのに。


 ……よし分かった、2人の心意気は十分受け取った。それなら争いの元凶なはずの俺だけど、さっきから傍観しているだけなのは忍びないので更に気配を消して傍観させていただきます。

 だって俺が入り込めそうな余地ないし。


 では試合再開で。インターバル終了、ジークのことはまた今度じゃい。

 両者ファミリーシップに則って第二ラウンド――ファイッ!


「思い出すんだアンリ! お父さんと約束を交わしたあの日のことを!」

「あの日? 何それ」


 まずはお父様が仕掛けていく。かつて交わしたであろう約束事? を掘り起こし、アンリさんの内情を揺さぶりにかかったようだ。戦いでは精神攻撃は非常に有効な手でもあるし、まずまずの出だしといったところか。

 ――が、アンリさんは思い当たる節がなさそうな反応である。心底ウンザリしたような顔で、必死に訴えかけられる言葉に蔑みに近い眼差しをするのみで、お父様の言っていることを思い出すことはなさそうに見受けられる。


 これはあまり効果的ではなさそうか? 


 しかし――。


「小さい頃、大きくなったらお父さんと結婚するって言ってたじゃないか!」

「ちょっ!?」


 アンリさんが、一気に頬を紅潮させて動揺した。この反応は痛いくらいによく分かる。

 ほぼ大人へと成長した娘に対してこんなことを言う父親にも驚きだが、この歳になって未だにそんなことを言われてしまうのは、色んな意味で痛すぎる。

 俺的には厨二病と同レベルか、それ以上に感じる程だ。

 周りで聞いてる俺達もアンリさんの心情が分かってしまうために、同情する気持ちで今はお父様に対して引いた反応を示す。場が凍り付いて、時が止まったように固まってしまった。


 うわぁ、出たよこの台詞。本当に言う人いるんだぁ……。

 しかも、年頃の女の子にはキッツイ過去が赤裸々に公開されとる。アンリさんとばっちり食らって悲惨すぎる。

 で・も……アレですよ? これって俺にとってはおいしい情報でもあるよね? アンリさんの過去という未知の領域は、俺も是非ともできるだけ知りたいものだ。


 彼氏失格、不謹慎と後で罵られても構わない。ここだけについてはお父様グッジョブです。情報公開は是非とも応援させていただきます。


「いつの話をしてるのっ! やめてよここでそんなこと言うの! お父さんと結婚とか馬鹿じゃないの!?」

「っ!? な、なんだって……? まさか、そんな……!」


 信じられないことを聞いてしまった、お父様は凄まじい衝撃を食らったように1歩、2歩と後退すると、目を見開いて身体をワナワナと震わせる。


 むしろ何故そこで驚愕してるんだろう? そんなの当たり前じゃないですか。親ばかには当たり前じゃないのかもしれないけど。

 その歳になって味わう挫折は中々にエグそうですね、おー怖い怖い。


「馬鹿な……アンリが、純粋じゃなくなっただと……!?」


 お宅の娘さんは結構純粋だと思いますよ、貴方の目が曇ってるだけです。いや、心か。

 なんにせよ、これは致命打を食らったような感じだろうか? お父様の足が止まった。


「……これも全て……っ!」


 試合中の余所見はあまり感心できないのだが、お父様はあろうことか俺へと標的を変えてしまったらしい。対峙しているアンリさんを眼中から外し、またも俺にその眼光を突き刺してくる。


 なんで俺を見るんだ、俺まだ何もしてないのに。


「恥ずかしくてアタシ泣きたいよもう……。はぁ……手紙送るんじゃなかったなぁ。――あの、ちょっと話してきますから」

「へ? あ、うん……」


 ここでは駄目だと判断したのかもしれない。アンリさんは額に手を添えながらお父様に近づくと、その背中を押してこの『安心の園』から出る判断に至ったらしい。


 ただ――。 


「っ……君に娘はやらんからなぁっ!」

「いい加減黙ってて! 近所迷惑になってるの自覚して!」


 最後に、お父様がお約束の言葉を添えて、である。

 アンリさんが父親の背中を押して『安心の園』を出ていく途中、捨て台詞のようにお父様は俺に向かって叫んできたが……その声は次第に小さくなり、聞こえなくなっていく。

 やがて、急に訪れた平和な世界に取り残された俺達は、先程の出来事はまるで嵐のようだったと感じながら、少しずつ平常運転を始めていく。


「アレがアンリの父親か……聞いてた通り、本当にインパクト強いね。というか強すぎ」

「昨日の話で聞いた以上のヤバさだなありゃ」


 セシルさんとシュトルムの感想にはこの場の誰もが頷く。昨夜アンリさんから事前に聞いていたお父様の情報を、僅かにだが大袈裟と思っていた節が俺達はあった。しかし、そのどれもが全く嘘偽りのない事実であり、それ以上のものだった思い知らされてしまったためだ。


「俺も一緒に行った方が良かったかな?」

「いや、駄目なんじゃないですか? 父上はご主人を目の敵にしてましたし、一旦アンリさんが宥めておいた方がいいかと。ついてったらもっと手の付けられない状況になりますよ」


 流石にレフェリーなんてやらずに参戦すべきだったのかと思ってしまったが、肩にストンと止まったポポによって否定される。ナナはどんな意見なのか確認すべくセシルさんの肩に乗っているナナを見てみると、同意見なのか駄目だ駄目だと翼を横に振って否定していた。




 少々腑に落ちなくはあるが、そもそも俺が急なお父様の登場に不甲斐なさを発揮したことが悪い。

 ここはアンリさんに一旦任せておいた方が得策だろう。下手に動いても良い結果になるとは思えないし、想像すらできない。


「あらあら、朝から皆さん元気ね~。最近静かな日が続いてたから安心するわ。朝食、ここに置いておきますからね~」


 微妙な空気になってしまっても、この一声で全ての空気はある人に主導権を握られてしまうのだが。

 ミーシャさんの母、フィーナさんである。


 早朝からあれ程騒いでいたというのに、俺達へと向けてくれる表情からは全く怒りも感じられず、まるで聖母のように俺には見えた。……流石に怒ってくれないと申し訳なさすぎるくらいなのだが。

 騒いでいる間に準備していてくれたであろう俺達の人数分の朝食をテーブルに乗せると、何事もなかったかのように厨房へと戻っていく姿に、マイペースと肝が据わっているのは健在だとしか思えない。ここは文字通り『安心の園』であるのだと、しみじみ実感してしまうというものだ。


 あぁ……このいつもの平常運転に救われる。

 貴女にならいくらでも罵られてもいいかもなぁ、俺…………ハッ!? いかんいかん、トリップしちゃいそ。


「――あ、何か落ちてますね。これは……」


 危ない領域に堕ちそうになった俺を他所に、ヒナギさんは『安心の園』の入り口付近の床に何かが落ちていることに気が付いたらしく、それを手に取ってまじまじと見つめる。それはメモや便箋のような紙切れのようで、ヒナギさんはそれを俺へと手渡してきては、中身を確認して欲しいらしい。


 俺がその紙切れを確認すると――。




『明日 昼の鐘が鳴る時 かの地にて待つ そこで雌雄を決しようじゃないか 1人で来たまえ』




「マジか……」


 まさか果たし状を残していくとは……しかも無駄にカッコイイ文体の。ヴァルダみたいな小細工を残していくだなんて本当に油断できん。

 まさか先程の展開は計算済みであったというのだろうか? もしそうなら相当な策士である。……まぁ多分違うだろうけど。

 でも、どこかヴァルダとの共通点を持っていそうな気がしなくもない。


 この紙切れは、明らかにお父様の残していったものであるのは間違いないようだ。俺の顔に何か変化が出ていたのか、皆が集まって俺の手にあるその紙切れを覗きこむ。


「いつの間に書いたんだろね……ツカサ、ファイト」

「一大決戦って感じだね! ご主人」

「今回俺らはノータッチの方が良さげかもな。2人の問題だし」


 各々激励だったり期待だったり、はたまた放置だったりと。今回の件に関しては仲間から助力は受けれなさそうである。

 何故? と一瞬声を出しそうになったが、それも当然だろう。誰かと誰かが付き合うまでをサポートするという話はよく聞くが、付き合った後まで至れり尽くせりだなんてのは聞かないし、虫が良すぎる話だ。第一それで成り立つ関係はどうなのかと問いたいくらいだ。

 皆がヒナギさんの時に蔭で動いてくれていたのは、むしろなくて当たり前な位と考えるのが普通だ。今回も同じように甘えていては、人として屑に成り果てるだけだ。


 なので、今回は俺とアンリさん2人だけで切り抜けなければならない……試練のようなものかもしれない。


「うん、それはまぁいいんだけど……今日じゃないんだな……」

「それもですけど、場所何処なんでしょうね? 書いてないみたいですが……」


 書かれている内容は、日時と俺一人でお父様と相対しろということの2点のみ。

 何故か要求が本日の昼ではないことも疑問だが、何より場所の指定が『かの地』などと曖昧であるために、果たし状としてこれはどうなのかなと頭を捻る俺とポポ。


 かの地ってどこやねん。ここら辺で決闘に相応しいような場所なんてないんだけど……。




 考えたところで、分からないものは分からない。これはまぁ後でなんとかするとしよう。

 なんにせよ、Sランク招集よりも前に、一つ大きな問題を済まさないといけないらしい。


 お父様VS俺。


 俺は何としてでも、この戦いには負けるわけにはいかない。

今回ちょっと文章量多くなっちゃいました。

そのため、次回更新は木曜です。

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