238話 気づかされたこと
「まぁそのことについてはまた皆が揃った時にでも話します」
「はぁ……?」
ヒナギさんによって黒コートの人物が未来の俺だと判明した(希望的観測)ところで、俺はヒナギさんにお礼を言った。自発的に言い出してくれなければ気づくことは出来ていなかっただろうから。
もしかしたら……ジークも何か感じている部分があるのかもしれないから聞いてみる価値はありそうだ。
そして、ポポに言われたことを思い出した俺はそのまま続ける。
「あの、ヒナギさん? ちょっと話変わるんですけど……いいですか?」
「はい、なんでしょうか?」
「アンリさんのことなんですけど……」
「……」
話についていけずキョトンとしていたヒナギさんではあったが、ここでその顔を改めて真剣な顔つきへと変える。
アンリさんは現在最も身内での話題性が高い人物であるし、俺が何を言い出すのか大体の予想がついたのだろう。俺が切り出すよりも早く、先制で話し掛けられる。
「やはり……まだ昨日のことに納得しきれていないのですね?」
「えぇ。さっきポポにも言われちゃいまして」
流石と言うべきか……ヒナギさんには俺の心情などお見通しだったらしい。だからか、少しだけ頬の緊張を緩めて言ってくれたのが分かった。
俺がまだ納得しきれていない昨日のこととは……アンリさんが日常を捨てる選択をし、俺達側の世界に踏み出す意思を示したことによる。この俺達側というのは主に『ノヴァ』と戦うことを指すわけだが、これに一時の感情とはいえ納得をしてしまった俺自身の行動が余りにも早計で無謀極まりなかったと今感じているのだ。
ただ――。
「今は落ち着いてますから言えますけど、俺個人としては反対の気持ちの方が今では強いです。でも、アンリさんがあそこまで主張するのも初めてでしたから……。俺は、どっちを取るべきだったんだろうって思えちゃって。……ハハ、今更優柔不断で馬鹿ですよね」
一度決めたことに後からあれこれと思ってしまう自分には嘲笑するしかなかった。
反対する気持ちもあれば、アンリさんを尊重してあげたいという気持ちは当然ある。だが、アンリさんは連中から狙われているが、それに対抗しうるだけの力を秘めている可能性があるのも事実なのだ。ならば、魂の秘密を知っている以上はアンリさんのその決断が、その先にある打倒『ノヴァ』を実現する可能性はゼロではない。むしろ……その逆の可能性の方が高いくらいである。
「カミシロ様がそう仰ることは理解できます。大切な人が危険な道を歩もうとしているのですから」
ヒナギさんの言うことは俺の考えることとまさしく同じであった。
『ノヴァ』に対抗しうる力をアンリさんがもし身に着けた所で、結局危険は付きまとうことになるのだ。今までの『ノヴァ』が関与した事例を、脳裏に焼き付いた戦ってきた自分と他の人達の姿を鮮明に思い出してみて、強くそう思う。
その渦中にアンリさんを飛び込ませるのは、恋人としてどうなのかと疑問を持つには十分すぎる。
「勿論、正直に言えばヒナギさんにも言えることではあるんですけどね。……ヒナギさんを俺は……誤った判断で死なせかけてしまいましたから」
「……」
ヒナギさんの顔がここで陰りを見せる。俺も同様で、それ以上だと思うが。
ヒナギさんが『白面』によって洗脳されたフェルディナント様の凶刃を受けたことを聞いて、俺は愕然とした。取り返しのつかないことをしてしまったと……。
オルヴェイラスが最も安全など嘘もいい所である。他に飛行船を連中が落としたとまで聞いてしまって、俺の知る未来とは全く異なる結果に頭が真っ白になった。
もしも未来の俺がヒナギさんの前に現れていなかったら、俺はヒナギさんを失うどころかこの街にいた全ての人を失っていただろう。そう考えると自分に嫌気しか差してこなかった。
分かったのは、未来の記憶を頼りにするだけでは誰も守り切れないということ。
もう、俺が未来の自分と出会った時から未来は変わりつつある。記憶を思い出して行動に変化が出ているのは当然だし、その都度未来は形を変えていく。
アイツが俺の未来を断定できないと言ったことの意味がよく分かるというものである。俺は未来の記憶を知識として譲り受け、自力で進んでいかなければいけないのだ。
だが――。
「だから、二度とそんなことがないように大切な人達くらいはこの手で守りたいって、すごく思うんです。……でも、それが難しいことにしか思えなくなってきて……」
「……」
ヒナギさんは、何も答えず黙って話を聞いてくれた。
俺は弱すぎる。
決意した所で結局何も叶えることはできないとしか思えなくなっている。だから、守ると決めた所で守り切れないとしか思えなくなっている自分がいる。
『影』を殺す決意、それは叶いはしたがシュトルムがいなければ叶わなかった。守ろうとした人物に逆に守られる形になるという結果だ。
その事実が……俺が抱いていた皆を守るという決意を心底否定させてくる。どうせまた同じで酷い結果に結局はなる、俺には到底守ることなど出来やしないと。悪魔が囁く声に暗い気持ちにしかなれず、それを受け入れまいと必死に内で戦っていた。
「もう俺だけじゃ無理なんだろうって……弱気にしかなれないんです。情けない話ですけど、アンリさんには少しでも自衛の力を身に着けてもらえればなって解釈で納得しようとは思ってます、今の状況には」
「……」
そこまで心情を吐露したところで、一旦沈黙になる。
そりゃそうだ。俺の情けない話を聞かされているんだからヒナギさんだって返答に困るはずだ。
でも、もう俺は自分の力を信じれないんだよ……。
「――いいと思いますよ、それで」
「……ぇ……?」
何の前触れもなくこの沈黙を破るその声を聞いてから、一瞬反応が俺は遅れた。
ヒナギさんが今の俺を肯定してくれたことが予想外過ぎたからだ。
ゆっくりと俯きかけた首を起こしてヒナギさんを振り向こうとするも、そのままフワッとした感触に頭が包まれてしまって身動きが取れなくなった。
ヒナギさんがいつの間にか俺の目の前までやって来ていて、抱きしめているようだった。アンリさんとは違う優しい匂いに溢れている。
「カミシロ様……また1人で抱え込もうとしてましたね? でもようやくそうお考えになられたようで安心しました」
「あ、あの……」
「それが普通なんですよ。今まで弱音を吐かなすぎです貴方は」
顔は見えないが、きっと慈愛に溢れる顔をしているんだろう。ヒナギさんは囁くように、だがしっかりと俺に声を届けてくれる。
ちょっぴり戒めるように聞こえるのは……優しさからくるものだと思えた。それが分かったからこそ、俺はこの後に続く言葉を黙って聞いたのかもしれない。
「カミシロ様が今回ここまで傷ついて……どれだけの人が悲しんだと思いますか?」
「……」
「多分、もう分かってはいらっしゃると思いますが、カミシロ様の想像する人達であれば全員がそうです。それだけ、貴方は周りから愛されているんです」
「……」
「でも、カミシロ様も皆様を守りたい、大切にしたいと思っているからこそここまで頑張ったことは分かります。ただそれでも……守られてばかりなのも、辛いんです」
うん、知ってる、知ってるさそんなことくらい。
自分勝手で……周りのことを何も考えてなかったのは俺だったことなんて分かってたさ。でもそれを認めるのが怖くて……やっぱりあり得ないんじゃないかと心の何処かで思ってて納得できてなかったんだ。
意地になって守ることに執着しすぎていただけだったんだよな……俺は。
「アンリ様のことは私も勿論不安です。でも、カミシロ様を同じく守りたい者として言わせてもらうと……アンリ様の決意は当然かなと。強くなる可能性が少しでもあるなら、それに縋る思いに私もなると思いますので」
「……」
「でもそこまでしたいと思えるのは、私達がカミシロ様を大好きだからです。できることはなんでもしたいんです」
痺れるような甘美な声が身体に浸透していく。分かってはいても、こうして口にされるだけで感じ方は随分と変わる。
……うん、それも知ってた。だから俺は、自分にできることとして皆を守ることを決意してたんだから……。そして、それは皆も一緒だったんだよな……。
結局は一緒なんだ、俺も皆も。
皆が皆を守りたいんだ。俺だけがそうだと思ってたわけじゃないが、自分の事しか見えてなくてそれに見向きもしていなかった俺は糞野郎だ。
「そのぅ……カミシロ様もそう思ってくださってるんじゃないかなぁとは……思いますが……」
「……えぇ、そうですよ。そこで塩らしくなる必要なんてないです」
言いづらそうに、だが遠慮や気まずさの感じられない言い方をして言い淀んだヒナギさん。俺は抱きしめてくれている腕に手を触れ、その通りとお返しの意味を込めて少し強めに握った。
俺は確かに糞野郎だ。だが、そんな糞野郎を好きになったヒナギさん達まで糞野郎と思われてしまうようなことになるのは頂けない。
変わっていかないとな……見せかけでなく本当に。
「……ふふ、落ち着きましたか?」
「はい、おかげ様で。やっぱり俺は弱いです、皆には敵いませんね」
俺の内側を見抜いたヒナギさんが、抱きしめるのをやめて俺から離れた。そこでようやくヒナギさんの顔が見ることができたわけだが……真っ赤ではなく素面であった。加えて女神の慈悲溢れる笑顔。
つまり……純粋にただ心配してくれていたことになるわけだ。俺みたいに良からぬ考えを浮かべたりしない様子である辺り、この辺も俺は糞駄目な証拠だ。
取りあえず、今度は逆に俺が諭されて落ち着かされてしまった。
ヒナギさん、俺を手玉に取るような感じ……中々お茶目になったとお見受けします。
そーゆーとこ超魅力的です、惚れ直しました。
だから――。
「ありがとうございます、ヒナギさん。……惚れ直しちゃいましたよ」
思ったことを俺はそのまま口にしたんだ。これに関しては邪な気持ちは一切なかったと断言できる。
「なっ……! ななな、急にそんなこと、言わないでくださいぃ……!」
だが、それがいけなかったのか一気に顔を紅潮させて、ボンッと音が聞こえてきそうな状態へと変わったヒナギさんは、両手で顔を覆ってか細い声で俯いてしまった。まるで予想だにしない不意打ちをくらったかのようだ。
そのヒナギさんの姿が非常に愛らしく、俺は自分の失言? に後悔することも恥ずかしくなることもなく、暖かい気持ちになれた。
ただそれと同時に、ヒナギさんのあたふたした姿を見ながら思うこともあった。アンリさんと……もう一度話し合いたいと。
アンリさんの口からもう一度直接決意を聞きたい、今度は2人きりで。そうすることで、何処か釈然としない気持ちが今度はなくなるような気がするから。
あと、シュトルムとも……。まだアイツとは従魔の件が残っている。……まぁ、今こうしてなお繋がりを感じられている以上、アイツの意思なんてものは知っているけどな。だが、この国をどうするのかを聞かなくてはならない。
まだ休んでいろとは言われたが、今日中にやりたいことが色々と見つかっていく。
◆◆◆
「あ」
「ん? どうかしました?」
恥ずかしさがナリを潜め、身体を拭いてもらうのも終わった。そこで後片付けをしていたヒナギさんが、ふと思い出したように声を発したのである。病衣を着直していた俺はなんだろうと思ってヒナギさんの方を見て聞いてみるが――。
「い、いえ、お気になさらずに……些細なことですので」
今のはとくに気にしないでくれと苦笑交じりに応えるヒナギさん。ただ、その顔がどこかほんのりと赤くなっているのは……少々怪しい。いや、純粋に。
「って言われても……顔赤くなってますけど。些細なことに感じられないですよ?」
「あ、その……」
「どうしたんです?」
言いづらい反応を示すヒナギさんに、あくまでも無理矢理にではなく、無言の強制力を掛けて自発的に言わせるように追い打ちを俺は掛けた。
すると――。
「えっと……適当に聞き流して欲しいのですが……」
恐る恐るというべきか、チラチラと何度もこちらを見ては、ヒナギさんは恥ずかしそうに答えてくれる。
……なんか、こっちまで恥ずかしくなってくるんでその顔やめて欲しいけどやめないでください。ご馳走様ですけどいただきます。
「実は、ナナ様からカミシロ様と二人っきりの時間を作って貰えることになっていたなぁと思いまして……」
え、それマジで?
「でも、よくよく思えばこの5日の間カミシロ様に付きっきりでしたし、約束以上の結果になってしまってますから……もう無効ですよね」
俺がその約束事は一体何なんだと固まったところで、ヒナギさんは厚かましくてすみませんと伝えているように俺を見ていた。
この顔は……本当にそう思っていそうな顔だ。
自分の知らない間にそんな約束が交わされていたとは、これは素晴らしい。でもヒナギさん律儀すぎんだろ……この5日の分はカウントする必要なんてないだろうに。
ナナ、お前まさかこれを見越してそんな約束をしていたというのか……!? 未来予知の的確さにご主人超ビックラこいたぜ。
でもお前の死刑は覆らないけどな。ご機嫌取りは無意味だよ? お前の罪はお前の詰み……消えることはないし逃がしはしない。
「いや、その無効を無効にしましょう、そうしましょう」
「へ?」
ナナの減刑はあり得ないなと決め、俺はヒナギさんの言葉を否定した。
ヒナギさんには5日の間相当お世話になっているのだ。だったら俺はそのお返しをすべきである。2人っきりの状況は作るし、作りたいというのが素直な気持ちである。ぬか喜びをさせてしまったようならその穴埋めはどのみちして差し上げたい。
「また、この前みたいに一緒にどこか行きましょう。それか2人っきりでゆっくりするのもいいですし……駄目ですか?」
「そ、そんなの……良いに決まってます! よろしいんですか……!?」
「はい、是非とも」
ここでまだ半信半疑なのがこの人らしい。多分、当人からすれば棚ぼた的展開に思えているんだろう。全然そんなことないけど……。
俺はヒナギさんとそれからもう少し会話を含めたやり取りを交わした後、行動に移すことにした。
クリス様達をセルベルティアに送る必要もあることだし、出来ることをしていこう。
イーリス編がいよいよ大詰めと言ったな、アレは嘘だ。……いや、マジすんません。
予想以上に話が進まず超困惑してます。(これもきっと別視点のブランクのせいだ! ……ということにしておこう)
12月中旬にはイーリス編を終わらせるんで……もう少しお付き合いください。度々すみません。
次回更新は火曜です。




