255話 『宴』:ポポ
ひと騒動が終わってどうしていいのかも分からず、一先ずヒナギさんの頭を膝に乗せて俺はボーっとしていた。ヒナギさんは安らかに気絶を継続しており、その頬や髪を撫でたりしてひっそりと一人イチャイチャをしながらだ。
ほへぇ~ホンットにスベスベだな~。一体どんな化粧水つけてんだろ? これで何も手を施してないとかだったらアンリさんと一緒で不思議極まりないんスけど。
「ピィッ!」
不意に、同じ高度を飛んでいたらしい青い鳥さんが俺に鳴いてくる。
こんな高度でわざわざ鳴く必要もないはずだが、恐らく俺達がいることに対しての警戒か挨拶の意味で鳴いたのだろう。強い風をものともせずに悠然と空を泳ぐ鳥さんは、尻尾がリボンみたいにひらひらしていて、鳥さんの飛んだ軌跡を不安定ながら追いかけている。俺は久々にナナ達以外の鳥を見かけたこともあり、新鮮な気持ちで小さく手を振った。
あ、鳥さんチッスチッス。初めましてこんにちは、そしてご機嫌はいかがですかな? 驚かせちゃったならソーリ~ソーリ~。
「ピュロロロ~♪」
俺と鳥さんとで意思疎通ができたのか、お上手な巻き舌をご披露の後鳥さんは方向を変えて離れていく。シルエットが小さくなっていき、やがてその姿が見えなくなると少し寂しい気持ちになってしまったが、ほっこり気分と和やか気分の移り変わりが激しいひと時を俺は楽しんでいた。
どうせ俺がどう足掻こうが死が待っている状況は変わらない。それならば、開き直って余生を楽しもうと思った次第でございます。ヒナギさんの無防備な姿という非常に激レアな状況を前にして、現在頭を真っ新にして最後の思い出を深く胸に刻みつけている最中なのであります。
流石ですよ神代君は、死を前にこんなに頭を真っ白に出来るんですから……。周りがいくらゴチャゴチャと情報過多であろうとも冷静さは忘れない。
そこに――。
「ご主人、こんなところで何してるんです?」
何人たりとも訪れることは叶わないと思っていた場所に、突然ポポが姿を現す。
下から昇る様に上昇してきたかと思うと一気に速度を緩めてその場に制止し、力強い羽ばたきでその場に滞空した。
何故か巨大化していることもあり、雄々しく力強い羽ばたきを眼前で見せるポポの存在感はやはり凄まじい。空にいることが正しい……そう思わされるほどの感想を抱いてしまうくらいに貫禄のある姿であった。
「ポポ? え、お前こそどうしてここに?」
「いえ、私は用事が済んでご主人の反応がこちらにあったので見に来たんですけど……ヒナギさんと一緒に何やってるんですか?」
俺がヒナギさんと一緒にいて今こんな状態になっていること……ポポはその理由を知らないのか、キョトンとした顔で俺を見つめるだけだ。
何故ポポがそのことを知らないのかが分からない俺はポポに聞き尋ねる。
「あれ? 今さっきのやり取りって聞いてないのか?」
「え、なにかあったんですか?」
どうやら本当にポポは知らないようである。驚き方が至って自然であり、とても冗談を言っているようには見えなかった。
滞空させたままなのも癪なので、俺はポポ分の足場を作ってそこに降りるように促す。ポポはそこに足場があるのが見えているかのようにフワッと足を付けると、遠慮なくくつろぎ始めた。
俺が足場をわざわざ出した時点で話を聞かせてくれると察したのだろう。俺の言葉の続きを待つかのようにジッとしている。
ここで一々余計なことを言わないでくれる辺り、ナナとの違いが見受けられるというものだ。ナナだったら間違いなく癇に障る一言があるだろうし、その点ポポは余計なことをほとんど言わないでくれるのでいい子いい子してあげたい。
「実はさぁ~――」
何も知らなさそうなポポに、俺は事のあらましを伝える。
どうせここで重要な部分をはぐらかしたところで皆さんには既に聞かれてしまっているのだ。後で俺の伝えた内容との違いがもしあればすぐにバレてしまうし、その場しのぎの誤魔化しをする必要もない。第一さっきの出来事を知る人物が一人増えた所で気にもならないのが実際のところなのだ。雀の涙……インコの涙みたいなもんである。
まぁ伝えることと言っても、ポポが今言った通り下手すればナニヤってるな状況になりかけてましたってことなんですけどね。いやん恥ずかしー。
◆◆◆
「そうでしたか、ヒナギさんが……」
「ヒナギさんがまさかこんなに変貌するとは思わなくてさぁー。驚いたよホント」
嘘偽りもない、生々しい出来事も含んだ俺が体験した全てをポポへと伝えると、神妙な顔つきで首を捻るポポ。俺はポポに多少なりとも同情してもらえたと思い、気楽に言葉を吐いていく。
しかし――。
「まぁ、ヒナギさんがそういうことに踏み切るのは時間の問題だと思ってましたけどね」
「へ?」
ここで、ポポから向けられる視線が少し変わった。まるで俺に呆れたような、そんな視線に。
ポポはそのまま勢いよく話していくのだった。
「それはそうでしょう? あれだけご主人に対して好意を寄せてんですから今言ったことなんて簡単に想像がつきますって。流石にこの場でそうなったのはちょっと驚きはしましたけど、ご主人が甘えて欲しいとか何も考えなしに言うからそうなっただけで、ヒナギさんの心情を考えれば別に変でもない気がします。だってヒナギさんはアンリさんとは別のベクトルに恋に恋する乙女属性を秘めた人なんですよ? そんな人にこれまで色々と我慢させてたんですから当たり前じゃないですか、襲ってくださいって言ってるようなもんです。今回のでアンリさんも時間の問題だと思います。というかご主人の嫉妬から始まったわけで、発端は仰ったようにご主人に変わりありませんしねぇ」
「う、う~ん……」
ボロッ糞に言われ放題となってしまい、ぐうの音も出ない。
ポポには俺の心情やらも含めての説明をしたつもりだ。勿論ヒナギさんの心情も憶測ではあるが説明したし、今回の経緯は両者の心情が結構な問題になったことは言わずもがなであろう。
俺の心情は俺が一番分かっているからいい。だが、ヒナギさんは違う。ヒナギさんの心情を最も理解しているのは本人であって、俺ではないのだ。俺がポポへと伝えたヒナギさんの思っていたであろう心情はあくまで俺がそう思ったものであり、確証なんてない。当然ポポもポポでヒナギさんの心情を俺とは別に考えているはずなのだ。
そして、ポポは俺とヒナギさんの心情を理解した上で、俺に最も非があったと言っている。
まぁ、どちらにしても騒ぎを起こした事実に変わりはない。ポポはそれを突きつけているだけ……。ただそれがこうして第三者に面と向かって言われるとどうしようもなく思えてしまった。
「ご主人が悪いですね。あんなに愛されてるんだから察してあげてくださいよ。鈍感なのもここらで卒業してください」
「分かってるよ……」
俺がポポに頷くと、ポポは大きくため息を吐いて神妙な顔つきを解いた。これ以上言わせるなと言っているようなその態度に、俺は申し訳なさを感じた。まだ許してくれる……そんな気がしたからだ。
手の掛かる奴で済まない。
「ま、ご主人が一番これからどうするかで悩んでるんでしょうし、私はこれ以上とやかくは言いません。ご主人がどうするかはご主人で決めるべきですから。悩んでるんだったら相談には乗りますけどね」
「そんときゃ頼むよ」
「はい。――ただ、これだけは言わせてください。ご主人の選んだ道を否定するつもりは私達はありません。でも、進むならそれに伴って発生することにしっかり対応して欲しいです。ご主人には嫌な事から逃げるなんて情けない真似はして欲しくない」
「……肝に銘じておく」
下手に長引かせて困惑させないようにする配慮があったのかは分からない。だが、ここでこれまでの話は一旦終わった。それまで感じていたヒナギさんへの後味の悪さから解放された気になり、一先ずは問題に対する猶予期間が生まれた具合だ。
……あ、ちなみにヒナギさんの唇の後味は最高でした。ペロリご馳走様です。
ヒナギさんにキスした時の感触を思い出してその感想を内心で言いつつ、俺はポポとの談話へと興じる。
「そういや最近ポポともあんまし話してなかったよな~」
「なんですか急に……確かにそうかもしれませんけど」
「なんか無性に久しぶりな気がする」
明るい話を求め、それまでのモヤモヤを払拭したい一心で今は盛大に、そして大袈裟に俺は話した。
だが、事実である。俺とポポがこうしてまともに話すのはいつ振りくらいだろうか? 目覚めた時から問題が山積みだったりしてたし、セルベルティアに一緒に行った時くらい……か? あれ? そう考えるとそうでもないな。
思い返してみたものの、案外言う程でもなかったりする。
でも、それはきっと今まで話していた時間が多く長かっただけで、感覚が狂ってしまっているだけだろう。
「ま、いいや。……で? ポポは今まで何してたんだ? さっき用事とか言ってたけど……」
「それですか? ちょっと頼まれ事をされてしまいましてね。ハルケニアスとリオールまで行ってたんですよ」
「リオールとハルケニアスにか!? そんな遠くまで……」
ポポの用事とはリオールとハルケニアスに行くことだったようだ。俺はまさか随分と離れた場所まで赴いているとは思わず、その事実に驚いてしまった。
「本当はナナも一緒にいくはずだったんですけど、ご主人とアンリさんが気持ちよさそうに寝ていたのを邪魔するのが憚れまして……。ナナにその場は任せて私だけ行くことにしたんです」
「あ、そうだったのか……」
どうやら俺が原因でポポとナナで分担するところだったのを、ポポだけで遂行したらしい。ハルケニアスとリオールに行き、そして今ここに舞い戻ってきているとのことだった。
……でもちょっとまって? ポポとナナは俺の従魔なのに誰がそんなお使いを頼んだんだ? まぁ別にポポとナナは個々で勝手に動いてもらってもいいんだけど、せめて一言くらい俺にあったっていいじゃないの。……あ、寝てたからそんなの無理か。俺のアホ。
もしかしてこう思ってしまうのも独占欲みたいなものなんだろうか?
最初からずっと傍にいてくれて付き従ってくれるポポ達。それが当たり前になってしまってるから……。
なんか今日だけで俺の醜さってやつが判明しまくって悲しくなってくるなぁ。
「ご主人、お気になさらず。私がそれでいいと思っただけですし」
「でもさぁ、流石のポポでも遠かっただろ? 俺が起きてたら『精霊の抜け道』用意できたんだが……」
「いいですって、あんな大量に魔力を使う移動方法よりも、時間は少し掛かりますけど安価な方がずっといいです」
俺が少しでもバツの悪い顔をすれば、すぐさまそれを察してポポの気遣いが返ってくる。そんな察しの良いポポには感謝しかない。
いい子だなぁ……ポポは。苦労人気質には同情しかできないけど、ポポはそれでこそって気もするからなんとも言えん。
謝るのでは逆効果と悟り、俺はポポに質問を重ねていくことに集中することにする。
「いい子だねぇポポは。……んで、誰がお願いして何しに行ったん?」
「シュトルムさんからお願いされましてね、リーシャ様とハイリッヒ様の送迎をしたんですよ。お二人がご主人に直接お会いしたいと……。今お二人はシュトルムさんのところにいるかと思いますよ? 私そこに降ろしてきたので。手持無沙汰になったんで、何故か空にご主人の反応を感じて見に来て……今に至ります」
「そうだったのか。てかあの二人いつの間にもう来てたのか」
ポポの請け負った仕事とは、リーシャとハイリをオルヴェイラスに送り届けることであったらしい。ナナと一緒に本来行うはずだったのはそれが理由か……。ハルケニアスとリオールもそれなりに距離が離れているし、効率を考えたら納得である。
それに、さっきのアナウンスとポポが言っていることは大体一致している。あの2人がオルヴェイラスに向かっていると俺が分かったその時、ポポがリアルタイムで送迎してたのか……知らなかった。
「ちょっと待て、だけどあの二人が来たらすぐにアナウンスが来るのが普通だろ。王族だし知らせないわけないと思うんだが……」
「う~ん、クローディア様とシュトルムさんのちちくりあいを見て騒いでましたしねぇ……。その辺適当になってるんじゃないですか?」
「何その適当な理由」
ポポの返答は珍しくテキトーなものであった。
しかし、そのテキトーである理由は分からなくはない。あの2人を見ればそうなってしまうのは理解できてしまうし、何処かどうでもいいような顔をしているのはきっとそういうことだろう。
関わったら負け、それに尽きるからである。
ということは、俺とヒナギさんの騒動の最中のシュトルムはクローディア様から偶々解放されていて、あの通信を俺とヒナギさんに向かって発した。そしてその後にポポがリーシャ達を連れてきて、どうせそれっぽい発言をして再びクローディア様の火をつけてしまったんだろう、またちちくりあいを始めたと……。
それは何と言いますか……ご愁傷様。シュトルムの奴本気で干からびるんじゃないの? いや、痩せこけてって意味ですけども。
ひたすらに不憫と思われるシュトルムに流石に同情の余地が湧いてくるところではあるが、その気まぐれな優しさは今は置いておくことにする。今は別のことじゃい。
「あの二人が俺に用がある理由って何か知ってる?」
「ハイリッヒ様はご主人に渡したいものがあるとか言ってましたよ? 中くらいの包みを持ってましたからそれがそうじゃないかと……。でも、リーシャ様はちょっとわかりませんでしたね。少なくとも何かを持ってるようには見受けられませんでした」
「そっか。リーシャは何の用なんかな……嫌な予感がする」
よりによってリーシャだけ不明となってしまって、不穏な気配が漂っている気がしてきてしまう。
ハイリの用が俺に何か渡す物があるからというのは分かった。だが、リーシャはどうやら渡すものではないらしく、来日目的の詳細が早めに欲しいところだ。
ハイリはまず間違いなく平気だからいい。普段であっても公の場であっても、概ねクールでいて冷静さは変わらないと思えるから。渡す物もそれに応じて安心できることは保証されたようなもの。
しかし、リーシャは奇想天外で予想がつかなすぎる。王族の身分であることを気にする素振りが見受けられないうえ、言葉遣いだって生きた年齢の割には子どもっぽい。本当に俺の約7倍は人生経験を積んでるのか文句を言いたい程だ。どんな場であろうがマイペースすぎるその性格は何をしてくるか分からない恐ろしさを秘めているのである。
「不安? なんでです?」
ポポは知らないから俺がリーシャに不安を覚えているのが不思議なのだろう。俺にその理由を求めてくる。
「仮にリーシャが全く問題のない物を渡してきたとしよう。ハイリと同じ、いやそれ以上の安心さをもった贈り物の場合と仮定してくれてもいい。……うん、それでもやっぱり不安。リーシャに掛かってる奇想天外補正は軽くそれを上回りそうで仕方がない。どうせロクでもないことに繋がることは避けられないとしか思えないんだよ。ある意味呪いというのが正しいかもしれない……」
「そんな大袈裟な……盛り過ぎでしょう。てかそんな馬鹿な補正とか現実にあるわけないじゃないですか」
「ちっ、すぐ分かるっての」
くっ……やはり最初は信じられないのも無理ないよなぁ。しかも連れてきてて特に違和感を感じなかったのだからポポのこの反応は仕方のないことか。
分かった、今はそう思っていなさい。後で多分知ることになるだろうし。
今の段階でポポに理解してもらうのは流石に無理だと思い、俺は近いうちに分かると願うことでそれ以上は何も言わなかった。
「でも会いに来た方々に会わないなんてわけにはいきませんし、行った方がやっぱりいいんじゃないですか?」
だからなのか、ポポは早くリーシャ達の元へと向かうように催促してくる。
頼れる相棒で礼儀マナーも正しくて紳士で滅茶苦茶強くて頼りになるポポきゅんの頼み。俺は鬼ではないし、身内には激甘であると自負できる程度の奴だとは思っている。
でも嫌です。可能な限り拒絶を示させていただこう。
嫌よ嫌よも好きのうちだなんて俺は信じない。そんなことを言ってるから付け入れられることになるのだ。嫌よ嫌よは隙のうち……ここはポポの願いは全てシャットアウトするしかない。
「どうせ行かなかったらそのうちアナウンス入るだろ? そん時行きゃいいよ。お兄さんもう激戦を潜り抜けすぎて疲れました」
ヒナギさんを膝に寝かせたままであるが、俺もそのままぐてぇ……とその場で寝そべる。
あー……思い出したらなんだかすげぇ疲れてきた。今日の疲労とか『影』と戦った時よりも超辛く感じるわ。
「何があったんですか一体……」
俺が疲れきってしまっていること……これもポポは知らないのだ。疑問は当然のように上がる。
俺はありのまま、淡々と俺に引き起こされた事実だけを凄く簡潔に答えてあげることにする。
「……二回死んでんだよ、俺」
「はい?」
「そんで今は3回目の死を待ってる最中だ。もう……眠らせてくれよ……」
「意味分からないです」
ちっ、頭固いなーポポめ。俺の渾身のギャグがものの見事に流されてるよ。……いつものことだけど。
哀愁と寂しさをふんだんに演技したつもりであったが、俺の演技力は低いらしい。ポポには何も伝えることが出来なかったようで、俺がとち狂ったことを言い始めたとしか思われていなさそうである。
プンプン! 別にいいもんね!
「俺のことはどーでもいいよ。なんにせよポポ、お疲れ様。そういや、臨時講師期間の時もポポってグランドルで飛び回ってたんだっけ? ナナに仕事押し付けられてさ」
「へ? あ、そうですね、そんなこともありました。あの時はまだ私も弱かったですから大変でしたよ。東西南北必死に飛び回って……今だったらあっと言う間に仕事を終わらせる自信ありますよ」
「間違いないな」
無理矢理話を変えたことでポポは一瞬だけ反応が遅れはしたが、すぐに笑って返答した。
当時は未熟で大変だったと言うような姿は俺にも当時の記憶を呼び起こすそれであり、まるで昔を懐かしむ感覚にされてしまう。
そんなに月日が経っているわけでもないのに、俺達はそれでも激変したと言えるくらいに変わってしまっているのは確かだ。ステータスは勿論、内面も仲間も周囲も全てがあの頃から想像もつかないくらいに豊かになっているのだから。
あの頃が俺も懐かしい。今だったら未来の俺にどれだけこの力が通用するのか気になるし、あの時アイツが俺の力を試すような真似をした理由がなんとなくだが分かる気がする。
力に溺れるのは愚かなことだ。だが、力を振りかざすことを忘れて自分の力を把握しきれていないことの方が俺には愚かに思える。いざという時に自分の力がどれくらいの領域にあるのかを把握するためにも、やはり自身についての把握は怠れないな……。
「……ハァ、そう考えるとお前って本当に良い子だなぁ。嫌なことでも引き受けてくれる兄ちゃんみたいだし……お前が真面目でご主人助かるわ~」
「それはナナと比べてるんですか?」
「アイツ以外いると思う?」
「いない、ですね」
「だろ?」
脳裏に浮かぶはナナの姿。ケラケラ笑ったり寝そべったりと……真面目な印象は皆無な姿。
そしてそれを言い当てるポポも思い当たる節がありありであることに間違いない。俺達のナナに対する共通認識にあまり違いはなさそうだ。
ポポまでアホの子だったら俺はどうなっていたか分からない。その時はきっと育児に疲れた父親みたいになっていたことであろう。想像したくないifの世界線だ。
「――ナナも一応いい子ではあるんだけどさ、それを台無しにするくらいに面倒な事やらかすからなぁ。その点ポポは面倒事もなくて俺すげぇ助かってるよ」
「まぁまぁ、そう言いなさらずに。手の掛かる子程可愛いって言うじゃないですか」
「それがなかったら可愛いんだよ。昔のおっとりした母性溢れるナナちゃんどこに行ったんだって感じだわ」
「それは……確かにそうかもしれません。今じゃ間延びした話し方もしませんからねナナ」
昔は語尾を伸ばすような話し方が目立ったナナ。しかし、それは気が付けば無くなっていて、口から飛び出す発言は突拍子もないことだったり冗談だったり、挙句の果てには母性から父性に変わったってくらいの変貌を遂げてしまっているのが現実だ。これにはポポもやはり思う部分があるらしく、少し残念そうな表情である。
俺がナナに一番母性、或いは女の子の雰囲気を感じる場面があるとしたら……う~ん、一人称が私ってところですかね? それ以外は分かんない。
「でも、そういうナナがいたからこそ私はあの時グランドルに残ることができたんです。ラグナの災厄はナナのお蔭である意味助かったのかもしれませんけどね」
「残らされたの間違いだろ?」
「はいそこ言わないでください。今真面目なこと言ったんで」
俺が余計な茶々を入れるとすかさずポポの嗜めが入って邪魔されてしまう。……これはまぁ俺が悪い。
しかし、ポポも言う通り、あの時ポポがグランドルに残ったおかげでラグナの被害は限りなく抑えきれたと俺も一応思っている。そうすると、ナナのあの血も涙もないポポへの仕事の押し付けのおかげで今があると言っても過言ではないと言えるのかもしれないのである。
全ての運命はそんなしょーもないような小さなことから全て繋がった果てにある……そう思わされてしまうのも仕方のないことだ。
……とでも言うと思ったか? 馬鹿め。
はぁ? それは全て結果論ですよ? 何を言ってるんですかポポ君や。聖人君子じゃあるまいし。
確かにポポがあの時グランドルにいたから助かったってのは否定しないよ、事実だからね。でもだからといってナナがポポにしたことを肯定するわけにはいかんのだよ。
未来を見通していてその判断・行動に至ったというならば、俺は「なんという先見の目をお持ちなんだぁ~(棒)」とか言ってナナ様しゅごいと崇拝して信仰しよう。新たなナナ信教の偉大なる発展に力を貸したって構わない。
でも、現実は違うだろ? ナナにそんな特殊技能なんてものはない。あの時ポポと共に一緒に手伝うべきだったのがその当時では最善の判断だと今でも思う。
まだポポとの話に興じていたい気持ちは薄れを知らない。しかし、やはり現実とは上手くいかないものである。
突然――。
『英雄さーん、何処にいるのー? 早くこっち来てくれないと困るんだけどー?』
元気な声で、あのリーシャの声が聞こえてきてしまったから……。
アナウンスによる連絡ではなく、直接俺へと通信が飛んできてしまったようだ。
「……来やがったよ」
「はい、来ちゃいましたね」
寝そべったまま顔だけが曇りを帯びていくのが自分でも分かった。こうして直接通信をしてきたということは、アナウンスよりも強い効果があるとリーシャは考えているんだろう。
アナウンスによる全体への呼びかけではなく個人を特定した通信であるしそれは当たり前だが、今行きたくない衝動があった俺を無理矢理動かそうとするには結構な打撃となる。
『楽しんでいる最中済まないが、其方に用があって来たんだ。来てくれると私も助かる』
「ハイリ、か……。へーへー、仕方ないから今行きますよ……そう慌てないでくださいなご両名とも」
唯一の良心とも言っていい、ハイリの遠慮がちな要求。俺の期待通りの態度を見せるハイリに何処か救われた気持ちになってしまい、リーシャのことを考慮した上で俺は動き出す意思を固めることができたらしい。
身体をゆっくりと起こし、溜息と共にポポを見た。
「ヒナギさんは私が責任を持って見守ってますから、ご主人はハイリさん達の元に向かってください」
「うん、頼むわ。ヒナギさんが起きたら上手いこと宥めといてくれ」
「はい」
ポポの申し出に頷き、俺は膝にいたヒナギさんを起こさないように優しくまた抱え上げた。そしてポポへとヒナギさんを預け、眼下に広がるオルヴェイラスの中心部……その付近を見つめた。
中心部分だけ……やけに小さな点が数多く見えるのは恐らく人だかりができている証拠だろう。シュトルム達を見に来た見物客に加え、リーシャとハイリが来たことによって更に注目度は高まっているだろうし、現場の人口密度の高さが既に伺えてしまう。
『私の胸に飛び込んで来たって良いんだよー? だから早く来てよ~!』
……やっぱり行きたくないなぁ。
俺が行こうと決意した矢先、何も知らぬリーシャによって精神が削がれていく感覚が襲ってくる。そういう発言は止めてくれと……特に今日に関しては洒落にならないと今すぐ言いたかった。
しかし、もう遅い。さっさと会ってその口を塞いだ方がまだマシに思えた俺は、重力に従って空を落ちた。
次回更新は日曜です。




