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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
断章 それぞれの決意
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264話 変わりゆく認識、変わらぬ人柄

「……なぁ、なんだか私は全く関係のない話ではなかったか? だったらこの部屋ですることではないだろう?」


 俺が引き攣って微動だにせずいると、ギルドマスターが「そろそろいいか?」と言いたげに会話に割り込んでくる。


 ただまぁ、それはごもっともです。確かに今の会話は俺の身の回りの私的な話であり、ギルドは全く関係がない。さっさと用が済んだら出ていけってことですね? すみません。

 ではさっきの件は後日ということで……。


「おっと、俺としたことがそれは申し訳ありませんでしたんでした。……それじゃあツカサ? 取りあえずガンバ、幸運を祈る。では、俺もここらで失礼します」


 俺達が席を立ったこと、そしてギルドマスターの発言によるお開きムードの流れに便乗したのか、ヴァルダはビシッと敬礼してから席を立つと、そそくさと俺達よりも早くこの場を後にしようとした。

 だが――。


「待てお主、そこの窓の後始末……どうしてくれるつもりだ? 逃げるつもりじゃなかろうな?」


 隣にいたギルドマスターがそれを見逃すなんてことはなかった。ジロリと目を細め、ヴァルダをこの場に留めようと睨みを利かせる。


「い、嫌だなぁギルドまちゅたー。まちゃかわたくちがちょんなことちゅるわけないでちょう?」

「……」

「あ、えっと~……」


 流石に、ギルドマスターによる本気かつ正当な怒りの眼力の前に、ヴァルダは尻込みしたようだ。それまでのおちょくるような発言をした時の舐め腐った顔も、冷や汗の噴き出す焦ったものへと変化している。

 早く腹を括って責任を取れと俺は言いたい。


「ふむ…………っ!? だ、誰だっ!!!」

「「「っ!?」」」


 しかし、ここで突然ヴァルダが血相を変えて勢いよくドアの方向へと向きを変えた。罵声に近く、そして尋常ではないヴァルダの豹変振りに只ならぬ雰囲気を感じ、俺らも続いてドアへと顔を見やった。

 一体何事かと……本気でそう思えたから。


 しかし――。


「……ん? 誰もいないじゃn――っ!? あの野郎!?」

「あっ!?」

「あ奴め……!」


 俺達が一瞬だけヴァルダから視線を外したのが仇となった。

 もう時既に遅し。ついさっきまでそこにいたはずのヴァルダの姿は、何処にもない。古典的なやり方で、俺らは奴の思惑通りに出し抜かれてしまったようだった。


 あの野郎、逃げやがった……! しかもこんな簡単な手に乗るとか情けないにも程がある。


 気まずい雰囲気が、この部屋に蔓延る。窓から吹き込んでくる風が非常に虚しさを増させているようで、このどうしようもない喪失感だけ残った雰囲気の中に居続けるのは、正直苦痛でしかない。


 まぁ、被害被ったのはギルドマスターだけだから……俺が気にすることもないっちゃないけど。だって後日請求すればいいだけだしな。


 と、他人の問題であることをいいことに、俺はそんな心無いことを考えていた。


「……とんだ災難ですね。じゃ、俺達もこれで失礼しますんで……」

「ちょっと待てお主、私には全く関係のない話に付き合わせた上、あ奴はお主を探してここに来たと言っていただろう? それはつまり、この中で最も非のある者はお主ということになるわけだが……どうするのだ?」


 は? イミフですよその言い分は。責任転嫁も甚だしい。

 おぉ~神よ。私に対する罰が早すぎるんじゃありませんか? 俺よりも先に罰を与える人がいるでしょうに。……世界の理不尽はもう懲り懲りだっつーの。


「いやいや!? とばっちりをさらにとばっちりにしないでくださいよ!?」

「お主がこの場に来なければ窓を割られることもなかった……違うか?」


 うん、ちげーよ。違くはないけどその理屈はちげーよ。

 それ肯定しちゃったら、アンタが不在だったらこんなことにならなかったってことになるようなもんだ。

 アンタの言い分に則るなら、アンタがこの場に来なければ窓を割られることは無かったってことになるぞオイ。


「そんなこと言ってたら話にならんでしょーが! 自分に被害があるからって無茶苦茶言うのやめてくださいって!」

「えぇいやかましい、無茶苦茶言いたくもなるだろう! あ奴に理屈が通じるわけあるまいし、ならせめてまだ理屈の通るお主に言うしかあるまい」

「なんでそうなるし……」


 もう、滅茶苦茶である。どうしてこんなことになったのか考えたくもないが、少なくとも俺に非がないことだけは確かなはずだ。


 てかさ、今日はやけにギルドマスターの馬鹿っぷりが凄い気がする。普段ならこんなくだらない茶話をするようなことなんてないはずだが、きっとヴァルダ絡みだからなのか……?

 苦手意識が遂にギルドマスターの言動にまで影響を及ぼす程になったというのか、オイオイ、踏みとどまれ、負けてんじゃねーよ。


 それとも何だ? 久々に依頼やって心が疲れちゃったり? それで今プリーズマミー状態なの? 可哀想に。




 ――だが、そんなことは知ったことではない。少々悪い気がするのは気のせいだ、こんな話に付き合っている暇はない。

 俺はギルドマスターとの会話を無視することに決め、今度こそヒナギさんと共にこの部屋を後にしようとしたのだが……。


「はぁ……どうするか……ギルド本部に先程の話を漏らしてしまうか? いや、お主があ奴と禁断の愛で結ばれたということを広めるのも……いや、流石に私でもこればっかりは言いたくは……」


 聞いたこともなかった悪意の欠片しか感じられない溜息と共に、ギルドマスターがボソリとそんなことを後ろで呟いた。


 こんのクソマスター、セコイにも程があるぞオイっ!

 それは駄目ぇええええええっ! 死ぬ、俺という人物像が1日足らずで死ぬからやめて!?

 というかありもしない事実じゃねーか! アンタそれでも最高責任者か! 


「人の口に戸は立てられんと言うし、これも致し方のないことか」


 それならその口開かないようにしましょうか? この外道。


「あぁ、割れた窓の代わりに溜まった依頼を誰かが消化してくれたら言わなくて済みそうなんだがな……だがそんな者がいるわけもないか」


 誰か丸わかりじゃねーか。チラチラ見ながら白々しく言ってんじゃねーよ。


「っ……はいはい分かった分かった、もうやればいいんでしょやれば! だから絶対にそれやめてください、いいですねそれで!」


 さっきの異様な引き留めを見てしまった後だ、ここで俺まで逃げれば今の脅しを本当にやられてしまいそうで怖い。流石にギルドの本部への言いつけは冗談だと思うが。

 だが、ヴァルダの方に関しては別だ。もし俺がヴァルダとそんな関係になったという噂が知れ渡った場合、恐らくは大半の人はそれを信じはしないだろう。まぁ常識的に考えればすぐに分かるとも言える。

 そもそも俺にはアンリさんとヒナギさんがいるし、今この場にいたヒナギさんに関しては事を最初から見ていた人物だ。万が一にもそれはあり得ない。


 しかし、俺が嫌なのは、そんな下らないことで街中の話題にされてしまうことである。話題になるならもっと割り切れてしまえそうな大きなことだけにして欲しい。最近だと異世界人騒動みたいな感じだろうか。


 それなのに、この程度の小さなことで話題になるとか……ハッキリ言って好きくない。

 事あるごとにねちっこく言われ続けそうになりそうで嫌なのだ。アンリさんとヒナギさんも不快に思うかもしれないなら尚更である。


「おぉ、そうかそうか! なら、早速やってくれると助かるのだが……」


 こ、この野郎! 俺が折れたと思ったら途端に調子に乗りおって! 日本だったら間違いなく訴えてやる! 

 それよりもヴァルダだよヴァルダ! 厄介なことをやるだけやって逃げやがって……やり逃げとはまさにこのことだ。

 どんな因果か知らんが、酷いデスコンボを食らった気分だ。


「なんで俺ってこうなるのかねぇ…………ヒナギさん、皆のトコ行っててください。そんで今聞いた話を伝えといてください」

「は、はい」

「ギルドマスター、くれぐれも約束は守ってくださいよ? てか守らなきゃぶちのめしますからね?」

「う、うむ」


 俺もさっきのギルドマスターに負けず劣らずの睨み顔してみると、どうやら言質を頂くことには成功したらしい。


 もし変なことをしてみろ、その時はぶちのめし+報復代わりに学院長と恋仲であると言いふらしてやろうじゃないか。

 別にいいよね? 学院長はギルドマスターのこと好きだし。ギルドマスターだって恋愛に疎いだけで、この歳になっても昔からずっと交流を続けてるんだから、学院長に気がないわけではないはず。あくまで自覚していないだけなんじゃなかろうか。

 人の痛みを知るにはまず自分からが確実です。そこには当然恋による故意の痛みも含まれます。何事も経験が大切だよギルドまちゅたー?




 不穏なことを考えつつ、取りあえず俺は速攻で部屋を出て1回へと向かった。




「あ、これが溜まってる仕事なんですが……」

「……へぇ、これっぽっちですか」

「えぇっ!? 相当な量ですよ!?」

「これで相当な量ですか? いやいや、それは言いすぎですって」




 1階に降り、そのままマッチさんから依頼のリストを貰った俺は、その依頼の量に挑発めいた言葉を漏らしてしまう。何故かマッチさんが驚いた反応をしているようだが、何を驚いているのだろうか? 


 ハハハハハ、この程度か? 俺を絶望させるにはちっと物足りない量じゃないか、舐められたもんだぜ。ギルドマスター、アンタの限界はそんなもんなのか? 俺は無駄に豊富な社会経験しか積んできてはいないというのに……。

 子どもの世話に、日曜大工。塾講師からじじばば会議、更には犬の散歩から馬の散歩まで、冒険者に似つかわしくないことをなんでもやり通したことのあるこの俺だよ? 甘い、甘すぎる……!  立派な社畜へと成長した俺の心を折るにはぬるすぎるわっ! 知ったかと呼ばれる域はとうに卒業しているんだ俺は。


 手渡された依頼リストの量。その数は一般的に見れば相当な量かもしれないが、普段からアホみたいな数をこなしていた俺には大した数字ではない。普段の依頼に毛が何本か生えた程度の、そんな量だ。

 第一この依頼で意識することはたった一つだ。ただひたすらに依頼完了に至るまでは不屈の精神で取り組む、たったそれだけである。難しいことなんて一つもない。ずっと続けてればいつか終わりがくるなんて分かり切った話だ。

 だから、この程度で根を上げるようなギルドマスターには正直ガッカリである。一気に地位を駆けあがった初心を知らぬ者は腐る的なことをさっき言ってたが、そっくりそのままお返ししたい。


 俺は初心を知らないなんてことはない。というか、むしろ俺は初心しか知らん。俺以外にこれ程説得力のある人物はいないと言える自信があるくらいだ。

 何故なら、俺の依頼達成状況は住民の依頼が99%の他1%と言っても過言ではないのだから。ぶっちゃけボランティア活動に近い。


 イーリスみたいに慣れぬ土地での仕事とはわけが違う。グランドルの場合はリピーターも多いし、大抵の人は顔見知り……やることなんてほぼ毎回決まっている。

 どの人がどんな依頼を出しているか把握し、それを踏まえて巡回ルートを決め、複数の依頼を同時に効率よくこなせばいいだけだ。仮にいつもよりも変わった依頼があったとしても、余程の事でもない限りは達成困難なことになるわけもない。


 こうなりゃ一気にいかせてもらおう! 誠心誠意、がむしゃらに今日で全てを終わらせてやらぁっ! 

 Sランクが行う最低ランクの仕事ぶりをとくとお見せしてやろうではないか! 異世界人舐めんな。


「住民の依頼がなんぼのもんじゃーい! いくらでも掛かってこいやオラァッ!」




 ◇◇◇




『――いくらでも掛かってこいやぁオラァッ!』


「フフ、いつものカミシロ様ですね、やっぱり……」


 割れた窓から聞こえてくる司の叫び声を聞き、微笑しながら割れて床に散らばったガラスへと歩み寄るヒナギは、怪我をしないように注意しながら掃除を始めた。その姿は苦労を掛けられた夫婦の伴侶のようで、苦労を掛けられても文句も言わず、むしろ当たり前と思っているかのようだった。


「おぉ、済まないな。……少々あ奴には悪い気がしたのだが……」

「いいのではないですか? ヴァルダ様がここにいらしたのは少々驚きましたけど……でも、これで良かったんだと思います。カミシロ様も本当はこんなことを言いたくはなかったでしょうから。……いつも思っていたんです、皆様と触れ合っているカミシロ様はなんだか楽しそうだと。そのお姿を見るのが私達は好きでしたから」

「……そうか」

「ですから、暫く休むに当たっての挨拶代わりになるのではないでしょうか?」


 なんだかんだ言いながらも、司はこの街の住民との交流は好きである。それが例え依頼を通してであっても、司にとっては最早日常と呼べる程に必要な一部であることをヒナギは知っていた。

 そのため、一応は嫌々という態度であった司だが、意外な形で依頼を引き受けることにはなったことは結果的には良かったとヒナギは感じているようだ。また、司が目上の人を敬うことを忘れないことにもホッとしていたりする。


 ヒナギに続き、アルガントも遅れて床に散らばったガラスの破片の掃除を始める。

 その作業の中――。


「……一応聞いておきたいのだが、マーライトは先程の件についてはどうするのだ? あ奴と一緒か?」


 ヴァルダが来る前に話した、前者である部分の話題をアルガントは掘り返す。司の答えは聞いたが、ヒナギの答えは聞いていなかったからだ。


「そのことですが、私は残ろうと思います。Sランクの者が早々軽はずみな行動に出るのは多大な迷惑を掛けるでしょうから……せめてものことではありますけど。カミシロ様と比べてこれまでに何度も優遇された事実はありますし、もしも踏み切るならちゃんと筋を通してからすべきだと思いますので」

「そうか。マーライトが模範的な人物で助かった。……ここ最近は変わり者が増えたらしいからな」

「いえ、そんなことは……」


 自分は決してそう評価される人物ではないと、首を振って謙遜するヒナギ。周りからの評価と自分の評価が極端に違うのは、ヒナギの少々ズレてしまった感性によるものである。ヒナギはここで謙遜しなくとも当然の権利を有していると言えるが、ここで言わないからこそヒナギとも言える。


「……だが、お主がそう思っているのに、あ奴だけは見逃すのか? 矛盾してるぞ……惚れた弱みかそれは?」

「え、えっと…………はい……」


 掃除をする手は止めないが、顔を少し朱に染めるヒナギにアルガントは頭を掻いた。ヒナギが司のこれからすることを止めない理由を予想はしていたが、図星であったことに少し呆れたためだ。


「やれやれ、困った奴だなあ奴は。あの名高い『鉄壁』がまさか陥落させられるとはな……」


 司がこの世界に降り立つ以前よりも前からヒナギの名声を知っていたアルガントは、かの『鉄壁』が恋に現を抜かしている現状には驚いているのだ。

 ヒナギが『鉄壁』と呼ばれる由来はヒナギの戦闘においてのスタイルからくるものであるが、後付けとして、これ程の美貌を持つにも関わらず独り身を貫いていること、それはつまり、理想が高くお堅い人物というのがヒナギに定着していたことも理由にある。

 そのヒナギがようやく心を開ける相手を見つけたとなれば、信者ではなくとも気にはなるというもの。そしてそれが先程までこの場にいた人物に好意を寄せているとなれば、驚かないわけがないのである。


「正直、今の自分には私自身驚いてはいるんですよ、あの日からずっと……。ですから、申し訳ありません」


 ヒナギの言うあの日とは、司と結ばれた日のことだ。周りもそうだが、ヒナギ自身が司と結ばれた事実には一番驚いていたりするのだから、周りが驚かないのも無理はないだろう。


 だから、そんなヒナギを見てアルガントは思うのだ。司は異世界人を抜きにしてもやはり特別な者だと。

 異世界人だからと言って、これまで誰にも靡かなかった者を変えてしまえる理由にはならないと個人的に思っている手前、司自身も何か持っているのではと内心では思っていたりする。

 顔にはこれまで出さずにいたものの、司を様々な要因の元に特別視せざるを得ない……アルガントは人知れず、そう感じているのだった。


次回更新は日曜です。

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