219話 神鳥左翼:白銀の陣⑥(別視点)
ちょっと文章量短めです。
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「クォォ……っ!」
「怖がんなくていいんだよー。こっちおいでよー」
人気のないアルの元に、とある白髪の青年が忍び寄る。
アルはその男が一歩近づく度に身体の震えを強くし、今にも走り出してパニックを起こしそうになっている。ユニコーンが神聖な存在と言えど、決して強いかと言われればそうではない。あくまで存在が神聖であって、強さに繋がるわけではないのだ。
更にアルは元々自身の免疫能力がほぼない程に虚弱であり、弱い個体でもある。今一緒の小屋にいる他の馬の方が馬力は高いと言ってしまえる程だ。
外敵に対する抵抗力は皆無であった。そのため、今目の前にいる男がジリジリと距離を詰めてくるのを止める術を持っていない。
「アハハ! 可愛いなぁこの子。怯える顔もいいねー」
「……っ!」
アルが怯える様を楽しく見つめる白髪の青年は、アルのその状態を楽しんでいるようだった。まるでそれが何か? とでも言いたげに、気にもしていない。
「……んじゃ、ちゃっちゃと終わらせちゃおっかな」
青年はアルの入っているスペースの柵を開けて中に入り、アルへと手を伸ばす。
「……あり?」
あと少しで触れられるところまできて、その手は止まる。氷の膜がアルと青年の間に割って出現したのである。
そしてすぐさま、小屋の屋根を突き破って巨大な物体が現れる。
「アルちゃん!」
「「っ!?」」
ナナだ。木の屋根が破砕した欠片と藁を全身に被った状態で上からドスンと着地し、青年の後ろへと降り立った。
他の馬は青年の底知れぬ何かに一歩も動けずにいたが、ナナの登場で臨界点に達したようだ。プツン――と糸が切れたように騒ぎ立て始める。
「うぇ!? も、もう来ちゃったの? ……や、やぁ神鳥さん。ご無沙汰だね?」
「誰だお前は!」
ナナの突然の登場に青年は心底驚いた反応をするが、順応が早いのか言葉を投げかける。
ただ、ご無沙汰と言われてもナナはこの青年に見覚えはないため粗暴な反応だ。少なくとも悪意を持った相手だと決めている以上、言葉遣いに遠慮はない。
ナナは問答無用で青年を氷で閉じ込め隔離する。
「うわわっ!? ……えっと~……ゴホンッ! どうも、『ノヴァ』が『執行者』、第五位の『虚』ちゃんで~す。こうして会うのは初めてかな?」
「っ!? お、お前が『虚』!? っ……いいからアルちゃんから離れろ!」
氷で閉じ込められたことに驚きながらも、青年はナナへと律儀に挨拶をする。そしてその自己紹介に、ナナは目を見開いた。
自分達がかつて苦汁を舐めさせられた相手。そしてヒナギが相手をしてくれていたモンスター共の主、それが今目の前にいるのだ。緊張感がナナに生まれる。
ナナはもう一度命令口調で『虚』に声を張り上げる。
「と言われてもさ~、このままじゃ離れられないよ~」
ナナの言葉に軽く返す『虚』。
実際『虚』の言うことは正しく、閉じ込められた状態でアルから離れることは無理な話である。離れるにはナナが一度氷を解除しなければならない。
――だが。
「こうやって解放してくれないとねー」
「っ!? え……なんで……」
『虚』を覆っていた氷、それはスゥ……と消えていく。自らの意思とは無関係に魔法が強制解除されたナナは、何故消えたのかに戸惑う。
そんなナナを尻目に、『虚』は深いため息を盛大について身体をブラブラと動かし、独り言を呟く。
「う~ん、勘付くのが早すぎるよぉ。……もう少しでこの子従魔に出来そうだったってのになぁ……参っちゃうなぁもう」
「……アルちゃん。ちょっと待ってて、すぐにコイツ片づけるから」
「クォ……!」
ナナはひと先ず自分の魔法が消されたことについては警戒しながらも置いておき、今もなお不安そうなアルを安心させる。強気な言葉を言うことによって。
「うわーそれは大変だー。早く逃げないと僕死んじゃうかもなー」
片付けると言ったナナの言葉に対し、棒読みで言う『虚』からは全く精気が感じられない。茶化しているようであるが……どこかそれとは違う雰囲気を漂わせている。それは得体の知れない不気味さを匂わせているとも言えた。
それが、更にこの場の緊張感を高まらせる。
「――でもでもぉ、ちょっとある意味チャンスかなぁ? 電撃抑えててくれてるのって君だよね? それなら君ハンデ背負ってるっぽいし……君を代わりに従魔にするのも――――悪くない」
ここで、標的を変えたからなのか無の顔になった『虚』。それまでの光の無い瞳は変わらないが、表情だけは発言に合わせてそれっぽく取り繕っていたはずだ。しかし、それすらもなくなった。
一般人の服装となんら変わらない自然な見た目。そこから感じ取れていた雰囲気が……変わった。
一方ナナの方も、それに合わせて目つきを鋭くとがらせる。その内心は、自分の主は司以外あり得ないことからの反発の意思の表れだ。その絶対の定義を示すように『虚』へと言い返す。
「……へぇ、『虚』のお兄さんいい度胸してんじゃん」
「何せ空っぽなもんで、テヘッ☆」
「気持ち悪いねお兄さん。見た目も魔力も……ねっ!」
「げっ!? 不意打ちとか酷――!?」
「っ!」
ここで、ナナは不意を突く形で魔法を発動させた。その魔法に名はない。ナナが即興で作り出したオリジナル魔法。それで『虚』の足元の地面を盛り上がらせ、上空へと勢いよく吹き飛ばしたのである。
すぐに気づいた『虚』も反射的に動こうとするが、気付かぬうちに足を氷で繋がれて思うように動くことは出来ず、そのまま屋根を突き破って上空に吹き飛ばされた。
「なにがどうなって……ぐへっ!?」
「……!」
自らも『虚』を追って空に飛び立ち、追い打ちをかけるナナ。空中で混乱し身動きの出来ない『虚』に向かって、今度は巨大な氷でできた拳で殴りつけ、吹き飛ばす。それと同時に、『虚』からは情けない苦悶の声が漏れた。
弾丸となった『虚』は、オルヴェイラスの開けた地点に向かって飛んでいく。そしてナナもそれをすぐさま追っていく。
「クォ……」
アルはそれを、ただジッとして見つめていたのだった。
◆◆◆
アルの貧弱さを考えたナナは、このまま『虚』と戦えばアルを巻き込むと思い、広く戦いやすい場所へと移動したかったようだった。
その戦いやすい場所は……先ほど兵士たちが集合していた広場。現在は全兵士が掃討戦に繰り出しているため、この場にいるのはナナと『虚』だけだ。
勢いよく地面に叩きつけられた『虚』は勢い余って道端にそびえ立つ巨木に直撃し、それを粉砕してできた残骸をかき分けて、むくりと上半身を起こして体の節々を擦りながら軽口を叩く。
「うっひゃぁ~、無詠唱鬼畜すぎるんじゃないかなぁ? しかも氷で殴られるとか……初めての経験だよ。痛いし酷いしえげつない。神鳥さんはホント恐ろしいな~……あいてて」
「あ、そうなの? だったらもっと未知の体験をさせてあげるから覚悟して。今から東の借りを返させてもらうよ。――腐って腐臭を放つのと骨の髄まで凍らされるのと……どっちがいい?」
死に方を選べと言うように、ナナは『虚』へと選択を迫る。
司は今回何かの拍子に突然殺意を芽生えさせ、そして殺すという決断に踏み出すに至ったわけだがナナは違う。とっくに人殺しの覚悟などできているのだ。『ノヴァ』が相手なら尚のこと。
そして、殺し方についても遠慮する気持ちは一切持ち合わせていない。どれだけ屈辱的で悲惨で惨たらしいことであっても、それを行えるだけの覚悟と精神を持ち合わせているのだ。この世界に来たばかりの時は優しさの塊だったナナをそうさせたのは……無論『ノヴァ』が原因だが。
『虚』はゆっくりと立ち上がりながら、ナナの問いかけに答える。
「……よっこいしょっと。う~ん……どっちも嫌かな?」
「なら両方で!」
この時点で大した怪我を負っていないのは、やはり強者である証か。『執行者』と言われるだけのことはあると、ナナは思った。
ナナは勿論だが、『虚』の方も特に焦ったような表情はない。どちらも自分の方が強者だと思っている者同士が、戦闘を開始すべく目の前の存在に対して意識を集中した。
ナナの周りに、可視化した魔力が滞留し始めた。
次回更新は月曜です。




