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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第五章 忍び寄る分岐点 ~イーリス動乱~
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247話 『宴』:ジーク②

 ◆◆◆




 必死に私の乞食と嘆きを見せた甲斐があったのか、渋々とだが一つだけ私もスイーツを頂戴することとなりました。現在そのスイーツを崇め奉った後に堪能している真っ最中です。

 隣にはアンリさん、目の前にはジークとエスペランサ―という配置で、静かに今黙々と口へと甘味を運ぶ作業で忙しい。


 会話こそなくて寂しいと思われるかもしれないが、さっきまで黙れと言われそうなくらいに騒いでいたのでこれは錯覚に近い感覚だろう。気のせい気のせい。

 まぁそんなことはともかく。エスペランサーを除いた全員が幸せそうにスイーツ食ってるということだけは間違いない。


 そしてジークが俺へと渡したスイーツ、それはどのスイーツにも言えることであるが、芸術とも呼べる精巧な作りが成されている。職人の魂を感じる一品というべきか……フォークを突き刺したくないなぁと思えるくらいの完成度と言えばよいだろうか。


 そんなスイーツをただ食って終わり! ってのもあまりに粗末な扱いをしているように思えるので、ちょっとここらでスイーツについての批評でもしてみましょうか。


 味や色合いは違うとはいえ、例えるならモンブランのようなスイーツだ。フワフワでいてしっとりとしたスポンジ生地を土台・支えとし、螺旋状の目が回りそうなほどきめ細かなクリームで覆って包み込む。それはほぼモンブランの見た目と一緒である。

 ただ、モンブランのように栗の一片がケーキ上部に飾られているのとは違って、こちらは細かく……それでいて程よい大きさに砕かれたナッツ達が代わりの役目を果たし、大きな螺旋の山にポツポツと雄々しく点在している。フワフワの中でサックリとした口応えが途中で顔を出す……そんな一品となっているのである。

 始めは俺の中で常識となっていた地球の知識が邪魔をして警戒心を抱いていたはずだが、既に俺はこのスイーツの虜である。ジークなら即死するのと同義だ。

 一口勇気を振り絞って食べた瞬間に俺は悟りを開いた。あ、コレ美味ぇと……。今では後数回しか堪能できないであろう大きさに縮んでしまったこの一品を、使われている素材が何でどんな背景の元考案されたのかを、匂いや味、見た目で可能な限り噛みしめながら想像していたりする。


 そんな一品を食しているのである、勿論俺の気分は高揚してしまう。

 美味い物を食べれば心は落ち着くし、怒りも当然静まる。一昔前の刑事さんが容疑者にカツ丼を出すという行動や気持ちも分かるというもので、食べ物が人へと与える力がいかにして偉大かを改めて知ることとなったわけである。




 そ・れ・と……もう一つまさかの事実があるんですよねぇ。正直この事実に俺が気が付いた時、一瞬目を疑ってしまったものだ。

 何故このスイーツを俺に!? ってな具合に、本当にビックリ致しました。


 それが何故かと言いますと……これ、ジークの大好物であるはずのハピナッツが含まれているんですよね。

 あのジークが、大好物の、ハピナッツを、僕に、俺に、ワタクシめに、くれた! ……ってことだ。この意味を果たして皆さんお分かりいただけるだろうか?


 確かにハピナッツは原型を留めていないから、見た目だけでの判断は難しいのかもしれない。だって我々は職人でもないし食材に普段から触れることすらあまりない素人の集まりだ、目利きなぞできるわけもない。

 だが、ジークはハピナッツという食材を大変美味であるとしてお気に入りの烙印を押していたはずだ。以前もふざけた量をミーシャさんへと提供してハピナッツの使用されたデザートをこれでもかと作らせる始末で、そのハピナッツに対する過剰とも言える行動力を発揮したくらいだ。それにハピナッツの匂いだってとっくに覚えているだろうし、嗅覚に優れるジークが、細かいとはいえ目の前にあるこのスイーツにハピナッツが含まれているということに気が付いていないはずがないのである。


 つまり私が言いたいことと言うのはですね、ジークはツンデレでもあったということなのですよ。さっきの痛々しいくらいの俺への口撃(こうげき)は照れ隠しだったんじゃないかな……あら可愛い。

 本当は喧嘩したくないんだ……でも素直になれないんだ……超攻撃的にすることでしか会話が弾まないんだ……ごめんちょ? ってことでしょ? それを俺に悟られないようなポーカーフェイスを決め込んで俺に渡してくれたわけと……。その顔の裏に隠された気持ちにニヤニヤとしたくなっちゃうってもんですわ。


 うん、なんかスイーツ関係ねーじゃん。最後ジークの批評になっちゃった。




「あ~美味しかったなぁ」


 俺も丁度スイーツの残りを食べ尽くした頃、アンリさんが皿をテーブルへと置いて一息ついたらしい。大変美味であったと、破顔した顔で声を上げる。


 これは俺の何気ない余談ではあるが、俺は結構アンリさんの食べる速度に合わせて今食べていたりする。普段の俺はそんなに食べる速度は遅くはない、かといって特別早いというわけでもないのだが、少なくともアンリさんよりかは早いのは確かだ。でもそれはあんまり早く食べ過ぎてもまるで急かしているように思えてしまうのが嫌に感じていたためで、言うなれば並んで歩くときに速度を合わせてあげることと近い。

 ただ、男の方が遅く食べ終わるのって女性的にはあんまり嬉しくないように感じると思い、アンリさんが残り二口くらいの所で一気に俺は自分の分を食べ終えたのだが……アンリさんがここで今までの食べる速度を早めて最後の一口を口に入れたのを見て分かった。


 どうやら向こうもこちらの食べる速度を意識していたらしい。俺が一気に食べ終えたことでせっせと食べ終えようと急かす形となってしまったようだ。

 そんな姿を横目で見て、しまった……と内心謝っていると、同じく横目で俺を見てきたアンリさんと不意に視線が合ってしまって、自然と笑みが零れてしまった。

 小さな気持ちの積み重ね。お互いに些細な……一見しょうもなくもどうでも良さげなことを意識し合えているのが、少々変かもしれないが俺は嬉しかった。俺は俺でアンリさんのことを考えて、アンリさんはアンリさんで色々と考えてくれているのが分かった気がしたのだ。


 ……まぁどうせそうじゃなくても何か別のことで俺は嬉しく思える都合の良い頭をしているだろうから、何だよただの惚気かよって言われそうですけどね。ハイ、ワロスワロス。

 でもゴメンねゴメンねぇ? リア充でさぁ~。非リア充にはこの気持ちは分からんよねぇ?


「――もう一個食うか?」


 アンリさんがまだ食べたそうにしている姿に感化されたのだろう、ジークはアンリさんへともう一つスイーツを進めてくるが――。


「え? いやいや!? お菓子なんてあんまり食べれないですって」


 難しい問題がある手前、その好意を受け取ることはできないようだ。アンリさんは焦ったようにジークの申し出を断った。


「あー……太るからか?」

「アハハ……ハイ。ジークさんみたいな身体の作りしてないから……」


 女性の心情とやらは複雑であるし、アンリさんの懸念は俺にも十分分かっている。

 俺も太って相手に嫌われたら嫌だという気持ちは当然あるし、アンリさんやヒナギさんは例え太った所で気にしないと言ってくれるのが分かってはいるものの、どうしても踏み切れないものである。

 それに……自制心を養うという点では悪くはないことと言えようか。


 でもジーク、そのくらい察せよ。あとアンリさん、ジークの人体構造を一般のものと比べて否定してね? 超分かる。


「へぇー、俺は太るってのがよく分からねーけどな。まぁ痩せるってのもよく分からねーけど」


 そう言って残ったスイーツにまた手を付け始めるジーク。俺とアンリさんがゆっくりと食べている間に、コイツはその何倍ものスイーツを既に平らげている。もしかしなくもないが、ジークの食べる速度に唖然としてゆっくり食べれなかったというのも一つの事実である。


 察せよと思った瞬間にこの発言とは怖いもの知らずだなお前は。でも、今コイツシレッと聞き捨てならぬことを言いやがったな……。

 太ることと痩せることが分からないだなんて、世の太りやすい人達は勿論、太りたくても太れない人達……通称ガリーズの人達までも敵に回す発言とは御見それしやす。

 その体質だけ譲ってくれませんかねぇ? 分割でもいいからさ。


「あ、そうだ……甘いものと言えばミーシャちゃん元気にしてるのかな……」

「あー……そういや最近食えてねぇんだよな。これも美味かったけど……やっぱミーシャのデザート食いてぇわー」


 甘いものという単語で思い返されたのか、暫く会っていない宿屋の看板娘さんの話題へと早変わりする。

 ここまで貪り食っておいて失礼極まりないが、ジークはミーシャさんのデザートの方が美味いと言いたげに残念そうに顎をテーブルにつける。まだまだ胃袋には余裕があるから、ミーシャさんのデザートを心底食いたいと思っているような態度である。


「ミーシャさんのことだから、また忙しなくしてそうかな」

「確かに。あのちょっとおっちょこちょいなのが可愛いんですよね」


 まるで妹を可愛がる姉みたいにミーシャさんのことを考えるアンリさん。その言うことには俺も同意見である。


 ミーシャさんと言われたら、元気にしていない姿はあまり想像がつかない。母であるフィーナさんの背中に追いつこうと必死に自分を磨こうと努力している姿しか思い浮かばないからだ。

 そしてそんな時に偶に見ることのできるドジッ娘属性がこれまた非常に愛くるしいのである。それを目当てにして『安心の園』に宿泊しにくる客もいるくらいで、冒険者の間ではギルドから非常に近い宿の一つでもあるために認知度は極めて高い程だ。

 容姿も相まって、フィーナさんとは美人親子として集客効果をいつも通り、平常運転で存分に発揮しているかと思われる。


 あと、猫耳めちゃんこ可愛いです。また頭を撫でると称してさり気なく触りたいです。


「早くグランドル戻りてーなぁー、アイツの作るもんはどれも格別だし……。アイツのあのデザートが二度と喰えなくなったら俺ぁ軽く死ねるね」

「オイオイ、大げさだろ」

「いや、軽く死ねるだろ」

「そうかぁ?」

「軽く、死ねる……」


 そこまで言って、虚ろな目をしてしまうジーク。


 本気で言ってやがるコイツ……。

 あの恐れられるジークの胃袋を掴んだミーシャさん、なんて末恐ろしい子なの!? 正直なところ、核兵器管理の最高責任者なくらい凄いと思いまふ。


「お前を殺せるのはミーシャさんしかいなさそうだな」

「思い出しちまったからもう瀕死だがな、ボケ」


 冗談で言った俺の言葉にジークは力なく返答する。ミーシャさんの話題を出したことで不覚にも大打撃を被ってしまったようだ。


 なんだろう……やっぱり絶対的に強いと思っていても、案外意外な所でそれよりももっと強い人ってのはいるんだな。

 ステータスに縛られることのないこの強さの表れは結構面白い。まるでカードゲームのようで、ある条件下では限りなく力を発揮するように取れるから。

 大富豪でのスぺ3みたいな存在……それがミーシャさんか。俺の場合だとアンリさんやヒナギさんが該当するのかな? 二人だからジョーカーでもいいか。尻に敷かれてるようで情けないな俺も。


 俺とジークよりも強い人達がいることに、不思議な面白みを覚えてしまう。でも、それは当然のことだとも思えた。こんなステータスが基準みたいになっている世界でも人が生活できている……それを確かにしているのだとも取れるから。


「ま、ミーシャさん大したもんだよ、怖い物知らずにも程がある」


 グランドルでは恐れられているジークに懐いてしまっているミーシャさんは、怖い物知らずにも程があると再度思ってしまうのも無理はない。本人が冒険者はちょっと怖いと言っていたが、その冒険者の怖がる人に懐いてしまっているという矛盾が既におかしい。順番を間違えている。

 懐く人間を違えた、いや……人生の選択を間違えた言っても差支えがないとさえ俺は思う。


 ……まぁ全てを知ってる俺からしたら冗談ですが。ジークに懐くことは正しいし、悪意なんてものをコイツは持っていないのだからある意味必然だったのかもね。ジークも顔には出さないけど悪くは思ってないはずだ。


「ミーシャのデザート……降ってこねぇかなぁ」


 届くことのないジークの叫びには苦笑しかない。

 なんにせよ、ミーシャさんのことを思い出してしまったジークは、暫く切望の眼差しを止めることはなかったのだった。




 ◆◆◆




「で、お前等この後どうすんだぁ? どっか行くのか?」

「一応アンリさんと色々と見て回りたかったんだけど、あの調子だとなぁ」

「先生人気凄かったですもんね。また追いかけられそうですね……」


 ジークの聞いてきたことに対し、俺はアンリさんと先程子供達に追われた光景を思い出して互いに渋るしかなかった。

 正直、オルヴェイラスの人達は子供だけでなく大人達までもが俺達の反応を楽しんでいる節がある気がするのだ。なんという扱いをしてくれてるのだと異議を唱えたくはあるが、あのシュトルムのことだ……事前にそうしろと命令しているような気がしなくもない……真実は分からないが。


 なんにせよ、俺は俺で色々と今後の動きを考えていただけに、折角無い知恵を振り絞って考案したプランを思い通りに遂行することは難しそうである。


「……まぁ大体察したわ。ま、それはいい……つーかよ、思ったよりもお前等進展なしかよ? つまんねーな」


 ――が、これからどうしようかと考え始めた矢先、俺はぶっきらぼうな感じの発言に思考を奪われた。


「「え?」」

「お前等がさっきからずっと一緒にいたってのは知ってたんだ。そんでアンリが久々に嬉しそうにしてっから少しは仲でも進展したのかと思ったんだが……そうじゃねぇのか」


 俺とアンリさんは互いに声が重なり合うが、ジーク曰くそういうことらしい。

 久々にというのは、ジークもアンリさんに付き合って特訓をしていた姿を見てきているからだろう。ナナが死ぬ気で頑張っていたと言っていたくらいだ、当時は嬉しいという感情は見せなかっただろうし、張り詰めていた姿をこれまで見てきていたはずである。それが解消されたことで俺が何かしらをした……つまり、それに伴って恋仲が深まったりしたのかと思ったに違いない。


 ……まぁ深まったとは思いますよ? だからこんなことも出来ちゃいます。


「ちゃんと少しずつ仲は深まってるさ。ホラ?」

「ちょ、先生!?」


 顔はジークへと向けたまま、アンリさんの首に手を回して軽く抱きしめた。アンリさんは咄嗟の俺の行動に戸惑いと赤面をしてしまったが、嫌ではないことが丸わかりな抵抗感皆無な状態で成すがままとなってくれる。

 しかし、誰かも分からぬ人に見せつけるような破廉恥染みたことはしたりはしない。ただ身内に限っては遠慮をする必要はないと思えたが故の行動である。


 正直俺も若干ドキドキしながらではあるから……ゴメン、許して?


 顔には出さないが、アンリさんには突然こうした行動に出たことを内心謝って置く。


「あっそ、そういうのは別に見せつけてくれなくていいわ。興味ねぇし」

「あ、ハイ」


 ただ、そういうのに無縁なジーク君には全く効果がありませんでした。ちっとも俺の勇気振り絞った行動に反応しないまま手を横に振っている。


 ちぇっ、つまんねーの。


 名残惜しくはあったが、アンリさんから俺は離れてさっきの状態へと戻った。


「ま、俺が言いたいのはよ……いつまでお前等他人行儀的な呼び方してんだよってことだ。手は繋ぐ、腕を組む、そんで今みたいにイチャつけるくらいだってのに、未だ『さん』付けとか『先生』なんて呼び方してんのって変に思えんだよな。あと敬語もか?」

「敬語は最近無くなったりそうじゃなかったりだぞ?」

「ほぉ?」


 仲にあまり成長が見られない中で、それでも少しは前進していることにまだマシかと思ったのか、ジークは神妙な顔つきになる。


 ジークは誰に対しても遜ることなく接する奴で、横暴さがよく目立つと思われがちだ。実際それは本当で、一般から見れば態度の悪い傲慢な者と思われるのも無理はない。当初俺もそう思っていたくらいである。

 でもそれは、あくまで誰に対しても対等であることの裏返しとも言える。だからこそ、お互いに遠慮することのない間柄である俺達が未だ親しい呼び名を口にしないことに疑問があるのだろう。


「まだちょっと恥ずかしくて……」


 アンリさんが俺の顔をチラッと見ては両手の指先を合せて下を向き、先程の抱きしめで赤らめていた頬を継続させている。こそばゆい気持ちになっているというのが正しいのかもしれない。

 一応は先生という呼び名から、恐らくは下の名前だと思うが……そちらへと変えたい意思はあるらしい。


 個人的には、俺は恋人だからと呼び方を従来のものから変える必要もないと思っていたりするけど……。だってお互いを呼び始めた時の呼び名というのも感慨深いものがあると思えるし、無理して変える必要もないと思えるから。呼び捨てや名前呼びが親しい間柄を示すというのを理解した上で。

 それが変なのかおかしいのかは世間的にどうなのか不明だが、勿論相手が望むなら俺は変えてもいいしされてもいいと思えるわけで……アンリさんが俺への呼び方を変えたい意思を見せていることには何の抵抗もない。

 ただ、俺はあくまで無理して変えることもないかなと思うだけである。つまりはどちらでも構わない。


「いい加減大きく踏み出s「でも、先生を名前呼びかぁ……エヘ、エヘヘヘヘ……」……」


 そんな俺の考えを2人は知らないのだろうけど、ジークは取りあえず名前呼びをさせたい派であるらしいことは確かだ。きっとこのままではその実現までいつになるか分からないと思って後押しをしようとしてくれたのだと思う。――だが、その必要はなかったようだ。

 両手を頬に当て、首を左右に振ったり何か声に出したりと、とにかく恥ずかしいけど嬉しそうな顔でアンリさんが一人何処かへと旅立たれてしまったのだから。


「「……」」


 思わず俺は、顔が熱くなってしまった。この反応はヤバすぎる……。


 俺は恥ずかしさもあったがその姿が可愛すぎて絶句、ジークはどう声を掛けて良いのかも分からんと思って絶句しているに違いない。

 ど、どんな想像をしてらっしゃるんでしょうか? アンリさんの頭を覗きたい……(ゴクリ)。


「オイツカサ、コイツ完全にトリップしてるぞ。なんとかしろ」

「う、うん……でも待って、もう少し見たい」


 ジト目で居心地悪そうにジークが俺に止めろと言ってくるが、そんなものは賛成だし却下である。見ていてこちらも恥ずかしくなっては来るが、それと同じくらいに可愛いアンリさんを見ていたい気持ちもあるためだ。

 要はジレンマ。


「……お前達見てると胸焼けするわ」

「スマン、でもこれでお互い様と思ってくれ」

「は? 何のだよ!?」

「え? ケーキ食ってるお前の姿に胸焼けさせられたからだけど……ホラ、お互い様じゃん?」

「それとはこれとは話が別だろ」

「え~、そうかぁ?」


 あんまり細かいこと言うなよ……ジークのくせに。

 でも、やられたからやり返しただけだもん。俺悪くない。




「ふむ……」


 ジークのことは放っておいて、アンリさんが今想像している内容を俺なりに考えてみる。


 呼び方か……司さん? 司? それとも……ヴァルダ以外で言われたことなんてないけどまさか愛称だったりとか? 

 どれも俺に取っては悶え死にそうな呼ばれ方なんですけど……。これまで名前呼びをちっともされたことがなかっただけに、先生以外の呼ばれ方は恥ずかしい。

 正直、先生って呼ばれ方は馴染んでいたけど、いけない関係みたいに聞こえてましt……ゲフンゲフンッ。凄く身近で親しみやすい呼ばれ方でしたね。学院長グッジョブ。あの時文句言ってゴメン。

 でも、先生以外で言われてみたいッスね……確かに。


「こんな感じかなぁ? でも駄目だよ恥ずかしいし~」

「お~いアンリィ~、戻ってこ~い」


 面倒くさそうにジークがアンリさんの眼前で手をパタパタと振っている。

 なんだかんだ俺以外の仲間には手荒なことも発言もあまり言わないし、面倒見だってコイツは良い。この対応は別に変でもないし妥当と言えよう。


 ただ、その優しさを一割でいいから俺に向けてもいいじゃないかといつも思うけど。扱いの落差激しすぎやしませんかねぇ?


「こんなこと言えるわけないよぉ~…………ハッ!?」

「遅ぇわ、馬鹿」


 まだもう少し掛かりそうかと思っていると、アンリさんは何かの拍子にようやく戻って来たらしい。それまでの自分の意識が何処かに飛んでいたことは分かっているようで、それらしい反応を見せた。

 そしてそれはジークの呆れた声で確かとなったようだ。


「あ、アタシ……今何か言ってました……?」


 恐る恐る、やってはいけないことをやってしまった子供みたいに縮こまりながら、アンリさんは俺達へと確認をしてくる。赤かった顔がさらに赤みを帯びていく様に、湯気が錯覚で見えてしまいそうである。


「あぁ、めちゃくちゃ言ってたぜ? 姉御が姉御ならお前もお前だな。セシルみてぇに言うなら『アンリはこれ以上ないくらいにツカサが好きでした』……ってか?」

「っ~~!」


 アンリさんは、自分が無意識のうちに口走ってしまっていたことについてを知った。そして声にならない叫びを上げ、羞恥で撃沈するのだった。


 ただ、そこに追い打ちを掛ける非道な人物が此処にいた。いや、今なら俺は例え非道であっても同志と呼んでもいいかもしれない。

 この時のジークの神対応については、俺は未来永劫忘れることのないワンシーンとして心に留めておきたいと切に思う。


 ――その時まではな。


「そんで? 結局どう呼ぶんだお前?」

「ぇ……えぇっ!? よ、呼ばなきゃ駄目なんですか!? 今!?」

「「(ジ~……)」」


 ここで話は終わるかと思いきやそうはいかない。ジークの容赦のない継続発言に、アンリさんは大いに慌てる。今さっきの自分の失態があったばかりで、尚且つその失態の曝露をしろと言われているようなものだ、無理もない。

 だがそんなものを許す俺とジークではないし、この千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかないのだ。無言の凝視による圧力でアンリさんを逃がすことなどさせはしない。


 さっき散々俺を除け者にして酷い仕打ちを受けた前科もあることだし? さっさとやり返させてもらいましょうか。

 アンリさんを苛めるのも悪くないし……というか苛めてみたい。

 あ、今回協力してくれる僕の相方はジーク君です。彼の罪状は今消えました。今からアンリさんに向かって苛めのデュエットを行いたいと思います。


「っ……そ、それなら先生だってそうじゃないですか!? 先生はアタシのことどう呼ぶんですか!?」


 およ? これはもしかして反撃のつもりかね? 残念だが甘い甘い。


「んー? 逆に聞きたいんだけどアンリさんはじゃあなんて呼んで欲しい?」

「えっ!? そ、それは……」


 質問に質問での返答、アンリさんの声は次第に小さくなっていく。


 ゴメンねぇ? アンリさんのことはよ~く知っているんだ。君は何事も事前に準備していると凄い遠慮もなしに行動を起こせるけど、今回みたいに不意打ちな出来事に対する対応にはめっぽう弱いとね。しかも一旦恥ずかしくなると収拾がつかなくなってどんどん嵌っていくのも知っているんだよ?


「さ……さっきみたいに……(ブツブツ)」

「あ、まだ考え付いてない? だったら俺後回しでいいから先にどーぞ? ちなみに、俺の呼び方だけど名前呼び? それとも愛称だったり? 愛称は俺今まで大してなかったからなんでもいいけど……もしも名前呼びなら『さん』付けは当然なしで大きな声で可愛らしく気持ちを込めて出来れば上目遣いをしながらかつモジモジしながら言ってくれるとすぅ~~~っごい嬉しいな」

「っ~~!?」


 俺はアンリさんを直視しながら、とことん追い詰めるように早口で要求を連ねる。

 この全てを実現してくれるかは分からないが、これはあくまでできればの要求である。本当はアンリさんを苛めてあたふたする顔がこの時の一番の目的になっていたりする。


 仕返しは倍返しが基本、これ常識ね。それと倍ってのは2倍以上含みます。


「よく咄嗟にそんなに要求がでてくるもんだな……俺が言うのもなんだが、えげつねぇなお前」

「何とでも言え。男には譲れない時ってのがあるだろ?」

「少なくとも今じゃねぇだろ。戦いでもねーし」


 ハイそこうるさい、間もなくアンリさんのお声が頂けるのだからお黙りなさい。


 相方のジークにやりすぎと思われるくらいだったらしいが、知ったことではない。俺はアンリさんから顔を逸らさずにジークと会話する。


「ちょ、ちょっと待ちません? 心の準備が……」

「(ジー)」

「せ、せん……せい?」

「(ジー)」

「ぁ……ジーク、さん?」

「「(ジ~……)」」

「……っ!?」


 誰もアンリさんに手を差し伸べる者はいない。ただ黙ってひたすら凝視し、ジークと俺の4つの目がアンリさんに強制的に次へと進ませようとするのみだ。


 そして遂に、俺達の夢は叶ったのだった――。

読者の皆様良いお年を! 今年はお疲れ様でした。

来年もよろしくお願いいたします。

新年一回目の更新は1月2日の予定です。

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