231話 覚醒シュトルム
俺の目でも視認できるほどに存在を主張し具現化した精霊達が、シュトルムを取り囲んだ。シュトルムを中心とし、正七角形を象るような具合に。
精霊など声は聞こえど見えたことの無かった俺だが、7体はそれぞれが各属性の色となるオーラを発していることからもそう考えられたため、精霊であると確信に似た直感があった。
多分、間違ってない。
顔とかは特に確認できないけど、子どもくらいのサイズだろうか? パッと見何コレ? ってなりそうだな。
精霊はマネキンみたいに顔がハッキリと分からず、輪郭や体格が少々分かる程度だ。赤なら全身真っ赤。青なら全身真っ青……というようにである。
つまり、マネキンの白くない版とでも言えばいいと思われる。
しかし、シュトルムの周りへと展開し付き従う動きを見せる精霊を他所に、それよりもつい今しがた俺の身体に起こった異変の方が気になっていたりする。俺は地面に横たわらせていた身体を僅かに動かして確認してみたが、どうやら『才能暴走』を使う前よりも多少マシな位には思える。
……まぁ大差ないんだがな。意識を失うか失っていないか、結局はその違いに過ぎないようなもんだ。
ただ、先程の声……あれは間違いなく俺の声だった。意識を失う寸前で心の内側から踏ん張れと鼓舞してくれたあの声は一体……?
何故聞こえて来たのかは分からない。意識を失わないで堪えられていること、そして魔力が今枯渇していない事実があるとなると、夢や幻聴などではなかったことは間違いないが……謎だな。
涙を拭いながら目の前で立ち塞がってくれているシュトルムの背を見る。実に頼もしい。
ポポとナナと同じように、神々しい光を放っている姿は圧巻の一言で、さっきとは別人であると思う他ない。
ただそれが俺によるもので、そして何より俺とシュトルムが主従の関係となったことを強く意識せざるを得ない事実でもあるため、素直に感嘆することはできなかった。
「お前……その姿……!?」
「怖いか? 今の俺が。だったらそのまま後悔しとけ」
『影』が明らかに動揺して後ずさりを始める。精霊達が見えているという事実も含め、シュトルムがその精霊の中心に立つ存在に今なっていることに驚いているようだ。
徹底的に追い詰めて、それから一気に形成を逆転されたとでも思ってんだろうか? 破裂した『影雲』の片腕が無くなったまま回復の兆しを見せていないこともあるし、余裕の無さが随分と出てるな。
「シュバルトゥム……様……?」
当然というか、流石に状況に追いつけていない声が上がっても無理はない。それを代表してクローディアさんがシュトルムの名前を呟くように呼ぶ。
「クローディア、悪いな。俺は王として失格かもしれねーや」
「え?」
シュトルムは笑顔で一言だけそう告げると、その話を無理矢理終わらせてしまった。
事実を知れば言わずとも口が開いたまま閉じなくなることをその程度で済ますのはいただけない。でも、ここぞという時に馬鹿な発言をするような奴ではないことを俺は知っているし、嘘偽りのないことであるとも知っている。
状況的には言わない方がいいかもしれないが笑顔ってお前……。
「クローディア、それにハイリにリーシャ……今の俺をよ~く見といてくれ。これが俺を信じて、俺が信じた俺達の力……コイツの力だからよ」
「精霊……だよね、それって……。でも7体って……」
「か、仮にだとしても、お前は4属性しか扱えなかったはずじゃ……?」
「詳しいことは分からんが……今は元通りらしい」
「「!?」」
3人の会話には思い当たる節が俺にはあった。シュトルムは火・水・風・土属性の精霊は扱うことができるが、それ以外は扱えないという話だ。実際に本人から聞いていたからそれは間違いない。
だが今顕現している精霊の数は7体で、シュトルムも今それを示すように不可思議な発言をしている。
リーシャとハイリに混じって俺もどういうことなのかを勘ぐっていると、不意に可愛らしい声がいくつも聞こえてくる。
『アイツ敵~?』
『気持ち悪い~』
『排除排除~』
『世界の敵~』
話しているのは精霊であった。
それは子供達が騒いでいるような聞き取ることで精一杯のものと似ており、殺伐とした雰囲気を一瞬にして和やかに変えてしまいそうな声色だ。子供特有の高い声そのものである。
――が、それは聞こえてくる内容が可愛ければの話。内容が丸っきり可愛くなさ過ぎては意味がない。
排除とか子供の声でなんつー恐ろしいこと口走ってるんだこの精霊達は……しかも嬉しそうに。精霊じゃなかったら俺は背筋が凍る自信あるぞ。
シュトルムも若干俺と似た気持ちだったのかもしれないが――。
「あぁ、確かに世界の敵って言えるな。だからちょっくら力貸してくれよ?」
『いいよ~』
『お手伝い~』
『戦闘開始~』
子供ゆえの純粋さも持ち合わせているのか。冷や汗をかきそうになる予感がした俺は、その精霊達が『影』を掻きまわす様をこの目で見届けた。
今にしてみれば、恐ろしい力だと思える。
「『ゲート』……っ!? 開かない!?」
『影』の身体が拒否反応を示しているような気が俺にはした。気のせいかとも思ったそれは実際その通りだったのだろう。『影』はすぐさま逃げの姿勢を取って行動を開始し始めた。
シュトルムに殺すことを任せ、この体たらくの身で俺は思う。待て、逃げるのか!? と……。負け犬の遠吠えそのものである言葉を吠えようとしたが、慌てふためく『影』の姿を見てそれは杞憂に終わる。
『なにそれ? なにそれ? 逃げるの~?』
『駄目駄目、逃がさないよー?』
『お前邪悪~、逃げるの禁止~』
『排除♪ 排除♪』
遊び相手を見つけて嬉しい。そんな遊び相手の人物がこの場から、自分達から離れてしまうのは嫌だ、許せない。引き止めたい。
もっと一緒に遊ぼうよ。
今の俺には、精霊達の姿がそんな風に映った。
「っ……!」
『危ないよ~。……だいじょぶ?』
「あ、あぁ……」
精霊達の言葉で気が狂ったのかもしれない。それだけの不気味さを俺も感じたのだから可能性としてはある。『影』は気が狂ったようにヤケクソ気味に、俺とシュトルムのいる方目掛けて『影雲』の残った片方の手から『影縫い』の特大版を放つ。
しかしそれは精霊達から零れるそれぞれの属性が壁の様に折り重なって防ぎ、次第に掻き消してしまう。
霧散していく影の残り塵は、風に消えることもなくそのまま属性の防壁に吸い込まれるように吸収された。
『エスペランサー守る。適合者も守る。そして、この者も守る』
『でもお前違う。お前は守らない、守りたくない』
『命令してー? 『担い手』。言われた通りやる~。アイツ倒す~』
『早く早く~♪』
シュトルムは幼い声でまんま子供のように振る舞い話し掛ける精霊達に戸惑いを覚えているようだったが、その規格外の能力にも戸惑いを覚えているようだった。
『影』の使おうとした『ゲート』を詳細は不明だが、使用を禁止にして逃げる手段を封じ、シュトルムの命令なくとも好き勝手にはしゃいで相手を追い詰め、俺達を守るように動いて補助する精霊達は予測不可能に思える。
だが、その予測不可能な存在を使役できるのがシュトルムなのだ。精霊達はそれを望んでいるし、シュトルムからの命令を待っている。
精霊を使役する者、担い手か。しっくりくる言い方だ。
「お前らって随分と子供っぽい感じだったんだな。……まぁいい、ならやるぜ!」
『『『『『『『わーい!』』』』』』』
シュトルムは何度目か分からない、『影』との戦いの火蓋を再び切った。その声に続いて精霊達の一際元気な声が耳につんざき、シュトルムの周りを飛び跳ねる。
「くそ……っ!」
「あ! 影の中に!?」
戦略的撤退の見方ではあるが、『影』は足元に存在する自らの影の中へと、トプン……と身体を沈ませた。リーシャの咄嗟の声が聞こえた時点ではもう遅い、あっと言う間にその場から姿を『影』は眩ましてしまう。
ここまで来て逃げるつもりかアイツ……!
「逃がすな! 影ごと吸い尽せ!」
『よっしゃ~!』
「……なっ!? 馬鹿なっ……!」
一瞬全身湧き立つ思いで俺は反応したが、シュトルム達にそれは賄われることとなった。
精霊の一体である白っぽいの……無属性なのだろうか? その精霊が『影』の逃げ込んだ影へと無数の白い帯を放って突き刺し、影をみるみる消失させたのである。
シュトルムが吸い尽せと言ったように、消失した分の影が白い帯を少しずつ黒に染めていく様は……まるで影を咀嚼しているように思えた。
影が吸い込まれていくと『影』の身体が露出する。
「奪った分は全て還元しろ! ……ツカサにだ!」
『は~い、ど~ぞ~?』
「っ――?」
俺が今感じている傷みきった身体の苦痛と怠さの板挟みは、片方だけ緩和される。
今の自分がされている姿は傍目から見て死んだと思われてもおかしくない光景であったが。
「なんだこの感じ……コイツからか?」
白い精霊が、今影へと突き刺した白い帯を俺にも突き刺してきたのだ。だが突き刺さっている感覚はあるが痛みは全くなく、むしろ心地良い。
そこからじんわりと広がって来るこの感覚は……初めての感覚だった。
『おいしい? もっといる~?』
「へ? えっと……」
怠さが抜け落ちて楽になっていく身体の感覚に、今俺は魔力を回復させてもらっているのだと察した。
魔力の回復なんてされたこともないから感覚的な感想しか言えないとはいえ、内に感じる魔力に満たされるものを感じる。
ただ、美味しいって……それは精霊の味覚的なやつなのか? よく分からんが。
魔力って味するんかい……。
精霊の言葉にそんなツッコミを口にしたくなる。
「ぅっ、魔力吸収……だと……!?」
ガクンと急激に身体の動きが極端に鈍くなった『影』は、それを隠すこともなく胸に手を当てて苦しむ。まるで怠さで全身に力が入らなくなる症状であり、今のクローディアさんの状態と酷使していた。
だが……そうなるとやはり魔力を吸収したと見ても間違いないだろう。本人が言っているのだからほぼ確実に。
魔力を吸収することができるのなら、その逆もまた然りなのかもしれない。
「よそ見してんじゃねーよ」
「っ、ぐあっ!?」
だからか、素早く接近したシュトルムの姿を捉えて反応はできても『影』は身体が追い付かない。モロにシュトルムの鉄拳が頬に直撃し、床を削り取って木目を露出させる羽目になった。
殴った時の音がとても人を殴ったとは思えない音であったこともあり、床に倒れるまで『影』の挙動から目を離せない。
「……俺ですら攻撃が通じる。ここまで能力が上昇するとかとんでもねぇな。それに、この力も……」
シュトルムは自らの拳を見つめ、ポツリと呟く。あまりにも様変わりした自身のステータスと力に思うことがあるようだ。
増長することもなく、ただ淡々と今の自分を把握しているシュトルムならば……余計な心配も要らないに決まっている。
「お前……おかしい。急に強く……!」
「……」
シュトルムが拳を見つめている間に、『影』は攻撃へと既に転じていたらしい。『影雲』は未だ出現させているが、先程よりも小さく弱弱しい。魔力を奪われたことで力が減退しているようだった。
それでも『影』は、手にはいつもの苦無を準備してシュトルムへと急接近していた。
相変わらずしぶとい奴だ、タフにも程がある。でも『ゲート』が使えないと分かって攻撃にでるしかなくなったのか……。
だが――。
「今は恩恵があるから……なぁっ!」
「がっ!?」
シュトルムは『影』の振るった苦無と『影雲』の攻撃を軽くヒラリと躱すと、カウンターとして首根っこを掴んで近くの壁に思い切り叩きつけた。
真逆の方向に慣性を変えられた威力は凄まじく、首という部位でもあったために悲痛な声が『影』からは漏れ、一瞬目が焦点の定まらない死人と変わらない状態に変わる。『影雲』も『影』の状態を示すように項垂れている。
シュトルムのこの一連の動作。これは急激なステータス上昇によって自身の力の制御が効かなくなっているようにはとても思えず、まるでその感覚を知っていたかのようだった。
俺が異世界に来たばかりでジャンパーの性能を確認した時は、勢い余って木に衝突する有様であったにもかかわらず、それがない。これには内心違和感を覚えた。
訓練もなしに力を制御するのは……想像以上に難しいのだから。
「させると思ってんのか?」
「ぶっ! っ――!?」
往生際悪く『影』は咄嗟に背後に影の空間を作って逃れようとしたが、シュトルムが掴む腕とは別に、まるで何かに阻まれて身動きが取れない様子だ。……そのまままた一発、シュトルムの拳をまともに食らう。
顔面ど真ん中を殴られたことで『影』の顔から鼻血が飛び、そのままボタボタと垂れ落ちる。濃く、赤黒い血が。
その血が手首に倒れ落ちて汚してくのを気にもせず、シュトルムは『影』の首根っこを未だ片手で持ち上げたまま険しい目つきで淡々と言うのだった。
誰もが、『影』を相手に圧倒するシュトルムの姿に目を奪われる。絶望が希望へ、一度は諦めかけた生への道が切り開かれていく。
そして思うのだ。今この場で最も強者なのは……シュトルムであると。単純な力比べも、個々が持つ特殊な独自の力の使い方も、それら全てで『影』を上回っている。
今は誰もシュトルムに抗うことは出来そうもない。
「これが、付け焼刃だと……! ふざけるなっ!」
始めにシュトルムが付け焼刃だと言った言葉が信じられなかったのだろう。『影』は呼吸もままならないというのに、叫ぶように声を張り上げる。
「付け焼刃さ。だが、不思議とできると思えたんだよ。……それ以外に理由がいるか?」
「――っ! う、嘘だ……!」
「だからこうして、お前の影への対処法も分かるんだ」
『はいは~い』
『影』の受け入れ、信じたくないであろう事実を突きつけ、シュトルムは手持無沙汰になっている片手で精霊達へと合図を送る。
すると、『影』の主力である『影雲』に先程の白い帯が突き刺さり、黒い身体を白く染め上げていく。パキパキと音を鳴らして白くなっていくその傍らにはあの白い精霊がおり、また魔力を吸い上げている様子であった。
「ぼ、僕の影ですら吸収するなんてあり得ない……! ど、どうやって……!?」
「やっぱし有効だったみたいだな。今の俺はお前にとっての天敵なのかもな?」
『影』は愕然として、慟哭と動揺の合わさった言葉を投げかけるしかなかったらしい。一瞬だけ、動きがピタッと止まった。
「シュバルトゥム、どういうことだ?」
ここで、ハイリから言葉が投げかけられる。
今シュトルムが驚異的な力を保有していることについてなのか、それとも今の言葉に対する質問なのか迷う所ではあるが……どちらも半々、だが後者が有力だろう。
予想通り――。
「コイツらの力がスキルを超えたものだって聞いてたけどよ、結局はスキルの究極系に過ぎないってだけだ。この影を使役する力であっても……結局その動力源は魔力だ。魔力はこの世のあらゆる源に近いモン……その動力源を奪っちまえば『ノヴァ』だろうと関係なく有効なだけだ」
シュトルムはハイリへと適切な返答をした。自分なりに仮説を立て、魔力を奪うことで成り立っているスキルそのものの具現化や発動を無効化しているとのことらしい。
魔法だけに留まらず、スキルにも魔力は使用せざるを得ないのはほぼ絶対の定義である。【隠密】のように魔力も無しに任意で発動するスキルが存在することも確かだが、アレは取得するまでに掛かる時間と、それに伴う魔力の消費を考えたらアドバンテージが存在しても妥当と言えるのかもしれない。
とまぁ、それはともかくとして……。
ただ、シュトルムが魔力を奪うということを実行できるに至った要因は不明であるままだ。さっきも不思議とできると思ったとか言ってたが……なんでだろう?
「舐めるなぁっ!」
「目眩まし!?」
「っ!? 悪あがきを……」
色々と考えを巡らせるも、戦局は構わずに変わっていく。
冷静で無口なはずである『影』はもう何処にもいない。なりふり構わず思ったことを口走り、行動に走る。そんな無鉄砲さがあった。
影の力に頼ったものではなく、隠し持っていた毒針? を手首のスナップを利かせた僅かな動作でシュトルムへと近距離で放る『影』。放るのではなく最早直接刺そうとしているようにも見えるが、シュトルムは『影』の首根っこを一旦離して驚異的な反射でそれを辛うじて躱した。
しかしそのチャンスを逃す『影』ではない。『影』は身体を翻したと同時に煙玉を使用し、逃げの一手に奔走する。
ここにきて一番のそれらしい姑息な手段に転じているようだ。辺りに黒煙が充満して視界が閉ざされる。日の光さえ完全に遮る黒煙に、夜になったのかと勘違いさせられそうになる。
「――追え」
『うん、追いかけろ~!』
『『『サー、イエッサー♪』』』
黒煙の中で俺も周りが一切見えない状況。当然皆も同じ状態であるはずだが、その中でもシュトルムと精霊たちの声はハッキリと聞こえた。
無駄だと言わんばかりの頼りがいのある声色に、俺は取り乱すこともなくただジッとしていた。
そしてそれは正しかったのだとすぐに分かった。煙晴れぬままではあったが、憎い声が聞こえて来たからだ。
「……姿を眩ました程度じゃ無駄だ」
「は、離せっ!」
「視界を塞いだ程度で感知できないわけねーだろ? 足掻いて逃げても何度だって追いかけて捕まえてやるよ。……お前はここで死ぬんだ。それがツカサの願いで、俺達の願いでもある。……許さねーぞ」
やがて煙が晴れると、シュトルムが『影』の背中を踏みつけては手で頭を床に押し付け、身動きの取れない状態にまた戻していた。シュトルムの顔には青筋が浮かんでいるのが離れた距離にいる俺でもよく分かる。『影』からはどう見えているのかは想像もつかない、そんな顔だ。
だが、それもそのはずだ。俺は記憶に残る『影』がこの上なく憎くてたまらない。そしてシュトルムは記憶こそないものの、3カ国をいきなり攻められて怒り心頭にならないわけがないのだから。そこには未来の記憶があろうとなかろうと関係ない。大切な国民を危機に晒し、命を奪い去ろうとし、この場にいる者達の命をも奪おうした。この時点でその怒りを止める術はどこにもないのだ。
今目の前にいる主犯の1人に断罪を与える以外には。
「っ……、そろそろか……!」
ここで、微かにシュトルムの息づかいが荒くなり始める。
それと同時だった。
『あれ? もう時間ない~?』
『どうする?』
『あれやってみよっか?』
『いいよ~』
『やるやる~』
『う~、残念~』
『『担い手』、最後よろしく~』
「あぁ、そうだな……」
「っ!?」
精霊達が一斉に騒ぎ始めた。残念そうな雰囲気が滲み出ていて寂しそうであり、せめて最後に何か面白いことをしようと言っているようにシュトルムへと声を掛ける。
シュトルムもまた精霊達の企てることを見透かしているようで、乗り気で頷いている。
何をする気だ……?
「つっ! なん、だ……!?」
「行くぞお前ら! これで終わりだ!」
『『『『『『『りょーかーい!』』』』』』』
俺がそう思ったのも束の間、シュトルムの声を合図に精霊達は人型から小さな光の球となると、シュトルムの羽衣へと入り込んでいってしまう。羽衣に確かに入り込んだことを主張しているのか、明滅を繰り返す。
俺が神様からスキルを与えてもらった時と実によく似ていて、その時のことを俺はふいに思い出してしまう。
シュトルムは右手の掌を『影』の背中へと押し当てると、左手で右腕を支えるように抑えつけた。すると、纏っていた羽衣が全て右腕に集中し、床には巨大な魔法陣が描き出される。
オルヴェイラス上空に出現した魔法陣と似てはいるが所々紋様は違う、全くの別の魔法陣だ。陣の形が七芒星である点が一番印象的であり、それぞれの頂点から各属性の光が浮かび上がっている。
魔法陣から空へと立ち昇る属性の光に晒される中、その中心でシュトルムは呟く。
「あばよ『影』、俺達に手ぇ出した報いだ。食らいやがれ……!」
「やめっ――!」
「『七精霊の裁き』!」
強烈な閃光が、このテラスを覆った。
衝撃も何もないただの光ではあったが、不思議と身体が仰け反るような感覚を覚えたのも確かだ。実際俺は身体が転がるのではないかとさえ思ってしまった。
そして――。
「――あ、ヤベ」
「へ? ぐふっ……!?」
間抜けな一言が聞こえた時には既に遅かった。
閃光の中からこちらに向かって飛来する物体に気付いたと同時に、俺は全身に何かがぶち当たったのか相当な衝撃を食らい、肺から血と一緒に空気が押し出された。
俺にぶち当たって来たもの……それはあろうことかシュトルムであったらしい。やや上から飛来してきたこともあり思い切り体重が掛かっていたのだろう。物凄く重く感じた。
「……す、スマン。予想以上に反動が凄かったわ。……生きてるか?」
「……死ぬわ」
シュトルムが慌てて俺に謝罪の言葉を述べてくるも、この状況でなにをやらかしているのかと苛立ちが沸き起こる俺。
てめぇ、ボロボロな俺に畳みかけるとは中々鬼畜じゃないか。何やってんだよ、シュトルムの馬鹿!
肝心な場面で下らん茶番みたいな展開になったことと余計な怪我が増えたことに悪態をつきつつ、光が収束するのを待った。
やがて光が収束すると、そこには先程と全く変わらない景色が映るだけだった。代わり映えしない光景にどこか信じられない出来事に遭遇したような気持ちもあったが、実際に感じた感覚と考えが本当だったのだと思うこともできて不思議な気持ちになる。
ただ、一つだけ変わった事実はある。
「……? 何もない……?」
『影』が自分の身体を見回して、キョロキョロとしているということである。自分は確かに何かされたはず、だが身体に何も異変が起こらずに困惑している……そんな様子だ。
俺も『影』が何かされたとしか思えなかった手前、無傷でこのように動いていること事体が信じられなかった。
ただ、確かに『影』は今のシュトルムの技によって、無傷などでは済まされないレベルの状態になっていたことを、俺はその目で確かにこれから見届けることになる。
恐らくこの時はシュトルム以外は何も理解できていなかったんだと思う。これは……凄まじいとしか言えそうもないのが俺の感想だ。
食らったら生きている奴は存在しないんじゃないだろうか?
「っ!!!?」
唐突に、何の前触れもなく『影』が地面に落ちるように横たわった。俺達も一切動いていないためどうなったのかも分からず、一瞬無駄に警戒してしまう。
――が、その必要はなかったらしい。
『やった~』
『成功~』
「ぁ、足が……!?」
いつの間にかシュトルムの周り……一応俺もであるが、精霊達が人型に戻って喜びの声を露わにしている。手を叩きあったり踊ったりしており、詳しくは分からなかったが『影』がそうなったことは狙った通りであったらしい。
そしてそれは、『影』の身体に起こっている変化で俺も理解するに至った。
『影』も見つめているその視線の先、つまるところ右足なのだが……膝から下が無くなっていた。左足と比べて見てもそこだけ不自然に張りが無くなっていて、中身があるようにはとても思えないのが俺にも分かった。
「――魔力ってのは適性があるかはともかく、人の身には7つの属性の欠片が必ず存在しているってのが最近の定説だ。……知ってっか?」
「っ……知るか……!」
シュトルムはフッと笑みを漏らしながら、急に語り始めた。そしてそのまま無い右足を探るようにもがいている『影』に向かって言葉を次々と投げかけていく。
「火・水・風・土。太古よりこの4つは人の身体を形成している源と言われてきた。よく基本属性とか言われてっけどな、人の根幹を成すんだから……基本とはよく言ったもんだ。そいつらは人の四肢に存在するらしい」
「何……言って……」
『影』はいきなり意味の分からない話題を持ち出されて困惑する。だが俺はこの時、心のどこかでゾッとする感覚を覚えた気がしていた。
今シュトルムが言った話は、とてつもなく今の『影』の状態と密接した内容にしか思えなかったからだ。
「そんで、光・闇・無ってのはその基本を際限なく生かすためにある制御装置代わりなんだとさ。ちなみにその3つは身体の中心線にあるそうだ」
「だから、いきなり何を言って……っ!?」
更に話を続けるシュトルムに元々余裕のない『影』は食って掛かるが、そこで再度引き起こされる自身への悲劇に目を奪われる。
次は……『影』の左腕が消えたのだ。身体を起こすために支えていた左腕が消えたことで、『影』はバランスを崩して無残にもまた床に身体を擦り付ける。
本能なのか意識的なのかは最早分からない。『影』は必死に残った力で影を収集して何かをしようと試みるも――。
「回復しようとしても無駄だ。――お前の中にあったその全てを、俺はコイツらを使って今暴走させ、破壊した。これがどういう意味か……分かるか?」
「……!」
今の『影』の状態では、思考がまともとはとても思えない。俺はシュトルムの言っていることが段々と分かったから良いものの、未だ『影』は明確な答えをシュトルムがハッキリと言わないせいで理解に及んでいないに違いない。
「……分からないなら教えてやる」
ここでようやく答え合わせの時が来たようで、シュトルムは『影』を絶望の淵へと容赦なく突き落とした。
確定した事実を、淡々と告げるのだった。
「……お前は存在することが出来なくなり、このまま消滅する。消えた身体はもう再生することすら叶わない。再生するための機能が、もうお前の身体には存在していないんだからな」
「なっ――!?」
「消えて無くなれ、大罪人『影』。オルヴェイラスの王として下すお前への刑は……『死』以外にあり得ない……!」
シュトルムの言葉を最後に、加速的に『影』の身体は消失の速度を速めた。胴体に穴が空き、目が無くなり、そして遂に両足を失った。
身体が失われていくたびに微かに塵のようなものが風に舞って飛んでいき、俺にはそれが『影』の身体だったものだとしか思えなかった。
命の散りゆく寂しい最期には同情の気持ちの一つでも本来ならば出るのだろうか? だが『影』が相手ならば俺は何も思うことは無い。
――ようやく死んだか。ただそれだけである。
「ぁ……! 嫌、だ……。ソラ……様……たすけ……て……」
最期気になる言葉を残し、『影』の身体は出来ぬ再生を繰り返しながら崩れていく。次第に再生する部位すら無くなり、『影』の姿はそこで完全に視認すらできなくなった。
「……」
思いがけず、そして呆気ない『影』の最期に暫し沈黙が走った。
寂しく吹く風だけが『影』の死を嘆いているように感じたのは、きっと気のせいだろう。『ノヴァ』は死ぬべき存在で、世界の敵だ。そこには人も動物も自然も常識も、全てが敵対していいとさえ言えるのだから。
『影』が消えて死ぬまでの一部始終をこの目に焼き付けた俺は、事実を再確認する。
『影』は今日、確かに死んだ。
残る『ノヴァ』の主力級は、あと7人だということを。
次回更新は火曜です。




