226話 神鳥右翼:黄金の陣⑦(別視点)
「……ふふっ、最初は天使がいるなんてにわかには信じがたいことに驚きましたが、こうして会ってみると普通の人と何も変わりませんね。可愛らしいお嬢さんにしか見えませんもの」
シルファはここで微かに笑みを浮かべた。それは自分の予想と違った相手に対してのもので、セシルの可憐な姿にギャップ差を感じたためである。
強大な力を持つ者というのは、何かと強面だったり凶暴そうな見た目だったりという印象が強い。実際その傾向は確かにあるのも事実であり、シルファは天使も似たようなものと今まで認識していたりする。
……が、実際天使に会ってみればその認識とは真逆に見える見た目をしているのだから無理もない。シルファがセシルに対して純粋にそう感じただけだ。
「え? で、でも一応1000年くらい生きてるんだけどな……」
「……」
「あ、ゴメン。今の聞かなかったことにして。私のことはどうでもいいし」
「(セシルさん……)」
お嬢さんというワードに先程から違和感を感じていたセシルは、咄嗟に自らの生きた年数を口走ってしまった。そしてそれが悪手であったことを遅れて理解することとなった。
シルファはどちらかと言えばセシルが今まで生きていたという線はあまり考えておらず、数少ない天使の生き残りの中でも、最近生まれたような人という認識があったらしい。
シルファ自身、他種族からしてみれば見た目よりも遥かに長く生きている自負は当然ある。しかしエルフよりも長い時を生きていて、それが他と比較にすらならない程に現実離れしいるのでは、この硬直は至極当然であった。
要するに、セシルは墓穴を掘ったことになる。そしてポポはそれを理解し、「まぁ次は気を付けましょう」と気遣いを心の中で唱えるのだった。
「と、というかさ、まだ事態全然解決してないよ? まだ……敵は残ってるはずだから」
「あ、すみません。逆に説明されてしまって」
強引に話を切り上げ、自分のことよりも今目を向けるべき方向に軌道を修正するセシル。シルファは別に事態の終結には至っていないと分かってはいたが、自分の様子からそう思わせてしまったことに対し申し訳なさを見せた。
「それで敵というのは……リオールの民達にこんなことをさせた者のことですね?」
「うん。私達の敵、その集団の名は『ノヴァ』って言うの。各地で強い人の命を狙ってるけど、その実態は今のところまだ不明。今回も多分、何か目的があってやったんだと思う」
「『ノヴァ』ですね。その名前……後世に残虐非道な大罪の罪と共に一生残しましょう。……許しはしない……!」
シルファの目に宿る冷徹な眼差しの奥底、まるで深海の光が届くことすらないような所に、形容し難い力を感じた。完全に『ノヴァ』に敵対する意思を宿らせている。
これはシルファのみならず、オルヴェイラス、リオール、そしてハルケニアスに住む者全てが感じているはずだ。『ノヴァ』は敵であり、グランドルやセルベルティアの一件も含めて世界の敵と認識されてもおかしくはない。
シルファの言葉は続く。
「一先ず今回の事態を引き起こした人物が確かにいることは分かりました。これで……怒りの矛先を全てそちらに向けることができます」
「うん、こんなことを平気でやる連中に情けを掛けることなんて私達も無理。……残らず潰すべき対象だよ」
セシルはシルファと同じ気持ちを抱いていることが分かって、そう口にした。『ノヴァ』に対するお互いの敵対意識の度合いの確認といったところだ。
そこから、暫く無言が続いた。両者の息づかいだけが微かに感じられ、身に湧き上がる衝動を確認し、だがそれを暴発させずに抑え込む努力をしているようだった。
やがていくらか落ち着いたところで――。
「……利害も一致しましたね。リーシャ様……貴女様の言葉に従い勝手を申すことをお許しください」
「「?」」
突然だった。急に畏まった様子で頷きながら、ポポとセシルに真剣だった表情をより一層強めて見せるシルファ。
「まず、繰り返しになりますがこの街の者達を救って頂き感謝いたします。そして、恥を承知であなた方に私からお願いがございます」
「お願いですか?」
この状況での願い事など大体限られている。シルファは聞いた所王の側近であるようだし、余程の事でもない限りは変な事を言い出すこともないだろう。そう思っていたポポは、大方自分達ではどうしようないことがあるんだろうと思って、それを半ば予想しながら返答した。
「リーシャ様の言伝に従い、リオールはあなた方に全権を一時預けます」
「「……はい?」」
……が、それは斜め上すぎる発言だった。一瞬呆けて、その後府抜けた声が漏れてしまった。勿論セシルも。
正直この街に残っていると予想している敵共の排除してくれと、その辺りを口にすると思っていたのだ。
何を言い出すんだこの人は? 二人の頭にはそれしか浮かばない。限定的な権利であるならまだしも、一時と言えど全権とは如何なものかとしか思えなかった。
もし核ミサイルなどでも保有しているものなら、発射しろと言えば発射できてしまう。それが全権である。この街に来たばかりである2人にそれはマズいだろうと、どこか思考がおかしくなってないかと不安になった。
それ以前に、王が存在する国で側近が全権を預ける行為は前代未聞を越えて逆に狂っているのではないかと思える程だった。
「あの~、何言ってるか分かってます? ちょっと私達何言われてるか分からないです」
「勿論です。リーシャ様からの指示に従ったまでのことですから」
「いやいや、それを理解した上で言ってるんだけど!? なんでそんなこと急に言い出したのかってことだよ!?」
「理由ですか?」
ポポとセシルの困惑している様子に、逆に疑問符を浮かべるシルファがよく分からない。まるで理由なんて些細なものだと言いたげな姿には、尚の事異議を唱えるしかない。
「ご連絡を頂いた際、この非常時に私の指示を待つ必要はないとリーシャ様は仰られました。それは、私を信用してくださったからこそ踏み切った決断と私は思うのです。だからこそ、今私はリーシャ様に代わってあなた方にお願い申し上げています」
「「……」」
「リーシャ様はその……普段はお調子者な面が否めないのですが、それでもいい加減な発言をするようなお方ではありません。そのリーシャ様がそう仰るということは、それだけの理由と確証があるということでしょう。あのお方は重大な意思決定においては明確な自信と確証、そして持ち前の勘を持っていると我々は認識しております」
「勘って……そんなアバウトな」
勘かよ! ポポとセシルはツッコミたくなる衝動をなんとかグッと堪えた。
それまで綴っていた理由がしっかりした理由であった分、最後に勘を持ち出すことに盛大に手を横に振りたいくらいだった。
ただ、そんな思いもシルファの表情を見てしまっては尻込みする他なくなってしまう。
「それに、それだけではありません。シュバルトゥム陛下のお言葉もあるのです」
「シュトルムの?」
「はい。リオールの民一同、自国ならず周辺諸国の王達にもリーシャ様同様に信頼を置いております。『三カ国同盟』は伊達ではありませんし、そのトップ達が信頼してくださっている我々が、トップ達を信じ返すのも当然の使命ですので」
「「……」」
オルヴェイラスの民達がシュトルム達を信頼しているのは知っていたし分かっていた。だがそれが周辺の国々にまで影響を及ぼし、どこもかしこも信頼関係が築けているという事実には驚きを隠せなかった。
友人や家族間での信頼などとは本質は似ているが、そもそも規模が違いすぎるのだ。一人二人と絶大な信頼を寄せる者がいるなら分かるが、それが3つの国全部となれば異常と言わざるを得ない。
ポポとナナは、シュトルム達の築き上げてきたものに素晴らしさと、そして恐れを若干抱いた。
ただ――。
「(ポポ、『三カ国同盟』って何? 初めて聞いたんだけど)」
「(私も初めて聞いたんですが……)」
その前に、『三カ国同盟』がどういうものかを理解していなかったりする2人は小声で聞き尋ね合う。
『三カ国同盟』とはリオール、ハルケニアス、オルヴェイラスの間に交わされている協定であり、いかなる理由があろうと互いの国への侵害に値する行為を禁ずるという至ってシンプルなものだ。実際は細かな制約もあるものの、簡単に言えば両者の関係を良好にするためだけのものでもあり、また結束を強める証でもあると言える。
例えるなら和親条約みたいなものだ。それの対象がリオール、ハルケニアス、オルヴェイラスの三カ国になっただけの違いと似ている。
シュトルムはこのことを話そうと思っていたが、それは本日行っている会談の後にでも司達に伝えておけば良いと思っていた為、少々遅れが生じてしまっただけだ。
「(というか、ここらの国ってそんなに絆深いんですかね? 正直結びつきが強すぎて国じゃない気すらするんですけど。同一の国じゃないのが不思議ですよ……。てか、何かの契約を交わし合った間柄の間違いではないですかね?)」
「(さぁ? それは分かんないけど)」
だから、ポポがこんな風に思ってしまうのも無理はない。まるで司がジークと交わしている『血の誓約』を国同士でしてるんじゃないかという疑問を持つには十分すぎるのだから。
「……? どうかしましたか?」
「「あ、なんでもないですのでお気になさらず」」
一方、そんなポポ達の心情を知りもしないシルファは2人を見てまた疑問符を頭に浮かべるだけであった。
これはシルファが本心で言っていると納得させられた2人は、声をハモらせて返答した。その内情は語彙力皆無ではあるものの、「ここら辺の国ヤベェ」という考えのみである。
「(イーリスのここら辺の国ってすごいんですねぇ。シュトルムさんはそんな国々の一端を担う人だったとは……)」
「(クローディアさんとシュトルムを始め、フェルディナント様とか色んな要因が合わさってこうなった感じがする)」
「(う~ん……確かに。あながち否定できないですね、これまでを見るに……)」
「(うん、イーリスってすっごく変な国だったんだね。居心地悪いわけじゃないけどさ……)」
シュトルム達の政策が想像を超えていることに感心を、そしてそれを可能にしてしまえるだけの人達が集まった結果だと思うと納得できてしまう側面もある。だが、それでも少々引いてしまう面も否めない。
こんな中に部外者である自分達がいるというのは些か無粋に感じるうえに、疎外感を覚えたのだ。それは家族同士の関係に知人や友人がお邪魔しているような感覚と酷使していた。
……まぁ、そんな事情はともかく。
「(それでどうする? 取りあえず向こうの意思は変わらなさそうだし、事態集結するまでの間だったら別にいいと私は思うけど。というかそっちの方が動きやすい)」
「(私もそう思います。一応ご主人のご要望に応えることは最低限しないといけませんしね)」
2人はシルファの発言には現状頷いておき、それでよいとの判断に至ったようだ。
「……それじゃ、少しの間だけ言うとおりに動いてもらっていい? 正直助かる」
「はい。何なりとお申し付けください」
「(ナナ……なんか凄いことになってますよこっちは)」
セシルがシルファの申し出に遅れながらもそう答えると、シルファは力強く頷くのだった。
リオールの民達はこんな状況になっているなど何も知らされていないが、実際の王の側近の言葉を聞けばスムーズに動くに違いない。少なくともセシルでは天使ということもあって少々不安がある。力をいちいち浪費するわけにもいかない。ポポもまだ微妙にイマイチな所である以上、これは助け舟のように思えた。
ポポはこの流れを、片割れのような存在であるナナに内心でそう吐露した。
……まさかナナの方もポポらと同じような状況になっているとはこの時思ってもみなかったが。
作戦を立てた所で『ノヴァ』にまともに対抗できる術などポポとセシル以外は持たないだろう。それなら自分達が率先して動き、自分達が動きやすい状況を作ってしまう方が得策と考えたらしい。こちらも利害が一致していたりするのだった。
「まずは如何いたしましょう?」
「取りあえず、住民達を一か所に集めてくれる? 怪我をしている人もいるし手当てをしないと。……亡くなった人は完全に事態が収束するまでは……」
「……畏まりました。今生きている者達の安全を優先致します」
死んだ者を弔うよりも、今生きている者が死ぬことのないようにするのが先決。この場において死者に対して非情でありつつも、生者への守る意思をセシルは口にした。
だが誰もセシルを咎める者はいない。それが正しく自分達にできる最良の選択だと認めていたからだ。
死者はどう足掻いても生き返ることは無い。だが、生者は生き延びることはできる。それを理解している3人に、口数をそれほど必要とする時間などいらないも同然であった。
「負傷してる方は私の羽兵達に補助をさせます。人手が足りないことにはならないと思いますが……万が一重体の方がいましたら応援を要請するので、すぐに動いていただけると助かります。回復魔法等を使える方も並行して把握しておいてくれますか?」
「お任せください。では早急に取り掛かります。皆様――!」
◆◆◆
それから、街の住人を一か所に纏めることになったポポ達は警戒は怠らずに奔走した。ポポの羽兵をふんだんに利用し、リオールの人の手を使い、怪我をしていた者には手を差し伸べて着々と人を集めることに成功する。
その間セシルは、ポポとシルファとの相談の末、一人で街の中心に流れる川の水位を調整する施設……大雨でもない限り利用することのないその場所へと向かうのだった。
人目のつかない場所にある施設への入り口の鉄柵が、人一人分通れる大きさが空いていたのでセシルもそこに足を踏み入れ侵入する。
「……さて、これはどう落とし前をつけさせてもらおうかな?」
セシルのそんな独り言を聞いている者は何処にもいないが、それに該当するであろう当事者はこの時、急に悪寒が全身を襲い、身震いするのだった。
これで黄金の陣は一旦終了!
次回更新は月曜です。




