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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第五章 忍び寄る分岐点 ~イーリス動乱~
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236話 新しいイーリスの朝

 ◇◇◇




 目覚めてから翌日。




 病棟で目が覚めた俺は窓を開けて外を見つめ、五感に全てを預けるように力を抜いていた。


「綺麗だな……」


 空に映る七重奏の虹が元に戻って初めての朝。気持ちの良い日光と光景は俺の絶好調ではない気持ちを励まそうとしてくれているかのようだ。俺は無意識に声が漏れた。




 イーリスには、今までに感じることの無かった清涼感が前夜から漂っていた。いや、他の大陸からすれば緑の多いこの大陸は圧倒的に清涼感を感じる事は間違いないのだが、それ以上の雰囲気が今確かに漂っている。それは……昨日よりも強くだ。

 昨日の夕刻、俺が目を覚まして夜も耽って来た時のこと。この大陸に今では3週間程前から問題となっていた七重奏の虹(セプト・レイン)の異常、それが突然改善したのだ。今まで6つしか確認のできなかった虹のラインは7つになり、俺の知る虹と同じ形になっていたのである。


 原因は不明、だが気落ちして元気を出すことの難しい3カ国の民達には希望の兆しに見えたのだろう。辛く厳しい状況下でも朗報は朗報、素直にこの事実を喜び、通信でシュトルムがハイリとリーシャと急遽話し合い、近々民達の気持ちの払拭も兼てお祝い事をやると取り決めていた。


 そこには俺の目覚めも含まれてるとかなんとか……なんじゃそら。そっちは別にどうでもいいと思うんですが?


 こんな時に何を馬鹿なことをと文句の声もあるかもしれない。だが、こんな時だからこそこのチャンスを無駄にしてはいけないとも取れるため、やる、やらないについては意見が分かれるのではというのが俺の見解である。

 ただ、3カ国の王達がやると判断している事実に強い意志を感じたのか……民達には賛同を得られたそうだ。これは、お互いの心境を理解し合い、思いやることのできた結果と俺は考え、心底この国は良い関係で成り立っているなぁと思ったりした。


 何故七重奏の虹(セプト・レイン)が元に戻ったのかについての謎は、これから先調べていくことになるだろう。まぁ元々突然起こった異常だし、そこに『ノヴァ』が現れたから奴らが原因と決めつけていた部分があるのも事実だ。俺達の早とちりだった可能性がなくもない。

 七重奏の虹(セプト・レイン)に関してだけは言質取れてないしな。


 そんなことを言ったら、あの飛行船が消失した原因の方が俺的には気になるところだ。消失する直前にヒナギさんとジークが出会ったという黒コートの人物、その正体は一体……?


 ヒナギさんの致命傷を癒すことができ、更には『ゲート』すら使う。『ノヴァ』にだけ許される特別な何かを保有している極めて見過ごすことのできない人物だ。せめて敵対しているのかしていないのかの判断くらいはしたいが、あまりにも情報が少なすぎる。


 分かっているのは黒コートで顔が見えん、超級魔法並みの回復魔法を使う、『ゲート』使える、多分……あの飛行船を一瞬で消せるくらいの実力者、そして小っさい奴ということのみ。

 最後の部分は重要ポイントだと思われる。


 明らかに俺達にとっては味方に見える行動をしてはいるが、こちらの声に一切答えない反応を見せている以上は味方と捉えるのは早計だ。確信に至る最後の一押しが必要だと俺は思う。


 ――が、昨日一瞬だけなんとなく該当しそうな奴が脳裏を掠めたんですよねぇ。昨日気になって寝るまでの間ずっと考えてたけど。

 いや、でもまさか……そりゃあり得ないと思うんだよなぁ。いやいやでもでも? ここまで突拍子もないことが起きててなんでもアリなこの世界を考えたら……まさかのまさかだったりするのかねぇ? 

 でも確かに消えたしなアイツ……無理してここにいるとか言ってたこともあるし。


 個人的に、未来の俺じゃね? とか思ってます、3割くらい。黒ローブじゃなくなってる点が違うけど、顔が見えないって点は一緒だし。




 でもまぁ、とにかく分かったことが何もなかったってのが実情なんですがね、マジでイミフ。

 現実から目を逸らしたいことこの上ないッスよ、助けてパピー、マミー。




「もう起きてたんですか、ご主人」

「ん? ポポか……」


 これ以上思考を続ければ頭が熱くなって滅入ってしまう。そう考えた俺は全てをリセットする意味も兼てアホなことを考えたのだが……パタパタと羽音を鳴らしながら聞こえてくる声がしたかと思えば、窓枠にちょこんと立ってポポが俺を見上げていた。


 俺が起きた時間は見た所少し遅めの時間といったところであり、皆は既に起きているんだろう。俺の様子を心配して訪れたのかもしれない。


 ……いや、一応俺は重症患者ですしね。自意識過剰とかじゃ勿論ないッスよ?


「体調はどうです?」

「あぁ、これでもかってくらいに寝てたし……眠気は全くないよ。身体が怠いってのは相変わらずだけど。これは暫く続きそうな気がする」


 やはり俺の心配をしてくれていたようである。セフセフ(ボソッ)。


「……そうですか。魔力の回復は?」

「そっちはようやく半分ってとこかな……。いつもより明らかに回復が遅いな」

「それも命を削った代償ですかね?」

「じゃね?」


 ポポが聞いてくることには確証がないため、今はそうとしか答えようがない。


 今まで通りであれば一晩寝れば全快した魔力、でも今の俺にその今まで通りの回復能力は無いようだ。考えられる原因としては、命を削って魔力を無理矢理引き出したことが原因だと思われる。

 昨日までずっと眠ってたみたいだし、俺はただの眠りと変わらない時間のように感じていたんだが、起きてみて5日が経過していると聞いた時には驚いたもんだ。まるで未来の俺に出会ったあの時のよう……。でもそれが命を削ったことによる代償であると考えると、然程不思議でもなんとも思わない。当然の結果のように思える。


 ただ、昨日はその後にむしろこの程度で済むんなら……と口にしてしまったのがいけなかった。シュトルムに胸倉掴まれて激怒された時はめっちゃビビった。ジークは自分も命を削る技を使用したりしてるからか何も言わなかったけど、他の皆もシュトルムには同意だったみたいだ。

 あの心配と怒りの混じった複雑な表情を忘れることは出来なさそうだ。


 命を粗末にするような発言をしたことは素直に反省するしかない。


「それよりさ、ナナはどこ行った? 気配全く感じられないんだが……」

「アンリさんと一緒にジークさんと稽古に出ていきましたよ。魔法はナナ、武器の扱いはジークさんがやるみたいです。ついでにレベリングもやるとか言ってました」

「……そっか」


 ポポが現れたことでその片割れがどうなっているのかがちょっと気になり、俺は気配を探ってみたのだが……ポポともう一人(・・・・)の存在しか気配を感じ取れない。どうやらそう言うことらしい。

 これには昨日言われたことが本当だったのだと思わざるを得なくなり、複雑な心境になった。


 色々と一気に劇変しすぎたよなぁ。イーリスも俺の身の周りも……全部がさ。


「ポポ……やっぱ俺って最低かなぁ?」

「う~ん……そうじゃないですか?」

「っ……だよなぁ」

「――勿論、その弱腰がですが」


 自分が今どんな奴であるのか? それがイマイチ分からなくなって聞いてみるも、返ってくるのは俺の求める結果とは違う方向のものであった。


「昨日納得したことを後悔してるんですか?」

「後悔ではないんだが、やっぱまだちょっと……」

「ハァ……それでも、ご主人が納得したことですよ。そして皆、それを分かった上で今があるんです。これは……受け入れるべきことだと私は思います。見守っててあげるべきかと――」


 ポポが大体言い終えた所で、この部屋の扉をノックする音が聞こえてくる。会話は中断し、俺とポポはその扉に反射的に目を奪われた。


 すると――。


「カミシロ様、起きてらっしゃいますか?」


 ややくぐもった声で、ヒナギさんの素晴らしいお声が扉越しに聞こえてくる。

 ポポの次はヒナギさんの来訪。一体何事だと思った所で――。


「丁度いいじゃないですか、一度ヒナギさんと話してみては? 私退散しますんで」

「あっ、オイ……」


 後はヒナギさんに任せる。急に俺にそう言うと、ポポは窓から飛び降りるようにして俺の戸惑いを無視して飛び去って行ってしまう。


「カミシロ様……? 失礼しますね?」

「あっ、ど、どうぞ!」


 ポポがいなくなって一時思考停止していたが、すぐにまた反応せざるを得なくなる。

 俺の返事がないことをまだ眠っていると思い込んだのか、ヒナギさんが恐る恐る部屋へと入って来る。


「あ、起きていらっしゃいましたか」

「はい、おかげさまで……」

「……お身体はもうよろしいのですか?」

「一応はもう平気ですよ。身体も、少し怠いだけでいつも通りです」

「本当に、ですか?」

「本当にです」

「っ……」


 まずは当然様式美とさえ言える会話から始まり、体調の程を聞かれる。お互いにぎこちない話し方ではあったがそれは仕方がない。


 昨日のことを考えれば、この互いの態度は当然だと思えるから。


「良かった……また目が覚めないんじゃないかと思うと心配で……」

「もう大丈夫ですから……。ごめんなさい、心配掛けて……」


 その場でうっすらと涙を浮かべてしまったヒナギさんを見て、俺は対照的に申し訳なさを覚えた。

 ヒナギさんは俺が今まで通り目を覚ましたことに安堵してくれている。だが俺は、こうして心配を掛けてしまったことに申し訳なさを感じずにはいられない。




『私言ったよね、もう無理はしないでって……ヒナギを泣かすような真似はやめてくれって』

『えっと……でも……』

『でもじゃない! どれだけ自己犠牲すれば気が済むの!? ツカサが死んだら元も子もないでしょ!』




 昨日セシルさんから言われてしまったことを思い出す。セシルさんに昨日言われたことは、俺のどうしようもなさの表れだ。


 また俺は、ヒナギさんを泣かせたんだ。ヒナギさんの目の前でセシルさんと約束したのに、それを破ってしまった。

 言い訳しそうになってるあたり、約束をそこまで大したものと見ていなかったようで恥ずかしい話だ。皆の気持ちを何も俺は分かっちゃいなかった。


 ただ、それでも言い訳をさせてもらうなら……それは無理な話だったと思う気持ちもある。無理をしなければ確実に今より酷い結果になっていたのは明白だからだ。


 でも、それでも俺が悪いのは確かなんだろう。セシルさんは皆が心の内で思って、でも遠慮して言わなかったこと……言いたくなかったことを嫌われ役を買って出て言ってくれたということが分かっているから……。

 それに……俺は過信したことを口走ってヒナギさんを死なせてしまうところだった。




「……」

「ぁ……」


 ヒナギさんの傍に寄り、俺は肩を引き寄せて身体を触れ合わせる。互いの心臓の音が聞こえるくらいに身体を密着させ、引き寄せる力をできる限り強めた。


「ホラ、問題ないでしょう? もう心配しなくて大丈夫ですから……」

「はい、ちゃんと此処にいます、貴方が……っ」


 抱き寄せる俺の腕をヒナギさんもそっと手に取り、全身で体温を感じ合う。


 今の俺にできること、そしてやらねばならないのはこれしかない。この5日、アンリさんと一緒にずっと寄り添っててくれた人に、今度は俺が寄り添ってあげることしか……。相手が恋人であるなら当然だ。


 肩に広がる湿り気が広がってそれが止まるまでの間、暫く俺はそのまま黙ってヒナギさんを抱きしめた。




 ◆◆◆




「――落ち着きましたか?」

「……はい。ありがとうございました」


 数分はそうしていただろうか? ヒナギさんの心音が安定し、涙が止まってくれたことを確認した俺は、ヒナギさんに尋ねる。

 ヒナギさんは少々物足りないと言いたげな顔に見えなくもなかったが、落ち着いたことを示すように柔和な笑みを浮かべて返答してくれた。


 ……ホンマ女神やでこの人。


「――ところで、その手に持ってるのって何です?」


 拝みたくなってしまいそうになる寸前でその気持ちを堪え、気になっていたことを聞いてみる。


 ヒナギさんが心配してここに来てくれたことは分かる。だが、ヒナギさんの手に持つ籠……まるで桶にも見えなくもないその籠と、その中に入っている布が目に付き、何か目的があって来ているようにも思えたのだ。しかし、その用途を考えてみるも……目的が全く分からなかった。


 この部屋に入って来た時から気にはなってたんだが、雰囲気的に聞くに聞けなかったんだよね。


「あ、コレですか? これはその……えっとですね……」


 何故かここでヒナギさんが恥ずかしそうな顔になって返答を躊躇し始めてしまい、ごにょごにょと声を小さくしてしまう。更には顔を赤らめてしまう始末で、これは意味深と思った俺は不埒な想像を開始してしまった。


 ただ、これは反射的なものであるのため仕方がないと言い訳をさせていただきたい。




 洗濯物の回収? いやいや、今素っ裸にされても着る服がこの病衣以外は今手元にありませんし。暖かい季節になったとはいえ朝はまだ少々冷えるから断固拒否させていただきますん。

 包帯の巻き替え? いやいや、傷は全部塞がってて包帯必要ないですし、そもそもこの布包帯のサイズしてないですやん。要所だけ隠して柔肌を晒す羞恥プレイは遠慮したいッス。

 目隠しプレイご希望? ……ヒナギさんがそんなこと考えてるわけあるか、アホ。もし仮にそうだとしたら俺からヒナギさんにそれ言いt……ゲフンゲフンッ! 




 と、あり得ない考えを一通り想像してはみたが、どれも現実味のないものばかりという結果に終わってしまった。そこでようやく聞き取れる声でヒナギさんから返答が返ってきて用途を知ったが――。




「お、お身体を、拭いて差し上げようかと思いまして……」

「なっ……!?」


 なん……だと……。




 あながち想像間違ってなかったのかよ……。さっきまでの真面目な空気どこ行ったし。

次回更新は水曜です。

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