245話 『宴』:シュトルム
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アンリさんと共に、広場を出た後は森の中を進んでオルヴェイラスへと少しずつ近づいていく。
その道中だけでも本当に雰囲気が歴然として変わったなぁと心底思う。七重奏の虹が戻ったことで浄化機能の戻った草花は光り輝いて大変美しく、例え森の中という日の光が遮られている状況でも視界は眩しいくらいに明るいのだ。夜なら天然のイルミネーションが出来上がることだろう。
地球なら多大な費用を支払ってようやく演出可能な体験を当たり前のように行える現実に、俺は少々奇妙な疎外感を覚えてしまう。それは或いは地球人で俺だけがこんな体験をしているという優越感にも似ているのかもしれないが。
……それはともかくとして。
現在アンリさんと手を繋いでいたりするのだが、その表情は活力と嬉しさに溢れていて何よりである。鼻歌を歌う姿を横目に、俺はアンリさんが既に暗い考えや中途半端な気持ちを抱いていないことに安堵しかなかった。
ナナの言った通りアンリさんは全快ではないものの十分な程に回復したらしく、起きた時は脱力感を示すこともなかった。むしろ、この前一緒に寝た時と同様に少し寝ぼけてしまえるくらいであり、また「先生だぁ~……エヘヘ……」とか言ってすり寄ってきてしまったことには、正直ドッキリを通り越して現実を疑いたくなるレベルだったとさえ思う。
可愛すぎてナナのニヤニヤにツッコミを入れる余裕すらなかった。
ちなみに、ナナは例の通信空間の形成に不具合がないかをフェルディナント様に聞きに行くと言って、一足早くオルヴェイラスの方へと戻っているため俺達と共にはいない。ただそれはあくまで逃げの口実みたいなものらしく、俺達と一緒にいるのはナナ曰く甘ったるくて付き合ってられんとのことだった。
なんかごめんなさい。でもここ最近触れ合ってなかった反動があるから仕方がないんです。
今、森の出口に差し掛かった。小さかった出口の景色が次第に広がり、大きな景色へと変わっていく。気づけば目の前にはシュトルムが陛下だと判明した門が見えていて、喧騒の大きくなったオルヴェイラスがすぐそこまで迫っている。
「あれ? さっきまでノエルさんいたのに……」
アンリさんは門にいつもの兵士さんがいないことに首を傾げた。確かに見た限りだと人の影どころか人の気配すらしなく、通常であれば誰かしらが駐在しているのが常である門はもぬけの殻となっていた。
喧騒が聞こえてこなければ寂しすぎる状態とも言えた。
「『宴』に行ったんじゃない? 今日は職務放棄しろって話だし……」
ただ、それが今日に限っては異常なのではなく普通であることを俺は知っている。さっきシュトルムの策略に嵌る前の会話で今日はそういう日にしてあるという話をしたからである。それでいいのかと思いはしたものの、無粋でもあるために口出しは特にしなかった。
今回の『宴』は開催に当たって誰かが運営するというものではないのだ。誰かの労力という犠牲の上に他の者が楽しむことができる……という構図は当てはまらない。
よって今回は皆が労力を事前に割き、今日はそれに全員が参加している状態だ。ゆとりのある平等精神の元、全員が満足できる形。
メリハリと言っていいのか分からないが、非常に割り切った考えは嫌いじゃない。
多分、アンリさんはノエル君と朝に出会ってたから不思議に思ったんだろうと推測。
誰もいない門を静かにくぐろうとした時――。
「あー! やっときたぁ!」
「?」
俺達の進行方向……その方向から子供独特の大きな高い声が聞こえてきた。目を凝らして視線を前方に集中させると、物影に隠れていたことで姿が見えなかったらしい。こちらを指さしている姿が目に留まった。
「神鳥様が言ってた通りだぁ! 早くこっちこっちー!」
その子ども……エルフの男の子であるが、近くに仲間がいるのか手招きしてまた叫ぶ。
すると、何処からともなく5,6人の子ども達が現れては俺達を取り囲み、手を引いて何処かへと連れて行こうとしてきたのだった。
「お姉ちゃんも一緒にー!」
にぱっと笑いながら言ってくる子どもたちの笑顔が眩しい。最早汚れ切った俺にはできないその笑顔を見て、これを純真無垢と言うのかもしれないと思った。
アンリさんも急な流れに戸惑い、対応が追い付いていないようだった。
「な、なに?」
「分かんない、けどどこか連れてってくれるみたいだ」
アンリさんが声を上げるが俺も何が何だか分からない。ただ、純真無垢な子どもが相手であるために、何か変な事に巻き込まれるということはなさそうだ。
それに神鳥様……これは恐らくナナかポポのことだろうな。子供たちがまるで俺達が来ることを分かっていたかのようであるから、恐らくナナが子ども達にお願いでもしていたんだろう。
でもこの『神鳥様』って言われ方だと俺のことなのかナナ達のことなのか偶に分からん時があるんだよね。もう少しどうにかなりませんかねぇ?
「二名様ご案内~!」
お客様のような扱いを受け、俺とアンリさんは街の中心部へと連れられた。
◆◆◆
子供達は早く早くと俺達を急かしながらグイグイと引っ張っていった。中心部へと近づいて行けば当然民衆の姿は劇的に増加して増えていくわけで、子供達が盛大にはしゃぎながらのものであるから、必然的に日の目に晒されるような具合になってしまった。
その時の俺の胸中はというと、勿論恐る恐るである。この状況で堂々と加わることに抵抗感があって少々警戒していたくらいだ、その警戒を子供達によって強制的に排除させらたようなものだ。
そもそも俺はそういうキャラでもない。
連れられる道中では形式を問わない形で皆が好き勝手に出し物を出したりしているらしく、屋台なんかでの飲食関係は当然の事、人形劇や童話を小さい子らに聞かせている者までいた。人形劇や童話は目をキラキラとさせて話に聞き入る子供達の姿が目に付いたものだが、それは話し手によるものなのか物語の内容によるものなのかまでは流石に分からない。
ただ、俺達を視界に入れると子供達と語り手の人が途端に騒ぎ出したので……まさかなとは思いはした。
……なんかチラッとだけど、絵に黄色と白い鳥が見えたんですけど。もしかしてアレ? 今回の俺達の話でも聞かせてらっしゃるんですかい? それは恥ずかしい。
話を作られてしまったのかもしれないという俺の懸念の真相の程は分からない。でも、この時の考えは違ってはいなかった。語り手さんの「ホラ、行ってこい。本物来たぞ」……という言葉を聞いてしまっては無理なものだろう。ただでさえ既に子供達に取り囲まれていたというのに、この言葉を合図に倍以上の数の子供達が更に押し寄せてきてしまっては手の打ちようがない。手を引かれる状態から、今度は波に押されるような状態に変わって今度は連れられ、どんどん中心部へと俺達は向かった。
……もう連行とほぼ変わらない気がするけどね。どんだけ厳重なんだよって話ですけども。
やがて、いつか見た場所までやってきたようだ。
話に聞くところによると今回の災厄で兵士さん達が集った場所だと聞いたが、そこには一際多くの人達が集まっている。どうやら最も中心にいる何かを見ているらしく、全員が苦笑しながらもその光景を見て大人しくしていた。
……騒いでいるのに大人しいという言い方も不思議であるが。
まぁそんなことはともかく、その原因となっているであろう2人を見てしまえば納得ではある。
「シュバルトゥム様、たった今から今宵の間、クローディアを目一杯可愛がってください!」
「ちょっ、クローディア!? もう少し場所選べ! 皆見てるだろうが!?」
「嫌です無理です拒否します! またシュバルトゥム様と離れ離れになると思うと……それまでは片時も離れたくありませんわ!」
「いや、だから場所を選べと「嫌です!」……勘弁してくれ……」
予想通りというか度肝を抜かれたというか、なんか納得という光景に出くわし……いや、むしろ出迎えられたというのが正しい俺とアンリさん。
ま~たイチャイチャしおって。大人はともかく子ども達の教育にはあまりよろしくないんでね? 性が乱れるぞ……。
シュトルムとクローディアさんの仲睦まじすぎる姿を目の当たりにし、素直にそうとしか思えなかった。見ているこちらが赤面しそうなくらいに甘々で幸せそうな状態だったのだから。
幼少時代の経験は何が原因で将来的なパーソナリティに影響を及ぼすのか分からない。だがこれは間違いなく子供達には推奨できない……というかアウトであろう。せめてR‐15くらいの表示はして欲しい。でなければクレームの嵐に追われること間違いなしだ。
ないとは思うけど、我が社員の非のせいで当社まで責任が振りかかるのは正直困る。
「いいぞ~、クローディア様押せ押せ~!」
「シュバルトゥム様早く観念してくださいよ~」
……でも、民衆の方々はクレームじゃない嵐をぶつけてるんですがね。中には保護者に該当する方もいらっしゃるのだろうけど、その辺どうお考えで? 私もう分かりませぬ……。
シュトルム達を止められるのに止めない民衆達……というかもっとやれと言わんばかりの声援には意味不明とし言いようがない。今日と言う特別な日だからこそ大目に見ている可能性もなくはないが、この国はとっくに手の付けられない歪んだ愛の国となっていたようである。
……うん、俺やっぱこの国に住みたいと思った考え改めてもいい? グランドル帰りゅ。
「シュバルトゥム様ぁ~! 連れてきました~!」
「おっ⁉ やっときたかっ! 助かった……!」
この光景を見ても純粋故にだからなのか、子供達は俺達を引き連れてシュトルム達へとどんどん近づいていく。そしてこの呼び声に、シュトルムが勢いよく反応した。
まるで待っていましたとでも言わんばかりの顔の綻ばせ具合に、シュトルムは今の状態から抜け出したい考えを持っていることは分かった。ただ、それを許してくれないのが相方であるクローディアさんだったらしい。
多少なりとも酒は入っているのだろう、あのクローディアさんの顔が赤い。自分達のいちゃつきを他人に見られたところで臆することすらないこの人が、簡単に顔を赤くすることなどあり得ないのだ。
いや、だってあの愛の狂戦士クローディア様だよ? アルコールでも入ってなければこの赤い顔はあり得ない。
「え、えっとぉ~……」
ひとまずなんと声を掛けてよいか分からず言い淀んでいると――。
「ツカサ様も! そう思いますわよね!?」
「え!? なんでそれを俺に聞くんですか!?」
きっと『嫌です無理です拒否します』についての賛否を俺へと投げかけているに違いない。クローディア様はバッと俺の方に首だけ向けて確認を取ってくる。
何故わざわざ俺へと確認を取るのかということ事体がよく分からないが、そもそもこの場に来たばかりで空気にまだ馴染めていなかった俺は、咄嗟にそう答えるしかなかったが――。
「シュバルトゥム様の主が貴方だからですわ!」
「へ? ……あ~、そゆこと……」
あぁ、そういう……。なんかややこしくなったなぁ……。貴女はそれでいいんですね、心広くて助かりました。
クローディア様は当時あの場にいたし、事の一部始終を見ている1人だ。だからシュトルムとは既にこのことについて話を済ませておいていたであろうことは分かる。
ただクローディア様の俺に対する位置づけがどうなっているかは不明であるが。現在だとシュトルムが従魔になったことで俺は立場がオルヴェイラスの皆様よりも上になっているらしい。
でも王よりも立場が上だと一体どうなるんだ? それに立場が上だと言っても職務上での上じゃないし……名誉会長的な立ち位置に今いたりするのか? 分からんなぁ……。
……ま、どうでもいいか、この国のことだし。深く考えるだけ無駄ってもんですな。
「ツカサてめぇ! さっきはよくも見捨てやがったな! 俺あの後大変だったんだぞ!?」
「うるせー! お前が変な事しでかすからだろうが、自業自得だろ」
シュトルムの妻であるクローディア様にも迷惑を掛けたなぁと申し訳なさを感じているところに、自分の事を棚に上げて俺に怒鳴るシュトルム。どうやらリビングに置き去りにしたことを根に持っているらしかった。
だが俺はそんな言葉には何の説得力もないなとしか思わない。俺だって3カ国の人達に辱めを晒されてしまったわけなのだから。
やられたらやり返すし、やったらやり返される。そんなのは宇宙の真理に等しいくらいに当然のことである。
それに俺はご主人、お前は下僕。どっちが死んで、どっちが生き残るかは明白だろうが。最期の大任を任せられただけでも感謝しやがれ。生きてやがったのは誤算ですけどね……ケッ。
だから今シュトルムが攻め込まれて陥落しそうになっていたとしても、同情の感情なんてちっとも湧かなかった。
クローディア様、もっとやっちゃってくださいな。
「いいから早くなんとかしてくれ! もう手に負えん!」
「ほぅ? その状態でよくそんな口が聞けたもんだ。もう少し頼み方ってもんがあるだろうに」
「ぐっ……! わ、分かったよ、さっきのはもういい。だから助けてくれ、お、お願いします!」
シュトルムは必死にだらしない顔になったクローディア様を引き剥がそうと足掻いている。だがクローディア様は幸せそうに吸盤のように張り付いて全く剥がされる気配すら見えない。どこにそんな力があるのだと疑いたくなるくらいである。
これが愛の力ってやつなのは分かるが……理解し難いくらいにあり得ない光景だ。
「シュバルトゥム様~!」
「こ、これ以上は保たねぇ……! 早く……!?」
「ふむ……」
のんびりと、2人の攻防を俺は見つめながら悩む。
でもここまで懇願されてしまえば、優しすぎる俺でもこれはあまりにも不憫だと思った。ここまでして何故自分の労力というものは報われないのか、何故思い通りにいかないのか、望みを叶えることができないのか。当人に置き換えて親身に考えてみると酷く助けてあげたいと思えてしまう。
俺はなんて絵に書いたように優しいのだろうか? そんな道徳に溢れる人間に育つことができたことを今自分で誇りに思うことにしたい。
だから仕方ないなぁ……助けてあげますとも、そんなあなたを。
周りのギャラリーさん達も期待に満ちた顔で俺を見つめている。俺がどうするのか、それを今か今かと待ってくれている。
うむ、言わずとも分かるよ皆さんのお気持ちは。だからその期待にお応えしましょう。
今から俺が行う罪で、皆様をハッピーにして差し上げますとも。
「う~ん……だったら俺はその要求を、嫌です無理です拒否します☆」
「オイッ!?」
1人の王を見捨てるという罪でな。
そしてこれは民主主義に基づいており、多くの声を私が代表して叩きつけただけにすぎない。
正義は我にあり。
「流石ですツカサ様! シュバルトゥム様頂きます!」
「のわぁああああっ!」
ゆっくりとお召し上がりください女王様。今回のメニューは『シュトルムの踊り食い』でございます。非常に興奮しておりますので怪我にお気を付けください。
この一品は前菜からメインディッシュ、そしてデザートも兼任する程でして、私が最も得意とする貴女専用のメニューとなっております。そのまま頂きになるのが極上の味わいです故、特に手は加えておりません。ごゆっくり堪能して頂ければ幸いです。
「あらまぁ……ワンダホー」
クローディア様がシュトルムにしがみつく状態から更に際どい行動に出る。シュトルムを押し倒し、例の如く覆いかぶさったのである。キャー恥ずかしい。
頬ずりを発火するのではと心配する程にこれでもかとする暴走状態のクローディア様は、誰にも手が付けられない状態と化している。
うわぁ……目も当てられないわぁ~。
「せ、先生? ちょっとこれはやりすぎじゃ……? それに……ちょっと……」
「いいのいいの、このくらいで丁度良い」
隣のアンリさんが俺へと顔を赤らめて申し立てる。今のシュトルム達の非常にお下品に近いアブノーマル一歩手前な光景に当てられて赤面しているようで、当然の反応とも言えた。
でも、俺への辱めに対する仕返しなんだから仕方ないのです。シュトルム君の自尊心なんて気にしない。俺と同じくらい恥ずかしい目にあってもらわねば困るし嫌なのだ。むしろ3カ国全員に恥ずかしい台詞を赤裸々に公開された俺と比べてまだマシだろうに……。
それにここだけの恥ずかしい話だろ? 色んな意味でまだまだやることが甘いったらない。
「だってさ、俺がなんでシュトルムを助けなきゃいけないの? 面倒くさいじゃん」
俺はアンリさんへと言葉を吐いたつもりであったが――。
「オイ! さっきの結束の強まった空気はどこいった!?」
シュトルムはそれを自分が言われたことの様に反応し、俺へと言い返してきた。だがその言葉と言うのはどうしようもないくらいに意味のない叫びであって、俺はほとんど身に覚えがないし、もう覚えてないことにしている。
もしかしてリビングでの会話のことかね? アハハ、あんなの無し無し。
「あ? どっかいったわ。どこにいっちゃったんでしょーね? あっちかな~? それともこっち?」
「白々しいわっ! ホラここに残ってるぞ!? お前の今目の前に……この冒険者シュトルムさんとの何にも代えがたい絆の繋がりが見えないってのか!?」
「見えんな。だってもう既に断ち切られてるし」
「なっ!?」
ごっめ~ん、さっき手が滑ってチョン切っちゃったぁ……テヘ☆
だから俺と君の中にあるのは……もう雇用契約だけですよ。書類上の関係だけみたいなもんです。
「このっ……お前に賭けた俺が馬鹿だった!」
「は? 元々馬鹿なんだから当然だろ。今更かよ」
「後でおぼえとけてめぇっ! チクショーッ!」
馬鹿に馬鹿って言われたくないですわ。
シュトルムの叫びだけが独り歩き状態となった。そしてそれを最後に、シュトルムはクローディア様に陥落させられていった。
君に味方する奴はここには誰もいないのだ。例えいるのだとしても、進んで俺と似たようなことを言うだけですよ? フフフ……!
「別にいいじゃんべったりくっつかれたってさ。つーか2人がイチャコラしてんのが常だってのはこの国に来て長くない俺ですら思うくらいなんだぞ? というか、それがこの国の在り方なんでしょう? シュバルトゥムへーか? 甘んじて今の状態を受け入れろよ」
「その呼び方やめろや!」
なんだかんだ必死の抵抗をしている割に余裕のまだまだありそうなシュトルム。
あぁ、もうめんどくせー。無視しよ無視。
早く息絶えてくんないかなー。意外としぶといなーコイツ。
「……クローディア様とずっとそうしてろって。また離れ離れになるんだからむしろ足りないくらいだろ」
そこまで言って、俺はシュトルムを完全放置することに決めた。後は観衆に見つめられながらイチャついててくんさい。俺は俺でこの状態を楽しみたいので。
それに恥ずかしいとか何を言ってるんでしょうねこの人は……。シュトルムだって満更じゃないだろうに。
あの高まったステータスならクローディア様を引き剥がすことなんて本来できないはずがない。でもそうしないのは、クローディア様と触れ合うのを嫌に思っているわけではないからに他ならないと俺は思う。
恥ずかしさはあると叫ばれたところで、そんなのはあるある詐欺だ。ねーよんなもん。
この愛し愛されるべきラブラブ夫婦め。それでいいんだよ。
で、でももしも本当に力づくでも引き剥がせないのだとしたら……それはそれで怖すぎるけどな。
今のシュトルムよりも強いクローディア様……アレ? もうこの国安泰じゃね? 兵士いらなくね?
「……アンリさん、取りあえず別のとこ行こっか?」
「そ、そうですね。その方がシュトルムさんのためになりそうですし……」
これ以上この場に用はない。『宴』は別の場所でも行われているし、皆とも合流したいところである。
アンリさんに移動しようと持ち掛けると、すぐさま了承の返事が……。更にはアンリさんのシュトルムを見捨てる宣言もいただきました。
これで心置きなく社員を見捨てることが社長はできそうだ。秘書も特に異論はないようだし。
「誰かたすけてくれぇ~……(泣)」
「ハァ~……幸せですぅ~」
「「……」」
後ろで聞こえてくる弱弱しい助けを求める声と、正反対に微笑ましい声。それに呆れつつも笑いが込み上げてきた俺とアンリさんは、そのままその場を後にし、『宴』へと参入するのだった。
なんだかんだアンリさんもこんな馬鹿らしい状況を楽しく思っているようだし、シュトルムの尊くすらないはずの犠牲も役に立ったようだ。
さてさて……他の皆は何をしてるんだろうか?
次回更新は火曜です。




