250話 『宴』:セシル②
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それから、セシルさんと立ち話の形で語らいを始めたわけだが――。
どうやら、セシルさんは『宴』の最初は大人達に混じって色々と話をしていたらしい。天使のことについて、俺達とのこれまでについてなどなど、その内容は様々だったそうだ。根掘り葉掘り聞かれまくった挙句、疲れ果てて退避してきたところを子供たちに捕縛され俺が見かけた状態へと陥ったようだ。
子供たちに纏わりつかれるというのはまぁ注目の人物であるから分かる。セシルさんもリオールでポポと一緒に健闘してくれているし、そもそも世界から絶滅した、歴史に登場するような存在が現代にいるという事実だけでも相当な事案だ。しかも今回の災厄では情報を引き出すことは不幸なことに出来なかったとはいえ、『ノヴァ』の部下を実質数名潰す結果を残してくれている。
あの日あの瞬間から、『ノヴァ』はイーリス三カ国の敵となった……それを考えるとこれで注目にならない方が無理というものだ。大人も子どもも気になるだろう。
それと今の恰好についてもそうだが、自身の秘密を隠すこともしなくなったセシルさんの心情が随分と変化したのは間違いないのではないだろうか? あの日、戦いが終わったら自分も全て話すという言葉。この『宴』が終わった後にでも話してくれるのではないかと思える。
そのことを踏まえ、今は特に何か口出ししたりはしないようにすればいいのかな。
……まぁ、今までもだがやはり優しいお人である。天使が怖い存在であったという話が嘘なような存在、それがセシルさんだということが今日改めて分かるというものだ。その身に持つ力は確かに恐怖を与えかねない凶暴性を秘めているのかもしれない、『ノヴァ』の部下共に冷徹な鉄槌を下そうとしていた事実はあるのかもしれない。だがそれは俺とて同じこと。力なんてものは要は使い方と捉え方次第でどうとでも変わる。そしてセシルさんは用心するだけ無駄と言えるくらいに凶暴性のなく、正当な力を振るえるお人なのだ。
俺からしたら小っちゃくて眠たそうな目をしてて、綺麗な天使の翼を持ったちょっぴり抜け目のないずる賢い人……そんな人である。
「――へぇ……それは大変だったね」
「うん、折角楽しめそうだったのにな……」
子ども達が遊ぶさまを見ながら、俺はこれまでにあったことをセシルさんへと伝える。そして時折魔法で子ども達を驚かしたりしてあげると、キャッキャと反応が返ってくる。
『アクアボール』で水球を出して水遊びをさせるもよし、濡れた身体を『ウィンド』で乾かしてあげるもよしとあれこれと……手の掛かるお子ちゃま達ですこと。でも今だけは見ていると和む。やっぱり子どもなんだなぁと思えるから。
「クス……ねぇ、もしかしなくもないんだけどツカサってさ、祭りごとって結構好きだったりする?」
「え? なんで?」
微笑を浮かべて子供たちの姿を見守っていると、セシルさんが不意にそんなことを俺へと聞いてくる。
「……いや、理由いる? それだけ残念そうにしてて。あと盛大に心の叫びが聞こえてくるようだからさ……ツカサ見てると」
セシルさん曰く、俺は残念な顔をしていたらしく、隠していたと思っていた内心をセシルさんに読み取られていたらしい。ここで明確に絶対と決めつけるような言い方をしていないのは、極力天使の力を行使しないようにしているように心掛けているからなのだろう。あまり力を快く思っていないのは知っているし。
でも、セシルさんに隠し事はできないなぁ……。
「……」
俺がこの『宴』を実は楽しみにしていたというのは事実なのは確かだ。皆さん予想もしていなかったと思うのだが、パーティ内で最も『宴』を楽しみにしていたのは間違いなく俺だと思う。
あ、なんかその事実を突きつけられるとすごい悲しくなってきた……。
「……そうですよ、俺はこういうの超がつくくらいに大好きですよーだ。だって今まで家族以外で祭りになんて出かけたことなんてないし経験が少ないんだから仕方ないじゃんか。でも今日はアンリさんとかさっきまでいたからエスコートしなきゃって思って満足に遊べたかって言われるとそうでもないしー、追いかけまわされるしー、超絶不満しか残ってねーしー」
「そ、そうだったんだ。そこまで楽しみにしてたんだ……それは意外」
セシルさんが俺のまさかの落ち込み具合に若干引き気味である。
でもその気持ちは分からんでもない、だっていい年してお祭りでここまで凹むのは子供染みているとしか思えなくもないから。自覚している。
だがしかぁし! 俺の落胆はマリアナ海溝よりも深いのだよ。だからこうしてマイナスオーラ満載の雰囲気が滲み出てしまっても仕方ないのだ。
俺の嘆きが身勝手で迷惑になることを自覚しながら、俺はセシルさんへと告げていく。
「それにあれだよ? ジークとアンリさん、2人して俺の事めっちゃ苛めてくるんだよ? もうホントどうかしてるよ。ジークは馬鹿だしアンリさんは今日何故かやたらとヤンデレ要素強いし超怖いし可愛いし……ぶっちゃけ次は俺本当に殺されるんじゃないかなー」
「え? 怖いのに可愛い……?」
「女心って難しい……でも俺の男心を向こうは理解してくれてんのかなぁ? 持ちつ持たれつなはずなのに持ちつ持たれぬな気がしてならねーんですけど……超絶人生ハードモードどころかヘルモードなんですけど。死ぬ方がイージーなんですけど」
死ぬ方がイージー……これはぶっちゃけ冗談なんかでもない気がしなくもないから、あながち間違ってはいないと思う。ついこの前も瀕死になりましたからなぁ……。
死の綱渡りを俺は一体何度成功させればいいと言うのだね? ジークと戦った時、『影』と戦った時、アンリさんに苛められた時で既に3回も経験してるわけなんですけども。
「う~ん……なんか一気にぶっ壊れたね、ツカサ。まぁ元気出しなよ」
「……うん、捻りだしてみる」
ハハッ、それなら早速調味料のチューブに残ったものを絞り出すかの如く、元気を捻りだしてみようか。うん、そんなことしたら身体が捻じれて死ねるじゃん。却下で。
本当に人生イージーですね、酷い意味で。俺自身性格が捻くれてるというのに、これ以上どう捻じれろと?
「『宴』はまだ続くんだから大丈夫だって。だからしっかり楽しみなよ? ツカサが楽しんだうえで、それをアンリ達に伝えてあげなよ」
暗く深~いネガティブゾーンを形成中の俺に向かって一筋の光を与えてくれるのは、ここにおられますセシルさん。
お言葉一つ一つに浄化の力が備わっているみたいで非常にありがたや~。
だからだろうか。俺は何気なく思ったことをそのまま口にする。
「セシルさんってさ、天使みたいだよね……」
「うん? 天使だけど?」
何を言っているのか分からないと、セシルさんは首をコテンと傾けて不思議そうな顔になる。
あ、そういう意味で言った訳じゃないんです。貴女の言葉がそういう風に聞こえたんです。
確かにセシルさんは天使であるが、種族が例え天使でなくとも天使みたいなお人ということを俺は言いたいのだ。以前セシルさんの種族が天使と知らずにそう思ったこともあったくらいなので、案外俺の感性は信憑性が高いのかもしれない。
流石俺、真っ新な汚れ亡き心は健在ですね。
あぁ……天使セシル様、貴女は心も身体もしっかりと天使でしt――。
「クス、相変わらず意味分かんないこと言うよね……。流石『お前が笑えば皆も笑う』「ちょっ!?」これを素で言えるだけのことはあるかな」
「や、やっぱ聞いてたんだ……くっそぅ……!」
「驚いちゃったよ、まさかそんな青臭い発言ができるとか……ぷぷっ……!」
うん、嘘です。今のは天使どころか悪魔でしたわ。だから間取って小悪魔みたいな人に訂正させていただきますねセシルさんや。
今のセシルさんの発言で俺の先程の失態を思い出すというものだ。世間様よりも身内に聞かれたということの方がダメージが大きい。さっきジークがこのことを持ち出さなかったのは奇跡的と言えようか。
セシルさんは顔を若干俺から背け、口元に手を当ててクスクスと笑いながらジト目で俺を見る。それが俺をおちょっくているのだと分かってはいるが……またこめかみをグリグリしてやろうかと思いたくなる。
「天使のお姉ちゃーん、もっかい翼触ってみてもいーい?」
目の前の小悪魔さんのせいで恥ずかしさに悶える中、遊んでいたはずの子ども達が一斉にこちらへと駆け寄ってくる。
違うぞ、この人は小悪魔のお姉ちゃんだ。人を茶化して微笑む黒い小悪魔だ。……白い小悪魔がいるのかは知らんけどな。
「んー? いいよ、はい」
「うわぁ……やっぱりすっごいふりふりしてるー!」
俺の内心を他所に、セシルさんの周りに子ども達がまたも集まる。どうやら俺がここに来る前に翼を触ったりしていたのか、もう一度ご所望なようだ。セシルさんは気にするでもなくぶわっと広げた翼を子ども達へと差し出す。
ご満悦で翼を堪能する子ども達であったが、こうしてマジマジとセシルさんを見ていると、その背中に生えて大きく自己主張をしている翼は確かに気になる。ポポ達とどう違うのかとか、触り心地はどうなのかと色々と……。
ポポ達は翼自体が手の役割を担っているわけだが、セシルさんの翼は手とは別に背中から生えていることもあり、その感覚とやらが一体どんな感じなのか気になるところだ。
個人的に翼は人体の一部ということで、それを触るというのは少々アウトな行為に思えてしまうために子ども達同様に触ったりする真似はしたりしないが、欲を言えば触ってみたい。だがアンリさんの怒りをどこで買うかわかったものではないので踏み切ることはできない。
「引っ張ったりはしないでね……っ!?」
「う~ん……」
翼を触られていたセシルさんの顔が……固まった。
ここでまさかの事案、痴案とも言うべきものが発生致しました。
「ちょっと、何処触ってるの?」
なんということか……男の子の悪ガキが、セシルさんの胸をペタペタと触っていたのである。悪ガキなら偶に聞く悪戯というやつだ。
実際にこんなことをやってのける奴がいることにビックリではあるが、子どもなら仕方ない……のか? 初めて見たよ俺。
触られて硬直したセシルさんと同様、俺もその光景に驚いて硬直してしまう。そして更なる追い打ちがすぐに引き起こされるのであった。
ある意味、この年代にしか言えない発言なことは間違いない。俺の歳で言ったら間違いなくセクハラで社会的に死ねる。蔑みの視線と末永くお付き合いする羽目になるだろう。
「おねーちゃん、あんまし胸ないんだねー」
ピシッ――。
嫌~な音が、どこからともなくなんか聞こえました。
これも仕方ないのかなぁ?
「ホントだー、ちょっとしかねーや」
と、ここで別のもう一人の男の子の追撃が……。
ピキキ――。
うん、仕方ないで済みそうもないですねーアハハ。……マジやめて。
「「……」」
周りが無邪気に騒いでいる傍ら、俺とセシルさんはひたすらに無言だ。俺は冷や汗を噴出して血の気が引いていく思いで、セシルさんは顔に陰りを作って微動だにしなくなる。
本来なら表情が確認できないなんてことはないこのセシルさんを前にするのは超気まずい。
そ、その部分に触れるとはなんて恐れ知らずな……文字通り触れてんじゃねーよ、しかも笑顔でいうことじゃねーし!
でもセシルさんは決して胸がないってわけじゃないぞ? これはえ~っと……アレだよアレ……そう! 美乳ってやつだよ。
け、けけけけ決してすっぽりと手に絶対に収まるくらいの大きさの微妙な乳とか微小のってことなんかじゃないし、新しい美しい乳って意味の美Newでもないですよ!? だってリニューアルとかしたりするはずないし。
「ねぇツカサ……この場合は躾と調教のどっちが効果的かなぁ?」
「えっ!?」
セシルさん怖っ!?
薄っすらと負の笑みを浮かべて例の発言をした子どもを見つめるセシルさんは、獲物を見定めた獣のような眼光を目に宿す。その発言を本当に実行せんとしている姿に俺は焦りを覚える。
や、やめるんだセシルさん!? せっかく天使は怖くない風潮が出来つつあるというのに……!
「うん、そんなのどうでもいいかな……アハハ……。その前に私も女だし? 気にしてる部分はあるし」
「心を読んでの返答どうもです!? でもまずは世間の体裁を気にして? 大人の対応しなきゃ駄目でしょ!?」
今にも制裁を下しそうなセシルさんを必死に抑えるべく、俺はせめてもの抑止の言葉を投げかけていくが――。
「アハハ! 小っちゃいから小っちゃいお兄ちゃんとお似合いだね!」
……あ゛ん?
とある不穏で聞き逃せない、俺の逆鱗に触れる発言が次は耳に入る。
それ、俺の背が低いことを言ってんの? それとも見えてもいないブツのことを言ってんのか? このガキンチョ。
精通もしていないくせに物申すとはいい度胸じゃないか。俺と同じ土俵に立ちたかったら、せめて勃たせられるようになってからかかってきやがれや。君にはまだマラ早いっての。
子供は純粋だから残酷……はいそれには非常に同意。だからまだまだ精神的に子供な俺も残酷なのは、当然ですよねぇ?
「……どっちもじゃない?」
あ、重ね重ね心を読んでの返答ありがとうです、セシルさん。次は貴女とのデュエットですね? さぁ張り切って参りましょうか。
「ふ~ん……ならセシルさん。さっきのは後者ということでいいのでは? 俺も喜んで手を貸そう」
「ん、たっぷり植え付けてあげないとね。コンプレックスに触れることがどれだけ怖いかってことをさ……!」
「え……えっ!? ひっ……!?」
お互いに感じる負の感情は子ども相手とはいえ容赦はしない。それが自分にとってどれだけ気にしている部分であるのかを、この発言を軽々しくした子どもには理解し、二度とそんな真似ができないようにする必要がある。……物理的にも軽々しく触れてはならない領域だしね。
これが例えトラウマになろうとも、この子の将来への投資と思えば安いものだ。覚悟せい。
「うわぁあああああああ!! ごめんなさいぃいいいい!」
夕刻のオルヴェイラス某所にて、2人の阿修羅が……幼子を襲ったとかなんとか……。
へぇ、物騒な世の中ですねぇ(棒)。
◆◆◆
「……もう二度とそんなこと言わないこと、分かった?」
「っ……!」
躾と言う名のご指導をこれでもかと教え込んだ俺とセシルさんの苦労あってか、コクコク激しく首を縦に振り、返事を声に出す余裕もない子どもがそこにはいた。
「ん、じゃあ行ってよし」
ようやくお許しを得たからだろう、軍人の上官を相手にした新兵の如き速さで、迅速にその場を子どもは離れていく。
離れていく子どもの姿は非常に小さくか弱い姿だった。だがそれは大きさの比較を狂わせるような今のセシルさんの状態が原因でもあると思われる。今……セシルさんにある翼は随分と大きく広がり、セシルさんの身体を上回る程の広がりを見せているのだから。
「ふぅ……疲れた」
まだどこかお怒りが残るセシルさんであったが、正直翼を広げると見た目以上の怖さがあるように見える。
例えるなら大鷲みたいな状態とで言えば良いか。
「なんていうか、セシルさん……翼すっごい広がるんだね? ちょっと驚いた」
「あ、コレ? 私のコレもミーシャ達獣人みたいに感情にすぐ表れるからね。普段はそんなこともないんだけど……」
へぇ、そうなんだ。
ということは、それだけ感情が露わになる程だったんですね? 俺も肝に銘じておきます。
「翼出してないと本気出せないからな~。ぶっちゃけ今の状態は都合が良くもあるかも……隠してるとどうも自分を出せない気分でいたしね」
ほんのりといつもの表情に戻っていくセシルさんは、そう口にするのだった。それを見て俺も安心することができ、これまでのセシルさんを思い返してしまう。
これまでは常に全身をフードで隠し、他人からの大きな接触を拒むような姿であったセシルさん。その時は後ろめたい気持ちは当然あったんだろう。話してみればこれだけ明るく社交的な人であるし、本当の自分を出せないのは難しいものだ。元が内気というわけではないのだから窮屈さは相当な負荷となっていたはずである。
「でもツカサ達に会ってなかったらそもそも翼を出すなんてことは絶対にやらなかっただろうし、私も変わりつつある。だからね、ありがとう。まともにお礼とか言えてなかったんだけど、今この瞬間をくれてありがとね」
でも、それから解放されたのだ。
セシルさんが翼を隠すことを止めたこと、俺はこれを信用の証と受け取っていいんだと思う。そう思うとその事実は達成感に似た温かみを俺にもたらし、無性に嬉しさを覚えた。
だから――。
「あ、そっか……。なら、セシルさんが天使でも、それを隠さないでいられるようにこれからもしていければと思うよ」
自然とそんな言葉を漏らしてしまっていた。純粋な俺の気持ちを……。
「ん、よろしくね」
軽く微笑み返すセシルさんもきっと本心で言ってくれているのだと思う。遠慮をされないのが今は一番の安心である。
「……でさ、頬っぺたって大丈夫?」
「あぁ、ひっぱたかれたこと? それなら平気、もう痛みもないから……」
頃合いを見計らったのか、セシルさんはおずおずとだが態度を変えて俺へと聞き尋ねてくる。
実は俺は眠りから目を覚ましたあの日、セシルさんに怒鳴られたその時、同時にビンタもされてたりするのである。それはもう驚くくらいの剣幕と大声も一緒にだ。
あの時のセシルさんの顔は忘れようもない。憎いとか恨めしいといった類も怒りに近くはあるが、どちらかと言えば悲しさに寄っていた怒りのビンタは、俺のみならずその場にいた人達全員から言葉を奪う程の衝撃だったことは間違いない。
セシルさんから過去に暴力を伴う制裁を受けたことなんて一度もなかったし、誰もそんなことをしないと思っていたのだから……。
「ゴメン、あの時は……流石に痛かったよね。勢いに任せてやっちゃったけど……」
そう言って一気にシュンとした顔になり、申し訳なさそうな顔になってしまうセシルさん。この時は翼も収納可能な位に縮こまってしまっていて、俺は非常にその姿に保護欲をそそられてしまった。
今だけは……セシルさんが全く大人にすら見えず、小さな子どもにしか見えなかった。
えぇ別に怒ってなんていませんからそんな顔しないでくださいな。
それに仮に怒ってたとしてもその、シュンとした顔が可愛らしいので許したくなっちゃうので問題ナッシングです。男の人はそういう顔されたら弱いと思います。
「いいのいいの、俺にはあれくらい当然の制裁だと思うから。あれがあるから俺は今納得できてるし、されなきゃいけなかったって思ってるから。気にすることないって。むしろ俺がお礼を言いたい……ありがとね」
「……」
俺の言葉を無言で聞き続けるセシルさんであったが、これはまさにその通りであることをご理解頂きたいところである。
ビンタを受けた時は俺は重症であったし、常識的に考えればビンタはおろか危害と思しき行動に踏み切るのは言語道断だろう、倫理的に考えても。
だが、むしろそんな時にビンタをしたいと思わせた俺に非があると考えると、それも仕方のないと思えてしまうのだ。セシルさんであれば尚更。
それに、ついさっき受けてきた皆の俺への仕打ちの方が今は痛かったりするしなぁ……。顔には出さないけど、俺ってメンタル弱いんだからね? 物理的な痛みなんてそんなのと比べたら屁でもないわ。
「あ!? 別に痛いのが良いとかそういう意味で言ってないからね!? 勘違いしないでよ!?」
セシルさんの無言が変わらないため、俺は茶化すことで場の流れを変えようと試みるが――。
「クス……分かってるって。ツカサがそういう趣味の持ち主だってことはとっくに知ってるから」
「いやいや、分かってないしそれ」
一応、俺の試みは成功したようである。ただ、変な冗談と思いたい誤解が生まれてしまいそうになってしまうことになってしまったが……。
「だからね? さっき私の胸の事でツカサが何を思ってたかで仕返しさせてもらうからね」
「げっ……それは不可抗力というものでは……」
心の何処かで危惧していたこと、ある意味予感とでも言うべき俺の察知力は当たっていたようだ。セシルさんの目に宿る光が俺へと向けられたのを感じる。
嘘でしょ? まさか苛める? 苛めちゃうのセシルしゃん? こんな純粋なワタクシめを?
「うん、苛めちゃうよ。ツカサにもしっかり躾してあげないとね?」
「っ!?」
いやぁああああああやめてぇえええ! セシルさん、いやセシル様! この純粋無垢なワタクシめにご慈悲をぉおおおおおおお!
「うん、それ無理」
「もう心読まないでぇええええっ!」
ち、ちくしょう畜生この乳小め! やっぱりこの人小悪魔だ、いやもう悪魔でいいや、なんで俺がこんな目に……!
ちっぱい相手に失敗しちまったとはなんという不覚だ……!
ジリジリと後ずさりを始めるが、とてもセシルさんから逃げられる気がしない。足が竦んでいるわけでもないのに、だ。アンリさんの時もそうだったが、何故こうも女性陣はこういう時だけ眼光が鋭いのか不思議にしか思えない。
「ギルティ」
その断罪とも思える台詞と共に、セシルさんの正しく魔の手が俺へと忍び寄る。
ヒナギさーん! 助けてぇえええええっ! 俺の心のオアシスはもうヒナギさんしかいないよぉっ!
今回の災厄で皆の心に変化が出たのは分かるけど、変わりすぎだろ!? こんなに攻撃的になるなんて聞いてない……。
愛情の裏返し? ノンノン、これはただの理不尽です。誰にも許される脳内妄想すら許されないのか俺は。そんなことしたら俺の個性は一体何が残ると言うのだ! やめてけれ。
この後、また滅茶苦茶苛められた。本日二度目。
次回更新は火曜です。




