227話 死の淵の光(別視点)
分量が結構多くなってしまいました。
◇◇◇
――数十分前。
「なぜだ? どうして『神鳥』の野郎がハルケニアスに向かってんだ……? しかも他の奴の行動も早すぎるだろ」
オルヴェイラス上空に浮かぶ飛行船では、現在も継続して各地の状況を映像で確認している者がいる。
『銀』は標的が真上にいるというのに迎撃せず、オルヴェイラスを従魔とヒナギに、そしてポポとセシルをまた別の場所へと向かわせ、本人もそれ以外の所に向かっている司の行動の意味がよく分からない。
危機を悟らせてしまえば、司はそれだけでこちらの理想とする目論みどおりに動いてくれることを期待していたのだ。
「(何をどうしたらそんな行動に出る決意が固まるっていうんだ? 采配はドンピシャ……これじゃまるで『影』もいることを知ってたみてぇだ……。これはアイツの恩恵によるものだってのか……?)」
どうやら自分達の攻めている場所に、情報もない状態で的確に指示を出して行動することが不思議で仕方がないらしい。全てを見透かしたような動きには違和感を感じないわけなどなかった。
「……なんだ? お前らの予想とは違ったってか? 随分不思議そうな顔してるじゃねーかよ『銀』」
「……」
司がギガンテス達を切り伏せた映像を交え、ジークは一泡吹かせてやったと言いたげな顔で『銀』を煽る。対する『銀』は何も答えず、キッ……とジークを睨むのみだ。思い通りにならないことに、不機嫌になっているようである。
「『闘神』……てめぇ何か知ってるな?」
「知るかよ。アイツのこと全てが分かりゃ俺だって苦労しねーわ」
「……ちっ、流石『守護者』ってことか。手こずらせてくれそうだな」
「あ、またそれ……」
『銀』がジークとアンリの気になっていたワードを口にすると、アンリは声を漏らした。司に対しての呼び方で『守護者』と言ったことの意味を2人は知らないのだ。
「その『守護者』ってのは何なんだよ一体? さっきもお前言ってたが」
「さぁな。てめぇに教える義理なんてねぇ」
「ヘッ、口だけは達者だな……最弱の『銀』さんよぉ」
「黙れ……!」
だが、『守護者』の情報を聞くことには失敗してしまった。
ジークと『銀』の会話はすぐさまヒートアップし、結果的に『銀』が先に憤慨することとなった。最弱というワードによるものが最後の駄目押しとなったようで、明らかな変化を『銀』はそこで見せたのだ。
そして――。
「――甘いんだよお前らはよ。……俺達がお前に本当の実力見せてたとでも思ってんのか? 勝算がなきゃそもそも今回は強気に出てなんかねーんだよ。『神鳥』達がどう動こうがもうおしまいなのは変わらない。その余裕が絶望に変わるのも時間の問題だがな」
「っ……!」
色々と当初の見通しよりも甘い結果となってはいたものの、あくまで自分達が攻勢であることに変わりはないことを『銀』は主張した。
意地の強い態度は健在で、『銀』自らが感じている劣等感と相まって負の感情をふんだんも伴っている。
ジークは全く気にもしない様子だったが、アンリは別だ。流石に『銀』も『ノヴァ』であることには変わりないし、通常の者では太刀打ちができないような人物なのだ。アンリは負の感情と眼光に当てられ、心がキュッと締め付けられる感覚に襲われた。
苦しそうな表情になったアンリの横に並び、片手をアンリの前に出して守るような姿勢をジークが取ると、アンリを襲うその感覚は薄らいだ。
『銀』の現在の標的を一時的に自分へと変えることで、負の感情から逸らしたのだ。それをジークは無意識に行っていた。
ジークは不敵な笑みを浮かべながら、『銀』に思い知らせるように言うのだった。
「ハッ、なら言わせてもらうが、何時まで自分達が何処のどいつを敵に回したのかにも気づいてねぇのかよ。――むしろ甘いのはてめぇらの方だ。アイツを……あんな状態にしちまったんだからな」
「あ?」
「もう止まらねぇと思うぜ。普段キレることもない奴があそこまで怒り狂って、そのうえ殺すことに躊躇をなくしてんだ。……アイツのガチの本気に抗う術はどこにもねぇよ。それはアイツがどんだけボロボロであろうとな」
「……」
ジークは映像に映る司の表情がかつてないほど怒りに満ちていることを感じ取った。表面上は一見すると少々険しい顔と似ているが、そこに隠された怒りは確かに存在して今にも爆発してしまう寸前だと分かったのだ。かつて死闘を繰り広げた時の司の表情を知っているからこそ、それはジークには尚のこと分かった。
それと同時に、自分は本当に手加減のない司との戦闘をほとんで行えていなかったのだと思い知らされた。
『銀』は複雑そうな顔をしているジークの顔をチラッと見ると、その後にジークが見ているであろう司の映像の方に向き直った。
――が。
「は? 嘘だろ! 一体どこに消えやがった『神鳥』の奴……! 一瞬で消えるはずが――っ!?」
ジークの言葉には耳を傾けず、内心で特に根拠のないものだと吐き捨てた『銀』だったが……映像を見て衝撃が走る。
司が……映像に映っていなかったのだ。どこにいるのかも分からず、見失ってしまった。
『銀』はこの映像がどんな対象であろうと見失うことすらないように考慮して『創造』した。リベルアークの技術の最高峰であるのだが、それであるのに姿が映らないとあれば、自らの力で作ったこの力を否定され、これから想定される不安要素の増大に危機感を覚えるのも無理はない。
「ハッ、アイツに喧嘩を売ったんだ。その意味を身を持って思い知れよ? 『銀』……!」
「――っ!」
初めてこの場で慌てた様子を見せ始めた『銀』に、ジークは後悔しろと念を込めてそう言うのだった。
◇◇◇
――ハルケニアスにて。
つい数日前、ハイリとリーシャが対談したテラス。そこは永い歳月を経て成長した大樹の中であり、ハルケニアスの象徴と呼ばれるほどに存在感が非常に大きい。ここら一帯であれば何処にいようとも視線に映り込むその大樹は王霊樹と呼ばれており、存在していることが奇跡に近い産物とされ親しまれている。その場所は、一般人の立ち入りは例外を除いて禁止されている、言わば聖域と呼んでも過言ではない場所だ。
今回、リオール、ハルケニアス、オルヴェイラスの王達による会談もその場所で行われており、先程までは絶賛親睦を深めながら開催中であった。
その王霊樹は現在――。
「くっ……! シュバルトゥム! これ以上は保たないぞ、捌ききれん!」
焦りを思わせる口調で男性が叫ぶ。
王並びにその関係者のみが立ち入りを許可されるその場で、多くの人影がひしめき合っていた。実体を持たないその人影は真っ赤な瞳と黒の刃を携え、その人影はこの場ではあるまじき行為を遂行しようと淡々と動く。
それを受け入れる訳にいかないと、応戦し、必死に抵抗を続ける4つの影もあったが。
3カ国の王と、一人はその内の王の妻であるクローディア。その計4名だ。
本来なら景色を一望できるその高みは、今では恐怖にしか映らない。迫りくる人影達がシュトルム達を包囲しつつあり、壁際……言うなれば大樹の淵へと追いやっているためだ。
当然、断崖絶壁に立たされているのと同じようなものである。万が一落ちてしまえば飛ぶ手段を持たない限りは死んでしまうであろう高度が仇となっていた。
4名は額に大量の汗の粒を作り、喉が焼けてしまったように乾いた息を何度も吐いた。
「ちぃっ! どんだけ湧いてくるんだコイツら……数が多すぎるぞオイ! クローディア! 『精霊の歌』でもう一回ハイリを援護してくれ! リーシャと俺はクローディアの援護に回るぞ!」
「は、はい!」
「オッケー!」
倒しても倒してもすぐに復活し数を増やし続ける影を相手にし続ける状態がずっと続いていた。
シュトルムが2人へ早口でそう指示を飛ばすと、すぐに返事をするリーシャとクローディア。リーシャがクローディアを守る様に前に割って入ると、クローディアの甲高くも美しい声が周囲に響き渡る。
戦いを忘れてその歌声に浸りたいと思える声。それは今の状況でなければ誰もが聞き惚れて時間を共有し合いたいと思えるような……そんな価値があると思わせる。
「~~♪」
『精霊の歌』は、各属性の力を利用して身体能力に影響を及ぼす効能のあるものである。
クローディアは精霊を使役する力をこの4人の中で最も上手く扱うことができ、シュトルムと違って4属性だけでなく全属性の精霊を使役することが可能な……極めて精霊に愛し尽くされている存在なのだ。
シュトルムがオルヴェイラスに帰郷した際に突然現れたのもこれを利用しており、無属性の精霊の力を借りて『転移』で司達の前に現れたわけである。ナナの魔力感知に引っかからず、ジークの匂いでも把握できなかったのはそのためだ。
今も先程からも、『精霊の歌』の応用である他者の身体能力の底上げをハイリに行っているが、それは結局長くは続かなかった。強力すぎる力であるがゆえに、魔力の消費が甚大なのだ。
今先程掛けた『精霊の歌』の効力が消えてしまったことで、また再度ハイリへと掛けたことになる。
編成は前衛がハイリ、中衛にシュトルムとリーシャ、後衛にクローディアとなっている。この中で最も戦闘能力に長けているハイリを盾役とした編成だ。ただ、互いの距離が近すぎるために戦いづらそうではあった。
限られたスペースでの戦闘は慣れていないと難しく、頻繁にそのような状況に立たされることもあまりないのだろう。王族なのだから普段は側近や護衛がいるので仕方のないことではある。
それでも、冒険者を仮にも5年続けたシュトルムも対応に困っている節があり、その経験すらない他の3人は見よう見まねで足掻いていた。
一応親友同士の間柄、そしてハイリはシュトルムの剣の師匠でもある関係上、チームで戦う真似事をしたことはあった。そのちょっとした経験が功を成したのかは分からないが、辛うじてチームとしての機能を維持させているようだ。ギリギリのところで保ちこたえている状態である。
しかし――。
「ただ、マズいかな……メスと針がもう無くなってきちゃったよ。いつまで保つか……。ハイリ、ちょっと死ぬ気で頑張ってくんない?」
「もう死ぬ気でやっている!」
「あはは、だよねー……」
その戦線は崩壊の兆しが如実に現れ始めていた。戦いを継続するだけの力が最早底を尽き書けているのだから。
軽口を叩いて少しでも楽になりたいと考えたリーシャの言葉は、その余裕すらないハイリによって一喝される。ハイリは『精霊の歌』によって身体能力がまた底上げされ、群がってくる影達を剣の一振りで一閃、霧散させた。
そんな態度を見てしまっては、その苛立ちは当然だと言いたげな顔でリーシャはバツが悪そうに空笑いするしかなかった。その内に湧き上がる恐怖はどんどん強まっているのを感じながら。
そしてそれはシュトルムも同じであった。
「(皆限界がすぐそこまで近づいてるな……ハイリへのクローディアの補助もこれ以上はもう無理だな……)」
全員の状態を見て状況を確認するシュトルム。
後ろを振り向けば魔力が底を尽きかけているクローディアが不自然に身体を震わしており、隣に立つリーシャも似たようなものだ。得物である医療用のメスと針も数が既に心許なく、攻撃手段がこのままではなくなってしまうのが容易に想像できてしまう状態。
「(それよりも何故この場に誰も護衛が来ない!? まさか他に手が回らないくらいそっちもヤバいのか……?)」
現状を早く打開したい衝動に駆られたシュトルムの頭に浮かぶのはそんな疑問だった。
この場が例え一般人の立ち入りを許可されていない場所であろうと、王の側近や護衛は関係者として近くで待機しているはずだった。この会議の間だけはこの『王霊樹』の中にある一室で待機してもらっているのだが……騒ぎが起こってから既にそれなりの時間が経過していて未だ誰もこの場に現れないことを不思議に思っていたのだ。何かあったのかと……。
実はこの時、既にハルケニアスの民達はほぼほぼ全員が命こそ奪われてはいないものの拘束されていた。勿論シュトルム達の階下で待機していた側近と護衛達を含めてだ。
この人影達は突如としてハルケニアスの街中に場所を選ばずに湧くようにして出現したかと思うと、動揺して戸惑っていた民達の身体にすぐさまこびりつくように纏わりつき、まるで地面に縫い付けるようにしてその場から動けなくしていたのだ。
そのため騒ぎが起こったにもかかわらず、ハルケニアスは異様な静けさに包まれているのであった。民達の口は影で塞がれて声を出すことも出来ず、得体の知れない影達への恐怖に誰もが一人で戦っているのが現状だ。オルヴェイラスやリオールの街中に飛び交った喧騒は今や皆無であり、街が死んでしまったのではと錯覚を覚えるほどである。
シュトルム達は当初精霊がその事実を伝えて周囲の状況を把握できていたが、すぐにシュトルム達の元にも影が襲来しそれどころではなくなってしまった。今は民達がどうなっているのかも分からないくらいに余裕のない状況へと身を置くことになってしまったのである。
「(時間も体力も、装備も長くは保たねぇぞこのままじゃ……! クソ、俺に力があれば……!)」
シュトルムの頭の中でグルグルと高速で思考が展開される。それは打開策や妥協案、皆への心配や相手の正体等を全てごちゃ混ぜにした形として定まらないもので、すぐにあやふやとなって流されて脳内のどこかへと消えていく。
焦りが焦りを呼び、負の連鎖を引き起こしているのだ。こんな状態ではまともな考えなど思いつくはずもない。
シュトルムは自分の力の無さを心の中で嘆く。そして脳裏に浮かぶのは力のある者達の姿だ。
ヒナギ、セシル、ジーク、そして最も強き力を持っているであろう……司の姿。その者達の持つ力が今自分にあればと思わずにはいられなかった。
だからなのかもしれない――。
「(ツカサならここまで来るのにそう時間は掛からねぇ。なんとか持ちこたえて……っ!)」
結局力にある者に頼らざるを得ない。そのためにはこの状況を最後まで保ちこたえることこそが最善の手であると行きついたシュトルムであったが……思い留まりその結論を撤廃した。
「(いや、何を考えてんだ俺は。またアイツに頼りっきりのままだこれじゃ……)」
力がある者に頼り、守ってもらう。それは力ある者が善良なる人物であれば問題がないことだろう。感性が豊かで思いやりのある人物、そんな人間であれば守れる状況にあって守らないことの方が心を痛めそうなものだからだ。
だが、それはシュトルムが望む王としての判断の理想像ではない。
司はそもそも争いが好きではないことを知っているのだ。それなのに力があるからという理由で司を利用することは憚れたうえに、自分の力の無さを言い訳にしているだけにすぎないと感じたのだ。
勿論代わりに対価を差し出してお互いが望む報酬を得られる様にするという考えも立派であるし間違いではない。むしろ普通であり当たり前のように行うべきことだ、人の上に立つ立場ならば尚更。それが国を維持する結果に繋がり、庶民と貴族や王の立場も確立されていくのだから。
ただ、司はきっと対価なぞ要らないと言ってのけることも予想できた。今回イーリスの空気が悪くなった原因に対しても、勝手に独断で介入すると言い出してまで協力するくらいなのだ。そんな人物に対して対価の提供など無意味に等しく、受け入れてもらえないのは明白とも思えてしまった。
それ以前に、自分はそんな考えのままでいて果たして本当に良いのかと……シュトルムはだからこそ思うのだった。
「(もしアイツがいなかったらどうするつもりだったんだよ俺! 本来なら自力で解決しなきゃいけぇねぇはずだろうが! 周りの力だけに最初から頼ってたんじゃ王として失格だ!)」
何のために自分はこれまで知識を培い、この5年間国を出て外の国を見て来たのか……それが今この時のためだったとシュトルムは自分を叱咤した。
実際、司は異世界人でありこの世界の人間ではない。偶然この世界に呼ばれ、偶然この場に居合わせたような人物がいることは極めて珍しい。その幸運な巡り合わせに身を任せることしかできない自分の力の無さを、例え認めることはできても正当化はできない。いや、してはいけない。
それはつまり、司がいなければ全てを失っていたことを認めることになるからだ。自分は国に住まう民達を守り、失わせないためにいるというのに、それを自分を慕ってくれている民達に守れないなどと言うのは王としてあるまじき行為、申し訳が立たないどころではないと思っているのである。
シュトルムは常にもしもの場合を考えているのだ。フェルディナントはその点できないことはできないと割り切ることができる感性を持っているため、シュトルムのその人知未踏であろう理想像を良しと思っていない。思い上がるなと、過去にシュトルムを殴り倒したことがあるくらいだ。
理想はあくまで理想。それを踏まえた決断をせねばならぬとフェルディナントは言ったのだ。
しかしそれでも、シュトルムはそんな戯言にも似た理想を叶えることを未だ夢見ている。
「(こんなんだからいつまで経っても駄目なままなんだよ俺は。考えろ……もう俺にはそれしか取柄がねぇんだから!)」
今を乗り越えられないのではオルヴェイラスもハルケニアスも既に死んだも同然だ。現に通信で聞いたオルヴェイラスに飛来したという熱線、正直司が防いでくれたとはいえシュトルムにとっては国は一度滅んだのと同義であった。
必ず民も国も守り通す。これ以上国を滅ぼされてなるものかと、そう意気込みを強くしたシュトルムであったが……現実は非常なものだ。例え切望したところで願いは叶うものではない。国はおろか、自分の身に迫る危機にさえ抗うことが難しい事実がそこにある。
「がっ!? な、ん……!」
「「「!?」」」
ハイリが前線で影達を相手にし、また数体を切り伏せて少し後退した時だった。突然、ハイリの腹部に黒い影が突き立った。
黒い影が伸びている地面にはピチャ……と水音が聞こえてくる。影の根元に滴り落ちる水音の正体は血であり、その血はハイリの腹部を臓物ごと貫通していることによるものだった。
ハイリは声を発することすらできず、そのまま自らの腹部を貫くその影を震えながら、愕然とした表情で見つめていた。
「ハイリっ! ――っ!?」
「……」
「なんだ一体……!? 影が……っ!?」
急すぎて一瞬時を止めてしまった3人だが、リーシャがすぐに駆け付けようと足を動かそうとしたところで……異変は起こった。
それまで自分達を襲い続けていた人型の影達、それらは全て地面に吸い込まれるようにして染みつき、ある一点に集中して消え去ったのだ。
そして消え去った場所からは人と同じサイズの黒い塊がズアッ……と重力に逆らって立ち上がると、新たな黒い人影が現れる。
「……見つけた。『神鳥』の、仲間……それと他の奴……」
「「「「――っ!!?」」」」
その人影は、今までの影達とは全く異なった。影でもない……人そのものであった。
突然現れた黒装束に身を纏う痩せ気味の男だったが、口元に巻いていた包帯をずり下げて話しかけてくる
その目は深紅に染まる赤い色が特徴的な、見たことのないような色である。
「(こ、コイツは……!)」
「……お前らの魂、貰いにきた」
ゾッと……4人の全身に一瞬で汗が噴き出した。まるで心臓を掴まれていてすぐにでも殺されてしまうのではないかと感じる悪寒は、容赦なく全員の動きを限りなく鈍くさせた。錆びついた機械がギギギと音を鳴らしているかの如く、
別に声色に特徴的な要素は何もない。ただ、圧倒的に自分達とは格が違う存在であることによる違和感を体感的に理解したシュトルムは、目を見開いてあることを思った。
「まさ、か……お前、『執行者』じゃ……?」
司やジークと一緒にいることで慣れていた威圧や魔力、それとも違う何かを感じさせる目の前の人物はそれしかあり得ないとしか思えずにはいられなかった。
「――っ!」
「止せっ!? リーシャ――っ!?」
「……」
とにかくマズいと思ったのだろう。リーシャが手元に残っていた今や貴重な飛び道具を眼前めがけて咄嗟に放った。
ただ、その針は黒装束の足元に広がる影が延長して素早く掴みとり、そのまま飲み込んで何処かへと呑み込んでしまう。
黒装束は苦無を服の袖口から落とすようにして取り出して手に握ると、そのまま逆手で持ったまま構えを取った。
獲物を捉え、確実に息の根を刈らんとする雰囲気がその佇まいから滲み出ているのは、間違いなく最高峰の強者であると同時に……今回の事態を引き起こした張本人でもあると決めつける他ない。現れ方や影達の消失、特徴的にもそれを匂わせるものを今見せた。
「(そうか、コイツが『影』か……! 聞いた通りの見た目に、なんつー禍々しい力を持ってやがる)」
シュトルムは絶望したくなった。息巻いたその瞬間にそれを諦めさせる存在と遭遇してしまった事実に。
『執行者』達の尋常ではない強さと能力は分身ではあったが『夜叉』と相対した際に経験済みである。だが、先程感じたあの寒気は『夜叉』以上のものであった。それは、コイツが分身の類いを使った紛い物ではなく、本体そのものであると悟るには十分すぎた。
Sランクの命を狙えるような相手だ……そんな奴に対処できる人物はおろか、その準備も出来ていない。個人での対策などたかが知れている上に、その準備していたものは今さっきの戦闘で消費してしまった魔力によって実行できない始末だ。まだ最初から現れてくれていた方がマシにすら思えた。
司の助けは……間に合わない。
「(くそ……ここまでか……)」
ハイリは腹を貫かれて重症、リーシャとクローディアはシュトルム同様に動くこともままならない有り様だ。その光景とあっては殺されるのは時間の問題で、むしろまだ殺されていないのは幸運と言って良いのかもしれない。
「さよなら――」
『影』はボソリと、ちっとも申し訳を感じさせない声で呟いた。
シュトルムらに、死が迫る。
――見つけた。
そこに、この場にいない者の声が聞こえた気がした。
ある者には希望を与え、ある者には絶望を与えるこの声は、シュトルムのよく知るあの声だった。
アンリとジークは久々の登場ですね。超少ないですけども。
次回、遂にあの人が……!?
更新は木曜です。




