228話 神鳥真核:革命の陣①
お帰り、主人公(一ヵ月半ぶり)。
◇◇◇
――いた。
まだ姿は見えないが俺には分かる、アイツはあそこに今いると。
見つけた……やっと見つけたぞ。
どれだけ待ち望んでいたことか……。ついさっきからなんかじゃない。どれだけ俺が今この瞬間を待ち望んでいた事か。
『……』
「(ここまでありがとな、お前ら。お前等がいなかったら絶対に間に合わなかったよ)」
俺の周囲に集まっている精霊の声を聞いて、俺も返答としてお礼を心で告げる。
口に出す必要なんてない、念じるだけでもう全て聞こえるし伝えられる。宝剣様様だよまったく……。
今俺がいる場所は、記憶にある光景で身に覚えがある。現在地の正確な名前は流石に出てこないが、ここはハルケニアスの街の中だということは分かる。その証拠に、遠くて近い場所にそびえ立っている大樹が視界に映っている。
正に木の王であると思わせてくれる立派な木だ。この俺は初めて見たが、記憶と遜色のない姿であるようだ。
でもその前にいくつか視界に映る他のものにも俺は意識を向けた。モゾモゾと微かに動いて道端に点在する、気味の悪い黒い塊に。
「(……あと少しだけ我慢しててくれ)」
これは全てが人だ。
だが俺はそれが人が影に纏わりつかれている姿だということを知っていながら、ただそれだけを思うだけに留めた。
『影』はこの街の住民を直接殺したりする真似はできないことを俺は知っているからだ。それは『影』に限った話ではなく、他の『執行者』共にも言えることではあるが。
目の前にある大樹の頂上へとなりふり構わずに直行する。苦しみもがいている人達の横を通り過ぎるたびに、申し訳ない気持ちは膨らんでいく。ただ、俺の姿に気付いていないということでいくらかマシだったと思う。
全速力であるため、空気との摩擦がピリピリと肌を刺激する。さっき大火傷を負って身体中にガタがきているからか、いつもよりも遥かにそう感じる。
……だが知ったことか。すぐそこにアイツがいる。殺さなきゃいけない奴が目の前にいるんだ。痛みをどれだけ感じようが気にしない、今後のことも今は何も考えない。
ただアイツを今殺せればそれでいい……! やっとだ……やっと俺はお前を殺せる。
右手に握る宝剣を握り直し、辿り着いた大樹の根元から勢いよく一気に上へと進行方向を変える。『エアブロック』と大樹の太い幹を並行して利用し蹴り上がり、重力に逆らって上へと……。
その終わりはあっと言う間にやってくる。頂上に勢い余って辿り着いた俺は……その頂上にあるテラスの状況を宙に身を放り投げた状態でこの目に映した。
シュトルム、クローディアさん、ハイリ、リーシャ。まずはその4人。
――そして今、視界に遂にアイツを捉えた。真っ黒な装束に身を包んで構えを取っている『影』の姿を。
ハイリが腹を貫かれて苦しんでいる姿に、本当にギリギリで間に合ったのだと心底安堵した。他の3人は疲労こそ見られるが、外傷に目立った点は見受けられない。
ハイリ、よく耐えてくれた。後は任せてくれ。
『逃げろ『影』!』
「っ!?」
『奴がくる――!』
ちっ、もう察知しやがったのか、相変わらず無駄に性能の良いもんばっか創りやがって。
まだ俺を把握していない『影』へと緊急の連絡なのかその場から離れろと聞き覚えのある『銀』の焦った声が聞こえた。……だがもう遅い。
下準備も来る途中にもう済ませた……『影』はここで殺させてもらう!
「っ!」
「――ッ!?」
まず俺は『影』に向かって持っていた宝剣を投擲した。『影』自身を狙ってではなく、その足元に向かって。
宝剣の効力である魔力を断ち切る力。それを利用し、まずはハイリの腹部を貫いているであろう影の支配権を消失させる。これだけ近ければ投げた所で宝剣が分離してしまう心配も当然要らない。
「ぅっ!」
「なっ――「『雷崩拳』!」ぅっ!?」
ハイリを貫いていた影が突然消えたことで、『影』が一体何事かと状況把握するその僅かな隙を俺はついた。バチバチと右手に宿った『雷崩拳』の紫電は、俺が『影』の懐に入った後暴発する相手を見つけて解き放たれる。
一瞬、空はすみれ色へと姿を変えた。
……骨、あと内臓も多分イッたな。
拳から伝わってくる感触は実に嫌なものだった。これらの感触が俺は大嫌いだ。ヴィンセントを剣で刺した時もだったが、自分の身体でそれと似たことをすれば尚更だ。
だが、今は俺が嫌だと思うことこそが俺の望む未来へと繋がるのも事実。もっと苦しませてやる……!
『影』が動き出す暇など与えるつもりはない。お前が自身を強化してしまう前にケリをつける!
「『衝波弾』! 『斬破』!」
「っぁぐ――ッ!」
俺は『雷崩拳』で『影』を前方へと吹き飛ばして大樹の外に放り出した後、先程『影』の足元に突き立てた宝剣をすぐさま右手で抜いて追撃を迫る。
左手で『衝波弾』を放って『影』へとぶつけ、『転移』で先回りし、『衝波弾』がぶつかった同時に宝剣を振るった。今度は下へと向かって叩きつけるように、『影』の吹き飛ぶ方向を斬りつけつつも変える。
『斬破』による爆発を伴う超威力の斬撃で視界は塞がれたが、確実に当たったのは確かだ。爆煙の中を突き進み、更に追撃を俺は迫る。
恐らく、『影』はこの程度ではまだ死ぬわけがないからだ。
この程度で死ぬようなら未来の俺は苦労なんてしなかった。コイツは姿からは隠密系に秀でてるような見た目をしているが、実際一番厄介なのは見た目からは想像もつかないタフさなのだから。
それでいて隠密行動もズバ抜けているから質が悪い。仮に隠密行動が失敗しようとも、持ち前のタフさを活かして確実に生き延びて生還するような奴……それが『影』だ。物語で見る暗殺者が、任務に失敗して自害するような行動などコイツには考えられない。
爆煙の中を突き進んだそのゴールの先には、折れた苦無を片手に持つ『影』がこちらを細い目で見ていた。胸元には大きな斬撃の痕が一本走っているが、どうやら『斬破』は直撃を免れてしまっていて、俺の理想とする威力を発揮しなかったようだ。宝剣の一撃に耐えるこの苦無も大したものである。
重力をふんだんに利用し、このまま地面へと勢いよく叩きつけてやるべく俺は『影』に蹴りを叩き込んで落下の速度に追い打ちをかける。
「おらぁっ!」
「ぐっ!? ゲホッ! っ!?」
「消し飛べ」
空中で放った一発目のただの蹴りは、『影』が作り出す影によって防がれてしまった。
この『影』が使用するこの影は厄介なことに、あらゆる衝撃を全て無効化してしまうクソチートを誇る。
だから防がれてしまった瞬間に身体を強引に捻り、逆の足による回し蹴りを叩き込んだ。その叩き込むのと同時に、俺は最大火力の攻撃を放つ。
「っ……『龍の脚撃』!」
「っ――!」
いつもは空に向かって放たれる龍が、初めて下方へと放たれる。
対象へのゼロ距離での『龍の脚撃』を使用するのはこれが初めてだ。『龍の脚撃』は威力が強すぎて、直接ぶつけると俺にまで影響を及ぼすからだ。本来なら片足を地面につけたりして発動の衝撃を逃がしているわけだが、今俺達がいるのは空中だ。足場なんぞ何処にもない。
俺の身体は『龍の脚撃』による衝撃の赴くままに、ハルケニアスの宙へと吹き飛ばされる。その最中、『影』が『龍の脚撃』に飲み込まれる光景を確かにこの目で見たのを確認し、一旦視線から『影』を俺は外して落下しながら態勢を整えた。
また『影』の方へと視線を戻し、今度は【隠密】を発動。『龍の脚撃』が地面に振りかかれば、それだけで現在『影』に囚われている住民達を巻き込んで殺しかねない。そうさせないためにも、『龍の脚撃』が『影』のみに危害を加えることを意識せねばならなかった。
本当に【隠密】があって助かった。今この瞬間が一番アイツの言ったことの意味を理解させられる気がする。
地上へとそのまま降りた俺は、『影』がどうなったのかをいち早く確認するために『龍の脚撃』の着弾地点に急いで足を運んだ。――が、その足取りは俺の逸る気持ちとは裏腹に重い。
完全に俺の限界が近づいている証拠だった。
魔力がもう半分をとっくに下回っていることもあり、魔法の使用は控えねばならないこの状況では、『龍の脚撃』の支えとして『エアブロック』や『障壁』の発動をするのは些かマズかった。それに身体を襲う激痛とは別に怠さも容赦なく振りかかっている。
それでも俺は、この一撃を今放たずにはいられなかったのだ。
「ぬぅぁ……っ! いってぇ……!」
身体中に走る激痛に思わず声を漏らした。まるで内側から全身を殴られているのではと思いたくなる痛みはキツイことこの上ない。
ぶっちゃけ叫べるものなら叫んで少しでも痛みを和らげたいくらいだ。痛い目にこれまで何度遭っても、痛いものは痛い。
『影』がうつ伏せに倒れているのは確認できるが、遠目では詳しいことは分からない。早く確認しないと……!
そう思って急ごうとする俺に、精霊が呼びかけた。
『……!』
「っ!? どうした!?」
『……!』
「なっ!? クソッ! まだ本体はあっちなのか!?」
精霊の言葉に俺は愕然とし、そして自分の行動に後悔して上を見上げた。見る方向は大樹の上。先程自分が駆けあがって『影』を見つけたその場所だ。
今地面に倒れている『影』は、確かに『影』ではある。だが本命の方ではなかったようだ。
『夜叉』もそうだが、『ノヴァ』の連中の中には分身等で自身を作り出せるものがいる。それは保険のようなものでもあり、力をどちらか一方に預けていたり、命を半分ずつにして身代わりにしたりと汎用性が非常に高く厄介なものだ。
『影』もそれらを使えることは分かっていた。だが俺は殺すことに焦りすぎて、そんな分かっていたことを見逃してしまっていたのだ。『影』が俺に反応する間もなく攻撃を仕掛けることができていたから、確実に本体だと思い込んでしまっていた。
やられた……! 思えばアイツらも対策を練って仕掛けてきてるんだった。保険を掛けておかないはずがない。奴らは用意周到……どんな確信があっても準備は怠らない奴らだった!
どこまでもしぶとい奴だな、あの野郎……!
「頼む、俺が辿りつくまで時間を稼いでくれ! ほんの少しでいい!」
『……!』
俺は宝剣にそう伝えながら投擲の動作へと入ると、宝剣は迷わず答えてくれた。任せろと。俺もその返答を分かっている体で動作へと入っていたわけで、もう宝剣に今は頼らざるを得ない。
そして投擲。宝剣の飛ぶ先は降りて来たばかりの大樹の真上だ。俺が直接向かうよりも、こちらの方が少し早い。
「どこまでも駄目な奴だな、俺は……!」
『ノヴァ』が相手では一瞬の油断が命取りになる。その少しの時間にさえ縋りたい思いだった。
俺も大樹の上を目指し、また進み始めた。
◇◇◇
「何が起こったんだ? 急に『影』の奴が消えたと思えば爆発音だと?」
「シュ、シュバルトゥム様……どうなったの、でしょうか?」
「分からねぇ。だが、助かったのか……? っ、そうだ、ハイリ!」
「ぐっ……どう、なった……?」
死を覚悟したところで、いきなりその恐怖を与えてくる者がいなくなってしまって困惑していたシュトルム達だったが、司によって『影』が排除されたことに気が付けていないようだった。【隠密】によって周囲への被害がなくなっていることもあるが、あまりの速度に姿を視認できなかったのだ。司と『影』がここで一方的な攻防を展開した事実には気が付けなかったらしい。
ハイリの傷は確かに残っている。グラついているクローディアを心配しながら、シュトルムは倒れ伏したハイリから流れる血と声で我を取り戻し、ハイリの容体を心配した。
「分からねぇ、だが今はお前の手当の方が先だ。今魔法を……っ!」
ハイリに駆け寄ったシュトルムは、すぐに手当てをしようと行動を起こすが……それが難しいことに気付き、動きを止める。
今支えているクローディアを見れば、今にも意識を失いそうなほどに疲弊している。先程の戦いで、クローディアは魔力をほぼ枯渇させていたのだ。
シュトルムは回復魔法を扱えない。ハイリは全て使えるが、自分自身への回復はそもそもできないため意味がない。リーシャもシュトルム同様に光属性の精霊を使役することが出来ず、この場ではクローディアだけが回復を使える手段を持っている。
ただ、そのクローディアも限界ギリギリでどうしようもない現状である。
「ちっ、リーシャ! 今できる応急処置頼め――!?」
医療技術を持つリーシャに、今できるだけの処置を施すように頼み込もうとしたシュトルムであったが、不穏な空気を感じて口を途中で噤んだ。
地面にある無数の影が、蟻のようなサイズから大きなものまで、徐々に集まり始めていたからである。
そして……再び緊張が走った。
「……危なかった。……あと少し切り変えるのが遅かったら死ぬところだった」
「「「っ!?」」」
影は一点に集まると、その中から先程までいた『影』が、そう吐露しながら現れたのである。
まだ、危機は終わってなどいなかった。上げて落とすような演出によるダメージは大きく、シュトルム達は呼吸することすら一瞬忘れてしまった。
「(夢なら、もう覚めてくれよ……!)」
先程感じたような恐怖は、今の『影』から感じなかったが、それでも脅威であることに変わりはない。
シュトルムの願いは誰にも届かない。
一方、司が分体である『影』に気が付いた時、今シュトルム達の間に再び姿を現した『影』の本体はというと、大量の汗を足元へと流していたりする。それは一瞬のうちに感じた心労によるもので、死ぬ寸前だったことからきた反応である。
『影』は、司の初撃が当たる寸前で命だけ影の中に移し、辛うじて生き延びていた。ただ、命は助かったが持っていた力の大半を失った。それは今さっき感じ取れなくなった分体の反応が消失したことで確かだと『影』は悟った。
「(剣術と体術の融合……ここまで脅威か! レベルが違うとかそんなんじゃない……次元が違う。満身創痍でこんな奴じゃ分が悪すぎる……!)」
司に一瞬でほぼ全てを失わせられたことに対し、『影』は司への脅威度の再確認と、繰り出す体技の厄介さとステータスの高さにそう評価した。
これで万全ではないのだから、万全であったら本当に一撃で全て奪われているとしか思えなかったのだ。
力を失ってしまって計画していたことの遂行を滞りなく行うことは非常に厳しい現状となってはしまったが、ただそれでもシュトルム達にとってまだ脅威を感じるであろう力が残っていることに変わりはない。
『影』はここまで追い詰められたからこそ、もう二度とないようなチャンスを手放す真似はしたくなかった。司がこの場に現れたのは予想外だったが、司をそれでも欺くことができたのだから、計画は完遂させる……そう思って。
ヒュッ――。
そのまま自分を見ている者達の魂を刈り取ろうと行動するも、それは突如自分に襲い掛かてきた刃に邪魔をされ、その対処に追われることになった。
もうここには敵対されるような相手はいないはずと思った『影』は、その襲ってきた刃の姿に目を見開いた。
「宝剣か……!」
『……!』
「コイツがなんでここに!? まさか――!?」
主の姿は何処にもない。だがその宝剣は、確かに敵として『影』の前に立ち塞がった。
シュトルムはここで、先程聞こえた気がした司の声が気のせいではなかったのだと理解する。司は、今すぐ近くにいるのだと。
「(『神鳥』め……しぶといな。手元になかろうが宝剣の力を引き出すのか……!)」
司が今『影』を厄介に思っているように、『影』もまた司に厄介だと心底思わざるを得なかった。
宝剣はかつて『勇者』が使っていたこともあり、当然『ノヴァ』もその存在と特性は知っている。勿論適合者がいなければ扱えないということも知っているが、『影』が知っている範囲ではすぐ近くに適合者がいなければ扱えないという認識だったのだ。
この王霊樹の高さはゆうに300mを超える。宝剣だけこの場に姿を現したということは司が放り投げでもしたのだと推測するに、それだけの距離が離れていてまだ適合範囲という事実には驚きを隠せなかった。
目の前でシュトルム達を守る様に立ち塞がった宝剣のゆらゆらとした振る舞いに、『影』は苛立ちを募らせた。
「……」
すぐにでも司はやってくるだろう。だが未知数とはいえ、主のいない宝剣がここにあることもまた言い返せばチャンスではある。この場で厄介なその宝剣を打ち砕き、さっさと魂を回収して退散するのが良いと考え、『影』は動き出した。
周囲の影が……『影』へと集まっていく。
『……!』
宝剣も『影』に負けじと放っていた光を強めた。
現在の主である司の命に従い、魔力を断ち切り、最高の切れ味を誇る伝説の武器が『影』へと立ち向かう。
その数秒の間に起こる出来事を、この場にいた3人の王は目に焼き付けた。
次回更新は日曜です。




