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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第五章 忍び寄る分岐点 ~イーリス動乱~
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225話 神鳥右翼:黄金の陣⑥(別視点)

 ◇◇◇




 一方、ポポが怒り狂いそうになっていることは知らず、セシルはポポが問題なく勝つということだけを信じて集中を続けていた。

 周りの人達がどんな思いで自分を見て、ポポのいる方向を見ているのか。それは目を瞑っていて分からないが、なんとも微妙な雰囲気であるようにセシルは内心で感じ取っていた。

 ポポに向けられた雰囲気は何やら安心感に似たものだ。特に不安も感じなければ嫌な感じもあまり感じられない。少なくともポポには一定の信用を住民達は持っているような印象を感じ取れる。


 だが自分に対しては正直微妙な所である。現に助けに入っていることも影響してか、完全に疑問視されているとまではいかないものの、歓迎はされていないのは確かだ。事前に力を使って半強制的に先程害はないと頷かせてこれなのだから、天使への根強い忌避感を思い知らされるほかない。


 確かに歴史的に見れば天使は全種族に刃向かって熾烈な争いを繰り広げた野蛮な種族という見方が一般的だ。例え月日が経ち、天使という種族を目にすることが無くなっていたとはいえ、その誤った歴史が人々に浸透してしまっているのは明確な事実。長い時間の流れで形成された最早常識とさえ呼べる表の歴史を覆すことは難しく、セシル自身もそれは理解している。

 ただ、そう思うしかないことが悔しくもあり、それでいて正常でもある反応だと分かっていると、尚辛かった。実際はそんなことはなく、天使は恐ろしい種族ではないことを力説したい衝動に駆られそうになってしまうのも無理はない。

 自分の友や家族がそうであったように、セシルは自身の経験から迷いなく天使がそんな種族だったと答えることができる唯一の人物でもあり、遺された希望だ。

 ただ、今までそれを行うことはなかった、いやできなかった。そんなことをすれば間違いなく上手く生き残ったセシルも世界から狙われて殺されることになっているはずだからだ。その瞬間に希望は全て終えてしまうと考えると、とても行動に移す真似をセシルはできなかった。

 更に自分以外に天使が既にリベルアーク上にいなくなってしまっている事実が物語ってもいるため、絶対に天使だとバレることは避けねばならなかった。


 セシルが他の天使が次々に死んでいった幼き日の光景を忘れることは決してない。あの悲惨を越えた光景を経験している以上、強くなった今でも縮こまりたくなってしまいそうになる程なのだから。強すぎる想いが今のセシルの歴然とした強さの秘密であり、弱さでもある。

 もうセシルは、天使に対する人々の考えを改めさせるのは不可能であると割り切ってしまっているのだ。そしてその考えに最後の後押しをしたのは……司達との出会いだった。


 天使の力を曝け出すことになったのは運が悪かったからであるが、それでも助けたいと思えるくらいの仲間がようやくセシルにはできた。長年一人で自分と世界の両方と戦い続けて来たセシルには、もうそれだけで十分過ぎたのだ。この人達にだけでも理解できてもらえれば良いと……満足してしまった。

 セシルは現在に至るまでに、見えている仲間の心に対してこう思う。底抜けに信じたくなる仲間達ばかりだと。そしてその中心にいつもいて、そんな者達を呼び寄せるようにして集めた司には感謝してもしきれない気持ちを内心では抱いていたりする。実際のところ、そんな者ばかりが集まるからこそパーティ結成を自ら持ちかけていたりする。


 だから先程司の心が一瞬で豹変してしまった事実には動揺した。自分が信用した人は、それに値しない人だったのか? 結局は自分は今までと同じで報われないのかという不吉な予感を覚えてしまった。

司の心が乱れることで、皆も結局は同じなのかという負の連鎖が起こってしまったのだ。それはポポの言葉で問題ないものとなったわけだが、そんな背景が一応はあったりする。




 そのため、今こうして力を解放することに後悔はなかった。仲間の望む結果を出すだけという考えを頭に、セシルは集中を解き放つ。


「『不浄に満ちた標を打ち砕かん、迷い子の道を指し示せ……!』」


 言霊と連動するようにセシルの翼は躍動した。大きな翼を目一杯広げて前を見つめるその先には何があるのか? 住人達はそれに期待に似た希望を募らせながら、セシルから広がっていく波動の一部始終を見た。

 異質でいて、どこか安心できる力。それがセシルを中心に街中へと確かに伝わっていく。速度は不明、だが確実に早い速度で伝達する波を止められる者は誰もいない。いるとすればセシル本人のみであり、止まることはあり得なかった。


「……あれ? 俺は一体……?」

「何処ここ……なんで私はこんなものを……?」

「あぁ……っ! 元に戻って……!」


 そして波動が狂った者達に接触し、浸透して通り過ぎるように身体を通過した。それと同時に拘束されていた者達の動きがピタッと止まる。

 視界に入る者達は鋭い目つきを柔和なものへと変えていくが、元が元なだけに差が歴然としている。明らかに変化が見られた。

 今の自分の置かれている状況が分からない反応を見せる者。手に持っていた武器を眺めては、何故それを持っていて何故血が付着しているのか分からない様相な者と色々いるが、少なくともついさっきまでの自分達の行いを覚えている節は見られない。


 セシルは街中に波動を行きわたらせたのか姿勢を楽にして周りを見渡すと、満足気な顔で安堵した様子を見せた。キョトンとした住民達の反応を見て、問題なく洗脳の解除ができたと理解したらしい。


「――ん、これで大丈夫かな。もう洗脳は解除したから危険はないよ。……大事な人の所に行ってあげて」

「「「っ」」」


 セシルのその言葉を聞いた元々正常だった者達は、脅威が取り除かれたことで感涙した。声にならない言葉とたどたどしい足取りで待機していたその場から動き出しいく。


 自分達が何をしてしまったのか。その惨状を伝えれば発狂し、嘆き、後悔の念から立ち直れなくなってしまうかもしれない。

 だが、現実から目を逸らすことはできない。規模が小さいならまだしも、悲劇として後世に残ってもおかしくない事案を当事者が知らされないのは前代未聞であり、乗り越えるべき問題だ。住民達に罪はないとはいえ、理不尽に巻き込まれたことは受け入れて知らなければならない。

 セシルはそれから逃げる選択をすることを良く思わなかった。理不尽というのはそういうものだと、自身の経験を承知で住民に乗り越えてもらいたいと半ば傲慢な気持ちでそう願う。


 そこに、フワリと肩に何か乗る感触がした。確認すると……。


「――ん? おかえり、ポポ。滞りなく対処したみたいだね」

「……はい」


 それはポポであった。巨大化状態ではなく小さな状態で、かつ覚醒状態という姿で地上へと戻ってきたようだった。

 何故先程まで大きかったポポが小さくなったのかは分からない。巨大化は今では長時間使用することができることを知っているし、まだまだ使用可能なはずだ。それを解いた理由を考え、恐らく巨大故に他者に与えてしまう威圧感を抑えたかったのかもしれないとの考えに至った。


 今、住民達の気持ちは悲しみよりも喜びに満ち溢れている。その空気を邪魔することを良しとしないと思ったポポは、ポポなりに住民への配慮があったのかもしれないと。

 何気に覚醒状態で巨大化していないという姿を見るのは初めてであったセシルは、一瞬だけポポの姿に目を引かれてしまったが、ポポの返答にあまり元気がないことに違和感を覚えて尋ねる。


「……? なんかあったの?」

「それが――」


 セシルは、ポポが見て来たもの全てを聞いたのだった。




 ◆◆◆




「――『夜叉』は生きている人を傀儡に仕上げて使役すると聞いていますが、それと少し似ています。あちらが本人そのままの力を使うのであれば、こちらは人としての感情や機能を消し去り、人の肉体をベースにあれこれ肉付けをしていった印象です。……改造って言った方がいいのかもしれません」

「やることがエグいな、『ノヴァ』共は……。放っておけないことがありすぎて困るんだけど……」

「ですね。今は……こっちの問題が先決ですが」


 セシルはポポから聞いた情報の多さにではなく、その内容の濃さに困惑した。未だ不明な点が多いというのに更にまた増えてしまったのだから無理もない。

 だが、今はそれを考察している暇はない。まずは目の前に広がる光景の収束、この最終段階へと移行しなければならないと考えた。それはポポも同様に。


 まだ、事態は解決してはいない。術者がどこかに潜伏しているかもという事実が残っているのだから。


「あの、『神鳥』様の使いとそのお仲間の方でしょうか?」

「「え?」」


 ここからどうするべきかと談義しようとしていると、そこに新たな介入者が現れる。ポポとナナは声のした方に顔を向ける。

 金髪縦ロール、身なりがそれなりに整ったエルフの女性が、ポポとセシルを確認するように立っている。だがチラホラと切り傷や汚れが目立っているのは、この人も誰かに襲われたことによるものだろうか。額に流している汗からほうほうの体でやってきたことは想像に難くなかった。


 現れた人物は……どうやら敵ではないようだった。


「『神鳥』の使いって、ご主人のことを言っているのでしょうか?」

「カミシロ様……ですよね?」

「ええ」

「仰るその通りです。良かった……やはりそうでしたか……本当に聞いた通りの見た目をしているのですね」


 ポポが逆に確認を求めると、肯定し、パァッと顔を綻ばせる女性。まるで絶望の淵に舞い降りた希望を見つけたように見えるその顔に、嘘偽りを確認する必要性を感じなかった。それ程の感情を目の前の女性は持っているように見えた。


「えっと、ちょっとよく状況が掴めないんだけど……」


 敵対の意思がないことは一先ずは置いておいて、この人物が誰なのかがそもそも気になったセシルは尋ねた。

 女性は真面目な顔つきになると、意を決したように口を開く。


「はい。何故私があなた方を知っているのか、それも含めて順を追って説明いたします。まず始めに、私はこの国を治めていらっしゃるリーシャ様のお付きの一人である、シルファと申します」


 女性は名をシルファと言うらしい。この国に従事している一人であるようだった。


「リーシャ様……? あ、さっきの通信で少しだけ聞いたかも」

「そうですね。フェルディナント様をおじ様と呼んでたような……」


 オルヴェイラスで連絡がきた時を思い返す二人は、やり取りの中でリーシャと呼ばれる人物が該当する会話を思い出す。確かに、そのような人がいた気がすると。


「恐らく間違いないでしょう。現在リーシャ様はオルヴェイラス、ハルケニアス王達との会談に出ていらっしゃいますので。私はハルケニアスにいるリーシャ様から先ほどご連絡を受けた次第です。黄色い鳥型の従魔と、その……天使のお嬢さんがリオールへと救援に来ると」

「「(お嬢さんねぇ……)」」


 シルファは最後の部分だけ少し言いづらそうな話し方をした。

 大変真面目な説明の中失礼極まりないが、内心ポポはお嬢さんという表現にイマイチ納得していいか分からなかったりする。きっとシュトルムがいつもの要領で説明したとは思うが、実際この辺の定義は不明瞭であるため中々難しいと言える。

 勿論本人であるセシルもそう思っており、肉体だけ若々しいままである自分はどんな表現が似合うのか想像がついていない様子だった。


 ……が、そんなことは今気にしたところでどうしようもないが。シルファの場合、そんな事実を知りはしないだろう。今シルファは天使がこの世にまだ実在していたという部分に驚き、言いづらかったのだと思われる。

 未だにセシルは翼を曝け出したままなのだから。


「……でも、どうやって連絡なんて取ったの? 精霊だったら同じ力を持つ者同士でないと無理って聞いたけど? その力も王族でないと備わらないって話だし」


 細かいことに悩むのを切り替え、セシルはふと疑問に思ったことを尋ねた。何故そんな情報を知っているのかと。

 連絡手段に乏しいこの世界で早い連絡を用いる手段は限られている。そのため、こんな些細な事にすら敏感になってしまっていた。


 ……とは言っても、シルファの心が見えてしまっているセシルには念押しの確認程度に過ぎなかったが。


「それは……こちらの通信石を使いました。リーシャ様達のように精霊を使役する力が私共にはありません。他国同様の手段しか用いることはできませんので」

「なるほど、納得です」

「ん、その辺はやっぱり当然か」


 やはりという言葉が正しいくらいに、シルファの見せた証拠はそれ相応のものであった。シルファが懐から取り出した結晶の輝きは、いつかクリスと司が会話した際に見たものと近い完成度を誇っている。

 通信石として非常に性能の良い、純度の高い結晶。王族が使用するに恥じぬ輝きを放っている。


「それで……この事態の鎮静化を図って下さったのはあなた方と見て間違いないのですね? 何やら挙動のおかしな者達が我を取り戻した様子に見えますが……」 

「うん。取りあえず洗脳は解除したから、これ以上殺し合うようなことはないと思う」

「っ……左様ですか。では先程の不思議な力は貴女だったのですね。……感謝してもしきれません。きっとリーシャ様もそう仰ると思います」


 深々と頭を下げてお礼を言うシルファの姿に、少々複雑そうな気持ちになるセシル。一体、どんな気持ちで頭を下げているのだろうか? そう思って。

 今シルファの目の前にいるのは、かつて世界を敵に回した存在である天使だ。そんな人物を前にして素直に純粋な気持ちでお礼を言っていると分かってしまって、懐と理解の度が過ぎると疑問に思えてしまった。


 そんな返答は心のどこかで望んではいたが求めてはいなかった。適当に恐れられる方がまだ慣れているし、こうしたイレギュラーな反応には少々弱い。まだ心の準備も耐性もセシルは身についていないのである。


「……こ、困った時は助け合わないとね。……私は天使だけど、それでもそっちが受け入れてくれるなら……いくらでも助けようと思うしさ」

「(セシルさん、理解を得てもらえて嬉しそうですね)」


 セシルにはそれが精一杯だった。

 ここ最近は自分の身の回りは今までにないことの連続ばかりだと、セシルはしみじみと思う。そして仲間達のことを見守る立場にいたつもりではあったが、肩に乗るポポの視線を僅かに感じ、自分もいつの間にかその内の一人なのだと認める他なかった。

 それらの発端であり原因となっている人物に対し、今はむず痒い気持ちを照れ隠しの要領で押し付けるのだった。




 ポポはセシルの反応を見て、怒りを一時忘れてほっこりした。

次回更新は金曜です。

次話までが黄金の陣の話になると思います。

長くてすみませんね(-_-;)

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