表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第五章 忍び寄る分岐点 ~イーリス動乱~
215/531

213話 戦う意思

 ◇◇◇




 ハルケニアスの方角に向かって全速力で駆けていく。

 地面は平坦ではないうえに木々が生い茂っていて邪魔だが、なるべく魔力は温存しておきたいため『エアブロック』の使用は考えていない。魔法なしでこのままハルケニアスへと向かう。

 もしもこれで夜間だった場合は道に迷って大変だっただろう。その場合は空を駆けることも考えたかもしれないが、今は昼間だからその心配もいらない。

 心配がいるとしたら……俺自身の問題が一番深刻かもしれない。


 幸いにも表面上は怪我は全て治り、なんとか身体は機能してくれているようだ。……あくまでなんとかであってギリギリだが。

 皆には気づかれなかったのは幸いと言っていい。もしかしたらセシルさんにはバレていたのかもしれないが、上手くやり過ごせたのではと思う。セシルさんの心を見る力が完全ではないことがこのタイミングで分かったのは不思議なものだ。


 高速で変わりゆく木々の景色を感じながら、俺は宝剣へと話し掛ける。


「なぁ、シュトルムの居場所って分かったりするか?」

『………』

「そうか。なら感知できたら教えてくれ。少しでも早く合流したい」

『………』

「……俺のことは気にするな。なんとか保たせるしかないんだから……」


 精霊との親和性の高い宝剣なら、同じく親和性の高いシュトルムとの相性も良い。同じ共通点を持つもの同士、互いに存在を把握することはそれほど難しくはないはずだ。


 今なら宝剣からどんなものが俺へと伝わってくるかがよく分かる。今までは俺が受け入れようとしていなかっただけで、コイツは俺に向かって話し掛けてくれていたのだ。『勇者』から譲り受けたあの日から。

 だから今も心配してくれている。こんな邪険に扱ってきたというのに、俺の身体の心配をしてくれている。


 ……済まない。


「『影』を殺すにはお前の力が必要不可欠になる。ぶっつけ本番になるが、よろしく頼むぞ」

『………!』


 宝剣との関係を見直そうと思った俺は、その手始めとしてだが共同作業から始めようと考えた。

『影』を殺すという物騒極まりない内容から始まってしまったことが残念ではあるものの、ある意味結束を強めるきっかけになればと思う。


 すると……


「っ!? アイツは……」


 俺達の進行方向から、緑の景観には似合わない体色をした怪物が目に入る。

 一昨日ヒナギさんと目撃したあのギガンテス、そいつが木々の合間からこちらに向かって歩いてきていたのである。

 周りにはお供なのか少しだけ小さくなった同じくギガンテスを従え、他にはオークの軍勢が固まって動いており、木々を薙ぎ倒しながらこちらに向かってきているようだ。

 まるでラグナの災厄の時のモンスター集団のような連携を取っているということはつまり……連中の差し向けたモンスター達ということだろう。その内の一匹が『虚』の使役する従魔なのは間違いないため、否定できる要素が皆無だ。

 ただ、この前と違うのはこのモンスター達全員が武器を手に持っていると言うことだろうか……。ラグナの時も何匹かは持っていたが、全ての個体が持っているのは見たことが無い。


 精鋭……知能の高い集団の集まりなのかもしれないな。

 いらぬ知恵を持ちやがって。


 急いではいたが一旦俺は足を止め、奴らについて情報を確認する。

 向こうも人の匂いに勘付いたのか足を止めて周囲を警戒しており、その内俺のいる方向に目を向けて動かなくなってしまった。そして俺には分からない言葉で相談をしているあたり、まず間違いなくこちらの存在についても気が付いているように見える。

 でもこれは当然かもしれない。あのギガンテスは気配を殺した俺とヒナギさんに気づくくらいに気配察知に秀でている個体だ。見た目とは裏腹に警戒心が非常に高いことは既に知っているためそこまで驚きもない。


 ただ……それがどうしたという話ではある。

 危険なのは明白。オルヴェイラスを囲むように展開したモンスター集団の一つであれば……捻りつぶすだけだ。

 ついでに俺の通り道にいるんだから、邪魔をしてこないわけがない。それなら邪魔をされる前にこちらから先手を打つに限る。

 幸いにも向こうは前回ぶちのめされた相手である俺がいるとあのギガンテスは分かっているのか慎重に様子を見ているようだし、一瞬で事足りるくらい隙だらけみたいなものだ。


「……ナナとヒナギさんの負担を軽減、それとお前の性能を知るためにも利用させてもらおうか。……行くぞ」

『……!』


 相手に気が付かれることも無く、姿を捉えられることもなく、一瞬で斬り伏せてやろう。


 俺は宝剣を強く握りしめて、ギガンテスの足元へと音も無く一瞬で近づき……宝剣の力に頼りきってただ全力で身体と腕を振り回した。

 このギガンテス以外の奴らなら、余波だけで十分だろう。


「『螺旋』」

「「「………」」」


 俺の放った剣術スキル技である『螺旋』。それは群れの中心にいたギガンテスを始めに屠り、その被害を拡大させてモンスター集団の一つを完全に潰すことに成功した。

 俺の方を見る間もなく斬り伏せられたことから、苦しみと恐怖を覚える間もなく逝ったのだろう。呆気ない死であった。

 振るった宝剣は渦が拡大するような軌道を描いて周囲を巻き込み、やがて拡散して消えていくような光景。それが俺には見えた。

 ヒナギさんが使った綺麗な『螺旋』とまではいかなかったものの、個人的には文句なしと言ったところか。


 しかし、『螺旋』はモンスター達以外には被害を出していない。それは【隠密】の効果によるもので、俺は今モンスター限定で『螺旋』が影響を与えることを考えていたため、それが反映された結果である。

【隠密】の恐るべき点は、例え俺がどんな強力な攻撃をしようが意識している限り対象外のモノは影響を受けないということである。これは強い力を持つ人ほど恩恵を受けやすいスキルと言えよう。

 ただ、副次的な結果による影響に関しては意識が回り切らないことがあるため、完全に安全とまではいかなかったりする。そこは訓練の度合いや判断が必要となってくるし、やはり経験の浅さは致命的なスキルでもある。油断や慢心をしたらいざという時に誰かを傷つけかねない。


 まぁ、今に限っては成功したのは確かだ。


 宝剣に2つある能力の内1つ目の能力は、しっかりとあのギガンテスに効力を発揮しているようであり、バラバラになって飛散した肉片からは再生の兆しがこれっぽっちも見えない。

 魔力を断ち切る能力。あのギガンテスやブラッドウルフの異常な再生能力を可能としているのは例の指輪と似たものであるが、それもあくまで魔力を伴っていることは分かっている。ヴィンセントから回収した指輪をヨルムさんらが解析し、それを学院長から聞いた時に魔力波を検知したと言っていたことから当たりを付けてはいたんだが……どうやら間違っていなかったようだ。


 宝剣は例の指輪の再生能力を無効化することが可能。それを今確信した。


 連中が作った例の指輪さえも無効化できると言うことは、大抵のことだったら無力化できるのではと予想できるものだ。魔法だって恐らく刀身に当たりさえすれば無力化できるに違いない。

 異世界人の中では力が若干乏しい『勇者』がこの宝剣を授かったのは、ある意味必然だったのかもしれない。


 ……と、そんな考察と状況確認はさておき。


「最高の切れ味だな。魔力と肉体を同時に切り捨てるとか凄いなお前」

『………!』


 魔力を断ち切り、類を見ない切れ味と力で対象を斬り伏せる宝剣。こんな万能な剣が他にあるかと言われれば、ほぼないとしか言えない。

 まさに精霊王という伝説上の存在が授けたに相応しい一品である。

 俺が宝剣の凄さに言葉を漏らすと、宝剣は手元で嬉しそうな反応を返してくれる。


 これから良き適合者になれればいいな。


「この調子で頼むな……っつつ!? ぅ……やっぱ痛むな……」


 突然、身体中に電気が走ったように鈍い痛みが走る。

 一瞬ではあった痛みだが、余韻として残った痛みが少々辛い。軽く顔を歪ませてしまう程には。

 俺は耐えかねて地面に膝をつき、身体を抱え込んだ。


 額にじんわりと汗が滲む。これは今の『螺旋』で生じた肉体行使の影響が響いたものだろう。

 やはり相当俺の身体は今ガタがきているようだ。俺が回復していく姿にセシルさんが疑問に近い言葉を漏らし、自分の秘術はこんなに効果はないと言っていたが、まさしくその通りだ。

 傷は治っても、身体には痛みが残っているし疲れも残る。あくまで命を散らさせないために施す応急処置と延命を可能にするものであって、全快させるものではないということだろう。

 処置を施されての個人的な感想だが、治癒促進によるものなのか身体が一時的に傷んでいるようにも思える。

 本来なら休息を取らなければならないところを無理して動いているのだから無理もないが。


『……!』

「……大丈夫、平気。取りあえず、先を急ごう」


 宝剣が心配してくれるが、その気持ちだけで十分だ。

 身体が動かせればそれでいい。まだ動けて全てをやりきれなかったでは意味がない。動けなくなってやっとやり遂げるくらいの気持ちでいかないと駄目なんだから。


 俺は痛む身体を堪えながら、またハルケニアスへと足を向けるのだった。




 残ったギガンテス達の死骸がその後どうなったのかは分からない。




 ◇◇◇




「あ、なんか反応が一瞬で随分と消えた。……ご主人かなぁ?」

「道なりにでもいたんですかね? 一瞬で消えたんなら間違いなくそうでしょうけど」


 司が屠ったギガンテス達の集団を、ナナは展開していた魔力感知でいち早く察した。

 指示を受けてからまだその場で少しの考える時間を要したメンバー達はまだ移動を開始していない。まだほとんど時間が経過していないという理由もあるが、司が最後言ったフェルディナントがここにくるという言葉が気になったこともこの場にまだ留まる理由になっていたようだ。

 その最中に、すぐさまナナが大量のモンスター消失を感じ取ったわけである。

 こちらはそれだけでしか判断ができないため確信を得ることはできないが、どちらにせよ手間が減って助かるという認識だった。


 それからすぐに……


「其方ら! 無事だったか!」


 こちらに近づきながら発せられている聞き覚えのある声が、メンバー全員の耳へと入ってくる。

 フェルディナントである。

 オルヴェイラスのいたるところに生えている木をつたって来たのか、淀みのない動きでフェルディナントがナナ達の元へと現れたのである。……上から。

 スタッと音を最小限に地面に着地したフェルディナントは、すぐさまナナ達へと合流する。


「ホ、ホントにきたね……」

「えぇ」


 司の言った言葉が事実であったことに少なからず驚きがあった面々は、フェルディナントの姿を見てそう言葉を漏らす。

 未来予知というものを体験したのだからそれも無理はない。

 去る前に、司はすぐに(・・・)フェルディナントが来ると言っていたのは本当だった。実際にこの場に来るだけでも大変驚きを覚えるものだが、『すぐ』という言葉が付け加えられ、未来予知の難易度が上がった状態でなお言い当てたのだから、司の言うことは間違っていないのだろう。

 恐らくは他の事に関しても。


「ん? なんだい?」

「あ、こっちの話だから気にしないで。それとこっちは平気。ご主人が危なかったけど、もうあの熱線みたいなのは来ないから安心していいよ」


 自分達が今目を丸くしていることに反応したフェルディナントにあくまで自分達のことだからと伝え、ひとまずは先程の脅威は来ないことを述べるナナ。


「あれは熱線、だったのか? いや、それよりも……この世の終わりかと錯覚したよ。先程のアレを防いでくれたのはやはり其方達だったか」

「ご主人ね。こっから先は私が代わりに任されてるけど……」


 あの熱線を思い出したのか、フェルディナントが青ざめた顔になる。

 司達がいなければあの熱線の飛来を食い止めることができなかったのだから、もしもいなかった場合を考えているようだった。

 その場合に待っている結果は、間違いなく滅び。オルヴェイラスの歴史はそこで閉ざされていたという考えしか出てこなかったのである。

 自国の、今はもう退役してトップではないとはいえ、フェルディナントは元王だ。当然この国を愛する心は持っているし、慕ってくれる民達に対してもその気持ちは同様である。家族のような見えない繋がりを持っていることを誇りに思っているくらいなのだ。その者達もろとも世界からいなくなるかもしれなかったのであれば、心境は想像もつかない程に不安が詰まっていることだろう。


「そうか……感謝致す。して、そのツカサ殿は? 姿が見えないが……」


 取りあえずあの熱線がもう来ないという言葉に安心を少し覚えたのか、フェルディナントは今のメンバーの面々を見てあることに気が付いたようである。

 一番感謝をしたい司がこの場にはいないことについてだ。


「あ~、それなんだけど……「あの、それではナナ。こちらは任せましたよ? もうご主人が言ったことは確かなものとなりましたし、私達も早く行かないとマズそうですから」


 ただ、それよりも先にポポが動き始めてしまったわけだが。受け答えしようとしたナナの言葉を待つのすら惜しいような感じである。

 司が言っていることが正しかった以上、ポポは司の指示に早急に従った方が良いと考えたらしい。


「あ、そうだね。りょーかい。まさかのご主人の頼みだし……やり遂げる以外あり得ないよ? ポポ」

「当然です。こっちも任せましたよ。……セシルさん、乗って下さい。すぐにリオールへと向かいます」


 やる気に満ちた顔で言葉を交わし合う二匹の目は、現在覚醒状態となっていることもあって異彩を放っていた。

 その胸に抱く覚悟をお互いに確認しあっている姿は、フェルディナントの先程の言葉を忘れさせてしまいそうだった。


「ん、おけ。ヒナギ……気を付けてね。言っても無理かもしれないけど、一番自分を大切にして」

「……はい。こちらはお任せを」


 セシルは身体を屈めたポポの背へと飛び乗ると、ヒナギへと忠告のように念押しをする。

 ヒナギも司と似て割と無茶をするタイプだということは、ヒナギが過去に死にかけの体で戦闘を継続したと供述していたことから知っている。

 そのため、今回も平気で無茶をしそうでならなかったセシルはこうして念押しをしたわけである。


「……では行きます。セシルさん、飛ばしますから本気でしがみついててください」

「うん! ポポは私のことは気にしなくていいからね」


 そこまで言うと、強烈な風圧を巻き起こしてポポは上空へと飛び立っていく。

 その太陽と錯覚するほどに光り輝くポポは、飛行船が上に展開したために遮られた太陽の代わりになっているのではと思う程に印象的だった。


 一瞬空中で止まったかと思うと、その次には流れ星のような一瞬の軌跡を描いて……ポポはオルヴェイラスから姿を消したのだった。




 それを見送る残された3人は、その軌跡が見えなくなったところで活動を再開させる。


「……よく分からないが、急を要する事態が知らぬ所でもあると見て良いのかい?」

「うん。説明が遅れて混乱したかと思うけど、今から話すよ。ただ……」

「そうですよね。カミシロ様が言ったことが本当なら……」


 フェルディナントへ説明したいが、少々それと同時に気になることがあった。

 まだ一つだけ、伝えられていることで確認できていないことがあったからである。


 ただそれもすぐさま解消されることとなる。


『親父! 聞こえるか!?』

「むっ!? 『シュバルトゥム、どうした!?』」

「「きたっ!?」」


 何処からともなく聞こえてくるシュトルムの声、それによって。

 いつの間にかフェルディナントの周りを中心に僅かに魔力が集中し、通常とは違う魔力波で満たされたのだ。それからすぐのこと。

 ヒナギは魔力波が変わったことまで感じ取ることができなかったが、2人は違う。ナナは魔力波を見ることができるため、そしてフェルディナントは精霊を使役するスキルを持っているから問題なく違和感に気づいた。

 シュトルムから連絡が入るという事項。最後の気になる要素がこれで減ることになった。


 シュトルムの声は緊迫した空気がこちらに伝わってくるような声色で、余裕のなさが表れている。

 それに合わせて3人も真面目な顔つきでそのシュトルムの声に耳を傾け始めた。

 ナナとヒナギに関しては司の情報の照らし合わせをしようとしているかのように。


『突然で悪いがマズイ事態になった。急に街から黒い影みてぇな人型の何かが出始めて、住民を襲い始めやがったんだ! 今俺達も囲まれてて厄介な状態だ!』

「なんだと!? そちらでも異変が!?」

『!? そっちもなのか!? っと!? っぶねぇ……』


 同時多発的に異変が起こっていることへの確信。別の者からもこうして情報が伝わってきてしまっては誰もが認める他ない。

 シュトルムは今言った黒い人型の影と交戦中なのか、聞いている側がヒヤヒヤする状態であるようだ。


 オルヴェイラスは飛行船とあのギガンテスの襲来、そしてシュトルムが今いるハルケニアスの方では黒い人型の何かの襲来が起こったようである。


『フェルおじ様! 聞こえる!?』

「っ! リーシャかい!?」


 聞いたことのない女性の声の正体を知らぬ二人は置いてけぼりを食らってしまったが、フェルディナントは即座に反応する。

 シュトルムが現在会合している近隣の王達のことは、フェルディナントもよく知っているのだ。自分の息子が親しい間柄で両者の国としての関係も良好、そんな忘れることのできない相手の声なのだから。


『うん! さっき通信が入ってきて……リオールの方でも何か起こってるみたいなの! さっき連絡したら悲鳴が聞こえてきて……』

「なんということだ……」

『フェルおじ様、オルヴェイラスは今どうなってるの?』


 聞こえてくる女性の声からは不安しか感じられなかった。声が震えていて、それが通信にまで影響を及ぼして空気が振動していたのである。

 本人の心情が通信であっても伝わる程の不安を感じ取ったフェルディナントもまた、その内容までを聞かなくとも想像以上の事態と認識し驚愕した。

 一体何が起こっているのだと……。


 耳を塞いで全てを否定したくなる気持ちを抑え、フェルディナントは問いに答える。

 額に手をあてながら、事態に参ったような姿勢になって。


「……オルヴェイラスを覆う程の空を飛ぶ物体が現れ、こちらは国が滅びかけた」

『なにっ!?』

「大丈夫だ安心しろ、未然にツカサ殿が防いでくれたおかげで健在だ。ツカサ殿達には感謝してもしきれない」

『そ、そうか。アイツ……』


 一瞬は早とちりして食いついたシュトルムであったが、すぐに宥められ落ち着きを取り戻す。


「だが、まだ謎の飛行物体は残っているし……加えて先日話した例のモンスター共が周りに展開してしまっているようだ。こちらはそちらの対処に追われることになるだろうな……。空と陸からの攻撃、骨が折れそうだ」

『オイオイ……一体何が起こってやがる……!』


 フェルディナントもモンスターが展開している事実を知っていたようで、それも含めて情報を伝えた。

 フェルディナントがモンスターのことを知っていたのは、恐らく精霊の力によるものだろう。万能な力ならば、それも可能にしてしまえるだけの性能なのは想像に難くない。




 どこもかしこも酷すぎる状態だと言うことを全員が理解し、黙り込んだ。

 規模の大きすぎる事態に、どこから対処していけばよいのか分からない。今にも爆発してしまいそうな爆弾を抱えた国が同時に3つ存在し、手が回り切らないとしか思えない状況に対してである。

 この状況を打開する方法を考えることを諦めてしまいたいと思える事実は、容赦なく皆の心の余裕を奪っていってしまったようだ。




「ナナ殿。ヒナギ殿。……私の不甲斐ない頼みを聞いてくれぬか?」




 だが、それでも諦める、思考を止めるという選択肢は無かった。少なくともフェルディナントには。

 なぜなら、彼はこの国をかつて支え、そして今もなお蔭から支える王なのだから。今は王の代行であるが、現在は国のトップとしてこの場にいる以上、その責務を果たす考え以外持ち合わせていなかった。

 通信から漏れて聞こえるシュトルム達の戦闘の音をバックに、フェルディナントは静かに口を開く。

 この状況を打開する可能性を持った、希望を託すことのできる者達に対して。自分にできる最善の考え、それは絶望的な状況でも希望は存在することを証明したいような姿に今は映る。

 いや……縋っているが正しいか。


「なに?」

「其方達の力を貸してもらいたい。私はシュバルトゥムからこの国を預かっている以上、王の代行人としてのお願いではある。だが、王としても一個人としても、私は愛する(かぞく)が住むこの国を守りたいのだ! そのために、其方らの力を貸して欲しい!」


 フェルディナントの心の叫びが周囲に響いていく。

 それは目の前にいるナナとヒナギに、そしていつの間にか周囲に集まっていたオルヴェイラスの民達にも。

 通信中のシュトルムらから返事はないものの、恐らくは対応できないだけで届いているはずだ。確証はないが、想いだけは届いている……そう思えるような叫びだった。


「もち。もうご主人から指示受けてるから任せといて。だから頭上げてよ」

「フェルディナント様。言われずとも、ですよ」


 ただ、言われずともとっくに心など打たれていたのだ。ナナとヒナギは。

 元より司から命令ではあるものの、頼みごとをされてナナとヒナギは今ここに残っている。司からここまでの頼みごとをされることは初めてであるし、守る意思だけはとっくに固まっていたのである。

 ただ、フェルディナントの言葉が無意味であったかと言えば違う。人の言葉は時として見えない大きな力と意味を持つものであるからだ。

 フェルディナントの純粋にこの国を愛する想い、そして民を家族と言って守りたい気持ちを芯までぶつけられて揺さぶられないわけがなかった。

 例え司の頼みが無くとも、ナナとヒナギは守ることを今決意していたことだろう。その決意が更に増しただけである。


 ナナはヒナギと顔を合せて軽く笑みを漏らすと、大きく誰にでも聞こえる声で話し始めた。


「……シュトルム! 聞こえてるっ!?」

『っ……なんだ!?』

「今そっちにねー! ご主人が向かってるから! だからそれまで保ちこたえて! なんとしてでも生き延びて! オッケー?」

『っ!? ……分かった!』

「私とヒナギはオルヴェイラスを守るから安心して! リオールにはポポとセシルが行くからきっと大丈夫! ……皆今できることをやってるから!」

『ポポとセシル嬢ちゃんは、もう動いてんのか……!?』

「うん。ご主人の頼れる従魔と仲間達だよ? シュトルムならよ~く知ってるよね。これ聞いてまだ心配しちゃったりする?」

『……いや、しねーな。……分かった、お前等の力……信じるぜ』

「よしきた! ちゃっちゃと終わらせちゃおう! だから目の前にだけ集中してて! 皆でこの事態を収拾させるよっ!!!」




 ナナの声もまた、皆の心を打つことになった。

 シュトルムがナナの言葉を信じる姿勢を、声だけではあるが見せている事も影響としてあるのだろうが、ナナから感じ、伝わる想いも大きかった。その姿が神々しく威厳のある覚醒状態であることも合いまり、暗い気持ちを一転させることなど造作もないと思える程だ。

 この瞬間から、ナナはオルヴェイラスの希望の象徴となった。


「かたじけない……!」


 心の奥底から捻り出す様な声で感謝を表すフェルディナントに、誰もが目を奪われる。

 最上の感謝の意を表す表現は地域や文化で異なるのが普通だ。ただ、今のフェルディナントは頭を下げているだけだが、今はとてもこれ以上のものを挙げることはできそうもない。

 それ程に気持ちの込められた……言わば完成されたもの。

 姿勢など関係なく、滲み出て伝わる想いこそが最上の感謝を示すのだと、そうとしか思えない姿勢をフェルディナントは見せたのだ。


 皆が息を呑んでその姿を見つめて硬直するなか、フェルディナントはゆっくりと顔を上げて前を見据える。

 次にできる自分の役目を果たす、そんな目をして。


「シュバルトゥムよ、一度通信を切るぞ。今は目の前に集中し、通信は最小限に留めよ」

『おう。そっちは任せたぜ……親父』


 どこも緊迫した状態であれば、余計なやりとりは今は邪魔になるだけだ。援軍が到着するまでの間は目の前にだけ集中し、最善の行動を取る。

 フェルディナントはそう考えていた。

 同じくそう思ったシュトルムもまた父親の言葉に同意し、すぐさま通信を切る行動に出たのは……やはり親子か。


 変化していた辺りの魔力波は正常となり、普段と変わらぬものへと戻っていった。

 それと同時に変わった辺りの空気は……フェルディナントによって変わったに違いない。

 そして……


「皆の者! これより事態の収拾に取り掛かる! 今この一時の間はナナ殿とヒナギ殿の軍門に我らオルヴェイラスは下る! 異論は認めん……分かった者から行動を開始せよ! 戦える者は広場に集まれ! 戦えぬ者は動けぬ者を連れて我が居住まで避難せよ!」




 フェルディナントの放った言葉に圧倒されつつも、反響を呼んだ1人から次第に広がりを見せ、全ての民が賛同する姿勢を見せ始める。

 民の意思もフェルディナントの想いに感化されて変化した。こうしてオルヴェイラスは動き出していく。

次回更新は金曜です。


個人的にこれ以降からが難所となります(執筆の)。間違いなく長くなるうえに、別視点も増えます。

この小説は一人称メインを謳っているにも関わらずですが、ご了承ください。

というか、もう戻れないとこまできちゃってるんですけどね……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ