244話 『宴』:ナナ
あれ? ちょっとしんみり……?
「ん…………ヤベ、俺も寝ちゃってたか……」
鈍ってしまった感覚に縛られる中、身体を少しだけ俺は動かす。
ふとした拍子に目覚めたのだろう、特に起きた理由は分からないが、そもそも眠りから覚める時は大抵そんなものだ。意識も少々ハッキリはしないものの、すぐに寝てしまった前後を確認した。
すると――。
「あ、起きた?」
「ナナ……?」
真上から、おっとりした声が耳に届いてくる。
――ナナである。
「ちょっと寒そうだったから被せといてあげたよ~」
そういえば身体に掛かる重みが確かにある。決して辛いというわけではなく、むしろ心地よい程の重み。それは本来ならば自身に掛かる負荷としてすぐさま認知するのではと思う、不快感や嫌悪といった類に属するべきものだろう。だが俺にとっては逆であり、安心感を覚えるものであったから全く反発することもなく受け入れきってしまっていたが。
気付けば俺の……正確に言えばアンリさんもだが、俺達は巨大化したナナの羽に被せられていた。
体長3mで俺達を2人までなら快適に背に乗せられるほどだ。くっついた状態の俺とアンリさんを覆い尽すことなど造作もないのだろう。ナナは欠伸をしながら、簡単そうに片翼だけで俺達に毛布の様に翼を乗せておいてくれたらしい。
「本当だ……」
ただ、もう片方の翼でまた休日親父のスタイルを取っていなければもっとほっこりする図となったのは間違いない。
我が愛しの神鳥の片翼、こ奴は神鳥の名に恥じるべき態度が目に余るのである、常に。
まぁ、もうここまで来たらどうでもいいけどね。何回注意したか覚えてないし。
ちなみにだが、アンリさんはまだ眠っている様子である。起きる前と変わらずズボンにしがみつく姿勢には愛くるしさしか湧いてこず、そのままそっとしておいてあげたい姿であった。
ただ、アンリさんの位置がもう少しズボンの上の部分だったらと思うと、誤解されそうな状況n――ゲフンゲフンッ!
……何処から見ても微笑ましいですね。
まぁ俺のどうしようもねぇある意味発作とも呼べる変態思考は今は吐き捨てておこう、うん。
これは俺が世に誇れる健常者である証拠なのだ、そうなのだ。
「いくら暖かいとは言ってもさ~、流石に風邪ひくよ? 遅いなーと思って戻ってきたら2人とも仲良く寝てるもんだからさ~……まぁどっちも可愛かったからいいけど」
ナナが呆れて言う言葉に俺は少々唸る。……あ、可愛いって言ったことに対してではなく。
風邪ねぇ……むしろそれは鳥インフルエンザだったり? そりゃ本当にアカンですな。
インコが鳥インフルエンザ菌持ってるとか聞いたことなんてないけど……コイツの食生活乱れすぎだから免疫低下からの感染ってケースはもしかしたらあるのかもしれない。あら怖い。
……ま、冗談ですがね。だって元々アホの子だからウイルスの方から逃げてくに決まってるだろうし。
「そうだったのか、でも風邪とかなさそうだがなぁ……」
「それでもだよ。お腹冷やしたら駄目でしょ? ご主人は気にしなくてもいいだろうけど、アンリは女の子なんだから」
「うむぅ……」
まだまだ甘い、そう言いたげにナナはため息交じりに俺へと忠告をしてくる。その姿がどうも母親とかの母性を感じる姿であったので、俺は心で「オカンかお前は」と叫びたくなりはしたが、確かにそうだとも思って唸るだけだった。
……確かにアンリさんへの配慮を忘れてた俺へのカバーは流石の一言に尽きる。褒めて遣わそうではないか。
俺自身の駄目駄目さをカバーしてくれたナナ様には多大なる感謝をしなければなるまい。感謝感激雨あられ、である。
だが俺はお前への刑をまだ執行してないから、感謝爆撃槍振られになっても仕方ないよねぇ? フフフ……!
「毛布代わりになってくれてありがとな」
俺の内に秘めた感情は表には出さず、取りあえずお礼は伝えておくことにする。事実暖かいのは確かで、ナナが俺達を気遣ったことは確かだから。
「これぞまさに羽毛布団、いや毛布かな? めっさ気持ちいいでしょ?」
「うん、気持ちいいな……」
ナナの言う通り、この翼は非常に気持ちの良い手触りと保温性を持っている。俺はそれを今一度実感するべく手で触れた。
実にフワフワで気持ちいい。具体的にこの感想を伝えるのであれば……まず触ったかどうかすら疑う程の柔らかさにまず驚愕すること間違いなし、だが確かに触れている事実はあるというギャップに苛まされ、気づけば常人であればトリップしてしまって現実世界への帰還が困難になる、ある意味呪いのアイテム。
……という具合に、すんばらしいものなのでございます。
不満や貶しているとかではないが、シュトルム宅のベッド全てをこれに変えてあげたいくらいに中毒性や購買意欲を刺激される代物だ。……コイツは商品ではないですが。
ただ一つ不満があるとすれば若干鳥臭いという点かな? これはナナが事実鳥であるから仕方がないし、リアル天然の新品だからなぁ……。流石にこれ言ったら怒るだろうから言えないな。
「くすぐったい~」
と、俺が翼を握ったりしているとナナが表情こそ変えないがそう告げてくる。
表情を変える程ではないが気にはなる……そんな絶妙なラインのようである。
「そういやお前らのスキンシップもここ最近だと全くしてなかったな……」
「最近はセシルがやってるもんね~」
そうなんだよな、ここ最近の俺はポポとナナと一緒に寝ることってほとんどないし、基本的にセシルさんが面倒見てるんだよなぁ……。
セシルさんとナナ達の間に不満がないのを良いことに、飼い主としての責任放棄気味なのは些か問題だし改善すべき事項だろうか?
俺とナナ達の関係を考えさせられてしまう現状に頭を悩ませるが、ここでナナがあることを言いだした。
「だからね、今こうしてご主人に触れられてると思うんだ」
「……?」
「セシルの方が、スキンシップ上手だなって……」
ガビーン。
俺の心に虚無の大穴が空いた。それはあっと言う間に心そのものを巨大な穴へと変えていき、俺自身をも呑み込んでしまう錯覚を覚えさせるくらいに衝撃的なイメージを彷彿とさせる。
なんでしょうこの圧倒的敗北感は……まさか負けるとは思わなかった要素で負けるなんて……。
「セシルの方がご主人な気がするよ~。アハハ!」
「ぁ……」
俺のそんな心情も知らず、ケラケラと苦笑するナナの顔が俺を絶望させる決め手となった。
ピンポンパンポーン――。
番組の途中ですが緊急ニュースをお知らせいたします。
只今より『神鳥使いと呼ばれた男』ではなく、『神鳥使いと呼ばれた少女?』が始まります。
俺の役目はこれまでだ……皆さんさようなら。
ナナがこんな感想を抱いてるくらいだ、ポポも似たようなもんだろうな……ハァ。物語の世代交代がこんな感じだとは知らなかった。
……というか、セシルさんだから世代後退の方が正しいのかもしれんがね(ボソッ)
「でもさ、やっぱりご主人にされる方が個人的には好きだな~」
ピンポンパンポーン――。
先程お伝えしたニュースですが、その事実性が不確かであったことが判明いたしました。申し訳ありません。
フッフッフ……アハハハハハ! 神は俺を見捨てはしなかった!
バッキャロー! 俺の人生は俺が主人公なんだよ、当たり前だろうが! そんなの認められるかってんだ!
『神鳥使いと呼ばれた男』はこの俺のもんじゃオラァあああ!
ナナの見事な掌返しな発言に触発され、気分が一気に高揚してしまう俺。
「やっぱ……正義は勝つんだな」
「え? 何言ってんの?」
うん、気にしないで。愉悦に浸ってるだけだから。
一先ず、ご主人としての存在意義は保たれそうである。ついでに主人公も。
……相変わらず何言ってんでしょうね? 私は。
「まぁそれはそうとさ、そろそろ起きたら? ご主人達かれこれ2、3時間は寝てるよ?」
「ゲッ……マジで?」
不意に言われた事実にギョッとした。
時間的にはちょっとしか経っていないと思っても、実際は結構経っていたらしい。睡眠という生理現象の不思議である。
――が、2、3時間も経ってしまっては流石にそろそろ行かないとマズイかもしれない。一応今回の『宴』の主役は言いたくないが俺も含まれているのだ。七重奏の虹の復活、災厄を乗り越えるため、そして俺の目覚めの3つをメインに据えているらしいから。シュトルムが俺達と共にまた旅に出るという急な発表もあったから、それもプラスされるだろう。
そして、この4つが揃うことで『宴』というものは真の意味を成すのである。この『宴』を正しく成立させるためにも、俺は俺で『宴』にしっかりと参加する義務があるわけだ。
あわよくば皆さんが「は? カミシロ? そんな奴別にいいや」、とか割り切って楽しんでくれるならいいが、多分都合よくそんな思考ができるとはとても思えない。それが分かってる手前、俺は俺で好き勝手に動くのは少々マズイと言える。
つまり何を言いたいかと言うと、ゆっくりしすぎたZE☆
「あ、でもアンリさんが……」
そろそろ起きた方がいい……そう思って立とうとしたのも束の間、すぐに足に掛かる重みに気付いて動きが止まる。
アンリさんは、まだ起きていない。
疲労によってアンリさんは眠りにつき、俺とナナが近くで話し込んでいても起きる兆しが見られないくらいに疲れ切っている。そんな中無理矢理起こして『宴』に行くのは憚れるというものだ。
元気一杯な俺なんかと違ってまだまだ休息が足りているとはとても思えない。仮に起こしたところで起きないだろうし、例え起きたとしても二度寝が良い所だ。このままそっとするべきだと思えたのである。
しかし、俺のそんな悩みはナナに一蹴されることになる。
「疲れなら多分取れてると思うよ? さっき『超活性』掛けといたから」
「え? なにそれ」
俺は聞いたことのない、俗に言うナナ専用ワードが出たことで首を捻る。
予想するにまたオリジナル魔法を使用してるから平気と言いたいんだろうが、どっちみちどんな効果なのか知らないので分かりようもない。
「えっとねー、水と土の混合魔法なんだけど……。人の身体って水分が大半じゃん? だから体内に循環してる水に治癒効果を付随して回復力を増進させて~、加えて体内の微生物……まぁ常在菌のことだけど、この子達の力を限りなく引き出して目一杯それを増大してもらう働きを促すのがこの魔法なの」
んん~?
「前々から結構この魔法は研究しててさ、実用段階までレポートまとまったし、結構効果あるんじゃないかなーと思って試してみたら効果てきめんだったよ~。流石私だよね」
「……」
凄いでしょとナナがプリプリとぶりっ子ポーズをしているが――。
あの、何言ってんのかサッパリです。何……お前俺より頭良かったの? どこでそんな知識培ってんのか教えて欲しいくらいなんだが?
というか……どんどん新しいの覚えてくねーナナちん。ご主人は既存の魔法でも精一杯だってのに、もう覚えきれないわー。
自身の従魔のスペックと潜在能力、この2点に久々に驚きを覚えた。
「あー……つまり、それでもう平気だと?」
「もち」
意味不明な点が多すぎるため、俺は色々と無視してそれだけを聞くと、ナナは当然のように頷くだけだった。
な、なるほど……この3日そんな魔法を使ってアンリさんをケアしていたのか……というかかなり悪質に近いドーピングとも言えないか?
アンリさんだけでなく、ナナも相当スパルタでアンリさんと向き合ったらしい。そうなるとジークも相当ヤバそうである。
ジークはほぼ全般の武器を不自由なく扱うことのできる極めて稀有な奴だ。武器指導は俺もちょっとしたある武器の扱いを教わった経験があったが……アレは教わるとかじゃなくて見て盗めと言われてるくらいに分からんからなぁ……。説明されても擬音語ばかりで意味不明、しかも動きを見てても不規則すぎて参考にならない。それが俺の感想である。
まぁ、アンリさんの覚悟はやっぱり相当凄いのは間違いない。
ただ、ジークのことはさておき……土魔法が微生物なども含まれるというのが驚きである。確かにナナが土属性の魔法で酸性の極めて強い毒沼を生成したりするという、少々土属性から外れた魔法を使用できることは知っていたが、もしかしたらこれも微生物を応用したりしているのかもしれない。
魔法の無限の可能性……それをナナは解明する力を備えていると言っても過言ではない。学者さん達から引っ張りだこになりそうだ。
「あ、それとね? ポポもだけど……私達ご主人に喜ばしい報告があるんだ~」
事が難しいために理解及ばぬ俺に、追い打ちを掛けるようにナナは更に伝えてくる。
もう何が来たところで、理解ができるかは不明とはいえ驚きはしないだろう……そう思っていた。
「え、まだあんのかよ……。喜ばしいことって一体…………ハッ!?」
一瞬にしてある可能性が、頭に浮上した。
『ポポも』、『ご主人に』、『喜ばしい』、『報告』。この4つのワードが際立って頭に残り、その背後に隠れる秘密を俺は即座に理解し、つなぎ合わせることに成功した。いや、成功してしまった。
うそ……だろ? まさかお前らが……!?
「あれ? もしかして知ってたりする?」
「え……まさかお前等……!?」
俺の気づいてしまった様子に、言い出そうとしたことを元々知っていたのかと考えたのだろう。ナナは意外そうな顔で俺を見ていた。
『ポポも』。これはナナとポポが互いに同じ思いや気持ち、心情であることを指していると思われる。そしてポポとナナはお互いにほぼ同族同種のインコであり、これは極めて重要な要素であると言えよう。
次に『ご主人に』と『報告』。こちらは俺に対して文字通り何か伝えることがあるということを表す。だがここで重要なのは、俺がコイツらの親であるという要素を兼ね備えてしまっている事実があるという点である。そして今回の場合、伝えるという意味で『報告』というワードを使用していることに注目して頂きたい。
そして最後のこの『喜ばしい』。この言葉の意味は凄まじく重く、そして親が味わうであろう人生の佳境、もしくは壁、或いは……夢なんかと称する人もいるかもしれない。それくらいの魔の性質を秘めたワードであると俺は思う。
以上で上げた3つのワードに込められた真意を確立させる最後のピースと言っても過言ではないこのワードが示すことと言うのはつまり――。
「お前等が、まさかデキていたなんて……!」
これしか……ないだろう……!(ガクッ)
報告すべきことってのはつまり……子供がお腹にありますってことだろ?
いや、勘違いしないでくれよ? 俺は別に怒っていたりするわけじゃないんだ。ただ、何故そうなった経緯や関係を俺に教えてくれなかったのかが悲しいだけなんだ……。
お前等にそんなことも教えて貰えない程度の主人だったと思えてしまう、それがやるせないだけなんだ……!
俺の心の嘆き……それはコイツに届くことはないのだろうな……。
いや、それも当然か――。
「はぁ? んなわけないじゃん。脳みそ腐ってんのご主人? その考えはあり得ないし間違ってるから。私とポポはそういうんじゃないから」
「あ、そう……」
まるで死ねと催促されてるような顔で嫌悪感を示し、ナナは俺へと否定と罵りの同時を行ってきたからである。
はい、俺の気持ちなぞ届かなくてむしろ当然の勘違いでした。早とちりとも言う。
……まぁ、俺の予想なんてそんなもんだ。
べべべべ別に知ってたし! 敢えてこんなしょーもねーこと考えただけだし! 多分違うだろうなって思ってたし!
き、切り替えてこーぜー。誰にでも過ちはあるって。
「どうしようもないなぁ全く。……ま、それならこれは後でのお楽しみってことで期待して待っててよ」
「お、おう……。でも気になるんだが?」
「ダメダメ、今は言わないでおく。でも超ビックリすると思うかな。少なくとも、ご主人には超絶プラス要素と断言しとこうかな!」
ニヤリと笑みを浮かべ、ナナは自信満々に慌てるなと俺を制止する。今回ばっかりは完全にナナのペースに飲まれてしまい、俺は掌で踊らされているくらいに無力なのがいつもとは違う。
ご主人にお預けを使用してくるとは……こりゃ手も足も出ねぇや。それなら期待させてもらおう。
一体報告したい超絶プラス要素とは何なのか? 今すぐ聞きたい衝動に駆られつつも、ナナ達が言い出すその時を俺は待つことにした。言い出すタイミングというのもあるのかもしれない。
「……ホラ、シュトルム達も待ちくたびれてるだろうから早く行ってきなよ。ご主人とアンリは『浄化』で綺麗にしといたから準備は万端だよ」
話は終わった――。ナナゆっくりと立ち上がって翼を俺達から離すと、自らの身体にしまい込むように楽な姿勢となった。
俺は自分とアンリさんの身体を今一度よく確かめてみると、新品のように身体中が装備も含めて綺麗に仕上がっている事実にようやく気付くことができた。気づくのが遅いと文句を言われても仕方のないくらいこの短い間に色々と手を施されていて、そしてそれに気付けさえしない自分にため息しか出てこない。
こんなんじゃ、普段から支えられてたのに気づけてなかったことを曝露されてるみたいだな。
「色々とスマンな……手ぇ煩わせて」
「手の掛かるご主人を持つと従魔は苦労しちゃうねー。だからシュトルムにもそう思われないようにしなよ?」
「そうだな……」
今のようにナナが俺の不備を補ってくれることは素直に喜ばしいし助かる。だが、毎回これでは俺自身の中身に成長が伴わないし、これまでの成長が感じられないと見られても仕方のないことだ。今ナナはシュトルムの名を持ち出したが、これは単に従魔となった事実があるから持ち出しただけであり、他の仲間も含まれていることは想像に難くない。
従魔だから俺を助けるとかのちっぽけな関係ではないことは理解しているし、あくまでナナは、こうして支えられてばかりなのは駄目だぞと、忠告してくれているのだ。
事実俺は相当支えられていたのだろう。俺が気づかないだけで、色々と手を尽くしてくれていたとしか思えないのだから。
確かにこの不備を補われるということは、意図してそうさせない以外においては極力減らしていかなければならない。これが人としての成長とも言えなくもないし、自分が逆に誰かの不備を補うために必要なことでもあるからだ。
俺も同様に、皆の不備を支えていかないといけないのだ。そのためにはまず、自身の成長が先だ。
方法は何だっていい。見て盗むもよし、聞いて学ぶもよし、経験して体感して反省するもよしと様々だ。
「今回の騒ぎで皆結構変わったよね、ご主人もさ……。多分たくさん悩んだからこそ受け入れがたい部分もあるし、決意を変えた部分もあると思う。――けどさ、今は目の前だけに集中していいと思うな。アンリさ、死ぬ気で頑張ってたんだよ。だから今日くらい労ってあげたいよ……。そしてそれができるのはアンリの彼氏であるご主人だけだと思うから」
「……あぁ、俺もそう思う。まぁ、後は任せろ」
「うん」
俺が今回ナナに手も足も出ないと感じた施しを受けていることに気付けたのも、それは俺がイーリスに来て変わりつつあるからこそだろう。そしてそれはナナも一緒で、ナナもまたイーリスに来たことで変わりつつあるに違いない。
それを理由づけるものなどないし、当然確証や証拠などを明確に指摘することは俺には不可能だ。だが、それでも確実に変わりつつあるという点だけに関しては確信はある。
何の説得力もない……心による確信だ。
皆が俺に対して感じていることは本当で、俺が皆に対して感じたこともまた間違いは無いと思えるのだ。
以心伝心とまではいかないが、それに近いくらいの距離感が俺達にはある。
それをしかと胸にしまい込んで、俺は回復しているアンリさんの肩をゆすって優しく起こした。
そして、ナナのサポートを受けた俺達は、そのまま遅れて『宴』へと繰り出したのだった。
次回更新は土曜です。
年内の更新はあと2回か3回になりそうです。




