223話 神鳥右翼:黄金の陣④(別視点)
「……」
「「「っ!?」」」
「な、なんだアイツは……? いつの間に……」
音も無く忍び寄っていた危機に安堵するよりも、目の前の異質な者に驚きを隠せない様子の住民達。ポポは住民らを守るため、最も近い位置からその異質な者を見つめる。
一方、セシルはポポに絶対の信頼を置くかのように見向きもせず、目を瞑って瞑想しているようだ。力を練り、この街全域に届く力の解放に集中している。
ポポは翼は片方だけブレードのままで、もう片方はいつでも『羽針』が撃てるようになのかいつもの状態のままだ。
交戦準備の整っているポポから流れる光の粒子の他に、戦意も一緒に流れているようであり、辺りを緊張が包む。
「(この距離で全く気配を感じないとは……得体がしれませんね)」
ポポは異質な者に対してそう感じていた。確かに、ツギハギだらけの人物を見たら誰でも尻込みするか気圧されても無理はない。しかも口は縫い付けられているため満足に開けることすらかなわない様相なのだから、ポポの得体の知れないという気持ちは正常な反応である。
またポポの気配察知に引っかからないという点も実に不思議である。それは獣なら持っているのが当たり前なものであり、スキルにも影響されない極々天然のものである。スキルや技量で意図的に隠さない限りは生物であれば大抵感じる気配がないのはおかしなもので、姿を現しているのにそれが変わらないのであれば尚更である。
この者が異質であることを確信に至らせるには十分すぎる。
「……貴方は『ノヴァ』の一員と見ていいんですよね?」
「……」
今の状況で異質となれば、自ずと答えは出る。『ノヴァ』に連なる者である可能性が非常に高いポポは、一応の確認をする。
ただ、返答はなかったが。口元は縫い付けられているとはいえ、動く素振りすら見られなかった。
「無言は肯定と受け取ります」
「……」
やはり反応はない。目だけをポポに向けて、他の挙動は一切見られない。
まるで意思疎通ができていない状態だった。
「……はぁ、もう知りませんよ」
ポポはこの瞬間で割り切った。自分は声を掛け、しっかりと身分の確認をしたと。それでも反応しないのなら、確認をこれ以上行う時間が惜しいうえに無駄だ。例えこの相手が『ノヴァ』に関与していなかったのだとしても、殺しても仕方のないことだと腹を括ったのだ。
攻撃されてからわざわざ確認をしている時点で随分と心の広い対応をしているものだが、ここがポポの限界であったらしい。
「――え?」
住民らが驚いた時には、既にポポの姿はなかった。そしてツギハギの存在も。
辺りを見回しても何処にも姿はなく、強く吹きすさぶ風と衝撃、それとポポの身体の一部である羽兵が住民ら一人ずつに1枚少し残るのみだ。完全に置いてけぼりを食らっている。
だが、何処に消えたのかはすぐに分かることとなる。上から響いて来た戦闘の音によって。
住民らが上を見上げてその様子を見る中、セシルはただ一人だけ目を瞑って微笑むのだった。
◆◆◆
ポポもナナと同様に、自らが戦うことで第三者が巻き込まれることを考慮したのだろう。戦場を別の場所に移すために行動をまず起こしたようだ。
ただ、ナナと違って地上ではなく空中を舞台に選んだようだが。
ツギハギの人物に対し、まずポポは『転移』に近いレベルで瞬間的な移動を可能にする特殊な走法である『縮地』を使って急接近し、その巨大な脚で空に向かってボールのように蹴り上げた。
本来ならステータスが極限まで上がっているポポの攻撃力によってそれだけで終了を告げそうなものだが、どうやらこれだけでは足らなかったらしい。ポポはここで相手が確かな強者であると認識し、追撃を兼て今度は空に向かって吹き飛ぶ相手を地上側へと叩き落すべく、踵落としの要領で頭部に攻撃を叩き込んだ。
ツギハギの人物は対処どころかポポの姿さえ捉えることが出来ず、理解追いつかぬ間に一方的にいたぶられる。
ポポの今の動きは【体術】の動きによく似てはいるが、実際は【鳥拳】のスキルによる恩恵の動きである。
【体術】と【鳥拳】は名称と扱えるスキル技は違えど、その性質にそこまでの違いは存在しない。ただ、ポポが鳥であるから【体術】を使えないだけであり、その代わりに用意されていたのが【鳥拳】であるためである。
……そんなことはポポは知りもしなかったりするが。
方向を180度変えさせられたツギハギの人物は、そのまま地上に吸い込まれるように落下……というよりは吹き飛ばされる。
ただ、地上ではなく上空で叩きつけられるという珍事になってはしまったが。
「『空中庭園』」
それは、ポポが展開した独自のオリジナル技だ。単純に羽兵を絨毯のように空中に敷くというものだが、それを使えば空中の闘技場が出来上がるというもの。
闘技場ではあるがその見た目は美しく、ポポ自身もそれに近い見た目をしているため非常に似合っている。遠方からであればポポが何処にいるのか一瞬の迷いが生じそうで、軽く目くらまし程度は出来そうである。
足場はポポのステータスによって強固なため崩れるという心配はほぼ必要がなく、不安なのはポポの魔力が尽きるという事態に陥るかくらいのものだ。
ポポもその場にふわりと着地する。
「……! (まだ動けますか……)」
「……」
内心、ポポは驚いていた。初撃に関しては勢いよくやりすぎて住民達が吹き飛ばされてしまわないように配慮していたものの、空中であればその心配もいらない。踵落としをした時はほぼ全力で攻撃を叩き込んでいたのだ。それを受けてなお動けることには流石に驚きを隠せなかったのである。
何せ、これまで自分の攻撃に耐えうる相手など司やジークを除いて他にいなかったのだから尚更だ。仮にドラゴンであった場合でも、全身がひしゃげて潰れそうな威力なのだから。
仰向けに倒れていたツギハギの人物は、ギギギという表現が似合うような動きでゆっくりとだが起き上がる。ポポを変わらずに見つめる目に感情はなく、無機質なものであった。
そしてその目が、突如として白から黄色く変わる。まるで危険信号のように、ポポへの敵対を露わにしているようだった。
そしてポポの目の前に、紫色をした玉が何個も現れてはポポを突然襲う。ブオンという普段聞き慣れない音が、心を身震いさせてしまいそうだ。
「……!?」
「……」
……が、ポポはそれを軽く手で跳ね除けた。ゴミでも払ったのかというくらいに見えるが、軽くのつもりでその紫の玉を吹き飛ばせるのだから大したものである。
ただ、その直後に硬直してしまい、動かなくなってしまう。難しい顔をしていることから、思考が少し鈍っているような具合である。
ポポのその隙を逃さず、ツギハギの人物は一旦距離を取った。自身が今足を付けているこのフィールドに違和感はないらしく動きに迷いはなかったが、それは無警戒とも取れる行動でもある。咄嗟の行動であるため仕方のないことだが、しかし、別段何かが起こるということもないため何ともなかった。
「(今のは……『ダクネスガン』、ですかね? 昼間で何故? いや、それよりも……)」
目の前の人物の脅威度を毛ほども気にしていないのか、眼中にないように集中することもなくポポは頭の中で目まぐるしく情報を整理していた。
今見たものには見覚えがポポはあった。司が魔法の練習をしている際に見せていたものと全く同じだったからだ。
闇属性の中級魔法に値する魔法である『ダクネスガン』。ダークボールを強化したものを複数射出するというものである。闇属性を扱えるものであれば、案外ポピュラーなものと言える。
ただ、今気にするべきことは魔法を使ってきたということではない。相手は口が縫い付けられているため詠唱を行うことはできないのだ。そこから分かることというのはつまり……無詠唱を使ってきたということである。それと、属性を扱う条件を無視したという点。
勿論、無詠唱だけで言えばやり方さえ分かってしまえば誰にでも扱えるものではある。現に司達パーティメンバーは全員使えるようになっていて、自分も余裕で使えてしまえる始末だ。
だがこの世界でその方法を知っている者は限りなく少ないか、全く知識として伝わっていないかのどちらかなのも事実。あの【執行者】達でさえ司達が使うことに驚きを隠せない様子を見せていたことから、今目の前の人物がそれを行えているのが不思議でならなかった。
特に、昼間でありながら闇属性を扱うということはポポに衝撃を与えていた。
「(『ノヴァ』も無詠唱の方法に気づいたと見るべきなのでしょうか? それとも、まさか『ノヴァ』に関係なかったりして……おっと)」
ポポは思考しながらチラリと目の前を確認して、すぐさま我に返る。
気が付けば、ツギハギの人物は今度は別の魔法を展開しているようだ。次は同時発動を行っているのか先程の『ダクネスガン』を周囲に散らばせ、手には黄色く光る炎を用意している。ポポにいつでも襲い掛かれそうに準備を整えていた。
「(不可解ですね。まぁ頭には入れときますか。ただのタフなだけの相手に変わりないのは事実でしょう)」
結局、ポポが目の前の人物に抱いた感想はその程度に収まるだけであった。
重要そうな事実も判明したわけではあるが、相手をすることに関しては別段今危機を感じるようなものでもないと判断したのだ。強いことは強いが、自分なら軽く屠れると。取るに足らない相手という認識で。
「……」
――だからなのか、自分に向けて放たれる魔法が迫っても特に行動を起こさず、そのまま直撃を受けるポポ。
『ダクネスガン』はポポに当たっては弾け、紫の靄がポポを覆った。続いてその上から光の炎が覆い尽し、靄ごとポポを燃やしていく。
恐らく、『ダクネスガン』によってできた靄で視界を奪い、その僅かな隙を突こうとしたのだろう。この光の炎は名前こそ忘れたが光属性の魔法であるし、先に闇属性を浴びせてから光で浄化することで威力の底上げを狙ったとポポは炎に包まれながらその時思っていた。
「――この程度の魔法なんて私には効きやしませんよ。……ご主人ほどでなければね」
やがて光の炎が消えたところで、ポポの姿が露わになった。火傷を負うことも、『ダクネスガン』による影響も一切ない姿で、以前変わらぬ神秘的な姿のままで。
魔法への耐性だけで言えば、ポポは司すら上回る。対魔法特化の抵抗力を持っているのだ。
ナナがポポに絶対に勝てない理由はここにあり、ナナの攻撃はポポに一切の傷も与えることは不可能である。
覚醒状態のポポに傷を与えるには、魔法以外の方法しかほぼ存在しないのだ。勿論魔力に頼り切ったスキル技等も含まれるため、完全に純粋な物理攻撃のみである。
「……」
ツギハギの人物が何を考えているのかは分からない。ただ、魔法が通じないということだけは頭で理解したに違いない。
ツギハギの人物は始めにポポに対して不意打ちをしてきた凶刃……仕込みナイフを腕の関節部分から皮膚を裂けながら出し、左右に動き回りながら確実に距離を詰めてくる。
随分な速度であるため見切るのは難しい。左右へ移動する度に聞こえてくる風を切る音がそれを物語る。
「(鈍い)」
――しかし、ポポは興味無さげにそう思うだけだった。この動きを見ている間だけで、どれだけコイツを殺せていただろうかと数えてしまえるくらい、動きが鈍く見えてしまっていた。
だが、決してポポは油断していないのは事実だ。殺せるものならとうに殺している。だがそれをしないのは、先程見せた無詠唱のようにまだこちらが驚く事実があった場合は見ておきたいという考えがあったためである。
得るものが何もないよりも、相手がどんな技術を持っていたのかくらいは知っておくべきだと思ったらしい。
しかし流石に魔法であれば問題ないが、物理に至っては完全に安心はできない。毒物や特殊な効果を付随した攻撃をされて苦戦するのは避けたかったようで、ポポは相手を寄せ付けまいと行動に出る。
ナイフがポポの懐へと伸びて来たところで――
「近づくと焼け死にますよ?」
「……」
うねるようにポポの全身を、燃え盛る緑黄炎の業火が包み込む。ポポの体毛と同じ色の炎。急上昇した温度によって景色が揺らぎ、熱風がツギハギの人物を襲った。
相当な温度であったのだろう。あと少しでポポへとナイフを突き立てることができたにも関わらず、たまらずに攻撃を中断して後退していった。ただ、それでも素肌が若干の黒味を帯びていることから回避しきれなかったようである。
勢い余って地滑りしながらポポから距離を取り、一瞬視線を外して見上げた瞬間――
「ま、離れれば切り刻まれますがね」
「……」
ツギハギの人物の身体が、次々と裂けていく。炎に続き、次は不可視の風の刃が襲ったのである。
当然、ツギハギの人物からすれば何が起こっているのか見当もつかないだろう。痛覚を持たないのか表情にこそ出ていないが、あるのなら叫び散らす程の痛みであるはずだ。一秒ごとに全身に刻まれる傷の数は劇的に増えていく。
その場から離れようとするほどにその攻撃は苛烈さを増していき、迂闊に動くことができないようだ。何処にも逃げ場のない状態が続く。
やがて刃の嵐が終わると、そこには立つのがやっとなくらい悲惨な姿を晒すツギハギの人物がいた。
変わらないのは態度と無表情であるという点のみだ。他の点は数秒前とは雲泥の差であり、丸っきり別人と称しても問題ない程に痛めつけられている。
「逃げ場なんてもう何処にもないんですよ。私の領域に入り込んだ以上生きては帰しません」
「……」
「死んでください」
ポポは自らに纏っている炎を振りまきながら、冷たく言い放った。
次回更新は土曜です。




