239話 『精霊の抜け道』
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あれからヒナギさんと共に病棟を出て、シュトルム宅へと向かった。例え迂闊に外に出るような真似はできないとしても、俺が良いと言ってしまえば外出の許可は一応下りる。
受付らしきところにいたお姉さんに後でまた戻るとだけ伝え、現在またいつものリビングにいたりする。
……お姉さんにはもしかしなくもないけど、悪いことをしたかもしれないな。もし戻った時に上司から怒られたりしていれば最大限のフォローをしますんで許してください。そう心で人知れず謝っておくが……目の前にいる王様がそれを受け入れてんだから多分平気だと思うが。
俺とシュトルムが良いって言えば良かろうなのだ、そうなのだ。
リビングにはいつもの面子から2人を削ってはいるが、昨日見た人達と特に変わり映えのない人達が集まっていた。
どうやら俺が眠っている間、皆はまずここに集まってから動き出していくというのが基本だったらしく、俺が目覚めた後もそれは健在らしい。ここから各地の被害状況や復興の進捗具合をシュトルムがリーシャとハイリとの連絡で把握し合い、それに適当な人材を派遣したりしなかったりと、とにかく忙しない日々だったと昨日聞いている。例えるならシュトルムは派遣会社の社長みたいなもんである。
被害の大きかったリオールに派遣は集中させ、自国に関してはフェルディナント様が代わりに民の指揮を取ることができたのが幸いしたのか、比較的スムーズに動くことが出来たのは朗報である。今回の災厄の爪痕を見ればどうしても一気に沈んだ気持ちへと早変わりしてしまう、そんな心の傷を抉るような惨状をすぐに復興させることは民達を少しでも早く安寧に繋げることに直結すると言えるだろう。
……とまぁ、このリビングはある意味総本部とでも呼べばよい機能を果たしていたんだとか。
「ツカサ様、お身体はもうよろしいので?」
「えぇ、魔力もようやっと半分くらいには回復したんで、十分実行できますよ。遅れて申しわけありません」
「そんな!? 無理を承知で頼み事をしているのはこちらなのですから顔を上げてください!」
リビングにある席を立って皆が部屋の中心へと集まる。今という刻を約1週間は待っていたであろうクリス様に俺は頭を下げると、クリス様はそれを止めようとした。でも俺は下げた頭を上げるつもりはなかった。俺が寝ていた時間、その分クリス様も辛い気持ちでいたと分かっているからだ。
姫様達は、『影』との戦闘中に割って入って正直迷惑を掛けてきたと言っても文句は言えないだろう。あの出来事がなければ俺はまだマシな結果になったのは想像できるから……。例え悪気がなかったのだとしても、事実は事実だ。今誤っていることも理解できる。
だがそれはそれ、これはこれでもある。もう過ぎたこといつまでも言及する必要を俺は感じないからそれでいいと思える。
俺はあの場にいた人達が誰一人として死ななかったことで十分満足だ。
「――そいじゃ行くか。ちょっくら空けるけど、なんかあったら連絡してくれな?」
「分かりました。お気をつけて……」
「あぁ」
俺とクリス様を横目に、クローディア様がシュトルムと出立前の挨拶を交わす。「そのやり取りはもう十分だから、さっさと行くぞ……」。シュトルムの顔を見るに俺達に対しそう言いたげであった。
これには俺も賛成である。このやり取りをしている暇があったら、さっさと行動に移した方が効率的なのは間違いないからだ。
シュトルムとクローディア様に便乗する形で、俺はクリス様との謝礼に区切りをつけて身体を楽にした。
「じゃあクリス様達は俺の周りに集まって下さい。ヒナギさん達はちょっと離れててください……巻き込まれたら大変ですから」
「はい」
俺の呼びかけと忠告に皆は一斉に動き出す。瞬く間に2つのチームへと別れて準備は整った。
今俺達が何をしようとしているのかというと、クリス様とランバルトさんをセルベルティアまで送り届けようとしていたりする。
昨日、俺達は通信石を使って学院長と連絡を取り、セルベルティアの今の現状をようやく知った。俺が目覚める前の時点で皆が知っていた事実は、セルベルティア王城が襲撃されたということのみで、『夜叉』が現れたということ以外は全く何も知らなかったそうだ。
クリス様達を始め皆もセルベルティアの情報を集めようと努力はしてみたものの、オルヴェイラスからセルベルティアまでの圧倒的距離に加え、連絡手段の乏しさが如実に出てしまったことでそれも叶わず、セルベルティアの現状を知りたくとも知れない状態がずっと続いていたわけである。
そこにようやく俺が目覚めたことで、学院長と連絡を取ることで現状を知ることができた次第である。
セルベルティア王城がもし壊滅的被害を受けたのであれば、こちらから学院長に連絡せずとも向こうから緊急連絡くらいは来そうなものだ。俺が眠っていて気づけなかっただけの可能性も否定はできないが、もしかしたらセルベルティア自体が既に壊滅してしまっていて学院長までも……なんておぞましい想像もしてしまって連絡した時は心臓が締め付けられる思いだった。でも俺の悪い予感は的中せずに学院長は出てくれ、驚きと神妙な雰囲気を匂わせてゆっくりと話してくれた。
セルベルティアでも起こっていた出来事を……。
そこで聞いた事実にまた頭を悩ませることになったのは痛手ではあるが、最悪の事態にならなかったことだけは幸いだ。
セルベルティア王城兵士は、忽然と姿を消すように行方不明になった者が何名かはいたものの、要人である王や重鎮はある人物に助けられて被害を免れたというのだ。その詳細を知っているらしい三星将やセルベルティア王の話では、武人のような龍人の女性が突然現れ、その場にいた者達の窮地を救ったとのことらしい。
更にこれは不思議なことに学院長も同様であり、学院長もまた、『ノヴァ』の刺客の襲撃に龍人の女性に助けられたという。外見的特徴からして同一人物である可能性は極めて高く、事態が収拾すると同時に姿を消してしまったことで結局は何も分からないが、少しだけ話してみた個人的感想として、敵対の意思はなく見た目とは裏腹に気さくであったとのこと。
一先ず、龍人の女性とやらがどんな人物であるかは、ジークが『ノヴァ』からネズミと呼ばれていた奴と酷使していると証言したために、その事実確認をする必要が今後ありそうである。このジークの証言にまた皆に動揺が走りはしたが、『ノヴァ』と元々敵対しているような人物であるから、今回どんな目的が裏にあろうとも邪魔をする理由には納得ができる。
とにかく、何の情報も得られずに心労を募らせていたクリス様とランバルトさんは、セルベルティアに自分達が目にした以上の被害がなかったことでドッと肩の荷が下りたように安堵していたのが印象だった。
「頼むぞ、お前ら」
『……!』
静かに漂っていた新しい相棒でもある存在の剣先を天井へと向け、両手で握りながら俺は話し掛ける。今回は頭の中に声として帰っては来なかったが、手から俺の全身を巡る様にして充足していく力が代わりに答えてくれていた。
「っ……!」
エスペランサ―のその力を、今再び使う……!
「こ、これが……!」
「ご主人、念願の移動方法を遂に取得しましたね」
「精霊達も見守っててくれていますわ」
俺がエスペランサ―の力を使って発動したものに、皆口々に感想を述べていく。今俺達の目の前には……白い空間が身体と対面する形で渦巻くようにして天上付近まで展開していた。
それはこちらへ来いと手招きしているようでもあり、実際これから入っていくつもりではあったものの一瞬躊躇してしまいそうな雰囲気を若干放ってもいた。俺は一度使って経験済みであるからまだいい、だが他の面々は少し気圧され気味であった。
今展開したこれは……『精霊の抜け道』と呼ばれるものである。
長距離を移動する術を今まで持っておらず、ポポとナナに乗せてもらうという古典的? 手段しか用いることのできなかった俺達であったが、『影』戦の前に俺は宝剣と意思疎通を交わしたことにより、宝剣の能力の一つである『精霊の抜け道』の使用が可能になったのである。これは非常に大きなプラス事項だ。
あの日、ギガンテスを倒した後すぐにハルケニアスまで俺が移動できたのはこれのおかげである。これがなければシュトルム達を助けることはできなかったと言っても過言じゃない。それくらい緊迫した状態であったし、正直救われた。
あの時エスペランサ―へと耳を傾けていなければと思うと……ゾッとして身震いが止まらなくなりそうだ。俺はまた一生後悔するような経験をすることになっていたと冗談抜きで思う。
もう……誰かを失うのは二度とゴメンだ。
それと、俺が何故エスペランサ―の能力が他にもあることが分かったのかについてだが……正直不明である。言うなれば直感に似たものとでも言えばよいのだろうか? 自分でもよく分からないのが実情である。記憶として受け継いだわけでもなく、ただそう最初から思えたのだ。
とにかく、エスペランサ―の力はこの程度ではないという確信にも似た感覚が俺にはある。真偽はこれから先判明するのであろうが、これ以上の能力が今後解放されるかもしれないと思うと……胸の高鳴りが抑えきれそうもない。必ず有益な力であることは保証されたも同然だから。
その力があれば、今度はもっと円滑に、そしてより確実に皆を守れる……! ただそれだけが俺を満たした。
「クリス様達を送って伝えることを伝えたら、すぐに戻ってくる」
「あぁ。さっさと戻って来いよ。何かあっても俺がなんとかすっから……こっちは任せろ」
ジークと俺は、移動する前の最後のやり取りとして言葉を交わして確認し合い、互いに頷いた。
今回の事態に対し、アンリさんを守るということ以外にあまり役に立つことの出来なかったジークの心情は複雑だろう。俺に次いで力を持ち、その力を存分に振るわせて貰えなかったのだから……。今では思いやりが随分と垣間見えるようになったジークにとって、今回はある意味大きな分岐点ともなりそうな規模の出来事であったのは間違いない。
だからこそ、今ジークの顔を見て何も心配は要らないのだということも理解できる。
シュトルムの一件と、今朝のヒナギさんとの話を経て心底分かった……信じるということの本当の意味。今までの俺は信じると言っていてどこかで信じ切れていないだけの屑だったから。
皆が俺と同じ考えでいるのであれば、ジークの考えは俺とほぼ同じであるはずだ。そこに疑う余地はない……何故ならそれを信じるから。
ジークは何があろうとも必ず全力を尽くすに決まってる。
……ただ、俺が眠っている間に一睡もしないでガードマンをしてくれた云々は一体何事だろうと思ったものだが。皆いるし、一睡もしないレベルですることでもないような気もするしよくこの辺は分からない。
「――行こう」
俺はセルベルティアに向かうメンバーに向かって放つ。
セルベルティアにこれから行くのは……俺とポポとシュトルム、それからクリス様とランバルトさんの計5名だ。『精霊の抜け道』は距離に関係なく一律の魔力を消費するため、行くならば一度に一斉にが基本である。
消費魔力が非常に多いので多用はできないうえに、自分の知る場所でなければ移動はできない代物。『影』戦前にそれを知らずに思わぬ魔力の消費で冷や汗をかく思いをしたりもしたわけだが、それを踏まえて今回は行くのでもう驚きはしないだろう。……怠さはあるだろうが。
でもそれ以上に有用性が高すぎる移動方法でもある。『ノヴァ』共が使う『ゲート』とほぼ同等の力であるし、この世界でも限られた者しか使えない超特殊な移動方法と断言できる。
何故シュトルムとポポがいるのかについてだが、ポポは万が一『精霊の抜け道』でもし変に離れた場所に出てしまった場合の移動手段としてポポを採用したまでである。今はナナがいないのでこれは必然的にそうなった。まだ使用すること自体に不慣れであるために、不確定事項の発生の可能性があるのが否めないのだ。大まかな感覚こそあれど、まともに実験を重ねてはない。
そしてシュトルムは今回の一連の災厄をイーリスの代表として、セルベルティア王に直接話し合う名目の元一緒についてくることとなった。一応俺に協力的な姿勢を見せるセルベルティアと、イーリスの三カ国が今回の事態を世界へと一刻も早く拡散する目的の元に。
急な来訪となってしまうが、姫様達を安全に送り届けることを条件にすればこれくらいの急な来訪は許してくれるだろう。……それ以前に、俺には何倍も貸しがあるだろと思っていることも確かなので特に心配もしていない。
もうあれから既に一週間が経過した。別の大陸でもチラホラと今回の事態は恐らくは問題になっているはずだ。
シュトルム達王族と俺と皆。力を合わせて先導をきり、世界中に事態を認知させるのだ。
『精霊の抜け道』を、今俺はくぐった。クリス様達も後に続いていることだろう。
その空間を精霊達に導かれながら……俺達は奇妙な感覚に身を任せるのだった。
次回更新は金曜です。




