216話 神鳥左翼:白銀の陣③(別視点)
「では、今度こそ早急にモンスターを討ちに行って参ります」
先程から一喜一憂の激しいヒナギだったが、ナナの策略によって『一喜』側へと戻ることができたようだ。
その目に宿す決意は、先程のものと同じなのか……それは分からないが。
ただ、流石にヒナギのことであれば、限りなく邪推な気持ちは今ナリを潜めているとは思える。
「うん、頑張って。あと、最初のモンスターの所までは送ったげるよ」
「送る? それはどういう……?」
「飛ばすって言った方が正しいかなぁ……」
飛ばすという言葉にヒナギが不思議な顔をする。
ヒナギの知る限りでは、ナナは自ら飛行する以外の移動手段を持っていないはずだからである。
ナナは街のほぼ中心であるこの場所に陣取り、街の周囲に展開したモンスターへの対処と空からの攻撃に備える必要があることが決まっている以上、この場を離れることはできないはずなのだから。ヒナギの疑問は真っ当である。
それでも、私に任せなさいと言わんばかりに、ナナは胸を叩きながら得意気にヒナギに告げるのだった。
◇◇◇
ドシュッ――
オルヴェイラスの景色の中に、ある一つの残像が駆けた。そして勢いよく何かが撃ち出された音も。
ナナが何かしたことは間違いない。音と同時にヒナギの姿いなくなったのだから……。
その事実を、近くで見ていたフェルディナントは感心したように見つめていた。それが大きな点から小さな点へと変え、見えなくなるまで見届けた後に、ようやくナナへと感嘆の声を漏らす。
「――そのような魔法の使い方は見たことがないな」
「うん、だって本来の用途じゃないだろうし~。ま、別にそんなの今はどうでもいいよ」
「簡単に言うのだな……」
と、フェルディナントの感嘆する声は予想済みで、自分のしていることが普通と違うことなど分かっている様子のナナ。それに対してフェルディナントは少々困惑したような顔へと一瞬だけ変え、その後……
「『各兵長! 第一から順次状況を報告せよ!』」
また例の魔法を使い、声を拡散させた。
『こちら第一部隊、所定位置まで移動完了しております!』
『こちら第二部隊、道の損壊により迂回して現地に向かっています。もう暫しの間時間が必要になりそうです』
『こちら第三部隊――』
その声を聞いた各々の部隊の兵長が、現在の状態を順次報告していく。
既に、先程ヒナギが恥ずかしさでいじけている時にナナに耳打ちされ、各部隊を所定の位置に移動するよう、フェルディナントは指示を出していたのである。
まだ何も知らないそれぞれの部隊だが、既に準備が完了している部隊、まだ配置に付けていない部隊と様々ではあるものの、着々と準備は進んでいるようだった。これはオルヴェイラスがグランドル程広くはないからではあるが……それでも随分と早いと言っていい。
「『……そうか。配置についた部隊は感覚を研ぎ澄ましておけ。それ以外の部隊は急ぐのだ』」
言わずもがな、ヒナギ効果によるものだろうなと――フェルディナントは思っていたりする。
内心ではまだ配置に着いていないとしか思っていなかったのだからそれも無理はない。
ただ、オルヴェイラスは小国だ。グランドルよりも小さな規模である以上は展開にはそこまでの時間を必要としないのも確かだ。小さいからこその準備の早さもあるだろう。
勿論、相手側からしてみても同じようなものだが。大国を相手にするよりも遥かに相手にしやすい。
こちらの布陣を突破されてしまえば、すぐに制圧されてしまうというリスクがあるとも言えるため、どちらとも言えないかもしれないのが正直なところである。
◆◆◆
それから少しして……。
『フェルディナント様。第8部隊配置に到着致しました』
「『……全部部隊、準備が整ったようだな。すぐに指示を出す、暫し待たれよ』
『ハッ!』
精霊の通信を通して、兵士からの連絡が入る。準備が整ったようだ。
ヒナギが相手にする個体は、南に位置する方角からオルヴェイラスに忍び寄ってきている。そしてもう一匹の個体はその正反対側である北からだ。戦力を分断せざるを得ないいやらしい布陣である。後は残りの雑兵がオルヴェイラスを取り囲むように展開している状態なわけだが……それら全てに均等に兵を当てるようなことはしていない。そもそも出来ないうえに効率が悪いからである。
ヒナギがいる方向へはあまり兵を向けてはいないのだが、それはかえってヒナギの邪魔をする羽目になっても困る考えからだ。それならば、他の部分に火力を集中させて戦況を安定させる方が良いと考えたらしい。
オルヴェイラスが抱える部隊は、8つの部隊のみ。決して多くはなく、今回の事態ではあまりにも手が余る戦力なのは間違いない。
普通に戦ったところで勝算はない。そんな状態の中でフェルディナントとナナが見出した作戦は……持久戦である。
まずは壁を形成するように兵を展開して相手を押し留め、その間にヒナギが例の個体を倒す。個体を倒した後ヒナギはオルヴェイラスの外壁代わりの木壁を左周りに移動しながら反対側を目指して移動、東門を経由して北門へと移動をしていく算段である。当然、道中のモンスターは殲滅していく。
……と、ここまでが作戦の前半に当たる。
後半は、北門にヒナギが到着次第、そこに戦力を最も集中させていた兵達は即座に左周りに移動を開始。残った北西と西南の全モンスターを、ヒナギと別れた南に配置された初期部隊と同時に挟み込むように屠っていくことになっており、これら全てを行うことでモンスターを殲滅できるハズとのこと。。
これが、2人の作戦。ヒナギの力を限りなく信じ、安定した勝利を求めた結果だ。
荒削りの面があるのは否めない。しかし、即興で考え付いた割にはまともな成果を出せそうなものだと、不思議と思える。
「フェル様、今からあの受け止めている電撃をモンスター集団に打ち込む。もしかしたらあれだけ効いたりとかするかもしんないしー。それと同時に兵士さん達を突撃させてくれない?」
「そんなことができるのか?」
準備の整ったことを確認したナナは、フェルディナントの方を向きながら電撃を指す。
上空でナナが氷で受け止めている複数の電撃。それらを、敵集団に打ち込むのだと言う。
今見ている電撃をどのようにして敵集団に打ち込むのかが分からなかったフェルディナントは、当然その言葉が本当であるのか確かめるべく、聞き返す。
「当然。なにも受け止めるだけが芸じゃない。使い方次第でなんとでもね……。兵士さん達には驚かないで平気って言っといて~」
「分かった……『全部隊、これより――』」
電撃も熱線も、それら全てが終わってからモンスター達は展開した。それはもしかしたら、奴らの攻撃はモンスター達にも被害を及ぼすからなのでは? と、ナナは考えていたのだ。
こちらからの魔力が通じないのは確かだが、奴らの魔力については検証していないのでどうしようもない。自身の中で魔力の知識をフル活用して思い出し、連中ならばこちらの常識を軽く越えてくると予想した結果、ナナはその可能性を試してみることにしたようである。
フェルディナントが横で連絡をしているのを確認しながら、ナナは運命の時を待つ。
数秒後……
「……っ! 行っくよ~! かますぜぇ~!」
先程からずっと上空で均衡状態であった電撃が、突然カクンと向きを変えた。ナナが氷の受け皿を90度角度を変え、光を反射するように真横に方向を変えたのだ。――3つも。
それぞれが南を除いた方角へと飛んでいく様は、誰も見たことのない光の帯を作り出す。今までせき止められていた鬱憤を晴らすかのように、怒涛の勢いでただ真っすぐに進んでいった。
どうやらヒナギのいない方角全てに向かっているらしい。
「おっとっと、危ない危ない。あーしてこーして……ちょいちょいっとな」
しかし、そのままでは電撃はただ並行して空を飛行するだけとなるだけだ。ナナは慌ただしく新たにその電撃を反射する膜を同時に何度も作り出し、方向を調節してモンスター達がいるであろう場所まで誘導していく。
一度に複数のことを同時にやってのけることがどれほど難しいことか。ナナの思考回路を今フルに活用して動かしていることだろう。
この間にも残りの電撃を受け止め続けているのだから、もしそれがなかったら苦労すらしていない可能性すらある。
今ナナが行っていることは、常識では考えられない離れ業だ。
カクカクと方向を変えた電撃達は、最後……同時に直角に方向転換をした後、森の中へと降り注いだ。
激しい稲光、爆砕して何かが弾ける音。そして……
「よっしゃぁ! 直角球ど真ん中ストライク、どんなもんだい! 今だよフェル様、突撃させて!」
野球の変化球を決めたようにはしゃぐナナは、すぐさまフェルディナントへと声を張りあげる。
即座に反応したフェルディナントも、声を張り上げて号令を掛けた。
「っ……『全部隊突撃を開始せよ! 攻撃と撤退を繰り返して足止めするのだ! 其方らの健闘を祈る!』」
『ハッ! 行くぞお前達!』
『『『ウオォオオオオオッ!』』』
「ゴーゴー!」
兵士達の唸り声が、フェルディナントの通信を通して伝わってくる。
すぐそこに部隊がいると思える声量は、ナナの士気をも「あげたらしい。ナナも兵士達と同調して、共に声をまた張り上げた。
こうすることで、共に自分も戦っていることを伝えようとしている意図もあるのかもしれない。戦いにおいて気持ちは極めて重要なのだから。
「始まったか……」
「……うん」
電撃の放つ閃光が途切れる前に、その光の中へ各部隊は突入していった。
後はもう止まらない。この戦いを経て最後まで立っていた者達が勝利となるだけである。
「ナナ殿……ヒナギ殿は本当に一人で大丈夫なのかい?」
「んー? 心配?」
「いや、我々がどうこう言える立場ではないのは確かなのだが……」
戦いが始まってしまったことに一層厳しい顔をしてしまったフェルディナントだったが、既に戦いを始めている者のことが気になったようである。
今回、恐らくナナと同等と言えるくらいの役割を持ち。特に補助も無く、たった一人で戦いに赴いて行った強き女性のことを。
「う~ん。まぁその気持ちは分かるんだけど……もう気にするだけ無駄じゃないかなぁ?」
ただ、ナナには特に心配した顔は見られない。それ以前に、心配とは別の顔をしているような……困惑した様子を見せてしまっている。
「どういう意味だい? それは」
「いや、それがさ? 思った以上にヒナギ頑張ったというか変貌したというか……。必死に追いつこうとした結果なの、かな……アハハ、ハ……」
フェルディナントの聞き返しには、ナナはそう答えるしかなかった。
ナナもヒナギのことを信じていたし、負けるなどと思ってすらいない。
「(えっと~……うそん? 何コレ、ちょっと予想外すぎてどう反応していいかわかんない)」
ただ、予想したモノと違うことがあったことが、ナナをそんな顔にさせていたのだ。
「――もう一匹目はとっくに終わってる、みたい……」
「なん、だと……?」
ただ、そう言うことしかナナには出来なかった。
兵達はまだ開戦を始めたばかり。その僅かな時間の間に、ヒナギは勝利を一つ収めていたのであった。
◇◇◇
電撃が降り注いだ瞬間に、別の所でも鈍い大きな音が立て続けに一瞬で起こる。その音は電撃の轟音でかき消されてしまったものの、確かに音として森に消えていった。
オルヴェイラスの綺麗な景色を織りなしている木々達。それらは一部幻想的に氷結し、霜を降り積もらせている。冷気で辺りはうっすらとだが満たされ、その場に居合わせたら氷の世界へと誘われた錯覚を人に与えることだろう。
ただ……その美しい光景を乱す景色もある。
ゴポッ……と、地面からガスの様に噴出している紫色の毒素と、溶けて腐っている木々の群れ。見るだけで不快感を覚える光景は、知っていたらその場に来ることはないと思わせる。そんな光景も一緒にあったのだ。
その美しい景色とおぞましい景色のどちらも体感できる中心で、ヒナギは刀を鞘へと納める。その周囲を飛び交う、無数の白い筋をチラつかせながら。
「……ふぅ」
軽く息を吹き返すヒナギの足元には、非常に細かな肉塊と血だまりが点在している。原型を留めず、元の姿が分からない程に肉の髄までバラバラにされた残骸は、緑の匂いを一気に奪い去っていた。
鉄臭い、血生臭い匂いだ。嫌悪感を示すには十分すぎる程の臭気である。
それでも顔を歪めることなくその場に立ち、軽く周りを見回して周囲を確認するのは……その惨状を引き起こした本人だからなのか。極めて落ち着いた様子だ。
「……なるほど、ここまでバラバラにすれば再生しないのですね」
そう言って、ヒナギは走り出した。白い筋と共に森の中へと。
次なる標的である反対側の個体を倒すべく、手筈通り左回りに向かいながら……。
その姿は、まだ誰も見たことのない姿であった。
次回更新は日曜です。




