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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第五章 忍び寄る分岐点 ~イーリス動乱~
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229話 神鳥真核:革命の陣②

「(時間は無い……なら早々に終わらせる!)」


 『影』の取った行動は至極単純なものであった。司が来るまでにそう時間は掛からないのが分かっていたため、短期決戦によるゴリ押しを決断したのである。

 『影』は立ち塞がる宝剣に直進し、特に惑わすような動きをすることもなく突き進む。狙うは宝剣の後ろにいるシュトルム達の命を最優先に。


 ただ、『影』の考えを見抜いたのかは分からないが宝剣にはそんなことはどうでもよかった。

 司が命じたのは皆を少しの間だけ守るということのみ。後のことは気にする必要はない。なぜならその時は既に司が何かしら行動を起こしていることになるからだ。


「っ、コイツ……!」

『……!』


 『影』はまた苦無を忍ばせると、宝剣とぶつかりあった。先程は司に叩き折られた苦無だったが、司がいないからなのか……激しい火花を散らしてぶつかりあった。

 宝剣単体でも十分な切れ味を持っていることは確かだが、司が手にすることで本当の力は発揮される。今苦無が折れなかったのはそれが理由である。


 『影』の足が一旦止まったことを確認した宝剣は回転して『影』の手元から苦無を弾き、すぐさまシュトルム達のすぐ傍まで近づいた。そして一際発光したかと思うと、薄い白の結界でシュトルム達を包み込んだ。

 影が忍び寄る感じのイメージだったと比較すると、こちらは滲むように広がるイメージであった。

 霧に似た結界は脆そうに見えるが、神聖なる力の加護を宿している。宝剣はどうやら防衛態勢に入ることで時間を稼ごうとしているらしい。


「『ファイアバースト』! 『トルネドストライク』!」

「精霊達よ力を貸したまえ! 『スプラッシュ』!」

「小癪な……!」


 今、安全が即興のものとはいえ確保された。そのチャンスを見逃すシュトルム達ではない。

 ハイリを抱えながら、シュトルムとリーシャは残された魔力で魔法を放ち、『影』へと攻撃を開始する。

 シュトルム達からしてみれば何が起こっているのかはさっぱりわからないが、それでも抵抗しなければならない時が今だと思ったのだろう。宝剣はそのアシストを歓迎し受け入れた。

 城塞が武装している兵器で攻撃するが如く、一方的な攻めはステータスの低下した『影』には結構な痛手であった。3属性の力は『影』を焼き、風で叩きつけ、高圧の水で服の上から皮膚を切り裂いた。




 ただ、ここで宝剣が展開した結界はナリを潜めて解かれてしまう。それは宝剣が『影』が苦戦しているのを見て余裕でも持ったのか……一気に無防備となるシュトルム達。

 当然シュトルム達にも動揺が走る。


 『影』はこれを、宝剣の力が空になった証拠だと思った。主のいない宝剣には力を供給する術がない。結界は大変魔力を消費するもので、発動したはいいが永くは続かなかったのだと……。


「(っ! もらった! ――っ!?)」


 今なら無防備のシュトルム達を殺すチャンス。迷わず行動に出た。

 ――が、気が付けば宝剣の姿が何処にもないことに気が付きハッとなる。そして気が付いたのが遅すぎた。


「悪いな、させねーよ!」

「くっ……!」


 宝剣を携えた司が、シュトルム達の前に、『影』にとってはすぐ眼前に立ち塞がったのである。その動きを、『影』は察知して捉えきることができなかった。


 宝剣には分かっていた。司がほんの少しでやってくるということが。互いに繋がりがあるのだから、ポポとナナと同じ要領で分からないわけがなかった。

 結界を解除したのは、司がすぐそこまで来ていたからだった。


「ツカサ……!」

「この人が……」


 シュトルム達は、ようやく司の姿を認知した。

 その姿は昨日見た姿とは程遠い、見るも無残でボロボロな状態であったが。




 ◇◇◇




「悪ぃ、しくじった。すぐに片づけるから待っててくれ」


 『影』がすぐさま後退するのを確認し、俺に気付いたシュトルム達へとそう声を掛ける。チラッと後ろを確認すれば……クローディアさんはぐったりしていて、ハイリはもっとヤバそうだ。出血が止まらず、放置すれば死ぬのは時間の問題と言えた。

 それはかつてアイザさんが死にそうになっていた姿を彷彿とさせ、俺はその時と全く同じ行動を取った。


「『ヒーリング』……っ!」

「ぅっ……」

「ハイリ!? 大丈夫!?」

「痛みが……なくなった? 何故……」


 怠さを堪え、『ヒーリング』に魔力を多めに込めて発動させる。前回は魔力が足りず2回実行してしまったが、今回はなんとしてでも1回で成功させないとマズイ状況にある。


 だが、いよいよ『ヒーリング』如きでも辛くなってきた。一度怠くなったら加速的にキツくなるのはいつものことだが……さっきの『鉄身硬』で魔力を使いすぎたか。


 そんな俺の内情を知らず、後ろではハイリとリーシャが騒いでいる。


「ツカサ、お前その恰好……!」

「あ? 今はんなことどーでもいいよ。それよりもアイツを殺す方が先決だからな」


 シュトルムは俺を気にして声を掛けてくれたようだが、そんな心配は今されても困る。俺は冷たい反応をすることに引け目を感じながらも目の前にいるアイツをどうするかを考える。


 見た所、『影』の方も随分余裕をなくしているようだ。動きが鈍いし、所々怪我もチラホラと見れる。宝剣が時間を稼いでくれていた間に傷がつく程度ということは、さっき潰した分体によっぽど力が残っていたということと見て良いだろう。これは嬉しいしおいしい。


 正直な話、俺も『影』と似たようなものだからそうじゃないと困る。


「神鳥、使い……!」

「オイオイ、そんなに怖い顔で睨むなよ。……最期の表情がそれとか、遺影にもできないんだが?」


 『影』が俺を恨めしそうな顔で見る。赤い目をしているから充血していてもおかしくないようにも見える。


 思えば、『影』とまともに会話を交わすのはこれが初めてかもしれない。それまでは攻防の最中での一方的な叫びばっかだったしな。

 でも、恨めしい顔で睨みたいのはこっちだってのに……! お前がしたことを俺は忘れねぇぞ。


 だから俺も『影』に睨み返す。未来の俺がされた記憶を思い出し、これまでにない……一番の殺意を込めて。


「アイツは一体なんだ? 何故俺達を狙う?」

「……狙う理由は思い出せない。でも、アイツが『影』だってことは確かだ。そして俺は、アイツを殺しにここまで来た」

「っ!?」

「取りあえず下がっててくれ」


 俺が淡々と述べると、シュトルムは何やら驚いた表情を見せた。他の面々はまだ詳しいことを知らないのか、『影』というワードを聞いても別段驚いたりということはなかった。

 恐らく、この会談で色々と伝えるつもりだったがそれは今の事態が発生したことでまだ伝えられていないということだろう。


「こんなところで使いたくなかったな……」

「っ!? させるか――っ……ぐっ!?」

『……!?』

「ツカサ!? オイっ!? しっかりしろ!」


 シュトルムと会話をしながらも、俺は油断したつもりはなかった。むしろ警戒の方に意識を十分割いていたくらいだ。今すぐにでも『影』を攻撃しなかったのは余裕をぶっこいているわけではなく、俺が息を整える時間の意味もあったりする。

 だから、『影』がある動作に入ったことで俺はすぐに何をしようとしているのかを悟ることができた。そして、それだけはさせたくないと思い、中断させようと試みるも……運命の女神とやらは俺に味方をしてはくれなかった。


 また、激痛が俺の身体を襲った。それも尋常ではない激痛だ、さっきの激痛がマシに思えてしまうくらいの。

 気が狂いそうになる痛みに頭を掻きむしりたくなり、身体を押さえつけたくなり、とにかくジッとはしていられなかった。宝剣を持つこともままならず、ガランと宝剣は落ちた。


 何故このタイミングで痛みが自分を襲うのか、俺は自分の運の無さを呪うしかなかった。運命の神とやらが今俺を見ているのだったら、文句どころかぶちのめしてやりたいとさえ思える。


 動きたくても、動けねぇっ……! ふざけんなクソが……!


 『影』は俺が動けないと見るや、一瞬だけこちらを一瞥した後に動作を完了させた。両手を広げ、身の内から何かを解放しようとする姿だ。見る人によっては祈りにも似たその姿に、もう『影』のしようとしていることは止められないと諦めるしか俺にはできなかった。


「な、なんだ? 影が一斉に!?」

「めんどくせーこと、しやがって……!」 


 落ちた宝剣を再度拾って握り、それを支えに俺は立ち上がる。


 流れるような速度で『影』の身体の中心から頭上へと影が集まっていく。そしてここの場所ではなく、何処からか飛来してきた数百に及ぶ影の塊も一気に集合し、一時視界は黒で覆い尽くされた。


 この集まって来た影達は……恐らく住民達に纏わりついていた分の影だ。分散させていた力を今結集させようとしているんだろう。


 気が付けば影の集合体は人の姿を形成し、『影』と一本の黒い、言わば生命線のようなもので繋がった状態で頭上に展開していた。

 まるで影とは思えない立体感と密度の濃さは、中身に色々と詰まっていそうな印象を覚える。


「『影雲(スニークマン)』」


 『影』の告げるその形態に、汗が噴き出た気がした。

 一番タフで厄介な攻撃手段を展開させてしまった。今の状態でまともにやりあっては非常にこちらが分が悪い。


 だが、逃げる選択をせず戦いの意思を見せているということは、やはり今回の計画とやらは随分と重要なものなのだと俺は理解した。『ゲート』を使えばさっさと逃げることができるのにそれをしないのを見るに、俺にはそうとしか思えなかった。

 もしかしたらさっき潰した分体の方に魔力を残していた可能性も否定できないが、散らばらせていた影達を集めてしまっては結構な回復をしているに違いない。それは今展開した『影雲(スニークマン)』が語っている。


 ……いや、『銀』が逃げろ云々のことを言っていたこともあるし、もしかしたら『影』の個人的なプライドでも俺は侵害していて退かないだけだったりとかか? まぁどちらにせよ、ここで逃がすわけにはいかないけど。


 状況は随分と芳しくないが、俺も事前に仕掛けておいた保険の意味がようやくでてくるというものだ。

 第一プランである『影』の速攻撃破が叶わなかった今、第二プランは今この状態こそ望ましい。

 激痛がいくらか収まったところで、俺はできるだけ早めに行動に移った。


 ――が。


「『影縫い』」

「『千薙』! ――っ!?」


 動こうとしたその矢先、雨のように影の杭を打ち出す『影雲(スニークマン)』。数え切れぬほどの杭は広範囲にばら撒くのではなく、俺だけに集中してその技を使用してきた。あまりの数に、回避しきれないと思った俺も応戦する。


 ただ――。


「くぉっ……! ぬらぁっ!」


 あまりにもその数が多すぎたために、『千薙』ですら手数が足りない。弾いた幾つかがそのまま俺の影の内側へと突き刺さった。『千薙』を使用したのは悪手だったと舌打ちを打ちたくなる。

 強引に縛りつけられてしまった身体を無理矢理動かし、ブチブチと音を立てながら『影縫い』から脱するも、鎖で縛りつけられるよりも強固なそれは影からとても想像できるものではない。

 自分から身体を引き裂く経験をしたように思える。


 『影縫い』は『影』の得意とするいやらしい技で、対象をその場に縛り付けるという効果を持っている。影を支配する力を持つ『影』ならではの姑息な技と言える。


「『アビスシャドウ』」

「うおっ!? クローディアっ!」

「シュバルトゥム様……!」

「(マズイ!?)」 


 俺がその『影縫い』から脱するまでの僅かな時間は十分すぎたようだ。『影』は俺にではなく、シュトルム達へと矛先を向けた。

 『影』はシュトルム達の足元に全てを飲み込む影を瞬時に忍ばせ、そこから伸びる手……まるで冥界に引きずり込もうとする亡者の手をいくつも作り出した。しかもおぞましい声までする始末で、掴まれたシュトルムとクローディアさん達が顔を引きつらせて吞まれていく。

 あの手に一度触れられれば、力が抜けて抵抗ができないのだ。


「『フラッシュアウト』!」


 それを放って置けるわけなどなく、俺は対抗するために強烈な閃光を発して『影』の動きを鈍らせる。


「っ! クローディア! 無事かっ!?」

「え、えぇ。なんとか……ぅっ」


 光属性魔法に含まれる浄化の力は亡者には有効であり、閃光であっても効力は発揮する。その瞬間力が戻ったのか、シュトルムは自らを掴む手を振りほどいてクローディアさんの元へと直行。半分沈みかけていた身体を引き上げ救い出した。

 クローディアさんは今ぐったりとしていて、元々抵抗できるような状態ではなかった。


「(っ……しまった!? 咄嗟だったとはいえもう魔力が……!)」


 咄嗟にシュトルム達に危害が及ばぬよう『アビスシャドウ』を掻き消すための魔法を展開してしまったが、俺は全く安堵することはできなかった。


 魔力を使いすぎた。


 下準備で予め発動準備を整えていた魔法が、今発動した『フラッシュアウト』によって魔力が足りなくなり、霧散してしまった。

 俺の内にあった魔法を発動するためのトリガー……例えるなら拳銃の引き金か。それが引けなくなってしまい、それは叶わなくなった。

 切り札でもあったそれの消失のショックは大きく、状況を打破するための手段がなくなったことで焦りが生まれる。


 どうする……どうやって『影』を殺せばいい……! 他の方法は……!?


 必死に次どうすべきかの答えを探すも、それらは見つからない。


 第二プランである策は潰れた。第三プランなど考えてはいない。

 なんでだよ……記憶を持っててなんでこうも上手くいかないんだ! 俺は結局何もできないのか!?




 その時、何か不思議な違和感を俺は感じた。

 身体にではない。記憶の片隅にあるものがあやふやとなっている領域に、異物が混入するような感覚とでも言えば良いのだろうか? 正確な表現こそできないが、俺のその感覚は間違ってはいなかった。

 予想外すぎる形で、目の前に確かに引き起こされた。


 俺と『影』の間にある空間に、突如として別の閃光が走る。前触れもなく起こった閃光は皆の眼光に鋭く突き刺さり、少々景色が霞む。


 そして何処かで聞いたことのある声が。




「きゃあぁああっ!?」

「クリス様! お怪我はありませんか!?」

「「「「「「っ!?」」」」」」




 閃光晴れやまぬ間に聞こえた声に驚いた俺は、まだ残る閃光の中にある二人の人物を見た。セルベルティアの一件で協力し、異世界人騒動でお世話になったあの二人を。

 ランバルトさんが、姫様を抱えて座り込んでいる。


 なん、で……? なんでここに姫様達が!?


 ランバルトさんとクリス様の登場には理解が追い付かない。身体の疲弊もその時は一瞬忘れたほどだ。それだけの衝撃があった。


「誰? なんでいきなり……。とにかく邪魔」

「っ――ぐぉあっ!?」

「ぐっ!?」


 姫様達を邪魔に思った『影』が排除に掛かる。正確には拘束するんだろうが、今余裕がなくなっている『影』では何をしてくるか分からない。捨て身覚悟で俺は全力で『影』へと接近し、宝剣で斬りつけて吹き飛ばす。

 斬撃は右肩から胸にかけて入り、『影』に確実な傷を与えることが出来た。

 しかし『影』も素直に捨て身を食らうような奴ではなかった。捨て身は文字通り捨て身となり、『影雲(スニークマン)』が咄嗟に俺に反応して右腕を真横から叩きつけ、あばら骨に直撃したのだ。

 『影』と俺は相討ちで互いに吹き飛ばされた。


 俺は大樹が比較的太めの枝へと叩きつけられ、そのまま重力に従って落ちた。『影』も似たようなもので、俺と同じように地面に倒れ伏していた。


 身体が……痛い。でも、その痛みもどれくらいか分かりもしない。本当に痛いのかが、もはや分からなかった。

 ただ、咳き込むたびに出てくる血は本物だから、きっとヤバい傷ができてるんだろうな……。


 閉じかけた瞼に映る、すぐそこまで迫る床。倒れているからこそ見える風景から、俺はそう淡々と思った。


 あぁ、この体勢楽だ。このまま眠ってしまいたい……。


「ツカサァアアアッ!? オイっ、生きてるか!?」


 だが、眠そうな俺を怒号と間違えそうな声量で心配する声が、眠りを妨げる。


 シュトルムか……。


「ゴホッ! ……良かった、姫様達は無事か……?」

「お前、こんな時にまで……!」 

「つ、ツカサ様⁉ そのお怪我は……⁉」


 今の捨て身で姫様達が少しでも怪我をしていないかを確認したつもりだったが、シュトルムが俺を怒るような目で見つめて抱き起こす。姫様は俺の姿を見て驚愕を露にしているようだった。


 つーか、クローディアさんほっといていいのかよシュトルム。嫁だろうに……。

 魔力切れって相当キツイんだから、傍にいてやれよ……。


 ふと、姫様達に怪我がないと分かった俺は、次にそんなことを内心で考えてしまう。


「ちと……マズイなこりゃ」


 狭い視界に映るものから情報を読み取り、そう吐露するしかなかった。


 『影』はきっとまだまだ健在だろう。さっき無様にも力を回収させてしまった以上はステータスもずっと上昇しているに違いない。

 俺がこんな身体で与える攻撃の威力なんぞたかが知れている。奴の能力の前ではほぼ無意味に等しかったのかもしれない。宝剣がなかったらもっと悲惨だったと思う。


「ちっとどころじゃないだろ! どうやってこんなのに今勝つんだよ!? お前も限界寸前じゃねーか!」

「……あぁ、正直万全じゃないのは無謀すぎた。『影』を殺したい衝動を抑えきれなかった……俺の愚かさが招いた結果がコレだよ。情けなくて、悪いな……」


 シュトルムの言葉が痛く突き刺さる。身体中に走っている痛みと同じくらい痛く感じる。


 正直俺は頼みの綱みたいなものだったのだろう。その俺がこのザマだ。絶望しない方がおかしいって話だ。

 でも、姫様達が現れたのは予想外すぎたわ。アレがなかったらまだマシな状況だったかもしれん。

 ……今更言ったところで仕方ないんだけどさ。


 だが――!


「でも諦めるのは……まだ早いって」

「もう無理だろ。強がりすんなよ」


 シュトルムは顔を俯かせて首を振る。


 悲しみに暮れるその表情は、きっと民達を守れなかったとか考えてんだろうな、コイツのことだし。

 思いやりに溢れたコイツのことだ。責任感じてんだろうな……。


「……身体は確かにもう駄目そうだし、魔力もほぼない。でも、魔力だけならなんとか補充できるから……いける。いや、やってやる! ぅぉぁっ……!」


 だが、そんな顔みたらますます諦める訳にはいかねーな。俺の大事な仲間にこんな顔をさせる奴を、生かしちゃおけねーよ。


「無理するな! 本当に死ぬぞ!? それにやるってお前、この状態で何ができるって……まさか!?」


 そう、あるんだよ……一つだけ。俺はそれをこの目で実際に見た。


 シュトルムの言葉も無視し、最後の死力を振り絞ってシュトルムを押しのけて俺は立ち上がる。シュトルムは俺が今やろうとしたことを理解したのだろう。顔色を変え、早まるなとでも言いたげに俺の行動をやめさせようとしているのが丸わかりの表情になった。


 だが――。


「言っただろ、あの時お前等は俺が守るって……ゲホッ!? ぅ……。そのためなら――」

「やめろ馬鹿! どれだけ自分を犠牲にするつもりだ!」


 命を削る覚悟があれば、アイツは限界を超えて魔法の行使が可能だと言っていた。だったら俺は――!


「できればお前に強化される前に殺せればよかったんだが……仕方ない。――エスペランサ―! 頼む!」

『……!』


 『影』がゆっくりと立ち上がる様を見ながら、両手を俺は重ね合わせた。それに合わせて宝剣が俺へと力を送り込む。

 宝剣の魔力を断ち切る力、それを今から発動する魔法に組み込むために。


 魔法を発動するための動作は結構適当に行ってきたもんだが、この魔法達(・・・)だけはこの動作以外ではいけない気がしたんだ。この前発動した時も……。


「『世界よ……! 禁忌を犯す我を許したまえ!』」


 勿論詠唱もこれ以外に考えられない。それ以外ではむしろ発動してはくれない気がするのだ。


 第二プランとして考えていた策を今無理矢理行う以外、現状打破はあり得ない! 

 力を貸してくれ! エスペランサー!




「『ソル――「待てっ!!!」っ!?」




 極限にまで高めていた集中力。それを阻害する声にその集中力は途切れてしまい、一気に魔法の発動準備は崩壊した。


「っ――! 止めるなよシュトルムっ!」


 あと少しだ。あとほんの少しで発動しようとした魔法はシュトルムの命令によって止められてしまう。振り切ってでも発動してしまえばよかったのかもしれないが、不思議と見えない力で止められたような気がした。

 宝剣もそのタイミングで俺に流す力を止めてしまったことも一因としてはあるが。


 今俺達がどういう状況かも忘れ、シュトルムは僅かな間語る。

 それは俺にとって忘れることのできぬ時間であり、言葉だった。


「……お前が超級魔法を使うまでしないと勝てないってのは分かった。だが、お前もう魔力ほぼ空だろ? どれだけの命を犠牲にするつもりなんだよ……」

「知るかよ」


 やはり俺が超級魔法を無理矢理使おうとしていたことが分かっていたようだ。少し名前を出してしまったからそれは確かな確信となったんだろう。


 だが、知らんものは知らん。どれくらいの命の代償と引き換えにどれだけの魔力を補充できるかなんて知りもしない。ただ、やらなきゃいけないからやるってだけだからな。


「知るかってお前……。……はぁ、まったく、相変わらず無茶する以外のことなんも考えてねーのな、この馬鹿は。……どうせだったらよ、命削るにしても少しで済みそうな方に賭けてみねーか?」

「あ? どういう、ことだ……?」


 半ば諦めたようにシュトルムは溜息を吐いた。その表情は悲しんでいるようであり、覚悟を決めたような顔にも見える、そんな不思議な顔だ。そして俺をどうしようもない馬鹿とでも言いたげに見てくる。

 悲しんでいるという顔には大体の予想をつけることはできた。だが、覚悟を決めるというのはよく分からなかった俺だったが、その覚悟の意味をすぐに知ることとなる。


 シュトルムは、俺の目を真っすぐ見つめてこう言ったんだ。




「俺に、『才能暴走(アビリティバースト)』を使え」

「なっ!?」



俺は、正気を疑った。

次回更新は水曜です。

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