235話 瞬く間の5日間(別視点)
◇◇◇◇◇◇
「――おう……そうか……。こっちはもう元に戻ってる。神鳥様様だよまったく……」
『あれだけの損壊した街並みを元に戻せるんだもんね……。こっちも昨日ナナちゃんが来てくれて、街並みは8割方元に戻ったよ。後は……皆が立ち直ってくれることだけが一番の悩みかな……』
「今は難しくても、リオールならきっと立ち直るさ。ハイリだっているし……支えてやれる奴は多くいるからよ」
『うん、分かってる。でもこれは私の踏ん張りどころでもあるから……』
「そうだな……」
シュトルムとリーシャが、精霊の力で通信をしている。
お互いの声はいつもと変わらないが、どちらも表情はとても健康的とは言えない。シュトルムとリーシャの眼の下には隈が出来ていて明らかな寝不足であり、加えて精神的ストレスによる心労がたたっているのが実情だ。このままでは日常生活で支障をきたしそうな具合である。
一応お互いにそれを相手に悟らせないように振る舞ってはいるが……どちらもそれを理解し合っているという奇妙な状態であり、苦笑するしかなかったのかどちらも通信越しに同じ表情をしていた。
『――それで……彼の容体は?』
「……まだ目覚まさねぇんだ。息はしっかりしてるが……」
『そう……無事起きてくれるといいんだけどね……。まだ私達何もお礼も出来てないし……ハイリも表情には出さないけどそわそわしてるし……』
「アイツ、クールぶってる割には本心筒抜けなとこあるからなぁ。――まぁ目覚めるに決まってるさ、アイツはこんなとこでくたばるような奴じゃない。以前も死にかけて次の日にはピンピンしてたくらいだ、今回は少し長引いてるだけに決まってる。……まったく、幸先悪いったらないぜ」
『……シュバルトゥム、やっぱり――『リーシャ様、少々お時間宜しいでしょうか?』
通信中、リーシャが肝心なことを話そうとしたところで不意に女性の声が割り込んでくる。
どうやらリーシャの側近であるシルファがリーシャを訪ねてきたようであった。
『シルファ? 間が悪いなぁもぅ……』
「んじゃ、一回切るわ。またあとでな」
『あ、うん。そっちも頑張って。セシルちゃんとポポちゃんに改めてお礼言っておいて、それと……彼が起きたら連絡すぐに頂戴!』
「あいよ」
まだ話したいことがあったリーシャであったが、今はどこもかしこも慌ただしい現状の前に私情は一旦置いておいたらしい。シュトルムへと用件を簡素にまとめて伝えると、通信を切った。
魔力を消費する感覚が無くなったことで、椅子に座って自国の被害状況をまとめた資料を片手に持つシュトルムは溜息を吐いて窓の外を見つめる。
そこにはいつも通りの景色が広がっている。緑に溢れる、美しい誇れる自分の国である街並みが。
とてもついこの前、信じられない災厄があったとは思えない光景だ。
――三カ国を襲った災厄から、日数にして既に5日が経過していた。
オルヴェイラスでは飛行船が一瞬にして消え去り、ハルケニアスでは『影』が死んだ少し後以降のことになるが、それからは危機的状況が嵐が止むようにして止まった。暫くの間ジッと警戒して動くに動けない皆であったが、一向に何も起こりそうもない雰囲気となったことで危機は去ったのだと直感的に悟ったのだ。
危機は去った。助かったと……。
そうと分かれば、ひとまず街の現状を把握して復興させ、本来の街の機能を回復させねばならない。幸いにも怪我人はいても死者のいなかったオルヴェイラスは、司達パーティ面子が最終的に最も集中していたこともあってそれほど混乱することもなく行動に移ることができ、人的資源が他と比べ豊富であった。
シュトルムがハルケニアスに出向いていて不在であり、代理としてフェルディナントがいたわけだが、『白面』によって気絶させられてしまっていたために、指揮官のいないオルヴェイラスの民達はそこでこの窮地に力の限りを尽くした者達へと助力を請うこととなったのである。
オルヴェイラスが3カ国の中でも一際酷い災厄の連続で死者がいなかったのは、一概に司とナナやヒナギによる街の防衛の貢献度が非常に高かったことが挙げられる。それは実際にモンスター討伐で共闘した兵士や、空に張られた氷の膜で懸命に電撃から街を守ってくれていたナナの姿を民達が見て感じたことであり、助力を請うことに恥はあれど躊躇いはなかったようだ。
特に、最初に飛来した熱線に関しては目撃していない者がいない程であり、空中で信じられない規模の大爆発を引き起こした事実は根強く記憶に残っていた。あれが街に直撃したことを考えた時、それを防いでくれた者を後に知ったオルヴェイラスの民達が、そのパーティ面子に信用を預けない理由がなかったのだ。
オルヴェイラスは、ひとまず応急処置の要領ではあるが安堵に包まれた。
むしろ問題はリオールである。最も死者が多く、そして唯一死者が出たのはリオールだけという奇妙な結果となったのは、多くの者に疑問を持たせた。
ポポとセシルが到着し、死者の続出はそこで止まったことは止まったが……それでも余りにも多い。民達の多くは大半が身内を亡くしたことで嘆き、自らが身内を手に掛けてしまった事実を知らされたことで自殺を図る者も少なくなかった。自殺には踏み切らずとも、発狂したり精神的におかしくなる者もいたほどだ。
このリオールの民達の一連の狂った行動は全てがセシル曰く洗脳によるものだと判明しており、事実、セシルはその犯人である者達……『執行者』の配下を見つけだして一方的に九分殺しにし、捕縛した。
その時のセシルの表情は、誰もが背筋の凍る程に冷たい眼差しであったとシルファは語っている。
しかし、拷問に近い尋問を決意した上でリオールの民達の前へと犯人達を突き出し、最終的には死をもって償わせることを考えていたセシルであったが、捕縛した者達が示し合わせていたように自害を図り、それは叶わなくなるという屈辱的悔恨を残す結果となってしまっていた。
最後にハルケニアスであるが、ここもまたリオールとは別に奇妙な結果となっていた。
ハルケニアスの民は、ほぼ全員が得体の知れぬ黒い影に囚われたと証言しており、身動きの全く取れない状態になっていたことが明らかとなったのである。何の拍子かは分からないが、突然その拘束が解かれて自由の身になったと民達が語っていることから、シュトルム達は弱った『影』が影を吸収したことによるものだという推測を立てた。実際に見ていたこともあり、状況説明の前後と合わせてその結論へと至る。
ただ、それでいて被害状況は怪我人がいる程度で死者はおらず、リオールとは全く違う結果には驚きの声が上がったものだが。
何故それだけのことが出来て人質を取ることもせず、ましてや拘束するだけに留めたのか。『影』、もしくは『ノヴァ』の取った行動のその理由が全く思い当たらなかった。
他にも不審なる人物の目撃もあったようだが、危機は去ったということだけは間違いない。実際この5日の間、特に何の些細な問題すら起こっていない日々が続いているのだから。
そして、その日々を過ごすことができる結果となったのは全力で奔走し、戦い抜いてくれた者達がいてくれたからに他ならない。
今回の災厄の中でも一番の功労者。各地に神鳥と仲間を援軍として送り、自らも率先して動いて被害を限りなく最小限に収めようとした者がいたことを、3カ国に住む民達は各王から伝えられその胸に刻み込む。
そして誰もが少なからず思った。その者がこの地にいてくれたことに感謝し、お礼を伝えたいと。特に打算も目的もなくこの地に訪れ、自らが事態に巻き込まれた立場であるにもかかわらず自分達を助けてくれた者に。
だが、被害から5日経過してなお、それは未だどこの国も叶っていないのである。
王霊樹で意識を失って倒れて以降、司は一向に目を覚まさなかった。
身体的損傷も壊滅的ながら、魔力もほぼ空で全身痛み切った身体の悲惨さは凄まじく、司が倒れた後に駆け付けた医師や回復魔法師達ですら一瞬躊躇を示す程だったのである。何故こんな状態となっていて生きているのか? そう疑問に思う程に。
クリスティーナが司を見て目を背けたくなるのは当然で、死んでいるとしか思えない状態であった。
倒れてすぐさまハルケニアスの病棟に運び込み、各国の王達の精霊の使役も駆使してイーリス独自の先進的医療を用いても回復の兆しは見られず、一命は取り留めたものの死んだように未だ眠り続けていた。医師によれば眠りについているだけと言われているが、まるで起きることが許されない状態のようだとも称されたことから、普通ではない眠りについているらしい。
現在は慎重に慎重を重ね、3カ国の中でも医療技術の最も発達したオルヴェイラスへと搬送されて厳戒態勢の元入院中である。
面会は関係者以外絶対禁止で、あり得ないとは思うが万が一のことを考え、屈強なガードマンとしてジークが頑なにここは離れないと言って司の病室の前で警備に当たる程であったことには皆驚いたものだ。近くを通る者がいる度に鋭い目つきで睨みつけるように一瞥し、一瞬たりとも警戒を怠らないその姿はいつもの態度からは想像もつかず衝撃を与えた。
ただ、タトゥーや見た目も相まって、そっちの関係者を疑う姿とも取れるとポポは言っていたが。
しかし身内に限ってはその限りではなく、頻繁に病室を訪れるアンリやヒナギを始めとする仲間達にはいつも通りの反応であったことから、この街に住む者達のみに向けた態度であったことは確かだ。
ジークはジークなりの信条を元に動く傾向があるため、何か理由があるのだと皆は察して感謝した。
「ふぅ……」
シュトルムは疲れだけが籠った溜息を一つ吐くと、資料を机にパサッと投げるように置いて席を立ち、そのまま決して軽くはない足取りで自室を後にする。
悩みの種が尽きない、後ろ姿からはそう感じる程だった。
◆◆◆
初めてオルヴェイラスに訪れた日に案内されたシュトルム邸リビングで、司とセシルを除いたいつもの面子が集まった。そこに、新たな2名であるクリスティーナとランバルト、それとクローディアを加わえた……計9名が。
5日も経過すれば流石に少しはマシになったものではあるが、全員表情にいつもの笑顔は当然無い。勿論、全員が気苦労や肉体酷使によって疲弊していることも理由としてあるが、この5日間この面子の中心であった人物の欠落は影響が大きく、瓦解しなくとも歪となりつつあったのだ。
特に、クリスティーナとランバルトは微塵も気が気でなかった。自分達があの場に現れたことで司が身を挺して庇った事実があったからだ。
例え現れなくとも戦況が変わったかどうかの真偽のほどは不明とはいえ、実際に余計な怪我をさせて無理をさせてしまったことには変わりない。それが胸に巣食い、申し訳なさで心労を募らせていた。更に自分達がこの地にくることになってしまった事実を思い出し、それも相まって心労は倍速の如く募っている。
「で? 俺を呼んで一体どうした?」
「あ、あぁ……それなんだけどな――」
そんな中、ジークがこの場に呼ばれたことに対して説明を求めた。不覚にも自分の声色に驚いてしまったのか、面々が一瞬ビクリとしているのを見たジークは配慮が足らなかったかとふと思う。
元々ジークの声が他人を威圧するように聞こえてしまうことも原因としてあるが、本人にそんな考えは一切なかった。ただ、それを分かっている上でそう聞こえてしまうのは……皆疲れ切っている証拠であった。
ジークは現在、司の警備を一時的に取りやめている。これはこの5日の間で初めてのことであり、余りにも休む様子を見せないジークを見かね、セシルが少しの間役割を代わると申し出たためだ。
流石のジークと言えど睡眠を取らねば疲弊は必然、セシルの命令には逆らえず、渋々仮眠を取った後この場へとやってきた現状である。
「大体要約したことは伝えといたがようやく落ち着いてきたからな、ちょっとお前さんの意見も聞きたいところでな……。元『ノヴァ』としての率直な意見でも予想でもいい、お前さんは今回の災厄をどう見る?」
「俺の考え?」
「そうだ。ここだけじゃなく、各地で起こったことも含めてどう見るか聞きたいんだ」
「ほぅ、俺の意見か……」
「……」
ジークはシュトルムから言われたことを真剣に応えるべく、暫し腕組みをして目を瞑る。
そしてその様子をドレスをギュっと握りしめて見つめるのは……クリスティーナだった。
実は、今回3カ国を襲ったこの災厄はこの大陸だけに留まるものではなかった。ヒュマスのセルベルティアも『ノヴァ』の侵攻を受けて被害を受けたというのだ。
クリスティーナとランバルトが王霊樹で急に現れたのはそれが原因だ。王城内に真っ黒な闇と共に突如として現れたドレスの女が大鎌を片手に猛威を振るい、王城内にいた者達を次々と闇で覆い尽してしまったこと、そしてそのドレスの女を直に見たランバルトが直感的に圧倒的強者であることを肌で感じ、危険だと判断して転移結晶を使って退避してきたというのが真実であった。
そのドレスの女と言うのは、間違いなく『夜叉』のことである。アンリ達は姿や特徴を知っているためそう判断したが、大鎌という点には見覚えが無いため不思議に思っていたものの、ジークが『夜叉』の本来の得物は大鎌であるという証言をしたため確定した。
ただ、何故転移結晶を使ってクリスティーナとランバルトが司の元へと転移することになったのか?
実はクリスティーナが司に渡していた宝珠……アレは通信石と転移結晶二つの特性を併せ持ったものであり、セルベルティアに伝わる宝珠などではなかったのである。司は宝石や高価なものに興味などほぼなく、高価すぎて売れないと言われたために誰にもその事実を話す必要はないと考えて誰にもこれを保有していることを話していなかった。また、一度納得してしまったことで宝珠であることの真偽を確かめることもなかったので、貰ってからそれ以降はずっと『アイテムボックス』の奥底に眠っていた。
クリスティーナが別れ際で今後ともよろしくお願いする云々のことを言ったのは、万が一の場合に助けを請うというそのままの意味で言っただけだった。司はそれを深読みし、自身の性格を見抜かれて見えぬ協力関係としての繋がりという先手を打たれたものと思っていたわけだが、その真実は少し違ったのだった。
転移先として登録されたモノを司へとさり気なく渡し、登録をしたもう一方の転移結晶を使った……それだけである。
クリスティーナが自分達だけ逃げ延びて無事でいることに申し訳なさを感じていると感じたジークであったが、その姿を見ても遠慮はしなかった。腕組みしたまま、顔を上げて口を開く。
「……俺ぁ奴らのやることに意味の無いことはまずないと思ってる。狡猾さは逆に感心させられるくらいだしな。その目的ってのは何度も言ってるが知らんし分かんねぇ。だが、全て魂目的ってのは間違いないと思うぜ。……俺が知る限り、魂以外の目的で動くことは稀だったしな」
「そうなるとやっぱり、あの人が狙われて……」
アンリの脳裏に浮かぶのは、セシルが身を挺して助けた人物の姿。
セルベルティアで強い魂を保有している者と言われれば心当たりはある。『夜叉』が狙うに相応しいと判断した人物……イーベリアである。
他にも三星将と呼ばれるAランク冒険者や王家直属の者が数多くいるセルベルティアは、狙われても不思議ではない。
「あの人……イーベリアのことか? アイツは『夜叉』がそう判断してるし狙われるだろうよ。……つーか、もう5日も経ってんだ。『夜叉』がもし本気で攻め入ったんだってんなら、城にいた全員傀儡にされてる可能性が高いかもな」
「っ……」
「姫様……っ!」
ジークの容赦のない言葉がクリスティーナとランバルトに突き刺さる。
見かねたナナが注意するも――。
「ジーク、もう少し抑えて話s「だが事実だ」――っ……」
退く姿勢は微塵も見せない。事実は事実として受け入れるべきだと言わんばかりの態度に、ナナは口を逆に噤まされる結果となるだけだった。
「ここで慰めの言葉を掛けたところで現実は非情だ、更に傷つく結果になるだけだろ。もしセルベルティアが無事ならそれはそれで良かったってだけの話だしな。だったら俺は可能性の高い事実を言うだけだ」
「……」
「それにここはイーリスの奥地だぜ? セルベルティアなんてとても行ける距離じゃねぇしアイツもあんな状態だ。どっちにしたってそっちまで手が回らねぇよ。ここらだって滅茶苦茶な状況なんだしよ」
クリスティーナ達は司に助けを求めてやってきたが、まさかこんな所へ転移するとは予想していなかった。司に転移結晶のことを話していなかったことが裏目に出たのだ。
淡々と言いたいことだけを言ったジークは、俯くクリスティーナを他所にそのまま更に続けた。
「――話が逸れたけどよ、この5日の間ずっと俺なりに考えてたことがある。この事態をどう見るかってこととは別になるが……『銀』はツカサのことを『守護者』と言ってやがった。そしてその取り巻きである俺達をその眷属とも言っていた。予想だとこの辺がきな臭ぇとは思ってる」
「アンリ様が仰ってたことですね?」
「あ、ハイ。『銀』が確かに言ってて……」
『守護者』という言葉をよく覚えているアンリは、ヒナギへと相槌を返す。そのやり取りを見た後、ジークは再び話を再開する。
「具体的なことは知らねぇが、『守護者』ってことは何かを守る存在ってことだ。その守るべきモンとは何か? そいつは……アンリのことなのはもう間違いない。今回転移魔法か知らんが真っ先に対象を絞って狙ってきたのがアンリだったし、この前『夜叉』が過剰に反応したことで裏付けられる」
今までなるべく口にせず、刺激しないようにしてきた話題が……今再び。
アンリへと、皆の視線が集中した。
「でもなんで狙うかは分からないんでしょ?」
視線を向けられてオドついているアンリを見かね、またもナナがフォローの言葉を投げかけて落ちかせようと試みる。今回は途中で邪魔されることもなく事なきを得たが、ジークから口にされる言葉はそのままアンリどころかナナすらも吞み込んだ。
「……ツカサには話してあるが、一番それらしい事実はもう判明してんだよ」
「え?」
「アンリには十分狙われる理由があるってもう分かってる」
「ど、どういうことだ?」
突然今まで謎と思われていたことが判明し、皆動きを止めてジークを見つめた。
ただ、結論を言う前にジークは一旦その場凌ぎのように言葉を濁す。それはツカサを弁明するようであり、悪く思わないでやってくれと言っているようだった。
「……アイツなりに気遣ったつもりなんだよ。立て続けに不安なことが判明したらお前はきっと取り乱すだろうってよ……。ま、今はそこまで取り乱してねぇみたいだが。でもあんま責めてやんな、責めるんならアイツのその気持ちを理解した上でぶつかり合ってやれ」
全員が驚く中、最も驚きの表情を浮かべているアンリを見ながらジークは言う。隠していた事実に対する謝罪も含めて……。
「――ま、これは俺もツカサには同意見だったからこそ黙ってたし、アイツが自分で直接伝えるとは言ってたんだが……悪かったな」
「あ、その……い、いいんですそれは。それよりも、アタシが狙われる理由って……」
ただ、アンリにはそんなジークの考えは今どうでもよかった。早くその事実を知りたい、そんな思いに駆られていた。
あの司とジークが伝えるのを隠す程だ。前に司はアンリに隠し事はもうしないと公言した上での隠し事なのだから、相当な事案であることは間違いない。知れば足がすくんで恐怖におびえてしまうかもしれない。自分は弱いから、その事実を受け入れられずに自暴自棄になってしまうかもしれない。だが、それでもアンリは聞かずにはいられなかった。自分が知らないことで周りに迷惑を掛けていたと、心では思っていたのだ。
当然――。
「アンリ、聞く覚悟はあるか? ツカサには口止めされてるが……お前が望むんなら俺は伝えておくのも悪くはねぇと思ってる」
「……ハイ。もうアタシh「ただ、聞いたらお前は多分もう二度と今までの日常に戻れないと断言する。そしてこれから先、『ノヴァ』共が全滅するまでの間俺達から一切離れることは出来ないと思え」
「っ!?」
了承した所で遮られる警告に、一瞬目つきの険しくなるアンリ。
ジークの言ったこと……それはつまり日常を捨てるということである。司達の過ごす日々は既に普通ではなくなっているのは分かっていたが、あくまで自分は日常側の存在だとアンリは心のどこかで微かに思っていた。ただ、その考えを撤廃して自らも非日常側へと踏み込む覚悟があるのかを問われると、一瞬足が竦む考えになってもおかしくはない。
これまで学院で幼馴染と学友達と何気ない日々を過ごし、無事卒業して冒険者となった。それからはお金を溜め、親孝行して、幸せに生きていくという、誰もが描く何気ない一般的に普通と思われる日々を想像していたのだから。そしてそれはこれからも続いていくのだと信じ……或いは願っていたことだ。
「アンリ様……」
ヒナギの心配する声はアンリの内に実に重く圧し掛かる。今なら引き返せると聞こえてくるかのように。
司達パーティ面子は『ノヴァ』を相手にすると決めているのだから当然だ。Sランクのヒナギでさえ相手になるのかさえ分からないのだ……そんな場所に飛び込めと言われてすぐに飛び込めたら、まともな一般人であれば相当頭がおかしいと吐き捨てて拒否することだろう。今回の事態を見れば誰だって非日常どころの騒ぎではないと指摘する。
「っ……覚悟なんてもう決まってます! ジークさん教えてください! もう、アタシは全て受け入れたい! 全て知りたい! 隠すことで皆に迷惑が掛かってるのを黙って見てるのは……もう嫌です!」
しかし、アンリは止まらない。
ジークがこの5日考えていたように、アンリも自分の身の振り方を考えていたつもりなのだ。流石に今から知らされる事については予想外であったが、その予想外すら受け入れられずしてこのパーティの輪にはもういられないと悟り、何があろうと受け入れる覚悟はとうにできていた。
司が一命を取り留め、ベッドで眠り続ける手を握ってアンリは密かに誓っていた。
力が及ぶとは思わない。魂というもので全てが決まる以上は、自分如き限界は必ずあるだろう。だがそれでも、自分は強くなる……強くなりたいと切に思った。
その気持ちは非常に強く、激しい力となってアンリの心に宿った。
今回何故こうなってしまったのかを考えると、出てくるのは自分の弱さが最も多く、そして皆の枷になっていることを苦しい程に痛感した。そんな弱い自分が常に守られて皆の足を引っ張り、その自分は肝心のことを知らないのは無責任が過ぎる。知らないから関係ないなどという戯言は通用しないのだ。
それ以前に、アンリの性格がこのままでいることを許さない所まで来てしまっていた。
弱いなら弱いで構わない、だが知らないままでいることは駄目だと。
「いいんだな? 本当に……。念を押して言うが、冗談抜きでお前は非日常の中心に立たされるぜ?」
「――くどいですよ。というか、もう既に日常じゃないと思ってます」
最後の確認を、アンリは茶化す余裕を見せて返答した。
もう迷いはない。これから先聞くことは全て受け入れ、その上で自分は自分にできることをしていく……それだけが今アンリを支配している。
その姿は一見普通の女の娘だが、その場にいた者達はその姿から発せられる見えぬ何かに当てられ、固唾を飲んで見守っている。今まともに動けそうなのはアンリとジークのみで、それ以外の者はどちらかが動くまで動くに動けない……そんな状態に陥ってしまった。
「……ぷっ……そ、それもそうだな、ハハ……。この5日でお前も自分なりに覚悟決めてたのか」
「(コクリ)」
「ヘッ……良い奴ばっかに恵まれやがって……」
そしてその感覚はジークも感じ取っていた。アンリの返答が可笑しくて吹き出してしまったが、その意思に確かに迷いはないと判断し、司に心で謝罪する。
そして――。
「いいぜ、教えてやる。アンリ、実はお前の魂だがな――」
「待てよ」
「「「っ⁉」」」
「その話は、俺がする……」
「ぁ……」
唐突だった。
部屋の端、不意に出入り口の方から声が聞こえ、誰もが当然のように固まった。
ジークの代わりとなっていたはずであるセシルに肩を支えられ、歩くことすら苦し気ではあった。だが確かに、そこには皆が望んだ人物が存在を主張していたのだった。
「やっと来たか、随分寝坊したもんだな?」
「それは、その……アレだ。悪かったよ……」
ジークのまるで用意していたのではと思ってしまう言葉に苦笑しつつ、司は一瞬視線を泳がせてそう答える。
やはり、司だった。
いつもと変わらぬ返答の仕方。どんな時も周りを振り回すような話し方に、皆が安堵を覚えない筈がなかった。アンリとヒナギは極度の感涙で肩を震わし今にも飛び付きたい衝動に駆られるも、脳が麻痺して命令を下せていない様であった。
「あれから……どれくらい経った? 詳しく教えてくれ……」
病衣を着て酷く疲れきった顔でそう言う司の顔は見ていて心苦しい。
だが、皆の期待に応え、少し長い眠りから功労者は目覚めを迎えた。
そして知る。世界が激動の波に晒されていることを。
止めることのできぬ結末へと、世界がいよいよ近づいているということを。
◇◇◇
その頃、イーリス大陸成層圏付近、七重奏の虹より――。
淡い6色の光に照らされながら、古の息吹を連想する白き巨躯な存在がその場に姿を現した。
スカイゴッドドラゴンと人々に呼ばれ、全ての竜の祖であり頂点。他の追随を全てにおいて許さぬ生ける伝説の竜である。
常に成層圏付近を飛んで決して地上には降りてこず、それ故に人前に姿を現すことはあり得ない。ただ、その存在は確かに伝承として太古より伝えられており、過去には地上付近にいたのではないかとも考察が学者の間では行き交っているが……そもそも存在を確認する術がないために真偽を確かめることも出来ぬままであることで、伝説として名を残すことしかできないと言う程の存在なのは間違いない。
そして、その存在は確かにこの世界に生きていた。
『微かに魔力の残滓があるが、ここで途切れてしまっているか……』
伝説の名に恥じることなく、竜といえど人語など当たり前のように介することができる。この世界に存在する言語全てを網羅することなど容易くできる程に知能が高いのだ。人など強さでも、知能でも、そして経験でも遠く足元にも及ばない存在である。
そんな存在であるから、厳格な雰囲気を思わせる状態で常にいると思われても仕方ないだろう。しかし、スカイゴッドドラゴンから漂う雰囲気は暖かな希望に満ちた力が占めており、周りにいるだけでその影響を受けて安らいでしまいそうだ。
地上で中途半端に強い権威を振りかざすような竜達とは規格が違う。そこにいるだけで影響を及ぼすと思われる程のそれは……強大な力を持った存在としての宿命や証と言える。
『(いや……生存されているのが分かっただけでも朗報か……。久しく高揚したな。それよりも――)』
スカイゴッドドラゴンは七重奏の虹の中で一旦飛行することを止めて滞空すると、嫌に纏わりつく奇妙な感覚に不快感を露わにした。
『(こんな場所に何故このような魔力が? もしや……『ノヴァ』共の仕業だろうか? 実に不愉快なことを……!)』
スカイゴッドドラゴンは鋭利な牙の生える大顎を大きく開き、口元に巨大な魔法陣を出現させる。陣の模様にある円が回転を始めて円滑に動き、金色の光を放ち始めた。
『『神気滅龍砲』!』
やがて力が臨界まで収束したのだろう。魔法陣越しに、スカイゴッドドラゴンの口から成層圏であるというのに甚大な量の空気が放出されるように吐かれた。
ただの空気の塊に過ぎない力であっても全てを破壊しそうな威力を誇る一撃は、この場に不自然で相応しくない魔力を分散させて跡形もなく散り散りにしていく。
漂っていた不快な魔力が感じられなくなったのか、ここまでやって来た方角へと身体を翻すスカイゴッドドラゴンは小さく呟く。
『父上……何処へ?』
そしてその場を後にして何処かへと飛び去って行く。その姿は……酷く寂しそうな印象であった。
スカイゴッドドラゴンがやがて七重奏の虹から脱した所で、七重奏の虹には7つの光が灯り、元々あるべき姿へと戻っていったのだった。
やっとこさスカイゴッドドラゴンを出せました。
この部分だけ書き終えたのもう2ヵ月位前なんですよね……長かった。
次回更新は日曜です。




