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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第五章 忍び寄る分岐点 ~イーリス動乱~
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258話 『宴』:リーシャ&ハイリ③

「して、其方に渡したい物があるんだ」

「あ、話逸れたから忘れてた。一体何?」

「こちらのものだが……」


 これまでのやり取りも程々に、ようやく本来の目的を果たせそうである。ハイリはシュトルム弄りに区切りをつけると、一体何処から取り出したというのだろうか? いつの間にか例の贈り物とやらをその手に持ち、俺へと差し出してくる。


 ポポの言っていた通りの、確かに中くらいの包みをハイリから俺は受け取った。金色の花柄をした綺麗な布に包まれている贈り物とやらは、どうやら手触り的には柔らかく、固形物ではないらしい。ただ、素人目から見ても高価そうな包みを使用している辺り、中身もそれなりのものが期待できそうである。


「中身を確認しても?」

「あぁ、私も丁度良かったかどうか確認しておきたい」


 うん? 一体中身はなんなんだろうか? どれどれ……。


 俺は包みを縛る蝶々結びになっている紐を一本つまんで引く。きつく縛ってあるように見えるのに、結び目は解けるというよりも溶けるかのように、ふわっとあっさり無くなった。後は包みを、一折ずつ優しく開いていくと――。


「あ……これって……!」


 包まれていた贈り物を見て、俺は思わず目を見開いてしまった。俺が包みから取り出したものは、見覚えしかない服だったから。


「ハルケニアス一同、其方への感謝の意の表れだ。前回礼はいらんと言われてもそうはいかん。それに……そんな風に言えてしまう其方であるからこそ必ず礼はしなくてはならないのだ。形としても、これからの関係の意味も込めて……我々にできる其方への今後の手助けと意思を伝えたい」

「ハイリ……ありがとう」


 包みの中から取り出した服を、キュッと握ってしまう。

 俺がハイリから受け取った服、それは熱線を受け止めたことで半壊してしまった『アンチブラックコート』であった。両腕部分が焼き切れて無くなった部分は補修され、『アンチブラックコート』の名残を残したまま、新たな姿となって俺の手元に舞い戻って来た。

 壊れてしまっていたことを知っていたし、もう使えないと判断して行方知れずとなったこの服を放置してはいたのだが……まさかこんな形で再会するとは予想外である。


「直してくれてたのか……」

「あぁ。あの日其方を治療する際に一旦預かったのだが、誰の目から見ても使えない程に損耗が激しいようだったのでな。修繕しておいたんだ。シュバルトゥムからの助言もあり、其方にはこれが一番良いだろうとな……」

「シュトルムが?」

「おう、だってお前その服ってジャンパーの次に結構気に入ってたろ? あのジャンパーはどうやったって直せないがこれは直せる。それなら直すのが一番良いんじゃないかって思えたんだよ。しかもこの服は元々ベルクさんのお手製だ……これ以上作って貰ったもん壊してたら今度こそお前殺されるしな? これなら多分許してくれるだろ。厳かなもん貰うよりもそっちの方が良いって愚痴りそうだったから、勝手にそう決めさせてもらったぜ」


 シュトルムはそう言って俺をニヤリと見てくる。まるで図星だろ? とでも言いたげな顔だが……まさしくその通りだったので何も言えないし、なにより嬉しかった気持ちの方が大きい。

 言わずとも俺のことを理解してくれている事実に、だ。従魔になれたんだから、本人からしたら当たり前のように感じているのかもしれないが……それでも。




 あ、ちなみに何故シュトルムがベルクさんの名を持ち出したのかと言いますと、私実は修業時代の頃に遡るのですが……ベルクさんにとある忠告をされているんです。


『次何か壊しやがったら只じゃおかねぇからな?』


 これ。

 いやぁ、当時まだ力の加減が分からず武器を壊しまくった俺が悪いんですけどね。2日ペースで報酬で貰った金銭をひたすらに武器購入につぎ込んで、ベルクさんの店に並ぶ武器を壊滅させてしまったんですよ……テヘペロ。

 あの引っ越し直前みたいなすっからかんな空間を作り上げてしまった俺の実績(つみ)は重い。

 でも、ベルクさんにステータスを見せたのも、そこまでされても俺を詮索したりしない人柄を信用したからってのが事実なんですよね。あの人は本当に人間が出来すぎてるよ……感謝です。遠い遠方の地から、今一度謝辞をさせていただきます。




 ……はい、回想終了。ハイリさん続きどーぞ。


「ハルケニアスは縫製技術に優れる。其方が着ていたあの服……ドラゴンの素材が使われていることには驚いたが、現段階での最高の技術を用いて更に性能を引き上げておいた。現状、それに勝る服はハルケニアスには存在しない」

「マジか……」

「取りあえず着てみてくれ」

「うん」


 言われるままに、俺は服を着ることにした。

 でもその前に少しだけ服の全容を見てみようか。どれくらい変化があったのか確認をしておきたい。


 ふむふむ……なるほどねぇ。


 腕の部分は流石にドラゴンの素材ごと失っているためか、若干質感が異なる。色合いこそ元の色と変わらないものの、よく目を凝らすとほぼほぼ生糸によって修繕されているのが分かる。ただの生糸に見えても、ドラゴンの素材をベースにしている時点でそれ相応の価値ある素材を用いているのだろう。この生糸も大概そうである。

 他だと……フードと背面は特に変わってはいないようだ。ただ、やはり腕以外も綻びがあったのか、胸部から腹部にかけては所々だが修繕による変化が見られる。傷んでしまったベースとなっているドラゴン素材を隠す、または覆うようにして、独特の装飾が為されているようだった。


 ……うむ、なんですかこの神防具は。もう超絶気に入っちゃいましたよ俺。


 ベルクさんが言っていたように、ドラゴンの素材は癖があって扱いが大変難しい。武器を作って貰った際も、グリップ等の結合部分をどうするかで悩んでいたはずだが、それは同じ素材を使っているこの防具にも当てはまるだろう。

 それであるにも関わらず、見事な融合を果たしたように修繕され、ここに存在しているこの服。ベルクさんに見せたら一体どんな顔をするのか気になってしまう。職人根性まっしぐらなあの人のことだ、興味を示すことまっしぐらであろう。




 閑話休題。


 にしても……この装飾されている模様はハルケニアスのシンボル的なマークなのだろうか? 

 風が渦巻くような装飾は結構カッコイイ。それでいてあまり自己主張しているような気がしないのも素晴らしい。

 ハイリにその点を指さしながら聞いてみると――。


「これって何か表してたりするのか?」

「それはハルケニアスを象徴しているのだ。今後何かあれば、ハルケニアスは全面的に其方達を支持する。以前に王族関係で面倒事があったと聞いたので、もし何かあれば先約があるとでも言って誤魔化す程度の効力はあるだろう。その辺はいいように利用してくれて構わない」


 どうやらこの装飾、国旗に使われるような紋様とのことらしい。


 あれぇ? 日の丸背負うんじゃなくてハルケニアスのを背負うことになっちまいましたね俺。いつ日本からハルケニアスに国籍移したっけ? 国際問題勃発まっしぐらじゃないですかー。

 ……ま、でもハイリありがとう! もう二度とセルベルティアみたいな面倒事は勘弁と思ってたから助かります。そのお気遣いは有り難く受け取りたいと思います。

 それに、ここ最近は俺の感性からみてもヘボい普通の服を着ていた自負があるため、それから解放されるという意味でも有難い。他にまともな服持ってないのよ俺って……。


 そのまま袖に腕を通し、俺はこの服を普段着の上から着てみるが――。


「お、ぴったりだ」

「ほぉ? 似合ってんな」

「安心した、それでサイズが合わないのでは締まらないしな」


 ハイリの安堵とシュトルムの褒め言葉を受け、俺もなんだか一安心である。外観的に似合うと言われるのは嬉しいし、ハイリに余計な恥を晒させてしまう事態に陥らなくてホッとした。


「ふっ……ほっ……! 動きやすいし、すっごい快適だコレ。ハイリ、ありがとう」


 動作の確認も忘れずに、俺は跳ねたり腕を振り回したりしてみるが、文句なしに快適この上ない心地だった。

 主に椀部になるのだが、恐らくドラゴンの素材よりも可動部の硬さが緩和されたのだろう。まるで遮るものがないかのように腕を柔軟に動かせるのは非常に大きいと言える。激しい戦闘だと腕を無理に動かすことも必然的に多くなるため、更なる自由度と柔軟性に溢れたスタイルを発揮できそうである。


 それで、この服はどれくらいのスペックを誇るというのかね? 見事な融合を果たしたんだ……元の性能をどれだけ昇華させたんだろう?


「――あぁそれと……こちらに少々頼む」

「……? え、なに?」


 この服のスペックを確認しようとしてはみたものの、その前にハイリにお預けを食らってしまってそれは叶わなかった。これまた一体どこから取り出しているというのか、ハイリは大量の紙束を持って俺へと何かご所望のご様子である。


 それは後でのお楽しみってことですかいな? しょぼん……。

 でもそういうのは俺平気なのでお気になさらずに。……ところでこれは?


「ハルケニアスの子どもたちが異世界人のサインが欲しいと言い出していてな。頼みを断るのは憚れる顔だった故……」


 これはシュトルムらの同類である所以か……。ハイリは至って真面目に、そのクールな表情を崩さぬまま理由を言うのだった。


 口ではごもっともらしく、なんて善意に溢れてる奴なんだろう……なんて思うかもしれないが、要は――。


「おとんかお前は!? 国の代表としてパシリ引き受けてどうすんだよ」

「仕方あるまい?」


 ただの優しいお父さんってことですね。流石ですハイリパピー。


「子供に弱いよな、お前って……」


 シュトルムの発言には俺も同意見である。そしてそれはシュトルムにも言えることだということは……まぁ無粋であるため言わないことにしておこう。


「うるさい。次代を担う子ども達を邪険に扱うなどできるものか。微力とはいえ後処理でそれぞれ力を尽くしてくれているのだから、労いもないのではあんまりだろう? 働きの見返りとして褒美を、対価というものを教える意味でも必要だ。つまりはこれは教育の一環でもある。うむ」

「「……」」


 聞いてもいないのに一人でベラベラ話していることから、的をつかれて恥ずかしかったのかもしれない。それが分かったため、俺とシュトルムは無言で頷き合い、ハイリの名誉を守ることにした。


 素直じゃないねー。別におちょくることはあっても馬鹿にしたりなんてしないのに。子ども達を大事にしているってのは純粋に誇らしいことだと思うし。

 おちょくるのは、クールな奴のギャップ差に対してだけだ。


「でもサインって言ってもなぁ。俺この世界の文字って何も書けないぞ?」

「元の世界ので構わん。幸いにもここら一帯では異世界後に詳しい者が比較的多くいる。決して伝わらないということもあるまい。子ども達が喜びそうなのであればそれでいい」。

「そういうことなら……分かった、なら適当にやっとくよ」

「適当では困る、しっかりやってくれ」

「お、おう……」


 イエッサー、分かりましたパピー。


 結構な量の紙束を前にしてしまい、俺は真面目にやっていたらきりがないと判断して曖昧な返答をしたところ、ハイリはそれを好ましく思わなかったのだろう。肩を静かに強く掴まれ、半強制的な眼力を前に俺は頷くしかなかった。


 こりゃガチですわ。


「む、そういえば……」


 ――そこで、ハイリはこれも忘れていたというように独り言を呟く。リーシャ達のいる方を向き、やや眉を潜めながら。


「? ど、どうしたんだパパ?」

「なんだその呼び方は……」

「気にしないでいいから。それで? どうした?」


 まだハイリの眼力の余韻が残っていたので言葉がつっかえてしまったが、一体何を思ったのだろうか? 

 俺がハイリへとその挙動の原因についてを求めると――。


「いや、リーシャもそろそろ用件を済ませないのかと思ってな」


 とのことだった。

 リーシャの謎の用件とやらが、遂に判明する時が来たようだ。


 ちなみにアンリさんとセシルさんはというと、ぬいぐるみみたいにギュっと抱きしめられている状況がまだ続いていたりする。俺達の見ていぬ間に一体何があったのかは知らないが、随分とリーシャから受けたダメージが大きいようだ。まだ復讐を開始してから数分程しか経過していないにも関わらず、2人共既に疲弊が目立つ。


 鍛え方が足りませんなぁ? 俺に比べりゃまだまだそんなのショボい、少しは人の痛みとやらを知れたかね?


 リーシャは背が2人よりも高いので、まるで子供を相手にしているみたいである。……俺が言えたことじゃないかもしれないが。


「リーシャ~。なんかハイリパパが呼んでるぞ~?」

「え~? じゃあワタシはママの方が良いのかな?」


 ハイリに代わり、俺はリーシャを冗談めかして呼んだつもりだったのだが、やはりリーシャである。こちらに視線を移しながら、どうでもいいことにノリノリですぐさま乗ってくるのであった。


 だがしかし、その理屈はよく分からん。なら結婚すればいいんじゃね? そしたら本物のパパとママだぞ。リーシャの婚活それで終わりじゃん、良かったね。


「そんでなぁに? ハイリ」

「今のを何事もなかったかのように納得されたような反応は困るのだが……まぁいい」


 やれやれと手に負えない奴を相手にスルースキルをハイリは発動したらしい。パパというワードに納得したのか諦めたのか、どちらともつかない返答をする。


 でも、「まぁいい」なの? 冗談でも訂正した方がいいと思いますよハルケニアス王。流石に相手は選んだ方がいいと思います。

 いや、俺はリーシャは相手としてはないなぁと個人的に思うだけだし、他がどう思おうが別にいいんだけど……それでもねぇ? 


 自分でも自覚している要らぬお節介を他所に、会話は続いていく。


「私はツカサにもう渡したんだが……お前はいいのか? それ以前に、持ってきているんだろうな?」

「そりゃ勿論! ……あ、ホントだ、ツー君いつの間に着てたんだ……ヒューヒュー、かっくいいじゃん。……えっとぉ……あれぇ? どこだっけなぁ……」


 俺が修繕された服を着ていたことに気付き、驚き、そして何やらゴソゴソと身体をまさぐるリーシャ。


 色々と忙しそうな奴だと言いたい所だが、なんだ……リーシャも贈り物だったのか。考えすぎて損したわ。


 セシルさんを拘束していた手を解かれ、その手でリーシャはゴソゴソと自身の身体のあちこちをまさぐっているわけだが、魂が抜けてしまったようにぐったりしたセシルさんはそのまま地面に座り込んでしまった。翼がピクピクと動くのは、身体の疲れをそのまま表しているのだろう。見たこともないようなやられ具合は実に新鮮で、俺の中ではある達成感がこの時生まれた。


 セシルさんへの復讐……コンプリートなり。残るはアンリさんだけだが、まぁこっちも時間の問題か。意外としぶといな。


 残るアンリさんは弄られ耐性を元々持ち合わせていたのか、セシルさんよりかは比較的マシである。身体はヘロヘロであるが、その目に宿る意思は光を失っていない……と、思われる。

 未だなお抗おうとするのは……流石裏ボスなだけあると言えよう。だが、お仕置きが足りないという見方も出来なくもない。陥落する時が楽しみである。


「よ、良かった……リーシャが一体どんな目的で来たのか分かんなくて不安だったんだけど、これならちょっと安心だ」

「何それ!? 失礼しちゃうなぁもう! ワタシだって英雄さんであるツー君にはそれなりの配慮くらいするよ?」


 お目当ての物を探しているリーシャへとこれまで感じていた不安を吐露した俺は、安堵の溜息をついた。その姿がリーシャにとっては失礼極まりない、心外に思えてしまったんだと思う。俺は普通に怒られてしまった。


 だが事実だ。否定する理由なんてないし、されるだけの理由もない。事実だけを見れば俺の圧勝なのは明白なのだから。

 リオールの皆様はリーシャが王でちゃんとやっていけてるのだろうか? 私生活、政策、条例、挙げたらキリがないが、ド素人の俺には到底務まらないことだけは分かる。だが、苦労は大体想像できる。

 全部ほっぽらかして好き放題やってないよな? 側近のシルファさんに苦労を掛けてないことを祈るが……あ、それ無理にしか思えん。記憶の中を探ってもリーシャが終始真面目に職務こなしてる姿が見当たらんし。


 ……って、何を考えてるんだ俺は。これじゃリーシャの保護者かよ。


 この時の俺は非常に気を抜いていた。リーシャの用件が何かの贈り物だと判明し、さっきポポに説明したリーシャの奇想天外補正、それを忘れてしまっていたのだ。

 何故今忘れてしまったんだと、この単純思考脳を持ち合わせてしまっている自分を呪いたい。




 いや、でもこれ回避しようとしてもできるわけない現実を一番呪った方が手っ取り早くね?


「あ、そうだったそうだった、ここに入れてたんだった!」

「「「ぶっ!? どこにしまってんだっ!」」」


 男三人衆の声が盛大にハモった。

 リーシャが俺へと渡したい物は、どうやら俺が想像していた以上に小さかったらしい。リーシャは空いた胸元に手を忍ばせると、そこから翡翠に輝く宝石を取り出す。

 しまっておいた所とは、なんと胸元だった。


 駄目じゃん! せっかく安心できたと思ってもその事実で全て台無しだよ馬鹿! それなりの配慮は何処に行ったんだ!


「はい! ワタシの温もりも一緒にどーぞ!」


 しかもその台詞いらねーし。

 コイツ分かってやってるだろ! このアマ……! 狙ってるみたいな言い方やめーや!


「え、もしかして気にしちゃってんの? ツー君可愛いねぇ。はい、どーぞ?」

「ぇ? ……っ!? い、いや~、ちょっと待ってくれるぅ?」


 リーシャがニヤニヤしながら、早く受け取ってよと言わんばかりに俺へと翡翠の宝石を差し出してきているのだが、すぐさま隣のお人の視線が俺に向けられていると知って躊躇してしまう。

 シュトルムとハイリが額に手を当てて文句を我慢している最中、俺はアンリさんと視線が合った。


 ヤベーって、アンリさん超こっち睨んでるって! 受け取ったら殺すよ的な眼差しが丸わかりなんですけど!? 


 今の俺は地獄への片道切符を受け取ろうとしているソレと一緒だ。例えリーシャと言えど仮にも女性から、しかも意図的であろうとも胸元から出した物を受け取る行為は危険極まりない。アンリさんの逆鱗に触れる……というか既に触れてしまっている。時間が解決するのはもう叶いそうもない。

 だが体裁もあるから受け取らないわけにはいかない……いやしかし、受け取ったら俺は確実に死ぬ。ど、どうする――!?


 ゆっくりと一歩一歩足を踏みしめながら、リーシャへと俺は近づいていく。


「っ!」




 今、生死を分かつ選択を――!







「……」

「ハイ、大事にしてね?」


 あ、ハイ。その、受け取っちゃいました。

 感想ですか? なんと言いますか……うん、確かに温いです。不覚にもリーシャにちょっぴりドキッとしてしまった自分が恥ずかしい。







 ブチッ――!







 受け取ったと同時に何か変な音も聞こえました。

 これはもしかしてアンリさんのタガが外れた音じゃなくて、俺の生命線が切れた音でもあるのかな? でも仕方ないじゃない、断れないもの。体裁とはそういうものだ。その代わりに生命線が断たれただけですって。

 俺、多分悪くない。


 俺の内心での謝りは無意味な事なのだろう。俺の願い虚しく、目の前からナイフとなった視線が次々と俺に刺さっていく錯覚がする。


 あはは、これで死ねるんだったらさっさと死にたいんですけど。死んでも死ねないゾンビライフはもう懲り懲りなんですけど。


「あ、アンリさん? 今度ばっかしは俺はそこまで悪くないよね? ね? ね!? 体裁ってもんがあるし!?」

「へぇ……まだ足りてないんだ? うん、そうだよね……だってリーシャ様綺麗だもんね?」

「ちょっ、違うから!?」

「もぉアンリちゃんってば、おだてても何も出ないよぉ?」


 暗い笑みを浮かべながらそんな風に見ないでぇ!? か、身体が動かん……!?


 アンリさんの嫉妬心は想像通り一気にMaxまで膨れ上がってしまったようだ。リーシャによって削られたライフポイントはその効果により無効、もしくは回復したのだろう。半分チートみたいな現実が今目の前に君臨してらっしゃる。

 そしてその状態のアンリさんを押さえつけているリーシャ、お前は命知らずか、てか何者だ。あと身体クネクネすんな、キショイ。


「あ、アンリ嬢ちゃん、取りあえず落ち着けって。コイツ分かっててやってるだけだから」

「そうなんですか……ならリーシャ様、堅苦しいのを抜きにしていいのなら、こういうことは以後気を付けてもらっても?」


 あ、やっぱりリーシャにも怒っておられる。低いトーンで物申しとる。


 あまりにも不憫に思ってくれたのか、弱者(オレ)を味方してくれる正義のヒーローであるシュトルムからたしなめられるアンリさん。ほんの気休めにもならない程度の納得しかしていないご様子で、リーシャを至近距離から暗いジト目で見ている。

 だが、一方のリーシャはというと――。


「うわぁ……アンリちゃんやっと普通に話してくれたね! しかもここらの国の人じゃないのに真っ向から敵対心剥き出しだぁ! なんか嬉しーなー♪」


 リーシャはリーシャで何故か非常に嬉しそうな反応をしていたが。


 てかここらの人達はリーシャに敵対心剥き出しなのか? それアカンやろ。絶対職務怠慢による正当な主張と感情だからリーシャの自業自得だとは思うけどさ。


 まぁ、ここら辺の国の人たちは家族扱いだから例外だが、他所からきた人でこんな扱いを受けることは今までなかったのだろう。てかあるわけがない、王族なのだから。

 それ故に真っ向から本音をぶつけてくるアンリさんに親しみ? を感じているのかもしれない。敵意に親しみを覚える人なんて聞いたことないが。


 なんにせよアンリさん、君は多分この中で一番の大物かもしれない。一般庶民の中で生活してきたはずなのに、初めて出会う王族を前にしてこんなことができるのは普通とは最早言えない。

 アンリさんが本当に普通ではないことの証明みたいに捉えられちゃうけど……違うよな?


「(リーシャのせいでとんでもねーことになっちまったな……アイツ碌なことしねーな)」

「(まったくだ。それにしても……さっき知ってはいたが、彼女にも随分と愛されているようだな。マーライト殿と2人……まったく其方は幸せ者だな?)」

「(いや、そうだけど今はこの愛はご勘弁願いたいんだけど)」

「(……まぁ確かに。これ程のヤキモチは正直凄すぎるかもしれぬな……。クローディア殿から聞いてはいたが、男冥利に尽きるという言葉がしっくり来るとも言えるか?)」

「(最早究極の域に達してないかそれ? もう少し過激さが収まってくれたら良さげだな)」

「(うん、言えてる)」

「聞こえてますよ?」

「「「っ!?」」」


 コソコソとハイリとシュトルムでアイコンタクトによる会話をしていたつもりだったのだが、全て筒抜けだったのだろう……何故分かったし。見透かしたようにアンリさんは突然会話に混ざってくる。聞かれている……いや正確には見られているが正しいか、そうとは思ってもいなかった俺達は蛇に睨まれた蛙の様に縮こまってしまう。


 うへぇ……ハイリとシュトルムまで手も足も出ないとかアンリさん強すぎるんですけどー。これ以上何を出せばいいと言うんですかね? 出すものなんてこれ以上はもう……。


「オイオイ、さっきのことがあったとはいえ、アンリ嬢ちゃん今日はヤキモチすげぇな?」

「いや、ヤキモチとかじゃないですよ? そうじゃなくて……殺意みたいな?」

「今すぐヤキモチにしてやってくれ、頼むから」


 笑顔で言うことじゃねぇえええええっ!? 

 ヒナギさんも大概だと思ってたけど、アンリさんも想像以上にヤバかったよ。今まで現実逃避しててそんな二次元的要素の代表とも言える領域に達する奴なんてあり得ないとか思ってたけど、もう誤魔化しきれない。

 アンリさん、以前までのちょいヤンデレが完全になくなって完全なヤンデレになってしまったというのか……。


 薄っすらと笑みを浮かべてシュトルムへと言葉を返すアンリさん。それを見て思った、これはガチですわと。今この場にいた者達で意識がハッキリしている人達に関しては、戦慄と同等の悪寒が身体を襲ったことだろう。……一部を除いてだが。


「いいね! アンリちゃん堅苦しさがなくなったみたいでワタシ嬉しいなー!」


 無論、リーシャである。ワクワクという表現が正しい笑みで今の状態のアンリさんを抱きしめている姿はハッキリ言って神経逝ってんじゃないかと思う。例えるならダイナマイトに火だるまで抱き着くようなもんである。

 お前はもう煽るのをやめろ、いややめてください。そのうち後ろから刺されr――。


「……ツカサさん、さっきのことと併せてまたお話があります」

「え!? 何故に俺!?」

「えへへ♪」

「ふぁっ!?」


 刺されるのは私でしたー。てかアンリさん答えになってねぇですよ!?


 リーシャへの殺意は俺へと向かってくるという理不尽な方程式でも出来上がっているのか、俺に全攻撃力が集中する。リーシャの手が緩まったのかは知らないが、アンリさんはするりと拘束を抜けて俺と向き合い、その距離を詰めてくる。勿論笑顔で。

 俺も当然、近づくたびに後ろへと後退を始めるしかなくなった。いつの間にか皆から少しずつ離れて孤立していき、周りに助けを求めることすら無理な状況へと追い込まれていく。


 結局俺なんですね? グスン……。もう全身ズタズタで刺すとこなんてないですよぅ。目に見えないだけで全身赤い噴水状態なんだからね今の俺。勘弁してくれ……。

 このままではち、血が足りない。急患一名、誰か俺に輸血準備をしてくれ……!


「それならアタシが輸血してあげますから♪」

「いや、結構です」

「うん? 今なんて?」

「っ!? お、お手柔らかにお願いしますいやマジでホントに……!」


 脳内を覗かれるなんて当たり前、最早そんなところまできていた。

 これを嬉しいと思うか怖いと思うか……んなもん決まってんだろ馬鹿野郎。普通にこえーわ。


 つまり、愛を血代わりにして俺に注いでくれるんですね? お兄さん分かります。

 いやぁ嬉しいなー、最高だなー、今すぐアンリ愛してるって叫びたいなー。取りあえず分かったから皆の所へ戻ろうぜ? な?


 身振り手振りでそれを伝えるも――。


「だ~め♪」

「あ、ちょ……」

「逃げられないからね?」

「い、いや待って? あ、アンリ話し合おう、そう……じっくりと話そうじゃないか、熱い熱帯夜のように。だから歩くのは止めよう? OK?」

「うん、わかりました」

「分かってない!? 止まってないよちょっと!? お、お嬢さん、いや麗しきお嬢様!? それ以上進むと命の保証はできないぞ? お兄さん怒らせたら……ちょいと痛い目見るぜ?」

「ふ~ん、怖いなぁ……」

「ここから先危険領域! キープアウト……お分かり? これは忠告だぞ……忠告なんですよ!?」

「うん。だったら喜んで飛び込める――!」


 アンリさんがそこまで言ったところで、俺はそれ以上後ずさりができなくなった。後ろには大きな木でできた民家があり、それ以上は物理的に不可能となってしまったためだ。


「っ!? しまっ――!?」

「追い詰めちゃった……」


 可愛い声で言うことじゃないんですがそれは……。


 ドンッ! と、俺の左頬すぐ横をアンリさんの掌が突いた。背中に預けている部分から震動が伝わり、ブルリと俺の身体が震える。

 木とはいえ民家に使われるくらいだから脆いものではないはずだ。だが、アンリさんの掌底による壁ドンは木がめり込むんじゃないかと思うくらいに激しく、当たったら骨が砕けそうな勢いで炸裂した。


 あれ、アンリさんそんなにステータス高かったでしたっけ? 色々と超越しすぎてね?


 まさか初めての壁ドンを俺がするのではなく彼女にされ、しかもこんな怖い経験になるなんて思いもしなかった。

 そういえばアンリさんとの朝チュンもどきも戦慄が走った記憶がある。そう考えると、アンリさんとの何かしらの初めては、全てそういう傾向になってしまうというのか? 事実なら怖すぎる。


 何も語り掛けられていないというのに、俺はアンリさんに至近距離から見つめられているだけであるのに無意識に頷くことしかできなかった。目で会話をするというのはこのことを言うのだろう。


 さっき復讐劇とか言ったな? アレ嘘でした。どうやら俺の服従劇の間違いだったみたいですん。

 やられたらやり返す。でもやり返したらまたやられます。今日、それがよく分かりました。

 頭の良い僕は負の連鎖を止めるために今後やり返しを(アンリさんに)しないことをここに誓います。




 だがリーシャ、てめぇは駄目だ。後でたっぷり復讐してやる。


「ぷくく……! あの子達面白すぎる……!」


 皆の声は聞こえないが、リーシャの声だけは何故かよく聞こえた気がした。今の俺の状態を嘲笑い、してやったりと喜びの舞でも踊ってそうな声色は到底許せるものではない。

 貰った宝石が砕けない程度に、俺は恐怖を堪えるために宝石を強く握りしめた。




 ……『宴』って一体何なんでしょーね? 不幸の日、それが俺の最終的な感想だ。

『宴』はこれにて終了です。締まらないかもですが。

今回通常の倍くらいの量になってしまったので、次回更新は水曜です。

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