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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第五章 忍び寄る分岐点 ~イーリス動乱~
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243話 『守護者』として? 彼氏として?

 『宴』が始まり、早速シュトルム宅には人が押し寄せた。今この瞬間はどこもかしこも無法地帯となっており、普段立ち入ることのない場所にも平気で押し寄せるくらいの無礼講な雰囲気が充満していたのだ。

 やがてリビングにまで怒涛とも言える人の波の気配を察知した俺は、シュトルムにその場を任して窓から外へと逃げおおせ、とある場所に向かって移動することに決めた。

 逃げるが勝ちである。


 ただ、俺もそこそこの……曲りなりにもエンターテイナー宣言をしようとたった今思うくらいの人物である。シュトルムを求めてやってきた民衆の方々が、俺と同じく逃げ出そうとしたシュトルムのせいで空回りという悲しい思いをするなんて懸念が予想されましたので、対策は講じておきましたよちゃんと。皆様の期待を裏切るような行為はそりゃあ憚れますとも、人間だもの。

 ちゃんとシュトルムを『バインド』と『障壁』でその場に縛り付けて置き去りにして差し上げるという、生餌という形で素晴らしい置き土産を私は残すことに致しましたとも。

 今頃揉みくちゃにされてるんじゃなかろうか? 最高ですな……じっくり堪能していってね。




 街を空から一望してみると、街全体は彩り豊かに街路樹の細部までもが華やかに装飾が成されている。元々が美しい景観であるために、その景観を損なわず……むしろ引き立てるのではと思われる装飾の数々には脱帽するのみだ。俺とは違ってオルヴェイラスの人達の美的センスが素晴らしいと言わざるを得ない。


 ……これは是非ともご教授願いたい。

 でも美的センスって教えて貰って向上するようなものとは個人的に思わないしなー。出来ない奴はどう足掻いたって出来やしないだろうし、例え出来るようになったのだとしても、似た例を元にしなきゃまともなセンスすら垣間見えない汎用性皆無の結果になりそうなんだよなー。

 俺から言わせてもらうと、美的センスある人って頭おかしいんじゃないかなー(褒め言葉)。

 俺も頭おかしい奴になりたいなー。


 ご教授を受けいたいと思ったのも束の間、すぐさまどうせ無駄な結果になるだけだと悟り、首を横に振った。




 『宴』を楽しむということも立派な使命であることは重々承知している。だが、あの日からずっと会話もほとんどないあの娘へと会っておかなければならないと思えた俺は、シュトルムのことなど微塵も気にすることなく空を進む。今はナナと一緒にいるはずだから場所を間違うことはないだろう。




◆◆◆




 街を出て暫く森を突き進むと、泉の湧きだす広場を見つけた。ナナが森の中にいるようだったので途中で地上に降りたわけだが、空からでは恐らくここは発見することは不可能である。木々が完全に広場を覆い尽してしまっていて、全く空が見えないのだから。

 俺は広場の一つ一つの造りを足を止めてじっくりと観察した。細部までが職人に手を施されたように凝っている印象だ。

 天然でこれまで整った造形をしているのも珍しく、逆に下手に手を加えると全てが台無しになってしまいそうでさえある広場。これまでオルヴェイラスの近辺にこんな場所があることを知らなかったので知れてよかったと思う。



 そして……この場所には先客が2名既にいた。

一人は泉の脇に贅沢にそびえ立つ巨木にもたれかかっている女の娘。目を瞑りながらもたれかかる姿はまるで眠っているようでもあり、疲れが溜まっているのがすぐに分かる。

 泉の水を存分に味わって成長したであろう巨木は葉の色から幹までが瑞々しく、その娘に潤いを分け与えているようなイメージが湧いてきそうであった。

 その傍らには、巨大化したナナが一緒にいた。同じく目を瞑って見守る様にして共におり、俺に気が付いて視線が合った。


 話に聞く限りでは休む間もないという話を聞いていたものだから、多分今は『宴』が無事始まるのに合わせて小休止を挟んでいるといったところだろうか?


「いらっしゃい」

「……」


 ナナは俺が近づいていることは分かっていたから、別段俺が現れてもおかしな反応を見せることは無かった。

 だがアンリさん別だ。ちゃんと起きてはいるらしく、一瞬反応したようであったがこちらを見る素振りは全くなかった。変わらず目を瞑り続けていた。俺を完全に蚊帳の外の存在だと言わんばかりに無視しているようでもあった。


「……ちょっとだけ席外した方が良さげかな?」


 アンリさんをやれやれ感満載の素振りをしながら見るナナは、俺へとそう言ってくる。


「あぁ、スマンな」


 ナナが聞いてきたことに俺はそれだけを答えると、察した様にナナは巨大化を解いて何処かへと飛んでいった。木々の合間を抜け、流れるような速度で瞬く間にその場から姿を消してしまう。

 珍しく空気の読めるナナに感謝しつつ、静かになった所で俺はアンリさんに声を掛けようとするが――。


「どうしたんですか? 一体……。止めても無駄ですよ。アタシ、本気ですから」


 相変わらずこちらは見ないまま、アンリさんは冷たくはないものの強い口調で話し掛けてきた。

 たった数日の間であったはずなのに、小奇麗な冒険者の服装はどこかくたびれていた。何度も汚れを落とし、そしてそれを繰り返したことによるものであったことは容易に想像がつき、ジークとナナの訓練(しごき)に耐えた証のように映る。

 顔もやつれているアンリさんを見て、ここまでさせてしまった事実には目を背けたくなるが……それと向き合うためにここに来たのだと自らに言い聞かせ踏みとどまる。


 ここで逃げたら何も変わらないままだ。


「いや、止めに来たわけじゃないんだ。アンリさんが言うことを全て受け入れようと思ってここに来ただけだからさ……」

「……そう、ですか……」


 俺がここに来た理由を意外だと言っているような表情に俺は安堵した。ようやく、目を開けてアンリさんはこちらを見てくれる。


 だからか、自然と身体は少しでもアンリさんの近くに寄せたくなり、俺はアンリさんの元へと歩を進める。そのまま一緒に木に背を預けて、俺もアンリさんと同じ姿勢を取った。

 その流れを、アンリさんはただ黙って受け入れてくれる。


「辛くなったらいつでも早く言うこと。無理して取り返しのつかないことになったら笑えないからさ……」

「……はい。でも、それを先生が言うんですか? アタシが逆に言いたいくらいですよ」

「……それもそっか」


 お互いに十分今の自分達の状態を反省し合っているような気がした。俺が言えばアンリさんは反論し、アンリさんが言えば俺は反論する……そんな構図が。

 次第に肩の距離は近づいていく。気づけばアンリさんの肩と俺の肩は既に触れており、お互いに体重を預け合うようにして木の幹に俺達はいた。


「髪……学院の時みたいにポニーテールにしたんだ?」

「はい。冒険者になってからのアタシは……先生と一緒にいられることになって浮かれてましたから。ポニーテールは私の昔からの髪型ですし、初心に戻る気持ちで戻したんです」

「ふ~ん……」

「嫌ですか?」

「正直ちょっと残念かな。ポニーテールも初めてアンリさんと会った時の髪型だから好きだけど、下ろしてるのは格別好きだったから……神だなって思ってた」

「もぅ、大げさです。先生が好きな髪型はヒナギさんみたいな髪型だって知ってるんですよ?」

「んー? まぁそれは否定しないけど、その人によって最高だと思う髪型ってあるでしょ? アンリさんはあれが最高だからいいの。……ま、下ろしてても今のポニーテールでも最高だと思うけどさ」

「なんですかそれ……。――でも、今のところ戻す気はありませんから。我慢してください」

「……うん」


 そこで、声に出して俺達は笑った。

 思ったことをただ声にして紡ぎ合うという何気ない会話ではあったが、ここ最近話していなかった俺にとっては切望していた瞬間であり、至福だった。


 重要な事など話さなくとも分かる。俺とアンリさんの間にあったギクシャクした空気、そんなものは俺の錯覚だったのだと。


 アンリさんは……何も変わってなかった。ただちょっとやることが決まって周りが見えなくなってて、それに取り組んでいただけなんだ。ある意味俺と一緒だ。


「皆さんはどうしたんですか?」

「え? 普通に『宴』の最中だと思うけど……」


 遠くで、喧騒が聞こえてくる。悲しみの欠片も感じられぬ楽し気な喧騒が。シュトルムの宣言に忠実に民衆の方々は従っているようだった。

 この輪の中に恐らくヒナギさんもいることだろう。ヒナギさんはチヤホヤされるのは好きではないし、もしかしたらポポもその状態を不憫に思って一緒にいるのかもしれないが。


 ……というか間違いなく一緒にいるだろうけどね。今揉みくちゃにされてるであろうシュトルムとは若干離れた位置にいるみたいだし。

 ただ、セシルさんとジークについては何処にいるのか見当がつかないが。完全自由人なジークは言わずもがな、セシルさんも何処か自由人な所あったりするからなぁ。まぁオルヴェイラスの何処かにはいるだろうなとは思う。


「……『宴』、もう始まってるよ。せっかくなんだし行かない?」


 ここに来た目的は別であったが、せめて今日くらいはということで俺はアンリさんに聞いてみる。根を詰め過ぎているのは明らかだし、流石にリフレッシュすべきと思ったのだ。

 最初からハードな特訓ではすぐに限界がくる。俺はどちらかと言えばじっくり堅実に行きたい派であるし、今のアンリさんの失敗すれば全て崩壊するようなやり方はあまり気に食わない。


「アタシ……行く資格なんてありませんよ」

「資格ねぇ……」


 しかし、アンリさんは首を横に振って誘いを断ってくる。

 この資格というのは、アンリさんは災厄の際に何かしたわけではないということを言いたいのだと思う。

 だが――。


「別に要らないと思うぞ資格なんて……。今回の災厄のために何も出来なかったって言うなら……それは被害に遭った人達の大多数には言えることでもあるわけだしさ」

「厳しい言い方をすれば、そうなのかもしれないですね。でも、誰でもできる復興作業でもアタシは何もしませんでしたから……」


 アンリさんは顔を下に向けて口をキュッと噤んだ。

 どうやら後ろめたい気持ちになっているようで、自身の行動に対しての後悔を露わにしているようだ。誰にでも出来そうなことさえやらなかった自分には『宴』に参加する資格などないと……そう思っているようだ。


 その気持ちは分からなくはない。ただ、アンリさんの取った行動に俺は非を唱えることはないだろう。だからこそこうして誘っているし、誘わなければいけないと判断する。

 俺がアンリさんをそうさせてしまった事実というのもある。


「俺から言わせてもらえば、アンリさんは復興作業の代わりに少しでも早く強くなろうと身を削ってたことになるんだよ。……一緒だよ、資格なんてものがそんなに必要だっていうなら、アンリさんは既に資格を持ってると俺は思う」


 本当であれば理由などいらないはずだ、そんなことを言っていたらシュトルムの宣言したことを叶えることはまずできる訳がない。これはその場に居座ることが単純に気まずいからと逃げているだけである。


「それにこれから先アンリさんも戦うんでしょ? だったら、ここの人達はそんな娘に対して邪険に思ったりする人はいないって」

「でも……優先順位はあると思います。アタシは、それも考えないで自分のことばかり考えてたんですもん。やっぱり行けないですよ……」

「……」


 でも俺の声はアンリさんには届かない。アンリさんは固くなに自身を乏しめるだけだった。


 俺はそんな姿が見ていられず、そして俺がそうさせてしまったという実感もあったから……せめて張り詰めた状態から解放してあげたい気持ちになった。


「アンリさん、ちょっとこっち向いて」

「……?」

「てい」

「いたっ! ……え?」


 納得が難しいなら少々無理矢理にでも分からせるまでだ。この頑固さんめ。


 こちらに振り向かせたところで、アンリさんのおでこに向かって軽くデコピンをした。不意打ちを食らったアンリさんはちょっとした痛みに驚き、おでこに手を触れながら俺をマジマジと見る。


「アンリさん、もう既に張り詰めすぎだろ。それじゃこの先もたないのが目に見えてるぞ」

「っ――!」

「焦って良いことなんてないんだ。覚悟はいいけど、アンリさんがそれで壊れてちゃ意味がない」


 俺がそう言うと、アンリさんは図星を突かれたように一瞬ビクッとした挙動を見せた。やはり張り詰めていたようで、俺がそれを告げたことで自分でも分かっていたことを再確認した……そんな印象であった。


 しかし――。


「でも、アタシは強くなるって決めたんです。強くなれる可能性があるって分かりましたから……。少しでも早く、例え無理をしてでも強くなりたい」


 その意思は固く、図星を突かれたくらいで決意を変えることはないと言いたげであった。


 ……難しいな。


「なんで、そんなに焦るのさ?」

「焦りますよ! そうしないと先生はまた無茶をしますもん! そういう人だって分かってますから! ……だから、少しでも早く強くなって先生に負担を掛けないようにしたいんです……!」

「……」

「今までのアタシは甘えてたんです、先生っていう頼りになる存在がいたから。でも、守られるだけなんてもう嫌ですし、出来るわけありません。これ以上先生が無茶して傷つく姿なんて見たくない……」


 自分の腕を、これでもかと強くもう片方の腕で握りしめる姿も相まって、アンリさんのありったけの想いがそこには込められていた気がした。

 もう何を言ったところで意思を曲げたりはしないということは分かる。それは認める他ないだろう。


 でも、だからこそ、焦って欲しくはない。


「――ありがとね、そこまで想ってくれてて」

「っ!?」


 俺はアンリさんの頭に軽く……コツンと優しく自分の頭を乗せ、自分の胸にアンリさんを抱くようにして頭を撫でた。

 ヒナギさんに頭を優しく抱きしめられた時、俺は酷く心が休まる思いになったことを覚えている。今のアンリさんに少しでも安らいでもらいたい一心で出た行動ではあったが、それは間違ってはいなかったらしい。

 少しずつ、俺に掛かる重圧が増していくのがその証拠だった。


「ヒナギさんにもこの前言われたんだ、守られるだけなのも辛いって。アンリさんもきっとそう思ってくれてるのは……もう分かってるよ。だからアンリさんが強くなることに対してはもう何も俺は言わない。今までは俺が守るとか思ってた……でも、今回の件で実際それは俺には到底できっこないことだったのを痛感したからさ……アンリさんも、分かってるとは思うけど。……情けないことに、俺はアンリさんを確実に守り切れる自信がないんだ」

「……」


 今までだったらこんなことを言いだすことなど考えられなかっただろう。ヒナギさんならともかく、アンリさんにだけは自分の頼りなさを告げることなどほとんどなかったと言っても良いのだから。


 不安を抱かせるような発言をすること事体を避けていたからな……。

 でも、不思議と今ではすんなり話せている自分がいるのに驚きだ。


「俺は弱い、だから多分皆も守り切れることはもう出来ないと思う。……そんな俺なんだ、アンリさんが少しでも強くなることは、結果的にアンリさんを守ることになるからむしろ良いとさえ今では思ってるくらいだよ。自分の彼女くらいは自分の手で守ってあげたい……そんな自分勝手な考えで今までいたのにね」

「先生……」

「けどね、無茶だけはして欲しくないんだ。俺も……出来るだけ無茶はもうやめるからさ」


 無茶はしないで欲しいが、俺は無茶をする。そんな発言には自分でも苦笑するしかなかった。

 自分勝手な考えはやめたつもりでも、それだけは俺にも譲れないことであったから仕方がないとは思いたいところであるが。


「駄目です、絶対に無茶はやめてください」


 当然、アンリさんからはそれをやめて欲しいとの声があがる。

 ヒナギさん同様に、俺が眠ってる間に介護されていた事実を知っている以上、アンリさんにも相当な心配を掛けたのは間違いない。その心配を彷彿とさせる『無茶』という言葉には容認など到底出来ないのだろう。

 だが――。


「それこそ無理。どうしようもない時に無茶ってのはどうしても必要になるから。そんな時は俺が無茶するしかないんだよ」


 結局考えた結果、本当にどうしようもない時は俺は無茶をまたするだろうとしか考えられなかった。無茶をしなければ死んでしまうという状況であれば当然だし、そんな状況に陥るくらいの場合であれば仕方ないこととも思えるからだ。

 ただ、今までと違う点としては、そんな無茶な事態に限りなく陥らなくなるように、皆も俺を守って欲しいという思いが芽生えたことだ。俺が誰かに守って欲しいと言うなんて、一見言っていることの意味が分からないと思われそうなものだが、この変化は大きくもあり大切なことだと考える。


「……そんなの自分勝手ですよ。アタシに無茶するなって言っておいて先生が無茶するのを認めるなんて出来るわけない」

「そこはせめて彼氏面させて欲しいからとか、そんな感じに納得してもらうしかない」

「理由になってないです、尚更納得できない」


 敬語も無くなり、アンリさんは俺の考えを一向に受け入れる気配がなさそうである。自分でも言い分が理由になっていないことは分かっているし、アンリさんが否定する気持ちも分からなくもない、というか分かりすぎて困るくらいだ。


 ただ、それでも譲れない思いってのがあるんだよな。これに理由なんて要らない。


 俺は、ある意味強攻策とも呼べる方法を用いることにする。


「俺のワガママ。それじゃ……駄目か?」

「っ!?」

「皆を守るのはリーダーとして、そしてアンリ(・・・)を守るのは彼氏として、だ。そこに無茶をしなきゃいけない時にしないなんて理由は要らないだろ? だから俺のワガママってことで納得してくれよ」


 それこそ納得できない! その感情を声に出そうとは思ってみても、俺に体重を預ける力を強めることでアンリさんは堪えているようだった。俺もまた、今の自分の発言に合わせてアンリさんの頭を自身の胸へと押し付ける力を強める。


 無理にでも納得させる。それが俺の妥協ラインだ。


「「……」」


 それから暫く、沈黙による根競べが始まった。

 アンリさんは声には出さず、俺にキュッとしがみついたり頭を自分から押し付けてきたりと、まるで全身で必死にあれこれ考え、悩み、衝動を抑えているようだった。一方俺は微動だにせず、アンリさんをただ納得させたいがためにアンリさんの身体を引き寄せ続けていた。


 そんな状態がどれだけ続いたかは分からない。だが、気が付けば沈黙は破られていた、それだけである。


「ズルい……本当にズルいですよ……。そんなこと言われたら、無茶して早く強くなりたいって思っちゃいますもん」


 アンリさんは俺の胸に向かって、小さくか細い声で、そう答えたのだった。

 これは俺の考えを受け入れたと見てよいのだろう、イマイチ微妙な所ではあるが……。

 俺の強攻策は確かにアンリさんに届いたようである。内心で俺はホッとしつつも、無理を言ったことがアンリさんを困らせたのだと反省する。


「駄目だ。あくまで無理しない範囲でゆっくり強くなってくれればいい。そして最終的に俺に無茶をさせないくらいに強くなって。それでいいね?」

「……(コクン)」


 小さく頷いて、確かに返事を返すアンリさん。その動作が苦悩の果てに納得したことのようにしか思えず、俺はアンリさんに優しくしてあげることでしか返すことは出来なかった。


「ごめん、無理矢理なこと言ってて。でも、もうこれだけは譲れない」


 アンリさんには自分の弱音を吐くようなことは、俺のなけなしのプライドがあったから言わないようにしていた。


 それを破ってるんだ……せめてこれが最後の妥協となって欲しい。そうじゃないと俺は……何の決意も守れぬ奴になってしまう。


「……分かってます。だから、納得してあげます……先生の彼女だから……」

「……ありがとう」


 そこまで言って、お互いに強く身体を押し付け合うようにして触れ合った。


 ここで俺に対抗するように彼女だからと言ってくれたのは正直嬉しかった。まるでどうしようもない俺の言い分を、特別な自分だから受け入れてあげると言われている気がしたから。

 自分は俺の彼氏である。そう自信を持って言ってくれているようなこの言葉が、俺はとてもうれしく思えた。


 そこからまたお互いに無言となった。

 ただ、さっきの無言とは違って、心が圧迫されるような雰囲気は何処にもない暖かな時間だ。心地よいこの空間と場所に身を任せ、ただひたすらにお互いを感じているとでも言えばいいか……。


 形容し難い至福のひと時、それに尽きる。




 ◆◆◆




「……んじゃ、納得してもらったところで……気兼ねなく『宴』に行こうか? それとも少し寝てから行く? アンリさん疲れてるだろうし……」

「え? そっちにはまだ納得してないんだけど……」


 お互いに至福の時間を十分に満喫した頃だろうか。俺はアンリさんに再度『宴』に行こうと誘ってはみるものの、そっちについてはまだ話が逸れたことで納得していないと言われてしまう。


 俺のことに納得してもらったんだから、それに便乗して頷いてくれてもいいじゃんと俺は言いたい。

 アンリさん頭硬すぎんぜー。


「あーあー、聞こえな~い。もう一度繰り返せ~」

「あっ!? 聞こえてるくせに!」

「……お? なになに、当たり前でしょ? いや~さっすがアンリさん、話分かる~」


 アンリさんの声など無視して勝手に話を進める俺。胸にアンリさんがいるのだから聞こえていない訳がないが。


「っ~~! もう、先生の意地悪!」

「ハハハ! それも知ってたでしょ?」

「それは……まぁそうですけど……」


 頬を膨らませて俺を見上げるアンリさんは、軽く睨んでいるようなジト目だった。


 ぶっちゃけ頬を膨らませながら見上げるというアンリさんを見たことはなかったが、なんという可愛らしさを誇る生き物なことか。素晴らしすぎて鼻血が出てしまいそうだ。


「あ、待って下さい。でも……今は先生と2人でいたい、かな……」

「(キュン)」


 アンリさんの反応に俺は満足していたのだが、ここでいきなりアンリさんはそんなことを仰りやがりました。


 こりゃ鼻血出たって仕方なくね? エグ(うれし)すぎる。

 オイなんだそれは? 俺への仕返しとして言ったのか? クロスカウンターで2倍のダメージが今入ったぞ……。


 まぁつまり……はい、ご馳走様です、グフッ!? 良いお言葉頂きました。もっとくれてもいいのよ? 的な具合です。


 俺はコイツめ~とアンリさんを愛でたくなり、髪を目一杯撫でることにした。


「ん……」


 すると、アンリさんは幸せそうに眼を閉じて成すがままとなった。俺からすれば、それはもっとしてと言っているようにさえ映る、身体を委ねてもいるかのようであった。

 それと同時に、アンリさん自身も気張ることで堪えていた眠気が襲ってきていたようなので、俺は『宴』に行くのは今は無理そうだと思いながら、アンリさんに囁いた。


「疲れてるだろうし、このまま寝ちゃってもいいよ? どうせ『宴』は夜中まで続くんだろうから、時間はたくさんある」


 これが引き金となった。


「うん……あり、が……と………」


 返答の最中、アンリさんは答え終わるのを待たずとして眠りについてしまった。

 瞬く間に眠りこけてしまうアンリさんに驚きはしたものの、これは仕方ないし当然とも言えることであるのも事実なので別段おかしいとは思わなかった。まだ体力も精神も未熟な状態で、よくここまで耐えていたなとむしろ感心するくらいである。


 寝息を静かに立てて胸で寝るアンリさんを起こさぬよう、寝やすい姿勢へと変えてあげる。


 ……俗にいう、膝枕みたいなもんである。まぁ俺の場合正座なんてしてたら足がとんでもないことになるのが目に見えているため、足を延ばした状態で太ももを代用してのではあるが。


 でもぶっちゃけあんまし変わんなくね? そもそも膝枕って何で太ももに乗せてるのに膝枕って言うのか疑問に思うわ。正確には膝一切使ってなくね?


 そう思ったところで、今この場に応えてくれるような人はいないのだが……。




 俺は、喧騒が聞こえてくるオルヴェイラスの方向を見ながら、これまでを思い返した。




 イーリスに着いてオルヴェイラスに来て、クローディアさんやアルと出会って、空気事情の調査に繰り出したと思ったら『ノヴァ』が侵攻してきた。甚大な被害は出てしまったが、俺の知る以上の惨状にならずに済んで……今がある。

 まとめるとこんなところだろうか? 酷く簡素になってはしまうが……。


 少なくとも最悪の結果にはならずに済んだことは喜ばしいことだ。だが、その中に犠牲者が多く出ていることを忘れてはいけない。

 この先どんな悲劇の可能性が待っているかは俺には分からないが、俺達は持てる全てでそれらに対処しよう。それが唯一できる明確なことであるのは間違いない。




 ここに来てからまだそう長くはない。だが実に濃密な時間だったと断言できる。『ノヴァ』共を根絶やしにしたい気持ちは確かとなったし、皆との繋がりも一層強まったと今なら自信を持って言える。

 一時はギスギスした空気になって凹んだものだが、それもやっぱり話すことで和解……というか改善することができた。




 明日以降にやるべきことは、まず恐らくあるだろうSランク招集への対応とパーティの強化が目下となりそうだ。この2つを早急に行って準備をするのは必須となる、『ノヴァ』がまた突拍子もなく襲ってこないとも限らないのだから。

 というか、恐らくアンリさんがいる以上は確実にいつかまた俺達へとその牙を向いてくることは間違いないのだ。奴らは今回真っ先にアンリさんを狙ってきた……もう疑いの余地はない。奴らはアンリさんの魂を欲している、それは間違いない。

 今回奴らは『影』という大きな戦力を失った。こちらも失ったものは大きいが、双方の痛み分けという形になったわけだ。体勢を向こうが整える終える前に、こちらも体制を立て直す必要がある。

 どちらが先に体勢を整えて攻勢に出れるか……これは時間勝負である。


 Sランク招集というものがどういう感じになるかは全く予測もできないが、ほとんどが曲者揃いだとギルドマスターやヒナギさんからは聞いている。事が重大なのにも関わらずまとまりを見せることがもしもないようなのであれば……その時は恨まれたって構わない。無理やりにでも力づくで言い聞かせる所存だ。力と言うのは強制力を多分に備えるものであるから。俺の魔力、それで足りないならジークの威圧も借りようと思っている。

 力をこんな風に扱うことはしたくはないとはいえ、それで被害が著しく、もしくはほんの少しでもいい。最小限に留められるのであれば心を鬼にして俺はそれを実行しよう。

 それでも動かない頑固な奴は……どうぞ勝手にしてくれとしかもう言えない。それによって危機に陥って死ぬことになるのだとしても、俺は自業自得だと割り切って見捨てる覚悟だ。そんな奴らよりも守りたいと思える人は多くいる。グランドルやセルベルティア、イーリス三カ国に住む人達が……。


 そもそも、既にSランクで犠牲者が出てるわけだから多少の危機感位は持ってほしいものだが……どうなることやら。

 Sランクの人物を俺はヒナギさんしか知らないけど、ヒナギさんが人として完成されすぎてるから比較のしようが全くないんですよねー。




 ま、以上の2つの事項はこんなところかね。


 あとはそうだな……未来の俺と、ネズミと呼ばれる人が今後どう動くか、ということもありそうだ。

 何故未来の俺は最初から手を出してこなかったのだろう? あの船を一瞬で消せるほどで、更には長距離移動できる『ゲート』さえ使えるというのに。その気になればイーリスにいた全ての『執行者(リンカ―)』を殺すことなど簡単そうに思えるのだ。

 でもそれをせず、極力人知れずに事を済ませていなくなった事実は些か疑問である。


 もしかしたら……また俺と存在が混じり合うからあまり近づけなかっただけの可能性もなくはないが……実際はどういうことやら。誓約とやらがまた関係しているのかもしれない。

 なんにせよ、もし会うことが可能なら会って話を聞きたいものだ。今は手当たり次第に誰からも助けを借りたい状況なのだから。




「はぁ~……なんでこうも苦難が立ちはだかるのかねぇ? 俺の人生超楽しいですねコンチクショーめ」


 今自分が置かれている状況にそんな独り言が漏れてしまう。アンリさんは今寝ているため、俺のこんな発言が届いてはいないだろう。

 だが、皮肉めいてこんなことでも言わなければやっていけないのだ最早。『勇者』は俺に、世界の危機と『ノヴァ』の関わりを知る時、本当の佳境に俺が立たされると言っていた。これはつまり、世界の危機に対して俺の役割とやらが判明し、それに準じた『ノヴァ』との関係性が発覚した時を言うのだろう。

 でも未だ俺は自分の役割というものが理解できてはいないし、『ノヴァ』が何を本当の目的としているのかすら掴めていないのだ。役割は『守護者(ガーディアン)』とかそんなワードが出たらしいけど、厳密には不明なままだ。


 『勇者』のあの言葉を鵜呑みにするのであれば、現時点で俺はまだまだ佳境に立たされてすらいないことになってしまう。

 これ以上の佳境など……俺には想像もつかない。その佳境を体験したからこそ、未来の俺はこうしてこの時間にやってきている可能性も否めないが……既に現実から目を背けてしまいたい。先が思いやられる。


「(スー……スー……)」

「……」


 ズボンにしがみつくアンリさんの頬に、俺は触れた。柔らかく、ずっと触っていたいと思える張りのある感触。触れるだけで愛しさが確実に増してくる。


 どれだけ自分の境遇が常軌を逸しているのだとしても、この娘を見ているとそれでも頑張ろうと思える自分がいる。どれだけ辛かろうが、この娘のために全力を尽くそうと思えてしまうのだ。


 守りたいこの笑顔……それをネタではなく真剣に考えるほどに。


 これがつまるところ『守護者(ガーディアン)』としてなのか、それとも恋人として俺がアンリさんを大切に想う気持ちによるものなのか……。どちらか問われれば、俺は間違いなく後者を選ぶだろう。それ以外は無いと断言できるくらいにこの娘が大切なのだから。




「……ま、それは今はいいよな」




 そういえば、いつの間にか今日はこういったことを考えることはやめようと思っていたことを忘れていた。今はアンリさんが起きた後『宴』をどのようにして楽しむのか……それを考えよう。

 最初はアンリさんが暗い気持ちで『宴』の信念に適さないなぁとか懸念していたのに、今では俺が適さないようでは本末転倒である。


 他の皆が今どうしてるのか色々と想像しつつ、俺はアンリさんが起きた後のことについて考えに耽った。


 ……というか、俺もこのまま寝ちゃってもいいかな、とか思ったり。この静かで綺麗な広場だし、そこで2人きりで寝るというのも中々ロマンチックと言いますか……アハハ。




 気が付けば、俺も瞼が自然と閉じていた。

これにてイーリス本編は終了となります。

『宴』の話含む後日譚を年末年始にかけてやりつつ、次の章に進みたいと思います。

お疲れ様でした! 

次回更新は水曜です。

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